第一話
《状況開始》
オペレーターの号令が無線機から響いてくる。
《久しぶりの出撃だ。各員、前に出すぎるなよ》
ヘッドセットから隊長の指示が来た。
ここは東京のとあるショッピングモール。普段は市民が平和に買い物をする場所だが、今はそれどころじゃない。
《アルファ、左翼にまわれ。ブラボーは右翼、チャーリーは正面、デルタは背後だ!》
《《了解!》》
各チームからの了承が聞こえる。
お前達は一体誰と戦っているんだって?もちろんテロリスト共とさ。
事の発端は六時間前、ショッピングモールの荷物搬入口に置いてあったダンボール箱が突然爆発したところから始まる。
爆弾ダンボールとは知らずに片付けようとした係員が持ち上げた途端、中に入っていた爆発物が爆発。係員は死亡。周辺で作業をしていた人たちも三人巻き込まれたが、幸い
離れていたため死には至らず、重症で済んだ。何もよくないけど。
だがこれでは終わらなかった。爆発が合図と言わんばかりに一般人に成りすましていたテロリスト共が次々とショッピングモールになだれ込み、あっという間に占拠してしまったのだ。
しかし恐れることなかれ。有事の際には俺たち東都独立治安維持隊の出番である。
治安維持隊とは警察では対処しきれなくなった銃犯罪に対抗するために新設された特殊機関であり、俺はそんな機関の訓練生、名前は、佐村陣さむらじん。
「さっきから何をブツブツ呟いてんだ?」
隣の同僚が聞いてくる。
「しいて言うなら解説」
「はぁ?」
「何でもない。気にするな」
「はいはい」
デルタ所属の俺たちは指令通り敵の背後を取るため屋上へと向かう。
何故背後を取るのに屋上に行くのかって?窓から奇襲するためさ。
「にしても訓練で一回やった事をいきなり実戦でやれとはなぁ。どう思う?」
俺の問いに同僚は、
「人材不足ってのもあるだろうが、それは訓練生の中で俺らが一番懸垂降下が上手かったからだし、体格も小柄で軽いからだろ」
という返事が返ってくる。
「ひよっこ二人、初めての実戦で浮かれるのは分かるが、そろそろ私語はやめろよ」
「「はっ!」」
上官から注意を受けてしまった。気づけばもう屋上である。いよいよだ。
「本来なら自分でやるもんだが、今は俺がセットする」
教官にロープを固定してもらいながらふと思う。
(夢じゃないよな…)
自分の頬をつねる。痛い。夢ではなさそうだ。
犯人と人質の位置も事前資料でしっかり記憶してある。大丈夫だ。
「突入準備!」
隊長の号令とともに隊長達の雰囲気が変わる。
(これがプロの空気…!)
同僚と顔を見合わせ合図を待つ。
ドク、ドク、ドク…
俺のかそれとも同僚のか、心臓の鼓動が聞こえてくる。
そして…
ゴン!キン!コロコロ……
正面ドアが破られフラッシュバンが投げ込まれた。
次の瞬間すさまじい閃光と高音に包まれた部屋にアルファ、ブラボー、チャーリーがそれぞれ突入する。
《突入!》
「よし行くぞ!」
先行とは少し遅れて俺たちは同時に壁を蹴ってロープをつかむ手を緩ませ下にすべり降りる。
そのまま窓を蹴り破って身近な遮蔽物に身を隠し、同僚に援護してもらいながら人質の元へ駆け寄る。
「お怪我はありませんか?」
人質に問い掛ける。ドレスを着てるってことは、花嫁か。とんだ災難だったなぁ。
「ありません。ありがとうございます」
と怯えつつこちらに顔を向けた花嫁を見て、俺は我が目を疑った。
(澄香…?)
まぎれもなく、幼馴染の市村澄香だった。
(なんで?)
なんで澄香がこんなところに?あ、ドレスだから結婚したのか。でもそんな話聞いてないぞ!
「お、おい、何でお前がこんなところに…」
その時、周りがやけに静かなことに気が付き…
振り向いた俺は絶句した。
振り向いた先の同僚は敵弾に倒れ、すでに殉職していた。
同僚だけではない、先鋭揃いの制圧部隊が壊滅している。
(何…で…)
チャキ
後ろでした不気味な音に視線を合わせると…
サプレッサー付拳銃をこちらに向けた澄香がいた。
「ごめんね、陣。そういうことだから」
いや、待て。訳が分からない。そういうことってどういうことだよ?
澄香が人差し指に力を入れるのを見た俺は……、
カシュッ!
「……っ!」
額に走る鋭い痛みで目が覚めた。目覚め最悪。
「おはよー」
(この声…)
「おはよーじゃねーよ…」
半覚醒はんかくせいの目を凝らすと、
「だって頬っぺた摘まんでもなかなか起きないんだもん」
腕を組み笑顔で仁王立ちをしている妹がいた。
「だからってガスガンで額を撃つ奴がいるか!」
電動ガン程度ならまだ我慢できる。だがガスガンは別だ。電動ガンは空気を使うのに対し、ガスガンはその名の通り高圧ガスである。いくら太平洋並の広い心を持つ俺でも見逃すわけにはいかない。
「あはははは♪」
「笑い事じゃねーよ!どれだけ痛いか試してみるか?ん?」
妹からガスガンを奪いギャーギャー騒いでいると、
「騒いでないでさっさと下りてきなさい。今日から高校生でしょ。藍も早く支度しなさい」
「はーい(ニヤリ」
「…へーい…チッ」
母親に呼ばれてしまった。あと少しで妹を粛正できたのに。ぐぬぬ…。
(にしてもやけにリアルな夢だったな…。まさか予知夢か……!…いや…無いな)
リビングでは既に朝食の準備ができていた。ちなみにメニューは雑穀米に豆腐の味噌汁、おかずは鯵の干物。うん、納得の和食。
現在時刻午前七時十分。まだ十分余裕がある。
「親父は?」
「もう出かけた」
「あれ?今日仕事だっけ?」
俺が問い、母が答え、さらに妹が聞く。
「いや、今日は日帰りで潜りに行ってる」
潜りに行くとは、親父の趣味の一つであるスキューバダイビングである。
「ふーん。そっかぁ」
妹が意味深にうなずいた。何かありそうだ。
む、気づけば七時十五分を過ぎている。さっさと食わねば。飯が冷める。
朝食を食べ終えて洗面をすまし、これから三年間通うことになる高校の制服(学ラン)に着替える。
(中学の時も学ランだったな〜)
などと中学時代を懐かしく思っていると、携帯にメール受信を告げる青い光がテカテカ点滅している事に気がついた。
(こんな朝っぱらから誰だよ…)
【大岩おおいわ孝史たかし】
(大岩か)
内容は、
〔一緒に登校死ね?〕
奴によくある誤変換である。にしても…死ねって…。
〔よかろう。登校はしてやるが、死にはしないぞ〕
即座に返信し荷物を確認する。つっても荷物なんて筆記用具くらいしかないけど。
ピロピロピロピロピロ…
携帯に着信。早いな。
〔コンビニ〕
(は…?)
ん?待てよ。コンビニ…?……サン○ス…、ありがとうか…。
〔お前は普通にメール出来ないのか?〕返信。
〔朝から刺激がほしいだろうと思って〕と、大岩。
〔……刺激なら間に合ってる…〕痛覚を刺激されたぜ。
〔先客が…いただと…?〕何故悔しがる?
〔残念だったな〕適当に返しとけ。
〔ふっ、まあいい。後でな〕
お、案外あっさり引いた。
そして時間とは知らないうちに過ぎるもので
(いけね。時間過ぎてた。一分くらいだけど)
時刻は七時四十一分
大岩が引いたのは時間が来たからか。
自宅前に自転車を準備し大岩を待つ。
(高校かぁ、中学とたいしてかわらんのかなぁ)
中学は歩いて十五分くらいであったが、高校は自転車で三十分くらいかかる。
唐突だが俺が住んでいるのは島だ。その名も『八重ヶ島やえがしま』という。
別に地方の孤島というわけではない。本土には海底トンネルを使えば徒歩でも行けるし、人がいないというわけでもない。
だが知名度が低い。
理由は、この島は昔、島全体に陸軍の練兵所や研究所などがあり、文字通り地図から消された要塞島なのである。
普通はそんな島に民間人を住まわす事は出来ないのだが、政府が日本全国に『青少年体力増進条例』を公布したせいで政府による安全認定を受けた島は超低価格で移住が認められたのだ。条例については後ほど。
もちろん反対する人たちもいた。当たり前だ、島によっては空爆を受けた島もあるのだ。つまり島のどこに不発弾があるか分からないからだ。
しかし政府はこうなることを予想して、候補となっている島一つ一つに自衛隊を派遣し、島全体を徹底的に調べていたのである。そりゃもう隅々まで。
中には不発弾はおろか遺骨が出てきたり、毒ガス瓶が出てきたりなど安全とは程遠い物が出てきた島もあったそうだ。ちなみに八重ヶ島は終戦直後に米軍に接収され、その後返還されたため、安全がアメリカからも保障されている(施設は無駄に頑丈だったからそのまま使っていたらしい)。だからこういった類の島の中では一番人気があり、人口も多い。
こういった政府の地道な努力のおかげで島に関する大きな問題の大半は解決したのである。
さて、少し前の話になるが条例について説明しよう。
この条例は携帯・家庭用ゲーム機の爆発的普及により子供の体力低下を重く見た日本政府が、体力増進、団結力強化を目的に、日本発祥の遊び「サバイバルゲーム」を推奨するというものだった。
でも当然ながら問題はここでも発生する。
『危険だ』という意見については置いておくとして、フィールドの数が少ないのである。
いや、あるにはあるのだが、都心部に集中しているため地方のプレーヤーが参加しづらいのが現状だった。だが、これは地方自治体の頑張りによって解決する。
簡単に言うと廃村、廃屋などを開拓し新しくフィールドを作った自治体に補助金という名の賞金をあげるというものだった。とてつもない無茶振りである。
面倒くさがる市区町村が大半だったが心機一転、村(町)興し、一儲けを目論む一部の人たちは条件をのみフィールドを建設した。
建設したといっても廃村なら小屋を建て直したり駐車場を作ったり、関係ないところに被害が出ないようにする為のネットを張ったり掃除したりなど、大きな作業はこれだけだ。あとはその地域の生態系を壊さないように、野生動物に十分配慮すれば良しとされた。廃屋の場合ところどころ補強して終わり(中には焼けたホテル跡を改装したフィールドもあるらしい)。細かいところは廃村と同じ。
そしていざプレーヤーに解放してみると廃村なら「リアルな自然環境と荒れた村でゲームが出来るのはとても楽しい」、廃屋だと「緊張感半端ない」などと意外と好評で客数も多かったため、「それならうちも…」と、各地で開拓がはじまったのである。
もう一つの問題は銃である。
ご存じのとおり一般的な電動ガン、ガスガンは対象年齢が十八歳以上だ。
一部のメーカーは十歳以上ようのエアコッキングガンや十歳以上用の電動ガン、さらには十四歳以上用のガスガンなどを出してはいるが、なにぶん種類が少ない上に十八歳以上用と比べると戦えない事はないが明らかにパワー不足である。
そこで政府がとった対応は…、
遊戯銃の対象年齢を原則なしとするとする。これに伴いフィールドの年齢制限もなしとする。
ただし十四歳以下の子供が使用、入場する場合は必ず保護者同伴とし、
これを無視した場合は各地域の迷惑防止条例違反として罰せられる。
というものだった。
しかしこれではトイガンは売れるがサバイバルゲームは普及しなかった。
そこで次に政府が目を付けたのが高校であった。
全国の高等学校及び高等教育機関にサバイバルゲーム部を設置させたのだ。それも半強制的に。反対派のPTAが涙目だったのは言うまでもない。
(なにかと強引だよなー、最近。何かあったのか?)
と、最近の日本政府について回想していると…
「おーい、じーん」
大岩が到着した。
「おっす」
「行くか」
「おう」
俺たちは学校に向け出発した。
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