(6)エピローグ
『この世界に迷いし宵闇の人間達よ。汝らを戒める鎖を解き放ち行け、魂が切望する場所へ』
煌びやかな街の中でただ一人、王として屹立するシンボルタワー。展望台から緑光体の奔流が空、いや三色の地球のうち青い地球へと昇っていく。
「終わったのか?」
「さっさとその無粋な振動音を止めたまえ」
彼女の僕である鋼鉄の馬が発する騒音に苛立ちを覚える。所詮は生命無き造り物、滅多に出会えない至高の一刻が台無しだ。
「一応は間に合ったさ。多少はアシストしたが不必要なお節介だったかもしれないがね」
彼女は見落としてしまいそうなほど短く、シニカルで勝ち誇った微笑みを口元に浮かべる。但し、それで安心するのは甘い。
「ただ、そう何もかもが円満とはいかない。少しの時間とはいえ、ゲシュタルトで楓は死する寸前だった。だから、それなりの代償があるのは仕方ない」
興味が無さそうに煙草へと指を伸ばす彼女の動作は取り繕ったものだとわかる。
「尽きる命、それを補えるのは生きた命のみ。本人達は気づいていなくてもインサイドへ転移の直前、春菜の命が楓に分けられたのは確実。それは春菜の寿命を大きく縮めたことだろう」
愛する人を殺したかった者。
愛する人に殺されたかった者。
二人の苦悩は終わらないということだ。
「しかし久しぶりだな」
「何が?」
「ゲシュタルトからインサイドへ転移した人間のことだ」
彼女の吐く煙が数秒だけ残留し、夜気に溶けるように消えていく。
「こんな昏闇の世界に順応しかけたというのに」
「何を言っているんだ。それは違うぞ」
まったく、すでに混沌を受け入れた自分とあの二人を一緒になどして欲しくない。
「あの二人が過ごしたのは昏闇なんかじゃない、その入り口だ。夕闇の幕が下りて月が顔を出す狭間の刻、刹那的だが確かに存在する光と闇の境界」
あの二人はそこで踏み止まれた。
「そう、つまり
だからこそインサイドへ帰ることができたのだから。
「わたしには些細な違いにしか思えんな」
「屋上から墜ちている人間は美しいが、潰れた死体は汚いだけなのと一緒だ」
彼女は煙草を咥えたまま舌打ちし、何も告げず自らの愛馬に乗り込み去っていった。甲高い排気音が彼方へ遠ざかっていく。
相変わらず無愛想なやつだ。
シンボルタワーの展望台から天へと迸っている緑の光柱を観て思う。
この世界には漆黒の昏闇が漂っていて、残酷な事象で溢れている。
満ちる昏き空気は生者の魂を枯渇し喰らおうと、常に深淵の中から隙を窺っている。
天空に浮かぶ三色の地球は人間の奥底に眠る不必要な衝動を見い出し、本人の意思に関係なくそれを無理やり呼び覚ます。
いくら感情の起伏が少ないボクでも、そんな醜い世界を管理しているのは退屈だ。
しかし時折、あんなにも儚く美しいものを垣間見ることができる。
幾千の夜の中で一夜限り、決して長くは続かない流星の煌めきのようなものでも構わない。
それで満足だ。
この世界が醜くとも、生きる人間は美しい輝きを放つ可能性を秘めているのだから。
だからこそ、ボクはこう思う。
「夜は素晴らしい」
宵闇のゲシュタルト 伊瀬右京 @ukyou_ise
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