第五話

澄香と別れショーケースに向かうに連れて、俺のテンションは上がっていく。


(そういや情報だとカドイが新しいガスブロを出すらしいなー。超気になる!そして欲しい!)


期待に胸を躍らせつつショーケース前に到着した。

ショーケースにはいろんな会社、いろんな国籍の銃が並んでいる。

会社や国籍と言っても目の前にあるのはすべて日本のメーカーで作られた日本製のトイガンだ。そのため、隣の棚にも全く同じものが違う値段で販売されている。


(カドイは安定してるからいいけど、他の会社はどうなんだろな?値段の割にはたいして変わらないように見えるが…)


実のところそれが結構気になっている。この前ある会社から発売されているSIG SAUER SP2022T を購入したがすぐにマガジンがガス漏れを起こしてしまった。バルブがいかれたと思ってバルブを取り換えても収まらなかったのでマガジンを買い替えることになってしまった。それ以来正直カドイ以外あまり信用できないでいる。


(カドイは値段も安いし性能も安定してるからいいんだけど、種類が少ないんだよなー)


「何を一人で呟いてるのさ?」


考えていたらテンさんに声を掛けられた。


「あー、カドイは値段も手頃ですし性能も安定してますけど、他のメーカーはどうなのかなって思いまして」


「うーん、あくまでも俺の考えだけど、カドイは初心者から玄人くろうとまで使えるメーカーで、他はどちらかというとトイガンとは何かを理解している人向けかな?」


「やっぱりそうですか…。俺には他のメーカーはまだ早いのかな…」


「そんなことないぞ。他メーカーの銃を扱ってみるのも構造を知るという意味で今後の勉強になるからな」


「規格が少し違うだけでどこも同じじゃないですかね…?」


「その違いが理解できないうちはお前もまだまだだな。この場で教えてもいいが生憎俺は忙しい。これ、宿題な」


「マジですか…」


銃の勉強かー。いいかもしれないな。ん?待てよ?


「でもそれって銃を買わなきゃいけませんよね?」


「そうだな。待ってるよ!」


気付いてよかった!危うく買わされるところだった!


「心配するな。多少は安くするからさ。何だったら改造パーツも付けようか?」


昼に食べた若鶏もも肉のドリアよりおいしそうな、いや、確実においしい話だ。


「その時は是非お願いします」


即答の俺。


「あいよー」


この時単純な奴だという顔をしていたのに気付いたのは、その日の寝る前であった。



    ‡   ‡   ‡



 一通り迷彩服を眺めて脳内で装備のアレンジを考えた後、陣のいる方をチラ見したら陣とテンさんが話し込んでいる。何について話しているかは分からないけど、二人ともいつもより真剣な目をしていた。


「何を話しているか気になるかい?」


隣で作業をしていたタクさんが段ボールを解体しながら聞いてきた。


「…………それはどういう意味でですか?」


「もちろん乙女心的な意味で」


「別にどうも思いませんよ」


「ツンデレかー」


「違います!」


「はっはっはっ!」


「笑わないで下さいよ…」


「悪い悪い、…ところで学校は同じなんだっけ?」


「いえ、別の学校です」


「部活は?」


「まだ決めてません」


今日は珍しく聞き込んでくるなぁ。


「サバゲー部はあるの?」


「確かあります」


「そっかそっか。分かった。じゃーねー」


と言って去って行った。このくだりは一体なんだったのか……?





 帰宅途中の坂道。お互いに今日得た情報を交換し合った。陣はガスガン、私は迷彩服について。


「でさぁ、宿題って言われたんだよねー」


「銃に関してでしょ?得意分野じゃん」


「ネットで調べるのもいいけど、実際にモノを触らなきゃ」


「買えばいいじゃん?」


「買えればもう買ってるよ…」


「あ…」


そういえば金欠だって言ってたっけ。


「そっちはどうだった?」


「特に変わったものはなかったよ」


「まぁ、迷彩服も新しいデザインが登場したわけではないしね」


「でも、新しく迷彩服を新調するもの良いかな」


「ほー、次は何にするんだ?」


「多分A-TACS にすると思う」


『A-TACS』とはアメリカ陸軍がACU迷彩服に代わる次期迷彩服として採用を検討している新しい迷彩服の事で、従来の迷彩服とは違い、まるでエアブラシで吹き付けたようなぼかした色彩をしているため迷彩効果が高く、見分けるのが困難なのだ。ただし日本の自然環境での効果は賛否両論で、進めるプレイヤーも居れば、たいして意味ないというプレイヤーもいる。後はベストなどの値段が他の迷彩に比べると一桁多いのが玉に瑕。


「A-TACSかー。俺もそれにしようかと思ってたんだ」


「だと思ったよ」


「貴様エスパーか…!」


「何年の付き合いだと思ってるの?」


「ざっと十年くらい?」


「その通り」


「もうそんななるのかー」


「感傷に浸るほどでもないでしょう」


「そうだな」


お互いにクスリと笑う。


「……今日は楽しかったよ」


少し間をあけて陣が正面を向いたまま言った。


「ううん。こっちこそ。久しぶりに充実した一日が過ごせてよかった」


「また時間があれば行こうか」


「その時は陣がルートをセットしてね」


「マジかよ。今日と同じになるよ?」


「ダメ。しっかり考えて」


「分かったよ」


「よし。期待してる。」


「へいへい。……と、ここら辺かな」


一瞬何のことかと思ったら、丁度T字路に差し掛かったところだった。ここで私たちは分かれることになる。


「じゃあ、また今度」


「じゃあね」


短い挨拶をしてお互い背を向けてそれぞれの家に向けて歩き出す。でも少し話したりない…。そうだ。


「陣!」


思い切って陣を呼び止める。


「どうしたー?」


「今日は付き合ってくれてありがとー!」


「…おう!」


「またね!」


夕方の坂道。夕日が陣と重なって表情までは確認できなかったけど、ワンテンポ遅れてかえってきた返事のトーンからして笑顔だったんだろう。その笑顔を見たかったんだけど…今日はもう満足かな。

そして、私の中で一つのある決心が着いた。


(サバゲー部に入ろう)


サバゲー部に入って陣と同じ喜びを体験しよう。

普通のフィールド主催のサバゲーとは違い、部活としてのサバゲーはナイフアタックありや、バリケードがなく土嚢のみなどオリジナルルールが追加されていてより厳しくなっている。練習は大変だろうけど、まぁ、どうにかなるでしょ。


(入部届を貰う日が待ち遠しい!)


この時私の中の不安は期待に変わり、高校生という新しい環境を楽しむことに決めたのだった。



    ‡   ‡   ‡   



「陣!」


T字路で別れて歩き始めてすぐ、澄香に呼び止められた。何だろう。何か落としたかな?


「どうしたー?」


振り向いて返答する。すると…、


「今日は付き合ってくれてありがとー!」


夕日に照らされて笑みを浮かべる澄香の顔は、今まで見てきたどの表情よりも美しく、幻想的に見えた。そして、俺の中の澄香という存在がより大きなものとなった。


「…おう!」


見惚みとれたせいで返事がワンテンポ遅れてしまった。


「またね!」


澄香が大きく手を振ってこちらに背を向けた。さて、俺も帰るとするか。

明日は部活紹介の後、仮入部届が配られる。


(サバゲー部の先輩たちと初顔合わせだ。どんな人たちがいるのかねー…)


若干の不安もあるが、それよりはるかに大きい期待に胸を膨らませて俺は家路いえじについた。



    ‡   ‡   ‡



 翌日、今日は部活紹介の日だ。

昨日と同じように大岩と登校して下駄箱で別れて教室へと移動する。すると昨日挨拶を済ませた奴を発見。


「おはー」


「ん?おぉ、おす」


大西だ。


「今日h…」


「今日は部活紹介だ!」


「……せやな」


セリフとられた。しかも朝からテンションたけー。


「どうした?テンション低いぞ?」


「俺が低いんじゃない。お前が高すぎるんだ」


「はっはっは!ちげーねー!」


「陣ー?なんか騒がしくね?」


教室廊下側で騒いでいると大岩が横から顔を出してくる。


「あぁ、こいつが昨日話した大西だ」


「へー」


「佐村。誰?」


「小、中、高と同じ学校に通っている大岩孝史だ」


「初めまして。紹介の通り、大岩です。よろしく」


初対面なのでいつもと違って改まった態度で自己紹介をしている。そういや大岩のこういうとこってあんまり見ないなぁ。


「これはこれは。大西洋だ。呼び捨てで構わない。こちらこそよろしく」


何故か敬礼をする大西。


「うん。よろしく」


そして答礼をする大岩。


「ちょ、朝から何やってんだ!」


「ほぅ。見事な敬礼だ」


「そっちも」


俺のツッコミを他所よそにやり取りを続ける両名。え?なに?なんなの?こいつら初対面だよな?セリフがなければなんか前から知り合ってて今日久しぶりに再会したみたいな雰囲気を醸かもし出してるんだけど…。


「そこまで。登校二日目でクラスはおろか、学年から浮く気か?」


「何を言う。佐村よ、俺は見抜いたぞ。こいつも俺らと同じ匂においがする」


「まぁあながち間違ってはいないが…」


「その通りだ大西。つっても俺は航空機だけどな」


「なるほど。空か。陸の方はどうだ?」


「陣に誘われてサバゲーにも参加したことがある。自前の装備も持ってるぜ。もちろん航空自衛隊の基地警備隊装備だ」


親指を立てながらドヤ顔で言い放った。

航空自衛隊基地警備隊とは、航空自衛隊の基地の中で基地の警備・儀仗を担当する部隊の事で、通常は基地ごとに一小隊(三十名程)程度で構成されていて、一つの基地をたったの一小隊で守るのかと言ったらもちろんそうではなく、有事の際は普段別の部署で働いている選抜された隊員を招集し任務にあたっている。


「おぉ…!」


大西が感心したと言いたげな顔をしている。


「迷彩パターンは?」


期待を込めた声でさらに聞く。


「デジタルだよ」


「おぉぉぉ!!」


今度は感動したと言いたげだ。



「感動したっ!」


やっぱり。


「お二方ふたがた、盛り上がってるところ申し訳ないが、時間」


学校に到着したのが八時十五分頃、もう時計の針はもう二十五分を指している。ていうか十分も話してたのか。共通の趣味の話になると時間の経過って早いね。


「もうこんな時間か。では大岩よ、また会おう」


「そうだな」


またお互いに敬礼してるし。


「ほらほら、急ぐぞ」


「そうせかすなよ、陣」


いつもより上機嫌な大岩がニコニコ顔で俺の肩に手を置いてきた。


「そうだぜー佐村。あの先生はまだ来ないだろうし」


「あの先生って誰のことだ~?」


「「「!?」」」


三人の真後ろに俺と大西の担任であり、サバゲー部顧問の尾武先生が気配を消して立っていた。マジで気付かなかった…。この先生何者だ?


「そういえばお前たちの会話がサバゲーじみた内容に聞こえたんだけど気のせい?」


「えーと、俺たちサバゲー部に入ろうと思っていて…」


俺が代表して答える。


「ほー。候補・・三人確保~」


「候補だなんて、俺らは入部希望ですよ?」


大西が三人の意思を代弁した。


「うーん、そういうことじゃないんだけど。まぁ後は部活紹介の後でね~。んじゃ、教室入ってー」


「「「?」」」



キーンコーンカーンコーン



尾武先生の言葉が終わったと同時にチャイムが鳴った。


「まぁいいか。そろそろ戻るか」


大岩が教室に戻る。


「佐村、入ろうぜ。……どうした?」


「え?いや、なんでも…」


さっきの先生の言い方、どこか引っかかる…。


「そうか。ならいいんだ」


大西と一緒に教室に入り席に着くと、すぐに朝のHRが始まった。

そしてこの数時間後、俺の不安の正体が明かされることになるのだった…。

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