第十四話

 松島さんがバリケードも何もないところでヒットされた挙句、伊縄さんの話では相手側のバリケードには少なくとも十人は居たそう。増えやがった。

対するこちらの戦力は三人。どうあがいても不利。


「ちょっと三人とも!見てないで早く助けてよ!」


松島さんが叫ぶが、こちらとしては今少しでも顔を出したら、このきれいな顔を吹っ飛ばされてしまう。ていうか松島さん、さりげなくこちらの人数暴露したね。


「このままじゃ押し切られる。早く増援を呼ばないと」


伊縄さんは相変わらず冷静。確かにこの状況はまずい。


「部長!増援をよこしてください!部員じゃなくてもいいです!とにかく早く!このままじゃ突破されます!」


《おーけー。とりあえず、要平と友美と長良さんを向かわせたから、それまで持ちこたえて》


「了解!」


俺がインカムに叫ぶとすぐに返事が来た。軽機関銃手が来てくれるとか頼もしすぐる。


「皆、森口先輩たちが来るからそれまで持ちこたえるぞ!」


「森口先輩来るの!?よっしゃ!これでかつる!」


《おい、聞こえるか!》


この声は森口先輩だ。


「聞こえます!」


《今そっちに向かっているんだが、詳しい位置が分からん。誰かを迎えによこしてくれ》


この状況で一人欠けるのは厳しいが、やるしかないか。

適当に進んだ結果、死角から撃たれましたじゃ話にならんしな。


「大岩!いったん後退して先輩を連れてきてくれ」


「分かった!すぐ戻る!やられんなよ!」


一度決めたら早いのが俺らだ。どう動くべきかを素早く理解して行動に移す。

牽制のためか、それとも丸太どうしの隙間からキルを狙っているのか、時々飛んでくる弾に首を竦すくめつつも伊縄さんが丸太の隙間から敵の情報を教えてくれているおかげで、うまい具合に二人で抑え込めている。


「そっちの残弾は?」


隙間を覗く伊縄さんが聞いてきた。


「ノーマルマガジンが二つ。そっちは?」


「同じくノーマルが二つ」


ここで言う『ノーマルマガジン』とは、カドイ純正の89式用バネ式マガジンのことで、これは六十九発を連射できる。他にもゼンマイ式で四百二十発連射可能な『多弾マガジン』と呼ばれている物もある。

ノーマルマガジンを五個持ち歩いているのには理由があり、確かに六十九発しか入らないノーマルマガジンを持ち歩くより、四百二十発はいる多弾マガジンを携行した方が多く弾を持てるため有利なのだが、移動するたびジャラジャラ音がする上、二~三十発撃ったらマガジンの下についているゼンマイをカリカリ回さなければいけないため、いまいちリアリティーに欠けるのだ。それに、合計二千百発も使わないし。


「お互いこれ以上撃ったら弾切れか……」


俺の苦い顔して吐いたつぶやきに無言でうなずく伊縄さんの頬には、熱さとは別の汗が垂れているように見えた。



   ‡   ‡   ‡   



 陣達と別れて先輩たちを呼びに行って戻ってくる途中、中央ルートに進んだものの入るバリケードがなく、進展もないため仕方なく迂回してきた二人のプレーヤーと合流し、計五人の増援を引き連れて笹と良く分からない植物が生い茂るやぶを進む。

途中木の不自然な揺れを警戒してか何発も弾が飛んできたが、頭上を通過するのみでヒットは出なかった。


「連れてきたぞ!」


バリケードに隠れて飛んでくるBB弾をやり過ごす陣達に増援の到着を知らせる。


「やった!松島さんの回収を急ごう!」


「あの位置で救援はきつくないですか?」


ついてきた野良プレーヤーの一人が至極まっとうな意見を言う。


「確かにそうですが部員を見捨てるわけにはいかんのですよ」


と大岩が返す。


「あー、サバゲー部なんですか。通りで連携がうまいわけだ。もしかして上の陸自迷彩の人も同じチームですか?」


「このワッペン付けてたらそうですよ」


部員なら右の二の腕部分に着けるチームワッペンを見せる大岩。単純に我が校の校章をアレンジしたものだが、他の学校も校章をアレンジしたものが多く、極一般的なデザインである。

野良さんたちから聞いたところ、上の戦線は部長の指揮と立風先輩の正確な狙撃支援のおかげで、少しづつだがラインをあげているそうだ。


「のんきに話してないで早く助けてよ!」


いかん。忘れてた。


「俺がMINIMIで援護するから、その内に引っ張ってこい」


「先輩!俺と伊縄さんはもう一マガジンしかないです!」


「二人とも、最後のマガジンだ!」


どっかの大尉のマネをしつつ大岩がマガジンを二つ投げ渡してきた。


「助かる!」


「ありがとう!」


急いで回収し一つはポーチに入れ、一つは伊縄さんに渡す。


「いいか、スリーカウントで行動開始だ。すんませんがお二人も手伝ってもらっていいですか?」


唯一の先輩である森口先輩がこの場の指揮を執る。野良さん二人にも協力を要請し、了承を得たところでカウントが始まった。


「行きます。三…二…一…今!」


カウント終了と共に先輩のMINIMIがとんでもない量のBB弾を吐き出し、さらに大岩を除くその場にいる人たちもそれぞれの銃を敵がいる方向へ掃射する。この場合、狙いをつけずに銃を左右に振りながら撃つことで広い範囲を制圧するのが最も効果的だ。ただの電動アサルトライフルだけでなく、電動軽機関銃の弾幕なんて、たとえバリケの中にいても食らいたくないものだ。

相手チームが弾幕に恐れおののいてあるものはバリケの中、またあるものは木の陰に隠れたところで、大岩が飛び出し、松島さんを救出する。


「助かったー!ペチペチ当たるBB弾が痛くてしょうがなかったよ!」


救助されて開口一番に今までの感想が漏れた。


「それがサバゲーってやつさ。メデックが来るまでここで待ってろ。協力ありがとうございます」


先輩が二人にお礼を述べたのを見て俺らもお礼を言う。野郎三人から言われるのは微妙だったらしいが、女の子二人(二人とも容姿は整っている)からお礼を言われて少し嬉しそうだった。



   ‡   ‡   ‡   



 さっきから頭上や体の傍をBB弾が飛んだり転がったりしているが、命中は一発もない。まぁ一回でも撥ねた弾に当たっても、ヒット扱いにはならないから特に怖くはないんだけど。


《お待たせ大西君、そのまま気づかれないように前進して。接敵したら任意で撃ってよし》


「待ってました!了解!」


テンションは高いままだが無声音で応答し、匍匐前進を開始する。

さっき手榴弾で片付けた人たちは相変わらずメディックを呼び続けているが、流石に最前線まで颯爽☆登場するメディックはいない。そんなのあの沈黙のコックで十分。

ホモォみたいな体勢でカサカサ進むこと大体10メートル。左前方数メートルのバリケに新たな目標を捕捉した。

自由に攻撃して良い許可は出ている物の無暗に進撃して自分の位置を露見するのは非常にまずい。ここで俺はドーランで迷彩に塗られた顔を少し動かして様子を見る。


(うーむ、やれない事もないけどMP7と電ハンとグレネードじゃ心もとないな)


MP7の残弾も心もとないし、今のうちにリロードしておかないとな。

何て考えていたら、


「あの茂みの中だれかいません?」


「え?味方じゃないですか?」


(アカン気づかれたか!?)


「そういえば前のバリケにいた軽機持ちの人達手榴弾でやられたみたいですよ」


「ってことは近くに敵来てるってことじゃないですか!」


このセリフの後、敵陣が一気に殺気立つのを感じた。

手榴弾は便利だがそこそこの重量があるためオーバースローは禁止されている。下投げかサイドスローでないと投げられないのだ。つまり手榴弾キルされたということは敵がすぐ近くにいたということに他ならない。


(あ、これアカンパターのやつや)


「自分見てきます!」


「私も行く」


どうやら男女一人ずつ来るみたいだ。


「カナはここにいて。俺一人でも大丈夫だから」


「でも…」


……………こいつらカップルか……?


「大丈夫、任せて」


カップル死すべし、慈悲はない!


「見て来いカルロ」


敵チームの一人がお約束のセリフを言ってくれた。やるっきゃねぇ。

ガサガサと、落ち葉を踏み、草木をかき分けながら進んでくる音がする。この音の出し方と進み方は素人だな。


「誰かいますか?」


敵陣から大きな声で声が聞こえた。


「……いえ、誰も見えませんね」


「そうですか。見間違いかなぁ」


「せっかくかっこいいところ見せられるチャンスだったのになー。残念」


「いつもかっこいいよ」


(…………………)


おのれノロケおってからに。

俺がタイミングを計っていると、部長から通信が来た。


《大西君、もしかしてだけど敵陣の近くにいる?》


「はい。近くに潜んでます」


《そっかー。敵はどれくらいいる?》


「声は四人分聞こえますけど、詳しい人数は分からないです。あと、下手に動くと気づかれそうです」


現状を伝えると少し間が空いた後、指令が来た。


《君のタイミングで突撃かけて。ヨシが復活したから支援狙撃させる。出来るね?》


「もちろん!ヤッテヤルデスよっ!」


だが正直今出来る戦い方は限られてる。

ここで攻勢に移ってもせいぜい二人やったところで終わってしまうだろう。かといって守りに入っても何の進展もなく終わる。だったら突った方が幾分ましかもしれないのだが。


《ヨシが言うには丁度敵陣にメディックが二人揃ってるって。そろそろ時間がないからここでらへんで決着を付けたいんだ》


メディックをつぶして殲滅戦にするつもりか。仕方あるまい、そういうことなら。


「テンカウントで突ります。いいですか?」


《了解。ヨシに伝える。がんばって》


立風先輩と回線を共通にして、カウントを始める。


「行きます、10、9、8、7、6、5,4,3,2,1、…今!」


0のタイミングで茂みから飛び出る。飛び出る時も、ただ飛び出すのではなく音を出さないように落ち葉の踏み方と生えてる植物に気を付けながらだ。

電ハンのUSPとMP7をフルオートにして弾をばら撒く。

クリアリングで見落としていたのと、音を出させなかったおかげで敵陣にいたメディック二人とディフェンダー一人をキル出来た。


「フハハハハハハ!ここからは、この私が暴れる時間だぁー!」


カツーン!


調子に乗って撃ちまくる俺。三秒で鎮圧。


「馬鹿な……、どこで間違えたというのだ……?」


ここは敵陣、ツッコミを入れてくれる優しい人はどこにもいない。

あのカップルはネタが分かっていないような目でこっちを見てきた。こっち見んな!



   ‡   ‡   ‡



 大西の万歳突撃のおかげで殲滅戦へと移行したゲームは、拠点を突かれた事による敵の動揺と、前線指揮官と部長の連携により、前半の苦戦が嘘のようにあっけなく終わった。

 松島さんも、救助されてすぐに要請を受けて駆け付けた長良さんに復活させてもらい前線復帰。小突かれた仕返しとばかりに五人を撃破。周りも彼女に続けと言わんばかりに攻勢に出て一気にラインをあげたおかげで、知らず知らずのうちに包囲網を形成、受け持ったエリアの敵を掃討した。

その帰り際、本格的なサバゲーが初めてだった松島さんと長良さんは相手からヒットを取った感覚が忘れられないらしく、興奮気味に語り合ってた。

 今回のゲームについての反省会は、翌日の部活で動画を見直しながら行うことになったので、部長の挨拶の下、各自帰宅の途に着いた。

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交戦規定 ーRules Of Engagementー 早坂 将 @ShoHayasaka

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