3話「偏差値10の俺が《最速》の四天王を倒せたワケ」

 龍一たちが王都に戻り、《四天王》全員を倒したいという決意を伝えると、ラシェルは驚いた。


「リュウ様……!確かに、 《無双》を倒せたリュウ様ならば、他の四天王を倒せるかもしれません。ですが、危険です!」

「危険でも倒さなくちゃいけないのは変わらないぜ。だったら俺がやるぜ!」

「私もリュウについていきます、お父様」


 二人の言葉を聞き、ラシェルは少しの間悩んだ後に諦めたように頷いた。


「分かりました。そうまで言われるのでしたら止めません。リュウ様がご不在の間、王都のことはおまかせください。10まで数えることしか出来ぬ老体ですが精一杯留守を守らせて頂きます」

「ありがとう、ラシェル!」

「四天王達は王都を出てずっと右にいった場所にある《魔王城》に居ると言われています。しかしお気をつけください《魔王城》への道は途中で曲がっていたり二つに別れていたりして、とても迷いやすいのです」


 ラシェルの忠告に、ミシェルが自信有りげに答えた。


「大丈夫ですお父様、道案内は得意ですもの」

「ミシェル、お前はまだ若いのに右と左がちゃんとわかる聡明な子だが、少しばかり調子に乗りやすいところがある。リュウ様の言うことをよく聞いて、注意深く行動すようにな」

「お父様は心配者ね、大丈夫ですよ。ね、リュウ?」

「おう、ミシェルは頼りになるぜ」


 ミシェルと龍一の返答を聞いてラシェルは少しだけ不安げな表情になった。だが、二人を止めることはなかった。

 龍一とミシェルは荷物をもち、王都から右へと向かって旅に出た。


―――――


 《無双》がいなくなったことで人が戻り始めた《王都から出て右の村》を過ぎると、道は林の中へと続いていた。

 木々はまばらで、林の中にも充分に日が差していた。四天王を倒す旅とは思えないほど、のどかな旅路だった。


「リュウは本当に凄いのね!私が知らないことをすごくいっぱい知ってる!こんなに頭のいい人、他には《賢王》様しか知らないわ」

「《賢王》って前の王様だよな。どんな人だったんだ」


 道すがら雑談をしていた二人だったが、《賢王》についての話題になると途端にミシェルの顔が曇った。


「とても……頭のいいお方だったわ。いつまでも続くんじゃないかってぐらいたくさん数を数えられたし、《ひらがな》や《カタカナ》だけじゃなくて《カンジ》もすごくたくさん知っていたわ……でも、だんだん元気がなくなっていって……ついには、いなくなってしまったわ」

「いなくなったって?」

「わからないわ。突然、王都のどこにもいなくなってしまったの。残されていたのは封印された《聖剣》だけだったわ。その時からいきなり《四天王》や《魔族》が暴れるようになって、私達すごく困っていたの……。リュウが来てくれたとき、本当に嬉しかったわ」


 ミシェルは暖かな笑顔で龍一の顔を見た。龍一は頬を赤らめて、少し視線をそらした。 


「し、《四天王》はその時から出てきたのか。そういや《四天王》ってこないだ倒した《ムソウ》以外にはどんな奴が居るんだ?」

「ええっと、私も詳しくはないんだけれど……すごく強くて賢いけれど、ずっと自分の領地から出てこない《半月》とすごく素早くて、あっという間に見えない攻撃をしてくる《最速》だったかしら」

「ミシェル、それじゃ二人しかいないから《ムソウ》と足しても三人しかいないぜ」


 ミシェルはきょとん、とした表情で龍一に問い返した。


「足すって?」

「足し算さ。1と2を足すと3になるんだぜ!」


 龍一は右手の指を一本、左手の指を二本たててミシェルに見せた。


「えっと、こっちが指一本で、こっちが二本で。いち、に、さん……本当だ!3だわ!リュウ、凄いわ!これが足し算なのね!」

「簡単なことだぜ。ミシェルにだって、すぐにできるようになるぜ!」


 あまりのミシェルのはしゃぎように、龍一は照れたように目をそらした。 

 何度も指を折って三を数えていたミシェルだが、ふいに不安げな表情で足を止めた。


(リュウは本当にすごい人だわ……何かお礼をしたいけれど、私には道案内ぐらいしかできない……ずっと頼ってばかりじゃ、また《賢王》様みたいに居なくなってしまうかもしれないわ……)


 ふと、ミシェルの視界の端を何かがよぎった。それは白い大きな翅のちょうちょだった。


(そういえば、リュウはちょうちょが好きだって言っていたわ。あれを捕まえればお礼になるかもしれない)


 ミシェルは道を外れて、ちょうちょを追いかけていった。

 龍一が振り返った時、すでにそこにミシェルの姿はなかった。


「なるほど……さてはこれは、迷子になったな」


 龍一は落ち着いた様子でつぶやいた。彼にとって、知らない場所での迷子とは良くあることなのである。


――――


 ミシェルは気づいていなかったが、彼女が追いかけているちょうちょは下の方に棒がつながっており、更にその下には棒を持ってちょうちょを操る男の姿があった。

 尖った耳をした細身の男、《最速》の四天王だ。


(くくくく……あのリュウという男を倒すのは大変でしょう。ですが、どうやらこの女とたいそう仲がいい様子。この女を人質にとって酷いことをするぞと脅せば言うことを聞かせられるに違いない。ふふふ、知略は《策謀》だけの特権ではないのですよ……!)


 そう、このちょうちょはミシェルをおびき出すための《最速》の罠だったのだ。人はちょうちょを見れば追いかけざるをえないという性質をついた巧みな計略である。

 龍一から充分ミシェルを引き離したことを確認すると、《最速》はちょうちょのついた棒を放り投げた。


「あれ?ちょうちょは……それに、リュウ……?」

「ふふふふ、愚かな人間め。あなたは騙されてここにおびき出されたのですよ」


 ミシェルの前に立ちはだかる《最速》の姿に、ミシェルは身をこわばらせた。


「あなたは……!?」

「私は《最速》の四天王。あなたを捕らえてあのリュウという男を倒すための人質として使わせてもらいます」

「そんな………」


 《最速》に事実を告げられミシェルはよろめいた。だが、すぐに持ち直して《最速》を睨みつけた。


「騙されたかもしれないけど、そうと聞いて黙ってはいられないわ。私を人質にできるなんて思わないことね!」


 ミシェルはその辺に落ちていた棒を拾い、《最速》に向けて構えた。それを見て、《最速》はあざ笑うようにいった。


「ふふふ、無駄なことを……いいでしょう。私が《最速》と呼ばれる理由、存分に味わっていただきましょう」


 最速はゆっくりとミシェルに近づいていく、ミシェルは棒を構えて《最速》を凝視している。

 あと少しで《最速》を棒で叩けるところに入る。ミシェルがそう思ったのと《最速》が動いたのはほぼ同時だった。


「あっ!」


 と叫びながら《最速》がミシェルの背後を指差した。


(えっ!?何かあるのかしら……もしかして、リュウが!?)


 釣られてミシェルは背後を見た。だが、そこには森が広がっているだけだった。キョロキョロと見回してみるが、やっぱり特別なものがあるようは見えない。

 そう思ってがっかりしたところで、ミシェルの手に衝撃が走った。振り返ると、いつの間にか近づいてきていた《最速》がミシェルの手から棒を奪い取っていた。

 

「ふふふ……これが私が《最速》と呼ばれている理由です。『あっ!』という間の早業で、貴方達が気づく間もなく動くことができる。さてさて、私も無駄なことはしたくありません。おとなしく人質になっていただけますか?」


 《最速》の言葉にミシェルは戦慄した。確かに《最速》の動きは全く見ることができなかった。見えないほど早い動きをされたら、もしかしたらリュウでさえも何も出来ずに負けてしまうかもしれない。

 ならば、答えは一つだ。


「絶対に嫌です!」

「ふぅ、強情な奴だ。素直に人質になっていれば、痛い目にあわずに済んだものを……後悔していただきますよ……『あっ!』」


 再び《最速》がミシェルの後ろを指差して叫んだ。今度こそリュウが来たか、とミシェルは振り返った。何もなかった。背後から衝撃が走り、振り返ると《最速》にパンチされていた。


「さて……あと何発持ちますかねぇ?」


 ニヤニヤと笑う《最速》に、ミシェルは強気な視線を返した。

 それがいつまで持つかは、ミシェルにもわからなかった。


(リュウ……ごめんなさい……迷惑かけちゃって……私、バカだったね……)


――――


 林の中でも一番高い木、その上の方に、一つの影があった。フードを着た男、《策謀》の四天王だ。

 

「ふふふ、手柄を独り占めしたかったのでしょうが、私の前では小細工は無力。《最速》がどれだけ早かろうと、こうやって高いところから探せば簡単に見つけることができますからね」


 いつの間にか居なくなっていた《最速》を見つけるために《策謀》は《最速》が来そうな場所に行っては高いところに登って探していたのだ。なんという知略であろうか。

 ついに《最速》を見つけた《策謀》は、木に腰掛けてミシェルと《最速》の戦いを観戦していた。


「しかし人質とは考えましたね。これが上手くいくのなら良し、上手く行かなくても……ふふふ、私があなたの敗北を活かしてあげますよ。安心して戦うといい……くくく、はーはははは!はーっはっはっはっはっ!」

「そこの人、なんで高いところで笑ってるんだぜ?」

 

 高笑いする《策謀》に、木の下から声をかけるものがあった。龍一だ。


「し、しまった。さっ!」

 

 慌てて両手に持った木の枝で顔を隠す《策謀》。だが。


「何してるんだ?」

(ば、ばかな……私の木の枝が通用しないだと……!?ならば……!!)

「わんわん」

「……何してるんだ??」

(鳴きマネまで、通じない……!?なんという洞察力だ……!)


《策謀》は気づいていなかったが、木の下から上に居る策謀を見上げると角度がつくのだ。普通に正面から見えないように木の枝で顔を隠しても、この場合は全く意味がない。

 まさに頭隠して尻隠さず。策士策に溺れるとはこのことだ。


「い、いやあ、ちょっと遠くを見ようかなと思いましてね。ハハハハ」


 動揺し、顔を隠したまま答える《策謀》。そもそもこうなってしまってはその行為に何の意味もないのだが、龍一は《策謀》の顔を知らないため彼が《四天王》だと気づいていないのだ。

 何事もなかったかのように、龍一は《策謀》に質問をした。


「あ、そりゃちょうどいいぜ。俺も人を探すために木に登ろうと思ってたんだ。なあ、そっから女の子が見えないか?」

「女の子でしたらあっちの方で……」


 と言った所で《策謀》は口をつぐんだ。せっかく《最速》が龍一とミシェルを引き離したのに、教えてしまってはなんの意味もないことに気がついたのだ。

 もしも普段の策謀だったら「女の子」まで言ったところで喋ってはまずいことに気づいただろう。だが、得意の《枝で顔を隠して鳴きマネ》が通用しなかったことで動揺していたのだ。


(私の動揺を誘い情報を引き出すだと……!?この男、想像以上に危険かもしれない)

「お、あっちなのか。ありがとう!」


 龍一は礼を言い、教えられた方向に向かっていった。


(しかも私を放置する……!?今、木を蹴れば私はバランスを崩して落ち怪我をするかもしれない。この《策謀》の四天王を倒す絶好の機会だ。なのにそれを無視する……私など、眼中にないということか!?!?)


 《策謀》は唇を噛み、走り去っていく龍一の背中を凝視した。


「ふ、ふふふ……認識を改めましょう。あなたは恐ろしいほどに警戒すべき敵です……。ですが、私をここで見逃したこと、後悔させてあげましょう……!」


―――――


「無駄ですよォ!私の《最速》には絶対に勝てない!早く降参しなさい!」

「嫌です!」


 未だ首を縦に振らぬミシェルに、《最速》は苛立たしげに叫んだ。

 ミシェルは粘り強く《最速》の攻撃を耐えていたが、限界が近かった。

 突破の糸口は見えず、ミシェルもすでにかなりフラフラしていた。


(ごめんなさい、リュウ……私、もうだめかも……)


 朦朧とする意識の中、ミシェルの脳裏をよぎるのは旅をしていた間のリュウとの会話だ。


(いいか、ミシェル。知らない人についていったらダメなんだぜ)


 あの時のリュウの言葉。


(ミシェル。落ちてるものを食べるとお腹を壊すんだぜ)


 彼はこれを、どんな表情で言っていただろうか。


(ミシェル。ちょうちょを追いかけるのは楽しいけど、迷子になるから気をつけなくちゃいけないんだぜ)

(ごめんなさい、リュウ。私があなたの言葉をちゃんと守っていれば……)


 悔しさが、ミシェルの胸中に満ちる。

 回想しているミシェルを見て諦めたと思ったのか《最速》はニヤニヤと笑いながら語りかけてきた。


「おやおやァ?限界が近いようだ……どおれ、手荒になりますが、次で決めてあげましょう……『あっ!』」


《最速》がミシェルの背後を指差して叫んだ。だが、ミシェルはまだ回想中なのでそれを聞いていなかった。


(ミシェル、10まで数えられるなんて凄いぜ!次は20だな!)

(20なんて……私にはそんなこと……)

(できっこないってか?大丈夫。できないことなんてないんだぜ。どれだけ遅くても、頑張っていればいつかは必ず、できるようになるんだ。だから諦めちゃダメだぜ!)

(リュウ……)

「そうだ、私は絶対に諦めない!」


 ミシェルが目を開くと、目の前には拳をめいっぱい振りかぶる《最速》が居た。

 回想していて《最速》の話を聞いていなかったため、ミシェルは後ろを振り向かなったのだ!


「え、わ、えい!」


 ミシェルが《最速》の身体を押すと、細身の《最速》は尻もちをついた。


「バカな……私の《最速》を破るだと……!?偶然に決まっている!」


 確かにこれを破ったのは偶然だ。

 だが、ミシェルは尻もちをつく《最速》の姿を見て、顎に手を当てて考えた。


「もしかして……あなた、本当にすごく速いんじゃなくて、私が後ろを見ている間に動いていただけなんじゃないの?」

「!!バカな……人間如きが、なぜそれを……」

「リュウに教えてもらったのよ!できないことなんてないって!」


 わなわなと身体を震わせながら《最速》は立ち上がった。


「ふふふ……私の技の正体を見破ったことは褒めてあげましょう。ですがどうです?あなたはフラフラじゃありませんか!《最速》無しで倒すことだって簡単なんですよォ!」


 細身の身体でひょろひょろと向かってくる《最速》。ミシェルはその攻撃を防御するが、これまでのダメージ蓄積が多くてどんどんふらついていく。

 せっかく《最速》の正体に気づけたのに、もうだめなのか……そう思ったミシェルに、一筋の光明が差した。


「あっ!」


 ミシェルは《最速》の背後を見て、驚きの声を上げた。


(私の後ろに何が……!?いや、まて、この女は私の《最速》の正体を知っている……とすると、これはそれを真似したのですね。ふふふ、人間にしては恐るべき知性ですが、私は騙されませんよ)

「無駄です!これでェー!」


 《最速》はミシェルの声を無視して殴り掛かろうとした。だが、その手を誰かが掴んだ。


「おいおい、知らないのか。女の子を叩いちゃいけないんだぜ」


 《最速》が振り向くと、彼の手を掴んだ龍一と目があった。


「ば、バカな……!」

「もし、お前がミシェルのことを信じて後ろを向いていたらこうなってはいなかったかもな。だがお前は後ろを見なかった。人を信じられなかったことが、お前が負けた原因だぜ!」

「バカなー!!」


 龍一のパンチを受け《最速》は仰向けに倒れて気絶した。

 龍一はミシェルを見た。自分が龍一に迷惑をかけてしまった負い目からか、ミシェルは目を逸した。

 龍一はミシェルの肩に手を置いた。


「遅くなってごめん。頑張ったな、ミシェル」


 ミシェルの目から涙が溢れた。龍一は、それを優しく拭った。


――――


「ふん《最速》が敗れましたか。敵を侮りすぎましたね」


 林の高い木の上、戦いの動向を見ていた《策謀》はつまらなそうに息を吐いた。


「ですがそれでこそ私に屈辱を味わわせた男、と言っておきましょうか。あなたはこの手で倒してやりたいですからねえ。しかし……」


 《策謀》は龍一たちから視線を外し、林の先を見た。

 そこには小さな村と、鬱蒼とした森があった。


「この先は《半月》の領地です。やつの手にかかれば、あいつなどボロ雑巾のようなものでしょう……私の手で倒すことは敵わないですかね。くくく、くくくく……」


 くくく、と笑いながら《策謀》は木の上から地面を見た。

 地面までの距離を確認した《策謀》は天を仰ぎ、一人つぶやく。


「思ったより高い……」

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