第70話 村民たちとの別れ

一か月後

全国各地から避難民を連れた魔人類たちが、戻ってくる。

正志は彼らから、各地の状況の報告を受けていた。

「そうか……ほとんどの大人たちは怪物になったか」

「はい。助けられたのは、ワクチン接種を受け、なおかつ正気をたもっていられた学生とほんのわずかの子供たちだけです」

報告をした魔人類の幹部、ベリアル宮本、本名宮本武三も悲痛な顔をしている。

「……各地の怪物や、怪人類(モンストル)との戦いは、かなり苦戦したようだな」

「ええ。いくら武道を究めたといっても、銃をもった相手にはなかなか対抗できませんでしたからね」

彼は銃で武装しており、また体のあちこちに傷を負っていた。

「各地の自衛隊駐屯地も回って、武器も集めてきました」

そういって武三は持ってきた荷物を降ろす。それは大量の銃や弾だった。

「ご苦労だった。ゆっくりとシェルターで休むがいい」

「はい」

一つ敬礼して、武三はシェルターに向かう。

「あ、あの……やっぱり俺たちはシェルターに収納してもらえないのでしょうか……」

連れてこられた避難民が、不安そうな顔をして問い掛ける。そんな彼らに、正志は厳しい顔をして告げた。

「ダメだ。もうシェルターはいっぱいになっている。とてもお前たちを収納する余裕はない」

「そ、そんな……」

ここにくればシェルターにはいれると思っていた若者たちは、絶望してしまう。

「お前たちはこの周辺に住み着いて、シェルターを守るための村を作るんだ。自給自足できるようになるまで、手は貸してやる」

こうして、シェルターの入り口がある青木ヶ原樹海を守るように周囲に複数の村ができるのだった。


長い冬が終わり、春がやってくる。富士山の周囲の村の住人たちは、皆で協力して作物の種付けをしていた。

「ほら、みんな頑張って!」

牛が引く鋤を操作していた穂香が、住民たちを励ます。全国から集めた馬や牛なとの家畜を使うことで、なんとか素人の彼らでも農業ができていた。

夕方になると、湖で釣りをしていた者や、山で狩りをしていた者たちが帰ってくる。

「ほら、今日は大量だぞ」

大量の魚やウナギ、イノシシなどをもってきて、子供たちにみせる。

「お兄さんたち、凄い!」

「そ、そうかな?さあ、みんなで食べよう」

皆で協力して料理を作り、平等に食べる。テレビやネットなどの文明の利器がなくなっても、彼らは狩猟や釣り、作物を育てることに生きがいを感じ、幸せに生きていた。

周囲に作れられた六つの村に全国から集められた避難民は1万人を超え、一つの町ほどの規模になっている。

互いに連帯して富士山一帯を取り巻く防御エリアを作り、人間の治める土地として怪物たちの侵入を阻んでいた。

「平和な光景だな。以前より人々の間の距離が縮まってような気がする」

最年長者として、村長に就任していた飯塚修は、彼らの姿をみてそうつぶやいた。

「ああ、何万年も人々はこうやって自然から恵みを受けて生きてきた。これらが本来の人々の暮らしなのかもしれない」

正志もそう感想をもらす。ほとんどの文明が滅びた結果、金や学歴、スポーツや容姿が優れているかどうかで格差が生じるといったことが無くなってしまった。誰もが協力して生きていて、子供たちの間でも陰湿ないじめなどが起こっていない。

しかし、相変わらず怪物たちは定期的に村に襲い掛かってきていた。

「だが、怪物の襲撃は続いている。この村もいつまで保てるか」

元プロの自衛隊員として、村を怪物から守る任務をしていた修は、そういって暗い顔をした。

「心配するな。怪物たちは人間以外を食料にすることはできない。つまり、人間の数が少なくなるにつれ、餓死して自然にその数を減らしていく。あと数年も持ちこたえれば、怪物たちは絶滅するだろう。もっとも……知能があって動物の肉も食える『怪人類』たちの襲撃はもう少し長くつづくだろうがな」

「そうか……だが、『怪人類』たちには銃が通じる。なんとか村民たちを守り通して見せるさ」

修は銃をガチャリと鳴らしながら掲げた。

「頼もしいな。もうお前たちは自分たちで生きていけるだろう。俺も仲間たちと一緒に、シェルターに入ろうと思う」

「……そうか。今までありがとう」

他の魔人類がシェルターに入っても、最後まで残って面倒をみていてくれた正志に感謝する。

「これからもしっかりと村人たちを守ってくれ」

「ああ。君たちが目覚める30年後まで必ず生き抜いて、娘に再会するという目的があるからな」

修としっかりと握手を交わし、正志はそっと村を離れるのだった。


シェルターにはいろうとしたところで、声を掛けられる。

「正志君……シェルターにはいっちゃうの?」

振り向くと、目に涙をためた穂香がいた。

「ああ」

「……そう。今までありがとう」

穂香はぺこりとお辞儀した。

「……私たちを見捨てるのか、と責めないのか?」

「ううん。正志君は今まで充分に私たちを助けてくれたわ。これ以上あなたに頼る訳にはいかないもの。私たちはもう大丈夫。怪物たちが襲ってきても、自分たちで自分の身は守れるよ。正志君は心おきなく、シェルターに入っていて」

そういって、穂香は無理に笑顔を見せる。その笑顔を見ていると、正志はせつない気分になり、彼女を誘った。

「なあ、一緒にこないか。お前ひとりくらいなら、シェルターに……」

「あはは。ありがとう。でも遠慮しておくよ。子どもたちの面倒もみないといけないからね」

穂香はそういって、正志の誘いを固辞する。

「そうか……わかった。また会おう」

「うん。また30年後にね。再会できるのを楽しみに待っているよ。そのころは私はオバサンになっているでしょうけど」

いたずらっぽく笑って、手を差し出してくる。

正志は穂香としっかりと握手を交わし、シェルタ―に入っていく。正志が入ると同時にシェルターの入り口は、岩で完全に完全に封鎖されるのだった。


30年後

シェルターに収納されていた繭の一部が破れて、中から人間が這い出して来る。

「さて……今の時代はどうなっているかな?」

復活した正志たちは、世界中の魔人類たちとテレパシーで連絡を取り合った。

「世界各地の魔人類たちから統計が取れました。シェルターに入れた魔人類と信徒たちの数は、およそ六千万人ほどです。また現人類は、大破滅直後は急速にその数を減らしましたが、怪物たちの餓死によって徐々にその数を増やしていき、現段階では一億人ほどが外の世界で生き残っています」

幹部たちから報告が入る。

「一億6千万人も残っていれば、文明の復興に充分だ。我々はこれから世界統一政府をつくり、争いのない時代を築き上げよう」

正志の言葉に、世界中の魔人類の始祖たちが同意の声をあげた。

「さて、それじゃ、大破滅から生き残った現人類の勇者たちに会いに行くとするか」

正志たちはシェルターから出て、外の世界に行くのだった。


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