34
翌日の体調は最悪だった。
騒ぎすぎたせいで身体の節々がいたい。世羽さんにひっぱたかれたおでこがひりひり痛むし、世羽さんにかけられた腕ひしぎ逆十字固めで右腕が外れそうだし、世羽さんにかけられたテキサスクローバーホールドで全身がたがただし、ってぜんぶ世羽さんのせいじゃねえか。ろくでもねえなあの人。怜未にそう愚痴った僕だったが、さしもの世羽さんも今日は気息奄々らしいことを知る。
「二日酔いらしいよ。飲み過ぎだよね」
「自業自得だな」
「身体も言うこときかないみたい」
「歳なんじゃねえの」
「今の言葉、ぜんぶお姉ちゃんに伝えておくね」お願いです命だけは助けてください!
そう言いながら、怜未はあくびをした。やはり彼女も疲れているのだろう。僕がその一分始終を見つめていると、それに気づいた彼女は、顔を赤く染めながら僕のおでこをはたいた。
「いでっ!」
「もうっ! ひとのあくび見つめるのやめてよ、詠人の変態!」
さらにひりひり痛みを増したおでこをさすりながら、そばで押し黙ったままのソラに目を向けた。すると、ソラも小さくあくびをしているのが見えた。それを最後まで眺めていると、気づいたソラはぷいっと顔をそむけてしまう。
怜未も見ていたようで、
「あ、ソラ顔赤くなってる」
「……なってない」
「恥ずかしいの?」
「……なってない」
かわいい!とわめく怜未をよそに、むすっとした表情のソラはさっさと楽器の準備を終わらせてしまった。気づくと、さっきまでずっと僕と話をしていた怜未も、いつの間にかドラムセットの椅子に座ってスティックを構えている。どうやら僕はふたりに遅れをとってしまったみたいだ。「詠人遅い!」「はやくして」と罵声を浴びた僕は、苦笑いをしながらほどきかけのシールドケーブルをアンプに接続する。
あんなにたいへんな目にあったのに、僕らは懲りずにまた楽器室に集まって、三人で音楽をやっている。いや、あんなことがあったからこそ、かもしれない。取るに足らない、ほんのちっぽけな奇跡みたいな夜。僕ら三人を音楽で繋ぎ合わせた、僕らの未来への希望の夜。
曲が始まる。世界を変えたバンドが、たったひとりの愛娘へ贈った曲。僕の魂を揺さぶった曲。僕ら三人をめぐり合わせた音楽。
僕は思う。
これからも、いつもと変わらない毎日が続いていくんだろう。僕がギターを弾いて、それをソラがとなりで聴いている。バンドの練習だってするだろう。もしかしたら、また無茶をして世羽さんといのりさんに迷惑をかけるかもしれない。鬼のように怒鳴る世羽さんの横で、いのりさんは優しく微笑んでいてくれる。世羽さんに怒られて落ち込んでいる僕を、馬鹿な鳥巣と黒渕が馬鹿みたいに笑わせてくれる。そうしてまた、僕はギターを手にとる。そのとなりでは、ソラと怜未が笑っている。
守りたいものを守るということ――世羽さんの言う「大人になる」ということがどういうことか、僕にはまだわからないけれど。
これでいいんだ、と僕は思う。
哀しみを洗う雨は降らない。
空の泣き声は聞こえない。
あの笑顔が、僕の守りたい「たいせつ」なんだ。
空の泣き声がきこえる 音海佐弥 @saya_otm
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