第69話 宙ぶらりん

さらに、怪人類たちの後方でワーッという歓声が沸き上がる。

振り向いた彼らが見たものは、砕棒を振りかざして迫ってくる村民たちの別働隊だった。

「正志さまの命令に従って先回りしていたけど、まさか本当にいるとはな」

「初の人間相手の戦闘だ。気合を入れるぞ!」

別動隊は橋の両端から襲い掛かってくる。彼らの先頭は全身を覆う鉄の盾を持っていた。

「くっ!う、撃て!」

攻撃対象を空中の村民から別動隊に切り替えて銃を放つが、その盾に弾がはじかれて接近を許してしまう。

別動隊の先頭が持っているのは、狩りの時獲物を追い立てる瀬子が使う盾のようなもの、いわゆる「鹿垣」だった。

せまい橋の上では横に展開できず、あっとい合う間に距離を詰められて、接近戦が始まる。そうなると、銃は無用の長物になった。

別動隊の砕棒に殴られて、怪人類の男たちの骨が砕ける。もちろんその間も放たれる矢は止むことなく、何人もの男たちが斃れていった。

「くそっ。なんで俺たちが待ち伏せしているのがわかったんだ」

悔しそうなリーダーを、正志は嘲笑う。

「バカめ。俺は魔人類の始祖だと知っているだろう。近くにいる現人類の意識なら、ソウルウイルスを介して読み取れるのさ」

会った瞬間に利光の精神をサーチして、彼の裏切り計画をしっていた正志は、敵の策を逆用することを思いついたのである。

「く、くそっ。てめえらなんかにやられるくらいなら!」

追い詰められた怪人類たちは、次々に橋からダイブしていく。もちろん肉体的にはただの人間である彼らが落下の衝撃に耐えられるはずもなく。地面に激突して死んでいった。


怪人類たちの死体が転がる橋の上で、ブルブルと震えている太った少年がいる。

怪人類たちの背に隠れて戦わなかったおかげで、たった一人だけ生き残った島田光利だった。

自分の前にふわりと舞い降りた正志を見て、利光は小便をもらす。

「ひ、ひいっ。許してください正志さま。奴らの基地まで案内しますから」

「必要ない。お前の意識からすでに場所は把握している」

そういうと、利光を睨みつける。

「な、なんでもしますから。許してください」

「なら、誠意をみせてもらおうかな」

正志と村民たちは、ニヤリと笑って利光を縛り上げるのだった。


両手を縛られた利光が、橋の中央にあるバンジー台に立たされている。その体には、しっかりとバンジージャンプのロープが装着されていた。

「本当にここから飛べば許してくれるんですね」

「ああ、ここはバンジージャンプの名所だ。しっかりと根性を見せてもらおう」

正志はそういって、ジャンプを促す。

「そうだ。さっさと飛べ」

「レッツバンジー!」

村民たちもそういって煽ってくる。

「くっ」

下を見ると、50メートル以上の高さに足がすくんでしまうが、正志たちは許してくれそうにない。

「せ、せめて腕を縛る縄を外して…」

「ダメだ。外したら逃げてしまうかもしれないからな」

正志はそういって、首を振った。

「ち、ちくしょう。えいっ!」

覚悟を決めて、パンジー台から飛び降りる。すさまじい勢いで落下していき、ロープによる反動で上下した。

「ほ、ほら、飛びましたよ。これで許してくれるんですよね」

空中で利光が絶叫する。

「ああ、約束通りゆるしてやるよ」

正志と村民は、怪人類の男たちがもっていた銃などの武器を回収すると、その場を離れようとした。

「ま、待ってください。引き上げてください」

「知らないな。俺たちが約束したのは命を助けるってことだけだ」

「そ、そんな」

数十メートルの高さで宙づりになって、利光は死に物狂いでもがくが、どうやってもロープは外れない。

「あばよ」

正志たちは飛んで行ってしまい、利光は一人でぽつんと残された。

「ま、待てよ。まさか俺をこのまま放置するつもりじゃないよな。嘘だろ!引き上げてくれ!」

利光は絶叫するが。周囲には誰もいない。

渓谷に吹く風は冷たく、利光の身体を芯から凍えさせた。

「さ、寒い……」

自然に体が震え、ある衝動が沸き起こってくる。

「おしっこしたい……」

トイレに行きたくても、宙ぶらりんの状態である。

「誰か!助けてくれ!」

利光は必死に呼びかけ続けるのだった。


「うっ……ううっ……」

空中でただ一人、孤独に泣きじゃくる少年がいる。彼からは、排泄物の匂いが巻き起こっていた。

あれから数時間も放置され、大小便も垂れ流しである。

「も、もういいだろ。もういい加減に。助けてくれよ。なあ、実はその辺で俺を見ているんだろ?」

そう呼びかけるが、それに答えるものは誰もいない。

今まで、彼の周囲には必ず誰かがいた。利光はその誰かに取り入る事でうまく立ち回ってきたのだが、今は正真正銘の孤独である。泣いても叫んでも、誰も助けてくれない。

「吾平……これは復讐なのか?」

自分が今まで正志にやってきたことが思い起こされる。

「おいナメクジ。椎名さんに言い寄っていたんだってな。ストーカーかよ!」

弓が言っていた悪口に便乗して、クラスメイトたちの前で大声で責め立てていた。

「おら、かかってこいよ!なんだ、殴り返す気力もねえのか。情けねえなぁ」

啓馬たちがさんざん殴りつけて、正志が弱った後にしゃしゃりでてマウントを取っていた。

そうすることで快感を得ていたのだが、今はその正志によってたった一人で宙づりにされている。

周りに誰も頼れる者がいなくなって、初めて自分が今までやってきたことの醜さをしり、後悔するのだった。

「お、俺が悪かった……」

そう謝罪するも、その声を聞く者は誰もいないのだった。

「は、腹が減った……。喉が渇いた……」

それから何日たっても救ってくれる者は誰も現れず、ついに利光はそのまま餓死してしまうのだった。





自衛隊駐屯地

怪人類の基地となったその場所では、牢から連れ出された穂香が調理されそうになっていた。

穂香の前には、ぐつぐつと煮えたぎる大鍋がある。周辺の農家の廃屋にあった五右衛門風呂を流用したその鍋には、大量の肉が放り込まれていた。

「さあ!入りな」

「い、嫌よ!」

素っ裸にされた穂香は抵抗するが、女たちは牢にいる子どもたちを盾にとって脅しつける。

「もしお前がスープにならないと、メニューを変更して子供汁にするんだが?」。

「わ、わかったわ。子どもたちには手をださないで」

「なら、さっさと入りな。心配するな。苦しいのは最初だけさ」

ギャハハと笑い声をあげながら、怪人類の女たちは煮えたぎった大釜に入るように促してくる。

穂香が覚悟をきめたとき、ダーンという音がして何かが落ちてきた。

「ぎゃぁぁぁぁ」

怪人類の女たちが絶叫をあげる。見上げると、銃を構えた正志と村民たちが空を飛んでいた。

「正志君!」

「待たせたな。今助ける」

正志の指揮により、村民たちは空中で銃や矢を放つ。空からの一方的な攻撃を受けて、怪人類の基地は壊滅していった。


「大丈夫だったか?ちょっと遅かったか?」

「ううん。助けにきてくれてありがとう。きっと来てくれると信じていた」

裸の穂香に抱き着かれ、正志は真っ赤になる。

「と、とりあえず服を着ろ」

そういって後ろを向くのだった。

地上に降りた正志と村民たちは、矢や弾を受けて倒れた女たちの止めをさしていく。

「ちくしよう……」

怪人類の女たちは、悔しそうに涙を流していた。

そんな彼女たちを見て、正志はつぶやく

「『怪人類(モンストル)』か。知性を残しながら精神だけが怪物になった生物というわけだな。厄介だな。放置しておくと、シェルターも危ないかもしれん。やはり、もっと避難民と武器を集めてシェルターを守らせよう」

そんな正志に、一人の怪人類の女が問い掛けた。

「私たちだって好きで人を食う怪人類になったわけじゃない。あんたは世界を破滅させた大魔王のくせに、人間に味方して私たちを滅ぼすのか。そんなに私たちは存在自体が悪なのか」

「ちがうね。善とか悪とか関係ない。ただの生存競争だ。味方か敵かだ」

その問いかけに、善悪などのモラルの問題ではないと返す。

「現人類と俺たち魔人類とは捕食関係ではなく、また俺たちとの間に子供もできる。それが俺が味方した理由だ」

「そう……なのか……私たちは……お前たちの敵だから……滅ぼされただけで……悪じゃなかったのか……」

その女は、何かに許されたかのように満足した顔で死んでいくのだった。



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