第67話 醜悪な裏切り

「成り代わり……ですか?」

「ああ、怪人類の女たちが、一日に一度餌を持ってくるんだ。その時、奴らを襲って服を奪うんだ」

修は部屋の隅から、フルフェイスのヘルメットを取り出しながら説明する。

「その後、ここから脱出して、正志君に助けをもとめる。このヘルメットをかぶっていれば、奴らにバレることはないだろう。皆も協力してくれ」

それを聞いて、牢内にいた者たちの顔に希望が浮かぶが、同時に不安もあった。

「だ、だけど、我々を助けてもらえるだろうか」

「そうだ。吾平正志といえば、魔人類たちのリーダーで、世界を破壊する大魔王として有名だ」

他の人々は懐疑的だったが、修は説得した。

「彼は私の娘を助けてくれた。信頼できる人物だと思う」

「そうですよ。正志君は私たちも助けてくれました。それにここにいてもどうなるか……」

穂香にそう言われ、他の者たちも決心した。

「よし。わかった。彼に私たちの運命を託そう」

しかし、その意見に一人だけ同意できない者がいる。穂香たちの話を黙って聞いていた利光だった。

(吾平がこの近くでコミュニティを作っているだって?俺がそこにいったら、あいつになぶり殺しにされてしまう。なんとか、俺が助かる道は……))

以前正志をいじめていた利光は、そう考えて恐怖に震える。

(ブヒ……この計画を怪人類たちに密告したら、俺だけは逃がしてもらえるかもしれない)

常に強い者に媚を売り、弱い者をしいたげていた彼は、ついに人間を裏切って怪物に従うことを決める。利光は、この計画のことを一言も聞き漏らさないようにと耳を澄ますのだった。


夜になり、牢内の人々が寝静まったのを見計らって、利光が見回りをしている怪人類に声をかけた。

「あの……お伝えしたいことがあります」

「なんたササミ。俺を早く食ってくれってことかぁ?何がいい?丸焼きか?それても唐揚げがいいか?」

「あはは……冗談ばっかり」

ニヤニヤしている男に引きつった笑顔を向けると、利光はこっそりささやいた。

「……牢の奴らが反乱を起こそうとしています」

「なんだと?詳しく話せ」

真剣な顔になって聞いてくる見回りに、利光は交渉をもちかけた。

「もし話したら、俺のことを助けてくれますか?」

「変わった奴だな。人間を裏切るつもりなのか」

「は、はい。死にたくないので!」

愛想笑いを浮かべる利光に、見回りの男は呆れてしまう。

「お前、見下げ果てた奴だな。俺たち怪人類よりよっぽど怪物だぜ」

揉み手をして卑屈に媚びへつらう利光に、さすがの怪人類も呆れてしまう。

「反乱なんか失敗するにきまってます。どうせあの吾平なんかに頼っても、あなたたちにかなう訳ないので。えへへ……お願いします。俺が奴らから聞いたことを全部話しますので」

「……いいだろう。だが、お前の匂いは全員が覚えているぜ。もし裏切ったら……地の果てまで追いつめて刺身にしてやるぜ」

怪人類の男は邪悪な笑みを浮かべるのだった。



次の日の朝、怪人類の女が牢に入ってくる。彼女は牢内のコーラやカップ麺を見て、ため息をついた。

「……あんまり減ってないね。いい加減に諦めて飯を食いな。どうせ長引けば長引くほど苦しむんだら、さっさと太って食われちまった方がいいよ」

尖った歯をむき出しにしてそう告げる

「さて、今日のメニューは誰にしようかね」

涎を垂らしながら牢内を見渡す女に、穂香が詰問した。

「あなたは、自分と同じ人間を食べて平気なの?」

「ああ。何にも感じないね。ただの肉だ」

「どうしてそんなひどいことが……」

涙を流して責めてくる穂香を、その女は鼻で笑った。

「あんたたちだって豚や牛を食べているだろ。それと一緒だ」

「それとこれとは……」

「違わないね。本能的に私たちはわかるんだ。私たちは人間とは違う生物になってしまった。魂の深いところから何かがささやくのが伝わってくる。現人類という種を食いつくせってね」

その女は、疲れたような表情を見せた。

「……私たち『怪人類(モンストル)』はいくら子作りをしても、子供ができない。きっと現人類を始末するためだけに生まれた一世代だけの種族で、現人類の数が減るにつれて私たちも滅んでいくのだろう。伝承に出てきた、人間を食べる伝説の狼男とか吸血鬼とかのモンスターみたいに」

哀し気につぶやくが、それでも穂香に宣言する。

「それでも、怪人類になったからには使命を全うさせてもらう。お前たちはすべて私たちの獲物だ」

「……なら、その獲物にも抵抗する権利はあるよね」

「なんだって?」

その女が聞き返した瞬間、背後から影が忍び寄る。

「いまだ!」

穂香が会話して気を引いている間に後ろに回った修たちが、集団でタックルを仕掛けてきた。

「お、お前たち!くっ!離せ!」

その女は必死に抵抗するが、修たちに取り押さえられてしまった。

服を脱がして、体型が似ていた穂香に着せる。

「ちょうどいいサイズね。それじゃ行くわ」

「待ってください」

牢から出ようとした穂香を、利光が止めた。

「多分、誰も連れて行かなかったら怪しまれます。俺を今日の食料として突き出してください」

自分が生贄になるという利光を、穂香は止めた。

「でも、それじゃあ君の身が……」

「かまいません。この中で一番太っているのは俺です。俺なら奴らも納得すると思います」

精一杯アピールする利光に、穂香も折れる。

「わかったわ。でも心配しないで。正志君に頼んてすぐに助けに来るから」

「はいっ」

利光は元気よく返事をする。

(くくく……馬鹿め。これで俺だけは助かる)

その腹の中で、舌を出して嘲笑っていた。


「おっ。これが今日のメインディッシュか」

ロープで縛られて牢から連れてこられた利光を見て、怪人類たちの男が舌なめずりをする。

「美味そうだね。どんな調理にしようかな」

女たちが献立を考え始め、穂香は恐怖に震えるが、それでも気丈にふるまう。

「ふ、ふふ。イキがいいだろ。一番うまそうな奴をえらんできたんだよ」

女たちの口調をまねて、蓮っ葉な言葉で告げる。それを聞いた怪人類たちは苦笑した。

「……だが、今日は男を食う気分じゃねえ。やっぱりブクブク太った男より、身が引き締まった女のほうが旨いよなぁ」

リーダーが合図すると、怪人類たちが一斉に穂香に飛び掛かる。

「な、なんでバレていたの?」

ヘルメットを取られた穂香が信じられないといった顔になると、利光が笑い声をあげた。

「はっ。バカな女だぜ」

「き、君!まさか裏切って?」

「そのとおりさ」

利光が視線で訴えかけると、怪人類たちは彼のロープを外した。

「あ、ありがとうございます。これで俺を助けてくれるんですよね」

「ああ。よくやった……と言いたいところだが、お前にもまだやってもらいたいことがある」

ニヤリと笑って、リーダーは地図をもってこさせる。

「そのコミュニティにいるという男たちを、ここにつれてこい。大量の肉をゲットできるぜ」

そういって、富士近辺の渓谷を指さすのだった。

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