第71話 エピローグ 世界の再建
正志たちがシェルターからでると、白いひげを生やした老人に出迎えられた。
「正志君。久しぶりだな」
穏やかな顔で正志たちを迎えたのは、コミュニティの長である飯塚修だった。
「お父さん……老けたね……」
父親に抱き着いてくる娘の香の頭を、修は優しく撫でた。
「苦労したみたいだな」
「ああ。最初の10年は怪物や怪人類の絶え間ない襲撃が続いた。作物が不作の年もあったし、富士山の噴火などの災害も起こった。それで何人もの人が死んでいった」
修は哀し気な顔で、死んでいった者たちの墓所に案内する。その中心には多くの花が手向けられている墓があった。
「私たちの偉大なるお母さん。やすらかに眠ってください」
その墓にはそんなメッセージが書かれている。墓碑銘は「鈴木穂香」とあった。
「……彼女は死んでしまったのか?」
「ああ。最後まで子供たちに尽くしてな。君に再会できることを楽しみにしていたが、10年前の飢饉で……」
修の目から涙がこぼれる。それを聞いて、正志は無言で立ち尽くしていた。
「彼女のような犠牲を払い、我々は皆で協力してコミュニティを維持してきたんだ」
修は誇らしそうに村を案内する。全国から受け入れた避難民たちと協力することで、文明の再構築に取り込むことができた。周囲のダムも整備することで、水力発電による電気も通している。
この30年で、1960年代レベルにまで文明を復興することができていた。
「よくやってくれた。ここからの世界の再生は、俺たち魔人類に任せるがいい」
それを聞いて、修は肩の荷が下りたかのようにほっとするのだった。
シェルターから出た正志と魔人類は、今現在の日本がどうなっているか確認するために全国に赴いた。
「これが東京……まるで自然公園みたいですね」
お供のサルガタナス斎藤が、東京を上空から見降ろしてつぶやく。
核ミサイルによって街は完膚なきまでに破壊されていたが、壊された街を覆いつくすように緑が生い茂っていて草原のようになっていた。
「所詮、核ミサイルで破壊できるのは地球の薄皮一枚に過ぎない、三十年もたてば放射能も薄れ、都市部にも豊かな自然が戻ってくるのさ」
所々に鹿やイノシシなどの野生生物の姿も見える。地球の自然環境は、全体的にみるとこの30年でかなり回復していた。
「ですが、これから全世界で文明を復興させると、せっかく回復した自然環境もまた汚染されていくのではないでしょうか?」
「心配するな。他国の始祖たちとも話がついている」
正志はそういうと、南の方角を指し示す。
「俺たちは、日本に残りたいという一部の人間を残して、世界でもっとも開拓が進んでいなかったあの国に移住する。そして統一政府を作り、文明を復興していくんだ」
正志は、これから魔人類たちが行くべき道を指し示すのだった。
魔人類の誕生と怪物の襲撃、そして人類自らが放った核ミサイルによって、世界は破滅した。
しかし、それにも関わらずもっとも被害が少なかった国がある。
それは、南半球にある孤立した大陸、オーストラリアである。
もともと、核戦争が発生した場合、被害が最も少ない国は、オーストラリアになると予測されていた。
南半球に位置するオーストラリアは、煤による寒冷化の影響が比較的少なく、また食料自給率の非常に高い国である。また石炭や鉱物資源など、地下資源も豊富で、世界から孤立しても自給自足が可能である。
目覚めてシェルターから出た魔人類たちは、オーストラリアを文明再建の地として定めた。
まず魔人類たちが世界中から集まり、統一政府「地球連合」を作る。
すべての資源をオーストラリアに集中して、工業や金融業などの二次・三次産業を復興させた。
首都はグレートアーテジアン盆地に建設されることがきまる。ここの面積は約176万km2とオーストラリア大陸の約23%を占め、世界最大の鑽井盆地である。またその地下には広大な地下湖が広がっており、大陸全土に水を供給することができた。
そして民たちを三つの階級に分ける。
シェルターにはいれず、大破滅を生き残った現人類に対しては『共産市民』として世界中の平野部で開拓業務を任せ、農業や漁業などの一次産業に従事させた。
彼らにはコミュニティ移動の自由がなく、一生その土地に縛り付けられ労働に従事させられる。その代わりにベーシックインカムによって一定の給与が与えられ、ある程度の生活が保障された。
シェルターに入れた「信徒」たちには、『自由市民』としてオーストラリアの工業地帯で生産などの二次産業を任せ、主に都市部で生活することになった。ある程度地域の移住の自由も認められることになる。
そして最後に、魔人類たちは『貴族』として支配者階級になる。彼らは公務員や資本家として技術や資本を独占する。また共産市民や自由市民である現人類の女たちと一夫多妻制を施行し、その数を増やしていくことになる。
こうして、人類は急速に復興していくのだった。
二万年後
「……これが、我ら魔人類の祖となった吾平正志の物語だ」
オーストラリアの上空に作られた、人工衛星都市『ニューワールド』のある大学で、人類進化学の権威である吾平昌真教授は思念波による長い授業を終えた。
この二万年で魔人類の数は500億人にまで増え、今では地球のみならず火星や金星まで開拓してテラフォーミングが終了している。まさに人類の絶頂期を迎えていた。
「われわれは彼の偉業を称え、継承していかなねばならぬ……ん?」
そこまで言った時、教授は眉にしわを寄せる。部屋の隅で居眠りしている学生が目についたからである。
「正直!授業を受けたくないのなら、出ていきなさい」
教授は自分の息子、吾平正直に厳しい声をかけた。
「……うるさい。雑思念がいろいろ入ってきて、思考をシャットアウトしないと耐えられないんだよ」
その学生、正直はそういって反抗する。周囲からクスクスと嘲笑う思念が感じられた。
「あれが有名な落ちこぼれかよ」
「他人の思考まで勝手に検知するって、力をコントロールすることもできないなんてね」
そんな「意識」が伝わり、耐えきれなくなった正直は教室を飛び出す。
そしてストレス解消のため自家用飛行艇で暴走行為を繰り返していた。
(くそ……どうして俺はこの世界でまともに生きられないんだ……)
腹立ちまぎれに飛行艇を飛ばしていると、急にアラームが鳴る。
「な、なんだ?」
『エンジントラブルにより停止』
画面に表示が出て、飛行艇は地表に向けて落下していく。次の瞬間に全身に強い衝撃を感じた。
「ああ……飛空艇が落ちたのか……僕は……」
正直の精神は深い深い闇へと堕ちて行った。
気がついた正直は、深く暗い穴のようなところを落ちていた。
周囲には同じように落ちていく人の姿。
しばらくすると、大きな赤い海に落下した。
(こ、これは? 飲み込まれていく……大きな存在と同化して、僕が消えていくような……い……嫌だ。なんで僕だけ死なないといけないんだ。僕が何をしたっていうんだ。僕だけなんて納得できない!あいつらも……)
正直の脳裏に浮かぶのは、世の中すべてに向けた暗い復讐心だった。
「おーい。起きろ。意識はあるかー?」
軽い声が脳内に響き渡り、正直は目をあける。
正直の目の前には、巨大な顔があった。
「あ、あんたは……?」
「俺? 大魔王マサシ。よろしくな。早速だけど、また新たな人類の間引きの時期が迫っている。そこでお前に使命を授けたい。新たな人類に進化して、人類を救うという高潔な使命をな」
正志はそう言ってニヤリと笑うのだった。
穢れた救世主は復讐する 大沢 雅紀 @OOSAWA
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