2話「偏差値10の俺が《無双》の四天王を倒せたワケ」

 《王都から出て右の村》は王国の中でも結構栄えている方の村である。

 人口もいっぱい居て、家も食べ物もたくさんある。

 住民の気風はおおらかで、多少の喧嘩はあれど大きな諍いは起こらない。平和な村だった。


――だが、それも昨日までの話だ。


「ぐはははは!どうしたぁ人間ども。俺を倒さねば、貴様らの村はズタボロになってしまうぞぉ?」


 巨大な――村一番の大男より頭一つは大きい、巨人の身体に牛の頭を付けたような怪物が叫んでいた。

 牛頭の怪物は両手で長い槍を構え、腰には何本もの剣や刀。更には胴にも何やら武器を巻きつけ、背中の籠にも色々と詰め込まれている。まさに全身武器庫だ。

 怪物が槍を振るうと、まるでゴミのように家が吹き飛んだ。


「ひええ!お助けぇ!」


 住人は抵抗も出来ず逃げ惑うばかり。その姿を見て、怪物はふんと鼻を鳴らした。


「どいつもこいつも軟弱者ばかりよ。まったく、歯ごたえのない」

 

 退屈そうにつぶやいた怪物の前に、一人の男が立ちはだかった。


「ま、魔族め!これ以上好きにはさせないぞ!」


 怪物の前に立ちはだかったのは、村一番の大男だ。

 両手でクワを構え、頭には鍋を被っている。村人にできる装備としてはかなり上等と言えるだろう。

 ガタガタと震えながらクワを振る大男を見て、牛頭の怪物はニヤリと口元を歪めた。


「ほぉ、少しは骨のある奴が出てきたな。どぉれ、遊んでやろう」

「でやあああ!」


 大男が、力いっぱいクワを振り下ろす。怪物はそれを槍で受け止めた。ミシリ、と槍が軋む。だが、それだけだ。2人の力は釣り合っているのか、槍とクワはぶつかりあったまま膠着状態になっている。


「どうした?そんなことでは俺を倒すことはできんぞ?」


 ぐ、と怪物が力を込めると。僅かにクワが押し戻された。恐らく、膂力では怪物の方が上。このままでは、いずれ大男が押し切られるだろう。


「うぅ……だ、だけど!倒せなくても、足止めぐらいは……」

「足止めぐらいは、とな?どおれ、《無双》の四天王の力、見せてやろうではないか」


 怪物――《無双》の四天王はそう言うや、両手で持っていた槍から片手を離した。

 押されていた大男が逆に押し返した。当然だ。大男は両手でクワを持っている。いくら人間と魔族の膂力差があれど、両手対片手ならば大男の方が強いだろう。

 四天王、血迷ったか――そう思われたのもつかの間


「ぎゃあああ!」


 次の瞬間、有利な状況に立っていたはずの大男が、叫び声をあげて倒れた。一体何が起こったというのか。


「くくく……貴様はこう思ったのだろう『勝てなくても、クワで槍を抑えていれば攻撃できないだろう』と……だがなあ」


 《無双》の右手には槍……そして、左手には、腰から抜いた剣!


「俺はこんなふうに、両手で別々の武器を持つことができるのだ!ぐははははは!」


 そう、《無双》は槍から左手を離し、その手で剣を抜いて大男を刺したのだ!

 両手で槍を持ったままでは膠着状態。いずれは押し切れるにせよ時間がかかってしまう。

 しかし、槍から片手を離せば、自由になった手で武器をもって攻撃することができるのだ!驚嘆すべき柔軟な発想力であった。


「み……右手と左手で、別々の武器を持つだなんて……これが……四天王の力……………」

「ぐふふ、こうすることで俺は右手と左手で別々のものを攻撃することができる!これが何を意味するか分かるか?」


 牛頭の怪物は右手の槍で右側の家を、左手の剣で左側の家を壊す。槍一本で破壊を行っていた時と比べて、その破壊速度はぐんと増す!


「これで俺が二人になったも同然!貴様らの村ももうすぐおしまいだなあ!ぐははははは!」


 《無双》は両手で武器を振り回し、村をどんどん破壊していく。もはやそれを止められる者など居ない。

 当然である、四天王一人でも勝てないのに、二人になったも同然なのだ。かなうわけがない!

 ああ、人は魔族に勝てないのだろうか……壊されていく村を背に、人々は逃げていくことしかできなかった。


――――


 王城では《聖剣》の封印を解いた龍一が、ラシェルにこの世界についての説明を受けていた。

「……そういうわけで、《王国》は昔からどこか遠くからやってきた王たちの手によって繁栄してきたのです。国にあるもののほとんどは、王たちが持ってきたり作り方を教えてくれたものなのです」

「なるほど、すごいぜ」

 この世界がバカしか居ない割にところどころやたらと文明レベルが高そうなのはそういう理由だったのだ。

「ですが……今代の王である《賢王》様は姿を消され、もはや魔族に対抗する手段はない……そう思われた時、リュウ様。あなたが現れたのです!どうか我らをお救いください!」

「おう、任せてくれ!で、とりあえず何をすればいいんだ?」

「それは……」


 話がそこまで進んだところで、突然、王の間の扉が荒々しく開かれた。

 二人の男が息を切らせながら王の間へと入ってきた。一人は鎧を着たこの城の兵士、一人は土で汚れた服を着た男だ。

 

「ら、ラシェル様!大変です!し、四天王が現れ、《王都から出て右の村》が襲われているそうです!」

「な、なんじゃと!四天王が!?」

「四天王?なんだそれ?」


 兵士の報告を聞き取り乱しかけたラシェルだが、龍一がキョトンと首を傾げているのを見て落ち着きを取り戻した。


「そうでしたな……リュウ様にはそこから説明せねばなりませんな。四天王とは、魔族の中でも特に強いと言われている者たちでございます。四天王の名を聞いただけで、この国の住人殆どが震え上がるでしょう」

「そんなに強いのか?」

「強さもさることながら、恐ろしいのはその知略です。この国の住人のほとんどは数を『1,2,たくさん』までしか数えられません。しかし奴らは四天王を名乗ることで『俺たち魔族は4まで数えられて賢いんだぞ』と我々を威嚇してくるのです……正直、私とて10まで数えられなかったらこうも冷静ではいられなかったでしょう……」


 ラシェルの言葉にガタガタと震えながら兵士も同意するよう頷いた。それほどまでに、四天王の恐怖は人々の間に深く根付いているのだ。


「こちらの男は、《王都から出て右の村》から逃げてきた者です。なんでも、四天王と直接戦ったとかで。ほれ、お前。お前が見たものを説明しなさい」


 兵士に促されて、男はガクガクと震えながら語り始めた。


「お、おらの村を襲ったのは牛の頭をしたでっけえバケモノで……たくさん武器をもって、あっという間に村を壊しちまった……」

「牛の頭……というと《無双》の四天王か!」

「た、確かそんなことを言ってた気がするだよ」

 

 男は震えながらガクガクと頷いた。


「《ムソウ》?そいつはどんなやつなんだ?」

「四天王の中で二番目に強いと言われている者です。あちこちに現れてはいっぱいもった武器を使って破壊を繰り返していると聞いていましたが。まさかここまで来ているとは……」

「ど、どうか!どうか村を助けてくだせえ!」

 

 右の村から逃げてきた男は、震えながら懇願した。

 龍一は男の肩に手を置いた。


「わかった、助けるぜ!」

「……!!ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます……!」

「リュウ様、よろしいのですか?」

「難しいことはわからないけど、困ってるなら見捨てられねえぜ!」


 心配そうに問うたラシェルに、龍一は当たり前のようにそう答えた。


「それで、右の村ってのにはどうやって行けばいいんだ?」

「王都から出て右にずっと歩けばつくのですが……しかし、なぜだか王都を出る場所によっては右にずっと行ってもつかず、逆に左に行ったらつくこともあったりするのです。案内の者が居ればちゃんと村までたどり着ける可能性が高まるのですが……」

 

 ラシェルはそこで兵士と男を見た。

 兵士は四天王という名前だけで怯えきっているし、男は右の村からはるばる逃げてきたばかりでクタクタだ。

 ラシェルが案内できれば良いのだが、ラシェルは道を覚えるのが苦手だ。右の村にたどり着けず何故か《王都から出て左の村》の村についてしまうこともしょっちゅうなのだ。


「リュウ様、誰か案内のものを探しますのでしばしお待ち下さい」

「お話は聞かせていただきました!探すまでもありません!私がリュウを《王都から出て右の村》案内します!」

 

 いつから聞いていたのか、立ち聞きをしていたらしいミシェルが名乗り出た。


「おお、行ってくれるか。ミシェル」

「心強いぜ!よろしく!」


 龍一が感謝をこめてミシェルの手を握ると、ミシェルは少し赤くなって顔をそらした。


「そ、それより、急ぎましょう!早くしないと、《無双》の四天王が何をするかわかりません!」

「そうだった。早く行こうぜ!」


 ミシェルに促されるまま、龍一は聖剣を携えて王都を後にした。

 そして、二人の後を追うようについていく影が一つ。

 だが、誰もそれに気づかない。なぜならその影は両手で葉っぱの生えた木の枝を持ち、あたかも藪であるように偽装していたからだ。

 この知略、そう、この影の正体は《策謀》の四天王だ。


(くくく……《無双》が奴らを倒せるなら良し。倒せないにしても、近くで観察して何か弱点を掴ませてもらいますよ……これが真の《策謀》というものです。くくくくく……)


――


「おお……王都から助けに来てくださったのですか、ありがたや……《無双》の四天王はさっきからあちらの方で休憩しています。私はその隙に命からがら逃げてきたのです」

「そうか、無事で良かったぜ!俺が必ずそいつを倒すからな!」

「ありがたやありがたや」


 道で行き会った《無双》の四天王から逃げてきたという老婆を見送り、龍一は《無双》が居るらしい場所へ向かってずんずんと進んでいく。

 そのとなりをミシェルは不安そうな表情で歩いていた。


「どうしたんだミシェル。浮かない顔だぜ」

「リュウ、大丈夫……?相手はあの《無双》の四天王。武器をいっぱい持っていて強いらしいのよ……」

「なに、武器の数が強さじゃないさ!何本持ってたって、一度に使えるのは一つだぜ」

「それは……そうね!さすがはリュウ!」


 しばらくすると、二人は《王都から出て右の村》にたどりついた。

 村はほとんどの家が壊されている。そして村の中心の広場、切り株に腰をかけて休んでいる姿が一つ。

 牛頭、多数の武器。《無双》の四天王であった。


「そこのお前!お前がこれをやったのか!」

「ああ?なんだお前は。脆弱な人間め、そうだと言ったらどうするんだ?」

「許せねえ!倒してやるぜ!」


 龍一は腰の聖剣を抜き、《無双》へと突きつけた。

 対する《無双》も、よっこいせ、と立ち上がると槍を構える。


「ミシェル。下がっててくれ、危ないぜ」

「リュウ……頑張って……」

「ぐふふ、人間め。貴様もこの《無双》様が倒してくれよう」


 ガチャン、ガチャン、と全身の武器と武器がぶつかる音を響かせながら、《無双》は龍一に近づいてくる。


「とりゃあああ!」


 だが、それに怯む龍一ではない。聖剣を振りかぶって《無双》に打ち掛かった。

 《無双》はその攻撃を槍で受け止める。お互いの武器と武器が絡み合う膠着状態だ。


「やっぱり!どれだけたくさん武器を持っていても一度に使えるのは一つ。リュウの言っていたことは正しかったんだわ!」


 少し離れて戦いを見守っていたミシェルが歓声を上げた。ミシェルのとなりには、不自然な藪があった。《策謀》の偽装だがミシェルは気づいていない。


(くくく……愚かな人間どもだ。これは《無双》の狙い通り。少々、買いかぶりすぎたかな)


 《無双》は槍から片手を離し、腰の剣を抜く。これは《無双》の必殺技両手で別々の武器を使うことで二人になったも同然になるだ。

 《無双》が左手の剣を振る。あわや龍一の運命もここまでかと思われた。だが、《無双》の剣は空を切った。龍一が直前で後ろに飛んでいたため、攻撃が届かなかったのだ。


「ほう……運が良かったな」

「運じゃないさ。直前で気づけて良かったぜ……腕は二本あるから、一度に使える武器が一つじゃなくて二つってことにな!」

「ぐふふ、それに気づけた人間は貴様が始めてだ。褒めてやろう。だが、それに気づけてどうなる。こちらの武器は二本、そちらは一本、二対一も同然であることは変わらないぞ」


 龍一が攻撃を避けたことで安堵していたミシェルだが、《無双》の言葉を聞いて顔から血の気が引いた。

 龍一の武器は《聖剣》一本、一方 《無双》は右手の槍と左手の剣で二本。二対一ではあまりにも不利すぎるのだ。


「そ、それでも……そうだ!リュウもその辺に落ちている木の棒とかを拾えば……」

「ふふふ、無駄だ。愚かな人間よ。木の棒は脆い……武器を二本持っている《無双》にはそれでは勝てんぞ」

「そ、そんな……リュウ……」


 さらに顔色が青くなるミシェル。そしてそれを見て優越感に満ちた顔をする《策謀》。


「って、あれ?ここに居るのは私とリュウとあの四天王だけのはずなのに、一体誰かしら」

(しまった!)


 あまりにも愉快な絶望する人間の姿を見て話しかけてしまった策謀だが、ミシェルに違和感を持たれてしまった。

 辺りを見回そうとするミシェル。だが、《策謀》はその一枚上を行った。


「さっ!」

 

 葉っぱのはえた枝で顔を隠す《策謀》。これではミシェルも気づくことが出来ない。


「気のせいかしら……」


 一方、龍一と《無双》の戦いは龍一の防戦一方だった。

 《無双》の武器は二本、龍一の武器は一本、根本的に手数が違うし、そもそも槍が長いから龍一からは攻撃しづらいのだ。こうなるのも当然だったと言えよう。


「ぐはははは!少々見るべきところがあるかと思ったが、貴様もその程度か!」

「それはどうかな!」


 《無双》の攻撃を避けると、龍一は背を向けて走り出した。


「なるほど?ぐふふ、遠くに行けば攻撃されないと思ったか……だが、その考えは甘いぞ」


 《無双》は剣をしまうと、背中の籠から別の武器を取り出した。

 それは黒くて「フ」みたいな形のシルエットをした鉄の塊だった。


「貴様がいくら離れても無駄なこと。これは魔王様よりいただいた『ケンジュウ』という武器でなあ……」


 《無双》は龍一に向けてケンジュウ……拳銃を構えた。そして


「この《ケンジュウ》は!こうやって使えば遠くの敵を攻撃できるのだ!」


 思いっきり投げた!

 龍一は振り返り、聖剣で拳銃を弾いた。


「《ケンジュウ》は握りやすい形でちょうどいい重さだからすごく投げやすいのだ!そして俺が持っている《ケンジュウ》は一つではないのだ。離れても無駄だぞ?」

「へ、そう思うならやってみな!」


 龍一は再び逃げ出す。そして《無双》はそれを後ろから追いかけながら拳銃を投げつける。これでは距離をとっても防戦一方のままだ!

 

「ああ、リュウ……!」

「はははは!王都で見た時は少しはやる人間だと思ったが、買いかぶりだったかな!やってしまえ!《無双》!」

「貴様に言われずとも!」


 息を飲む、ミシェル、高笑いする《策謀》、そして《無双》、このまま龍一は負けてしまうのだろうか。


「あれ?今誰かいたような」

「む?そう言えば聞いたことのある声が……」


 そしてまた《策謀》が喋ってしまったので、違和感を抱くミシェルと《無双》。


(しまった……!)「ささっ!」

「ううん、藪しかないけど……」


 さすがに二度目は通じづらい。だが、この難局を乗り越えてこその《策謀》である。


「にゃー」

「あ、猫ちゃんでしたか」

「なんだ、猫か」


 見事な猫の鳴きマネで、ミシェルも《無双》も《策謀》の存在を疑うことすら無かった。

 そうして、防戦一方のまま龍一がやられてしまうのではないかと思われた二人の戦い。

 しかし、時間が経つに連れて状況が変わってきた。《無双》の動きが鈍くなっていくのだ。


「はあ……はあ……バカな……追い詰めているのは俺のはずだぞ……なのに、なぜ俺の動きが……」

「ようやく気づいたようだな!」

「貴様、何をした!」


 龍一は逃げるのをやめ、《無双》に近づいてくる。《無双》は拳銃を投げるが、見当違いの方向に飛んでいく。


「気づいていないのなら教えてやるぜ。そいつは疲労さ!」

「疲労だと!?だが戦っていたのはお前も一緒、なぜ俺のほうが疲れているのだ!」

「俺はただ走ってただけさ……それに比べて、お前は武器をいっぱいもってたし拳銃を投げたりしてた……重いものを持ってそんなにいっぱい運動したら、疲れるのも当然だぜ!」


 《無双》がすごく重そうな荷物をいっぱい持っていることを見た龍一は、最初からこれを狙っていたのだ。


「ぐ、ぐぐぐ……!おのれ……!それを聞いて戦ってやる義理もない!今日はここまでだ!」


 龍一の言葉を聞いた《無双》は不利を悟ったのか、慌てて武器を捨てて逃げていこうとする。

 それを見て、龍一は足元に落ちていた拳銃を拾った。


「そして、お前の間違いはもう一つある。拳銃は確かに遠くを攻撃できる武器だ。だが、お前の使い方は全然違ったんだぜ。例えば、拳銃には安全装置ってものがついてる。それを外さないと使えないんだぜ」


 かちゃかちゃ、と手元の拳銃を弄り安全装置を外した龍一。そして逃げていく《無双》に向けて構え。


「覚えておきな!これが拳銃の使い方だぜ!」


 思いっきり、投げた!

 拳銃は回転しながら飛んでいき、《無双》の後頭部にぶつかる。そしてその衝撃で銃弾が暴発!弾は明後日の方向に飛んでいくが、反動で銃本体が《無双》の頭に強くめり込む!


「ぐわあああああああ!」


 頭を強打された《無双》はその場にどすんと倒れ、動かなくなった。気絶したのだ。


「すごい!すごいわ、リュウ!まさか四天王を倒してしまうなんて!あなたは本物の賢者よ!」

「……」


 ミシェルは感極まって龍一に抱きつく。

 ふくよかな胸が龍一の身体に当たるが、龍一の表情は晴れない。


「リュウ?」

「これ、全部四天王の奴らが壊したんだよな。あのお城であったおっさんとか、道であったばあちゃんたちが住んでたのに」

「……そうね」


 ミシェルの言葉に、龍一は一度目を閉じ、開いた。


「決めたぜ、ミシェル。俺は四天王を全員倒すぜ」

「本当、リュウ!?だって、今 《無双》を倒したけど、残りはまだ、えっと……1,2……」

「3人だぜ」

「そう!3人も居るのよ!そんなにたくさん、無謀だわ!」


 不安そうに龍一の顔を見上げるミシェル。それを、龍一はまっすぐ見つめた。


「わかってる。でも、やるぜ」

「リュウ……」


――あるいは、この世界に勇者が現れた瞬間があるのだとしたら。それはこの時だったのかもしれない。

――そして、二人は気づかなかった。いつの間にかミシェルのとなりでガサゴソしていた藪がなくなっていたことに……


――――


  一人魔王城で留守番だった《最速》の四天王は、武器庫を訪れていた。


(悔しいですが、私は《無双》のデカブツより弱いですからねえ……しかし、あいつが強いのは武器をいっぱい持っているから。ということは、私も武器をいっぱい持てば《無双》より強くなれるのでは?)


 そう考えたので、とりあえずいっぱい武器を見繕おうと思ったのだ。

 さて、どれを使おうかと考えていたところで、武器庫に新たな人物が入ってきた。

 両手に葉っぱの生えた枝を持った人物、《策謀》である。


「《最速》よ」

「うん……?今、声を書けられたような……しかし藪しか無い……」


 《策謀》は木の枝を捨てた。


「《最速》よ。《無双》がやられましたよ」

「《策謀》いつの間に……《無双》がやられた!?一体なぜ!?」

「弱点をつかれたのですよ。武器をいっぱい持ったまま戦うとすごく疲れる、というね」


 《最速 》の額に汗が浮かんだ。


「当然といえば当然、むしろなぜ気付かなかったのか疑問に思うくらいの弱点ですが、まさか人間ごときにそこをつかれるとは……」

「そ、そうだな」


 悔しげな顔をする《策謀》。

 とりあえず、《最速》は《策謀》に気づかれないようにこっそりと選んでいた武器を捨てた。


「しかし己の戦い方の弱点にも気づかないとは《無双》もその程度だったのでしょうね。そう言えば《最速》、あなたはここで何を?」

「そ、掃除ですよ。暇でしたからね」

「そんな些事、誰かにまかせておけばいいものを……」

「と!とにかく!《無双》がやられたのであれば次は私が行きましょう!」


 《最速》は話をそらした。


「いいのですか?《無双》がやられたのですよ。相手の強さは相当のもの、ここはやはり《半月》に行かせた方が……」

「奴がそう簡単に領地を離れるわけがあるまい。それに、私には策がありますからね。《無双》のような愚か者とは違うところを見せてあげましょう」

「そうですね……まったく、たしかに戦闘後半になってくると弱くなってくるとは思っていましたが、あんな弱点があったとは……自分の戦い方の弱点ぐらい把握していればいいものを……そう思いませんか、《最速》?」


 《策謀》がつぶやいている隙に、《最速》はそそくさと出ていっていた。


「ふ……やれやれ、《最速》というだけあって気の早いことです。ところで、この武器庫、やたらと色んな武器が散らばっているのですがなぜなんでしょう。掃除をするならきちんとすればいいのに」


 武器庫の暗がりの中、《策謀》が《最速》の散らかした武器を片付ける音が響き、やがて消えていった。

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