第三話 集団農場

・北青丘国―将軍様執政室―

将軍様「ほう。凄いじゃないか」


側近一「ありがとうございます」


将軍様「農業の集団化は失敗するかと思ったが、案外いけるもんだな」


側近二「前年度比五〇%の増産です。このままいけば、逆に農作物余りを起こしてしまいますよ」


将軍様「家畜用の餌に転嫁すればいいじゃないか」


側近一「さすがは将軍様!!名案です!!」


側近二「さっそく、実行に移しましょう」


将軍様「ところで、俺。農村部の視察に行きたいんだけど。なんか将軍様嫁(喜び組娘)が現場を知ることが大事とかしつこくてね」


側近一(傾国の美女め。ボディーガードが居なければ直ぐにでも暗殺するところだ)

側近二「いえいえ、将軍様がわざわざ視察に行かれる必要はないかと……それに警備の問題もございますし……」


将軍様「まだ議会議長派の粛清が終わらないのか?」


側近一「裏切り者共の息は深く、手は長いのです。どこにでもいますからね、ああいう手合は」


将軍様「それでもやはり行くべきだ。トップが穴蔵にいつまでも居るのでは示しがつかん」


側近二「(めんどくせーが、あまりここで拒否するのも面倒だな)了解しました。三日後に視察に訪れましょう」


将軍様「よろー」


・北青丘国―或る地方農村までの車内―

側近一(なんとか、偽造工作をやり終えた)

側近二(村人の口封じは勿論、途中で通る線路沿いの畑には溢れんばかりの作物を植えてある)


将軍様「すごいじゃないか。見渡す限りの豊作だ」


側近一「将軍様の偉大なるご指導の賜物です」


将軍様(将軍様嫁の心配しすぎか……ちゃんと政策の効果があがってるじゃないか)


側近一「もうそろそろ着きます。警備の問題もありますので、我々から離れないでくださいね」


将軍様「うむ、わかった」


・北青丘国―或る農村、共同食堂―

農民一「偉大なる将軍様のお陰でたらふく飯が食えます」

農民二「本当に有難うございます。うちの子供も喜んでいます」


将軍様「(意外と痩せてんな……でも農作業は辛いからこんなもんなのかな?)そうかそうか。それはよかった。子供は国の宝だからな」


側近一「本当に、人民に優しい指導者ですね、将軍様は」


将軍様「それで、国の宝である子供たちはどこに居る?さっきから子供を見ないが……?」


側近二(子供は何をしでかすかわからないからな。遠ざけていたが、致し方がない)


側近二「おい、そこの農民。子供を連れてこい」


農民一「いえ、それが……」


将軍様「なんだ。病気でもしているのか?」


農民一「そういうわけではないのですが……」


将軍様「なら、早く連れてこい。俺は子供に飢えておる」


農民一「はっ。わかりました……」


側近一(農民の態度……なにかあるのか?)


農民一「連れてきました」

農民一子供「将軍様………」


側近一&二(なっ!!ぬかった!!!!)


 将軍様は目を疑った。眼前に突っ立っている子供は、もはや子供とは言い難かった。肉は削げ落ち、頬と膝、そして肩は骨で角ばっていた。しかし、腹は奇妙なほど出ていた。皮膚は乾燥し、子供特有の柔和な肌は老人と見紛うばかりである。子供は服を着ている。それでも、露出している部分だけで明らかに子供が極度の栄養失調の状態に置かれていることが推察された。

 落ち窪んだ眼孔の底から鋭い光が将軍様に突き刺さる。目があった瞬間、将軍様の全身は鳥肌立った。

 (こんな、こんなことがあっていいのか)

 将軍様は真っ白になった頭のなかでそのことだけが延々と繰り返された。

 初めて見る生々しい現実。穴蔵に篭っていた将軍様は、人生で初めて見る世の不条理に心底震えた。鳥肌は次第に冷や汗へと変わり、最後には震えに変わった。

 掠れた声で将軍様は子供に尋ねる。

「君は、ご飯をお父さんに食べさせてもらえないのかね?」

「いいえ、将軍様。お父さんも、お母さんも、弟も、何も食べてません。妹は先月いなくなりました」

 最早決定的だった。状況はどうしようもないほど、ある事実を指し示していた。『農業集団化の失敗』。側近一と二は発言を訂正させようと、農民一と子供に詰め寄ろうとする。しかし、そのようなことを将軍様は許さなかった。

「側近一、側近二。動くな。これは命令である。党序列第一位の将軍様息子の名に置いて発せられた命令だ」

 側近一と二は震え上がった。なぜなら将軍様の、その様な末恐ろしい声は聞いたことがなかったからである。地の底から這い出てきた魔王。側近一と二はそのような幻惑に囚われた。常日頃、気持ち悪いニヤケ顔を貼り付けていた顔面は今はもう直視できないほど怒りに歪んでいた。比喩ではない。文字通り、歪んでいたのである。

 全身は怒りに震え、口元は裂けんばかりに引きつり、目元は形容しがたいほどグニャリと歪んで乱反射していた。将軍様は椅子を引いて立ち上がった。そのままスタスタと子供の方へ歩いて、腰を曲げる。目線を子供に合わせ、精一杯の作り笑顔で話しかけた。

「すまなかった。俺が間違っていた。責任はとる。約束する。必ず腹いっぱい食わせてやる」

「お父さんも、お母さんも、弟も?」

「ああ。皆だ。お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、おじさんも。皆が皆腹いっぱい食えるようにしてやる」

「そうしたら妹は帰ってくる?」

 静かに震えていた将軍様はピタリと止まった。作り笑顔は最早崩れ、目頭には涙が溜まっていた。泣いてはいけない。将軍様は自分にそう言い聞かせ続ける。

(これは自分のせいだ。自分が招いた悲劇だ。泣いて済む問題ではない。泣くのは責任の放棄だ)

 葡萄のように瑞々みずみずしい眼が、未だに子供が生きる意志を失っていないことを如実に示していた。子供の目は絶望に彩られてはいなかった。たしかに苦しみはあっただろう。しかし、それはどんより仄暗いものであって、虚無じみた漆黒てはなかった。それだけに、将軍様は子供の希望をし折ることはできなかった。

 子供ゆえの純真な希望。世間知らずと誰が笑えようか。不条理と不公平を子供に教えて何になろうか。

「あぁ、きっと。帰ってくるよ」

 将軍様はそう言うしかなかった。脂ぎった手で子供の頭を撫でる。

「将軍様、どうして泣いてるの?」

「ありがとう、ありがとう……本当にありがとう。目が覚めたよ」

 子供の耳元で将軍様は囁く。

「??」

 将軍様は立ち上がる。踵を返し、側近一と二に向き直る。

「さぁ、君達。帰ろうか。問題は何もなかった。私は何も見ていない。君達のやりたいようにやり給え」

 将軍様の顔面には、いつものように気持ち悪いニヤけ顔が貼りついていた。

(いまは、まだ駄目だ。反旗の時ではない)


 斯くて、将軍様は地方農村へ視察し、農業の集団化が失敗したことを悟った。ところで、いつから『赤黒き将軍様』が生まれたのかは諸説ある。しかし、今回の視察が大きな引き金となったのは、多くの論者が指摘するところである。

 この時から、将軍様は側近一&二の排除に動く。官僚組織の奥にまで入り込んだ中華派を一掃する方法は強硬な手段しかありえなかった。議会議長派の粛清を超える大粛清が行われることになるのは、言うまでもない。

 北青丘の歴史は嵐を迎えようとしていた。

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頑張れ!北の将軍様!! 理性の狡知 @1914

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