第68話 包囲殲滅戦

正志たちが訓練から帰ってくると、村はひどい有様だった。

「何があったんだ」

村を囲う防御壁が燃やされ、倒されている。村の中は何かの争いがあったかのように荒らさせ、女や子供が連れ去られていた。

「も、もしかして怪物の仕業か?」

「いや、違うな」

正志は燃やされた囲いを見てつぶやく。

「火をつかった形跡がある。知能がない怪物なら、火で村の囲いを燃やすなんてことはできないはずだ。それに、よく見たら地面にバイクの跡がある」

地面には、靴跡やバイクの跡が生々しく残っていた。

「では、人間が襲ってきたと?」

「そうだと思うが、それにしては不可解なことがある。人間が襲ってきたのなら、食料をまず奪うはずだ。だが女子供を連れて行っただけで、荒らされていない」

そういって、村の倉庫を指さす。そこに蓄えられた米などの食料は、手つかずのままだった。

「女たちはどこに連れていかれたのでしょうか?」

「わからん。これが魔人類同士なら、どんなに離れていてもテレパシーで位置がわかるんだが、相手が現人類なら、ソウルウイルスに感染していても距離が離れていたら情報を取得できない」

正志はそう言って、難しい顔になる。

その時、太った少年が村の外から駆け込んできた。

「お、おーい。助けてくれ!」

「誰だ!」

見覚えのない少年だったので、村の男たちは警戒して砕棒を突きつける。

「あ、怪しい者じゃない。吾平、俺だ、元クラスメイトの島田だ!」

利光はそういって、正志にアピールした。

「島田か。まだ生きていたとはな。しぶとい奴だ」

正志に睨みつけられて、利光は気まずそうな顔になる。

「む、昔のことは悪かったよ。頼む。助けてほしいんだ」

土下座して頼み込む利光に、正志はなんとか自制して復讐心を抑え込む。

「……話してみろ」

「『怪人類(モンストル)』を名乗る集団に、大勢の人間が捕まっている。俺は必死になってそこから逃げてきたんだ」

利光の話を聞いて、村の男たちは驚くのだった。

「この村の女子供も捕まっているだって?」

「しかも、そいつらは人食い集団だって?」

「正志さま。すぐに助けに行きましょう」

いきり立つ男たちを抑えて、正志は利光を睨みつける。

「その話は本当だろうな?」

「あ、ああ。本当だ。この命を懸けてもいい!」

「……わかった。なら案内しろ」

正志の言葉を聞いて、利光は腹の中で舌を出していた。

(バカめ。まんまと騙されやがった。これで俺は見逃してもらえる。お前らなんか、全員肉にされちまえ)

常に強い者にへつらい、弱い者を虐げることで世の中を渡ってきた利光は、正志たちを罠にかけることに暗い喜びを感じていた。

正志は部下たちを二つのグループに分ける。

「いいか。お前たちは村を守るんだ」

「なぜです?俺たちも行きます」

不満そうな顔になる居残り組に、正志は封をした手紙を渡す。

「残ったお前たちへの指示は、この紙に書いてある。しっかりと村を守れ」

「……わかりました」

しぶしぶ頷いて、村に戻っていく。

「救出組は弓矢を用意しろ。相手は人間のようだから、それで充分対抗できるはずだ」

正志の命令にしたがって準備する男たちをみて心の中でせせら笑っていた。

(弓矢だとよ。まさに原始人だな。銃を持っている怪人類たちにかなうわけないぜ)

怪人類たちの力を自分のものと勘違いして、愉悦に浸る。彼らを利用して正志に復讐できることに快感を感じていた。


正志たちは利光の案内で、富士山周辺の須津川渓谷に来ていた。ここには高さが54メートルもある「天空に架かる橋」がかかっており、バンジージャンプの名所としても有名である。

「この先に、その武装集団がいるのか?」

「ああ、きっとさらわれた村人たちもいる」

利光はニヤニヤしながら、先頭にたって橋を渡る。

正志たちがちょうど中央にさしかかったとき、ワーッという歓声が上がり、端の両端に迷彩服をきた男たちが現れた。

「ササミ、ご苦労だったな」

「ぐふふ……俺っちは役にたつでしょ?」

そういいながら、利光は正志たちを置いて走り出し、迷彩服の男たちに合流した。

「利光、どういうことだ?裏切ったのか?」

「うるせえ。吾平の癖に生意気いってんじゃねえ。何が魔人類の始祖だ、大魔王だ。お前なんか所詮はただのナメクジなんだよ!」

利光は迷彩服の男たちの背に隠れながら、正志を煽った。

「さ、『怪人類(モンストル)』の皆さん。やっちゃってください」

「ぐふふ。その卑怯さ見苦しさ、気に入ったぜ。いいだろう」

怪人類たちのリーダーは、苦笑しながら合図すると、迷彩服の男たちが一斉に銃を構えた。

「じ、銃を持っている……」

それを見て動揺する村民たちに、リーダーは気持ちよく命令する。

「橋の上じゃにげる事もできねえ。お前たちは一方的な的にされるだけだ。降伏するんだな。できれば殺したくない」

その言葉に一瞬希望を抱いた村民たちだったが、次の言葉に戦慄した。

「生かしておいた方が、肉が腐らず長持ちするからな」

そういって舌なめずりする。彼らの開いた口からは、尖った牙が見えた。

「ま、正志さま……どうすれば……た、助けてください」

怯えて縋り付く村民たちに、正志は苦い表情を見せた。

「む、無理だ……いくら俺が魔人類だからといって、銃相手に勝てるわけがない」

「そ、そんな……」

頼りにしていた正志の弱音を聞いて、村民たちは絶望するのだった。

「くくく……わかったようだな。なら、武器を谷に捨てろ」

怪人類たちのリーダーがそう迫るが、正志は首を振った。

「嫌だ。絶対に降伏などしない。魔人類の誇りにかけて」

「ま、正志さま?」

何を言っているんだという顔をする村民に対して、正志は厳しく告げた。

「皆も覚悟を決めろ。降伏しても食われるだけだ。そんな死に方をするぐらいなら、抵抗して殺されたほうがマシだ」

それを聞いて、村民たちも覚悟を決める。

「そうだ。食われてたまるか。そんな死に方は嫌だ」

「かなわなくても、せめて一矢を報いてやる」

彼らが腹を決めたのを見て、正志は内心ニヤリと笑うのだった。


「仕方ねえ。肉が穴だらけになるが、後はソーセージにでもして保存しておくか」

怪人類のリーダーは、ギャハハと笑いながら片手をあげる。

「もしかして、勝ったつもりなのか?」

「そうさ。ここからどうやって逆転するつもりなんだ?」

リーダーが煽った時、正志が彼らの後ろを指さした。

「……たしかに、今は俺たちが不利かもしれない。だけど、勝負は終わってみるまでわからないぜ」

「ふん。負け惜しみを!打て!」

リーダーの命令で、銃が一斉に放たれる。しかし、一発の銃弾も村民に当たらなかった。

「あ、あれ?」

怪人類たちは目を見開いて驚く。正志と村民たちは、弾が放たれる一瞬前に谷に向かってダイブしていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!なんでぇぇぇぇぇぇ」

この行動は村民たち自身も予想外だったのか、勝手に動いて自殺するような行動をとった自分の身体に驚いている。

しかし、谷に向かって落下するかと思われた瞬間、村民たちの身体がふわりと宙に浮いた。

「あ、あれ?」

「何を驚いているんだ?俺たち魔人類が空を飛べることぐらい知っているだろう。東京から富士周辺までそうやって連れてきたじゃないか」

「あ、そういえば」

村民たちは、そのことを思い出してほっとする。

「ぼさっとするな。矢を放て!」

正志の命令で、村民たちは慌てて空中で「怪人類」たちに矢を放つ。あまりのことに度肝を抜かれていた男たちの何人かが、矢に傷ついて倒された。

「ひるむな!応戦しろ!」

我に返ったリーダーの命令で銃を放つも、彼らはもともと軍人ではなくただの不良少年である。空中で動いている的に当てるのは難しく、放った弾はことごとく外れていった。

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