偏差値10の俺がい世界で知恵の勇者になれたワケ

ロリバス

本編

1話「偏差値10の俺が聖剣の封印を解けたワケ」

――この世界には、一つの特徴がある。


 王城には、聖剣が封印されている。

 《王国》を創った初代王が使ったと言われるその剣は、王の証として代々引き継がれていた。

 王が聖剣を携えている限り、この国の繁栄は約束されている。国民の誰もがそう信じていた。

 だが――剣は王の元を、あるいは王は剣の元を離れた。

 今代の王たる《賢王》は聖剣に封印を施し、そして姿を消した。

 時を同じくして《魔王》が出現。今までバラバラだった魔物達を統率し、《王国》へと侵攻を開始した。

 王が聖剣を携えている限りこの国の繁栄は約束されている――あたかもそれを証明するかのように、《王国》は危機に陥った。

 王が聖剣を手放したが故に危機に陥ったのなら、新たな王が聖剣を引き継げばいい。人々がそう願うようになるのに時間はかからなかった。

  《聖剣》の封印を解けたものが次なる王となる。国の重鎮たちがそう布告し、国中の志あるもの達が王城へと集まった。

 だが、新たな王は決まらなかった。誰も封印を解くことができなかったのだ。



 早朝、《聖剣》封印の間に一つの影があった。

 国の重鎮の1人、ラシェル = サルヴァドーリは朝日を反射し輝く聖剣を眺め、ため息をついた。

 布告を出してから未だ一ヶ月……いや、既に一ヶ月というべきか。

 《聖剣》の封印を解くどころか、 手を触れられたものさえ一人として存在しないのだ。

 日に日に魔物達の侵攻は激しくなっている。王国が滅びるまで、そう長くはないだろう。

 

「《賢王》よ。なぜこのようなことを……」


 かつての《聖剣》の持ち主に訪ねようにも、その人は既に此処には居ない。

 故に、問いかけた言葉は封印の間の空虚へと虚しく溶けていった。

 代わりにラシェルにかけられたのは、若い女の声だった。


「お父様、どうなさったのですか……」

「おお、ミシェルか」


 封印の間に入ってきたのはラシェルの娘、ミシェル=サルヴァドーリだ。

 朝日に煌めく金糸のような長髪、思わずため息の出るような美貌は、今は不安に彩られている。


「すまんすまん、少々弱気になってしまっての。もしもこのまま《聖剣》の封印がとかれなかったらと思うとのう……」

「心配なさらないで、お父様。そんなことがないように国中にお触れをだしたのですもの。きっとすぐに、《聖剣》の封印を解ける人が現れますわ」


 ミシェルは笑みを浮かべて父を慰める。だが、その笑顔はどこかぎこちない。

 当然である。《賢王》の作りし封印は強固で、糸口すらまだ見つけ出せていないのだ。父を慰めるために言った彼女の言葉には、何の根拠もない。

 父の背をさすりながら、彼女は《聖剣》の間を改めて見回した。

 《封印の間》の中心には、《聖剣》が吊るされていた。高い天井からヒモでつながれ、とてもでないが手が届きそうにない。

 部屋の入り口は小さく、中にあるのは頑丈な箱と長い棒のみ。果たしてこの状況ですごく高いところに吊るされている《聖剣》をどうやって手に取ればいいのか……彼女にも、彼女の父にも、まったくわからなかった。


「お父様、今日は遠くの村からすごく背の高いお方がやってくるそうですよ。きっとその人が背伸びをすれば、《聖剣》を手に取ることもできますわ」

「おお……そうか、そうか……王都で一番背の高い男が背伸びしても届かなかったが、それならきっと届くかのう……」

「ええ、きっと届くに決まっています」


 父を慰めながら、しかしミシェルは心中に浮かび上がったしこりを無視することができなかった。

 《聖剣》が吊るされてる封印されている場所はすごく高く、王都一背の高い男が背伸びしても指先すら届かなかった。遠くの村の男がすごく背が高いからといって、果たして王都一背の高い男よりもそんなに高いのだろうか?

 もしかしたら、この方法は間違っているのではないかもしれない。ミシェルはそう思い始めていた。

 そもそも、この方法で《聖剣》の封印を解けたとしても、王になるのはすごく背の高いだけの男だ。

 《賢王》は、自分の後継者をそんなすごく背の高い男にしたかったのだろうか?確かに《賢王》の背は低かったけれども。

 ……だが、とミシェルは封印の間の中を見回す。高いところから吊るされた聖剣、頑丈な大きな箱、長い棒。この状況で《聖剣》の封印を解く方法は、やはり背伸び以外に考えられない。

 だから、とミシェルは思う。もしも背伸び以外で《聖剣》の封印を解くことができるものが居るとすれば、それはきっとミシェルたちには思いつかないような素晴らしい解決策を生み出すことができるのだろう。

 そんな者こそ、《賢王》の後を継ぐにふさわしいのだろう、と――



――この世界には、一つの特徴がある。

――それは、この世界の住人はバカしかいない。ということだ。



――――――


 田中龍一はバカである。

 センター試験模試ではマークシートであるにも関わらず零点をとって脅威の偏差値10を叩き出し、記述模試では自分の名前の漢字を間違えたせいで✕を付けられるという小学生のような偉業を成し遂げた。

 教師には「お前、もっと画数の少ない名前を付けてもらえれば良かったのにな」と憐れまれ、クラスメイトには常軌を逸したバカさに逆に尊敬されている。

 だが、龍一の長所はそれを負い目に思っていないところだ。

 たしかに自分はバカだ。だが、学校の成績が全てではない。そんなものは、幾多もある特徴の一つだ。と、胸を張り、今日も前を向いて生きているのだ。

 その日は、学校の定期テスト最終日だった。

 龍一はバカだが、不真面目ではない。テストには全力で取り組む。そして今回は手応えを感じていた。

 いつもは「田なかりゅう一」と名前を書いているのだが、今回は頑張って勉強をして「田中りゅう一」と名前を書いた。これは確実な進歩である。

 というわけで、龍一は意気揚々と帰り道をあるいていた。

 その時、龍一の目の前をふと黒いものがよぎった。

 それは見たこともないほど大きなちょうちょであった。羽を広げれば人の顔ほどの大きさもあるだろうか。今まで様々なちょうちょを追いかけては迷子になってきた龍一も見たことがないほど、大きなちょうちょだった。

 何を隠そう、龍一はちょうちょに目がない。

 別に詳しいとか飼うのが趣味だとかそういうわけではなく、ただ見かけたら追いかけずにはいられない。本能のようなものだった。

 龍一はちょうちょにゆっくりと近づいていき、さっと素手でつかもうとした。だが、ちょうちょはひらりと身を翻してふわふわと飛んでいく。

 ちょうちょを捕まえることは龍一の特技の一つである。これに関してはクラスで一番頭の良い山本をも上回ると彼は考えていた。

 龍一のプライドにかけて、せっかくの珍しいちょうちょを逃がすわけにはいかない。龍一は適当にカバンを放り出し、ちょうちょを追いかけて走り出した。

 公園、雑木林、家の裏、ビルの間、随分と長いこと追いかけたが、ちょうちょは一向に捕まえることができなかった。

 ついには黒い大きなちょうちょはどこかへと姿を消し、いつの間にか龍一は見知らぬ場所にいた。よくあることである。

 そこは何やらコンクリートとは違う石で作られた家が立ち並ぶ町中で、言うなれば中世ヨーロッパ風とも言うべき場所だったが龍一の語彙にそんなことばはなかった。

 とりあえず道に迷ったことは把握できたので家に連絡しようと思ったが、スマホはさっき放り出したカバンの中に入れっぱなしだった。よくあることである。

 さてどうしたものか、と龍一は辺りを見回しながら歩き出した。この男、じっとしていられないのである。

 しばらく歩いていると、大きくて立派なお城の前にたどり着いた。

 城の門の前には行列が出来ており、背の高い男たちがずらっと並んでいた。中には2mを越すものも居るだろうか。高校生としては背の高い龍一からしても、頭一つでかい男が何人もいた。

 

「何だこの行列は、ラーメン屋か?」


 龍一がぼーっと行列を眺めていると、金髪の女の子が彼に近づいてきた。


「貴方も《聖剣》の封印に挑戦しにきたのですか?」

「《聖剣》!?なにそれ格好いい!そうです!」


 女の子に問われて、龍一は即答した。彼はちょうちょに目がないが、同じくらい格好いいものにも目がないのだ。


「そうですか。では、列の一番後ろに並んでください。あと、名前を教えてください」

「俺の名前は田中龍一だ。字はこうだぜ」


 そう言って、龍一は地面に指で「田中りゅう一」と書いた。別に字までは聞かれていなかったが、とにかく「中」の字がかけるようになったのを人に見せたかったのだ。

 金髪の少女は龍一が地面に名前を書くと、驚いたような顔をした。


「貴方、ひらがなが書けるですか!?えっと『……りゅう……』。すみません、この『りゅう』の他に書いてあるのは?」

「俺の名前だ。『田中』と『一』って漢字で書いてあるんだぜ」


 龍一が胸をはると、近くで列に並んでいた人々からざわめきが起こった。


「『カンジ』……だって……!?」

「《賢王》様にしか使えないあの文字を書けるっていうのか!?」

「王都一の賢者すら、『ひらがな』と『カタガナ』を覚えるだけで精一杯だったって言うのに……」

「いや、待て、あいつが本当に『カンジ』をかけているかなんてわからないじゃないか。適当なことを言っているんじゃないのか?」


 驚きと、疑い。

 周囲の反応を受けてなお、龍一は揺らぎすらしなかった。


「おいおい、俺が嘘をついているっていうのか?じゃあこれならどうだ」


 そう言って龍一は地面に指で漢字を書き出した。

 「一」「二」「三」「田」「中」「山」「川」……

 龍一が一文字書くたび、周囲のざわめきが大きくなっていく。

 そしてただ1人、金髪の少女――貴族の娘、ミシェルだけが難しい顔をして漢字を見つめていた。


(あの字……お父様が《賢王》様からいただいた賞状に書いてあったような気がするわ……もしかしたらこの人、本当に……?)


 ミシェルは龍一を見た。龍一は覚えている漢字が尽きたため書くものがなくなったのか、手持ち無沙汰そうに辺りを見回していた。

 彼が本当に漢字を使える賢者なのか、それともタダそれっぽいものを書いた嘘つきなのかは分からない。だが、今のミシェルはわらにもすがりたい気持ちだ。

 もしもこの男が奇跡を起こせるというのなら、その可能性に賭けない理由はなかった。


「貴方……えっと、リュウ!ちょっとついてきてもらえるかしら?」

「え、いいけど……ならばなくていいのか?」

「いいのよ!私が許すわ!」


 よくわからないが許されたならいいだろう、と、龍一はミシェルに促されるまま城に入っていった。

 背の高い者達の列の先には、入り口の小さな部屋があった。

 列に並んでいる者は順番に部屋の中に入っていき、しばらくすると肩を落としながら出ててきた。扉が小さいので、誰もが入る時扉の上に頭をぶつけ、そのうち半分は出るときにも頭をぶつけていた。

 ミシェルが列を無視してその部屋に入っていったので、龍一もその後をついていった。

 もちろん、入る時に頭をぶつけた。


「お父様!お父様!」

「おや、どうしたんだいミシェル。それに後ろの頭を抑えてうずくまっている方は?」

「この方を聖剣に挑戦させてください!リュウなら、封印を解けるかもしれないのです!」


 その言葉に、封印の間の外から覗いていた挑戦者達がざわめいた。

 今まで数々の背の高い者たちが挑んでは破れていったあの聖剣の封印を、たかだかちょっと背が高めで変な服を来た男が解けるというのだろうか?

 だが、ミシェルの言葉にも父・ラシェルの表情は晴れない。


「ミシェル、確かにキミの連れてきた男はそこそこ背が高い。だがね、今日だけでも彼より背の高い者達が何人も挑んでは破れていったのだ」

「いいえ、お父様。私は以前から思っていました。聖剣の封印を解く方法は背伸びではなく、もっと何か……別の方法があるんです!」

「ほう……それで、その方法とは?」

「それは……私には、分かりません。でも、彼なら……『カンジ』を書けるほどの知恵者であるリュウなら、それが分かると思うんです!」

「何、『カンジ』を……!」

「おう、その通りだぜ!」


 話の流れがよくわかっていなかった龍一だが、漢字の話が出ると誇らしげに自分の名前を書こうとした。だが、室内だったので地面に書けず、紙とペンもなかったため諦めた。


「それが本当なら、たしかに彼に賭ける価値はありそうだが……」


 それならば、とラシェルは龍一に《聖剣》の封印への挑戦を促そうとした。

 だが、その言葉は封印の間の外から響いてきた笑い声に遮られた。


「ハハハ!そんなどこの誰とも分からぬ男の妄言を信じられるとは、10まで数えられるとうたわれてたラシェル = サルヴァドーリともあろうお方が、随分と耄碌されたようだ」


 笑い声を上げていたのは背の高いフードをかぶった男だ。肌の色が黒っぽく、フードがまるで下に魔族の頭によく生えている角でも隠しているかのように不自然に盛り上がっている。


「む、誰だね君は?」

「おや、同僚の顔をお忘れですか?」

「フードで見えないのだが……」

「そういう日もあります」


 ラシェルはそうか、と頷いた。確かにそんな日もあるだろう。


「お父様の同僚だかなんだか知りませんがなんですか突然、失礼じゃないですか!?」

「これはこれはミシェルお嬢様。ご無礼をお許し下さい。しかし、そのどこの馬の骨とも分からぬ男に頼らずとも、この私が《聖剣》の封印を解いてみせましょう」


 男はそういうと、封印の間に入ってきた。

 扉を通り抜ける瞬間、男が少し頭を屈めた。すると、なんとあの小さな扉の上の方に頭をぶつけなかったのだ!観衆から驚嘆の声が漏れた。


「あいつは……ラシェル様の同僚の方らしいが……」

「あの小さな扉の上の方に頭をぶつけないなんて只者じゃねえ……!」

「誰だか分からないけど偉い人らしいからな……これはもしかするともしかするかもしれないぜ」


 もしかしたら、という期待を受けながら、男はミシェルと龍一を押しのけ部屋の中心へと歩いていった。

 頭上には高い天井にヒモで封印された吊るされた《聖剣》がぶら下がっている。男の背はそこそこ高いが、とてもじゃないが背伸びしても届かない。

 果たして、男はどうやって《聖剣》を取ろうと言うのだろうか。


「ふんっ!」


 気合と共に、男の両足が床から離れた。ジャンプしたのだ!


「おおっ!」

「そうか、ジャンプすれば背伸びより高いところに届く!発想の逆転だ!」


 ジャンプの頂点で男は精一杯手を伸ばした。だが、《聖剣》には手が届かない。


「そんな……これほどの工夫を凝らしてもまだ届かないのか……?」


 観衆からため息が漏れる。だが、男は彼らを悠然と手で制した。


「はははは!どうやらあなた方はまだ気づいていないようですね」

「何?これ以上、どうするって言うんだ!」


 男はパンパンと手を叩くと、両手を自分の膝に当て、力を込めた。


「今のは私の能力をお見せするためのデモンストレーションです。私はまだ準備運動をしていない。これが何を意味するかわかりますか?」

「……!ジャンプ力が、未だ伸びるっていうのか!?」


 正解だ、とばかりに男が頷くと、歓声が上がった。もはや誰しも、男が《聖剣》の封印を解くことを疑っていない。

 ……いや、歓声の中、一つだけ雰囲気の違う笑い声が混ざっていた。龍一の声だ。


「ははは!ジャンプだって?笑わせるぜ!」

「んん?どうした馬の骨、何がおかしい?」

「おかしいに決まってるさ!これだけ人数が居て、誰もあの剣の取り方に気づいていないんだからな」

「ほお……そこまで言うからには何か策があるんだろうな?私の準備運動が終わるまでまだ少し時間がかかる。その間に、お前の言う取り方を見せてみるといい」


 龍一は自信満々と言った風に頷いた。


「大丈夫なの、リュウ……」

「あれを取れば良いんだろ。楽勝だぜ!」


 不満そうに龍一を見るミシェルに笑顔を向け、龍一は封印の間の中心へと歩いていく。

 ちょうど《聖剣》の封印されている吊るされている場所までたどり着くが、龍一は立ち止まらない。

 龍一が向かうのは部屋の隅、放置されている硬い箱と長い棒のところだ。


「おいおい、あんなもの、どうするっていうんだ?」

「ただの長い棒に、でかくて頑丈なだけの箱だぜ?何の役にも立たないだろ?」


 観衆の声を聞き、龍一はにやりと笑った。

 箱を《聖剣》の真下に置き、棒を持ってその上に登る!たったそれだけの工夫で、なんと箱の高さ分 《聖剣》 に近づくことが出来たのだ!


「なっ!」

「箱に乗ればその分 《聖剣》 に近くなります!背伸びよりもずっと効果的だわ!」

「だ、だけど!あれじゃまだ《聖剣》には手が届かない!それにあんな不安定な箱の上じゃジャンプしたら転んじまうぜ」

「ああ、確かに俺だけの力じゃまだ《聖剣》を取ることは出来ねえ……だけど!」


 龍一は手に持った棒を一閃した。

 ヒモにくくられただけの《聖剣》は棒で叩かれ、落ちていく。龍一は片手でそれをキャッチした。


「初めから役に立たないって決めつけちまったら、見えるものも見えなくなっちまうんだぜ」


 一瞬の空白、そして、歓声が上がった。


「すげえ!まさかあんな方法があるなんて!」

「箱と棒を使うなんて気づかなかったぜ!」

「天才だ!」


 観衆の賞賛を受けながら、龍一は箱の上から降り立った。

 感極まった視線を向けるミシェルと、呆然としながら涙を浮かべるラシェル。二人に向き合い、龍一は問う。


「で、《封印》とやらは解いたけど。これから俺は何をすればいいんだい?」

「おお……新たな王よ……どうか、どうかこの国をお救いください」

「やれやれ……俺は王なんてガラじゃないんだけどな。ま、頼まれちまったら、断れねえな」



 《聖剣》の封印がとかれ、新たな希望が見つかった。

 人々は喜びに包まれていた。故に、誰も気付かない。

 ラシェルの同僚を名乗るフードの人物が、いつの間にか居なくなっていることに……



――


 常に暗雲立ち込め、やたら不気味な声の鳥が鳴き、人間どころか魔族すら近づかない森の奥に建つその城は《魔王城》と呼ばれていた。

 突如として現れた魔王が根城とし、彼の配下である《四天王》が控えるこの城こそ、魔王たちの本拠地である。

 魔王城の一室、4つの席がおかれた円卓のある部屋に、3つの影があった。


「ふん……潜入したは良いももの人間どもに先に《聖剣》の封印を解かれるとは!《策謀》の名が泣いておるぞ!」


 声を荒げているのは巨大な影だ。人の形をしているが、頭には角が生えており、更に全身至る所に武器を携えている。まるで武器の山が動いているようだった。


「おやおや《無双》ともあろうものが細かいことを気になされる。《聖剣》など所詮はタダの剣。あんなものくれてやればいいのですよ。それよりも……我々が警戒すべき人間を発見出来たことのほうが、よっぽど価値があります」


 巨大な影――《無双》の罵声をさらりと受け流しているのはフードを被った影……《封印の間》にてラシェルの同僚を名乗っていた男だ。彼は《策謀》といい、魔王軍四天王の1人だったのだ!

 フードを被って嘘までついていたので、誰にも気づかれることはなかった。まさに《策謀》の名にふさわしい頭脳プレイと言えよう。


「警戒すべき人間ねェ……《聖剣》の封印を解いた男だっけ?たしか、箱に登って棒を使ったって言う」


 ニヤニヤと笑うのは細身の影、魔王軍四天王が1人、《最速》だ。


「人間にしては知恵の回る奴でしたね。アレが全力であれば警戒するまでもありませんが……」

「警戒するまでもない?ふん!先を越されて何を言うか!」

「まあまあ、奪われはしましたが、確か《策謀》が開発したアレがあれば、《聖剣》の封印を先に解いていたのはこちらだった。そうでしょう」

「ええ……この。《靴底にバネが付いているのでジャンプ力がすごく上がる靴》があれば先に聖剣の封印を解いていたのはこちらでしたよ。ふふ、人間たちも多少は知恵が回るようですが、我々と比べればまだまだです」


 ぼよんぼよん、と《策謀》は靴を履いて自慢げに飛び跳ねている。

 《無双》はその姿を一瞥すると、椅子を蹴って立ち上がった。


「ふん!何にせよ。その人間を倒せば《聖剣》も手に入るということだろう。ならば俺が直々に始末してくれよう!文句はないな」

「ええ、どうぞ」

「私も文句はありません。《半月》も……ええ、こんなことで文句を言うようでしたら、そもそも四天王会議を理由なく欠席したりしないでしょうしね」

「ふん!奴は勝手すぎるのだ!力さえなければ誰があんなやつを四天王と認めるものか!」


 肩を怒らせながら部屋から出ていく《無双》を《最速》と《策謀》は笑いながら見送った。


「ふふふ……面白くなってきましたね」

「ええ……くくくく……」


 部屋の暗黒に2人の笑い声と《靴底にバネが付いているのでジャンプ力がすごく上がる靴》のバネがボヨンボヨンという音が響き、やがて消えていった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る