5話「偏差値10の俺が《策謀》の四天王を倒せたワケ」
「《遠くの村》へようこそ!リュウ様、お待ちしておりました!」
魔王城に一番近い村、《遠くの村》。
そこにたどり着いた龍一たちを迎えたのは、満面の笑みを浮かべたすごく背の高い男だった。
「どうも!って、俺のことをしってるのか?」
見知らぬ相手に名前を呼ばれて、龍一は驚いた顔で訪ねた。
背の高い男は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべ、ミシェルにちらりと視線を向けた。
ミシェルは少しの間、記憶を探るように考えたあと、あっと声を出した。
「あ!あなた、《聖剣》の封印を解くために王都に来ていましたね?」
「ええ、そうです。ご存知の通り私には《聖剣》の封印を解くことが出来ませんでしたが……。ですので、リュウ様が《聖剣》の封印を解いた時は本当に感動しました!」
「いやそんな、大したことじゃないぜ」
照れたように頭をかく龍一に、背の高い男は感動した様子で詰め寄った。
「リュウ様、この先急がれるのでしょうか?もしよろしければ、どうやって《封印》の解き方に気づけたのか、お話を聞かせていただきたいのですが」
「ええっと……」
龍一は困ったようにミシェルと《半月》を見た。
魔王城へ急ごうとした龍一とミシェルをこの村に連れてきたのは《半月》だった。たぶん、ここで一休みしたほうがいい、ということなのだろう。
だったら時間はある。話ぐらいはできるだろう。
しかし、と龍一は思う。話をするのはいいが、その間ミシェルと《半月》にはどうしてもらおうか。
一緒に来てもらってもいいが、多分暇だろう。龍一は他の人が難しい話をしている間、待っているのが好きではなかった。そして自分が好きでないことを他人にやらせるのが良くないとも思っていた。
「あ、もちろんミシェル様とええっと、そちらの……」
龍一が悩んでいるのを悟り、背の高い男はミシェルと半月も誘おうとした。
だが、《半月》の姿を見て言葉に詰まった。
恐らくこの男は《半月》が四天王であることを知らない。知っていればこの程度の反応では済まないだろう。恐らく、ただの熊だと思っているはずだ。
だが、《半月》の素性を知らずとも毛深く巨大なその身から醸し出される威圧感は、常人が萎縮するのに充分だった。
男の様子を見て、ミシェルはニコリと笑って《半月》の肩を叩いた。
「いいよ、リュウ。私たちは二人で村を見て回ってるから、行ってきなよ」
「グウ」
《半月》も同意するように唸ったのを聞いて、龍一は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとう、二人がそう言うなら行ってくるぜ」
「行ってらっしゃい」
背の高い男と一緒に行く龍一の姿を見送ってから、ミシェルと《半月》は同時にため息をついた。
「えっと、それじゃあ見て回ろうか、《半月》
「……」
ミシェルの言葉に、《半月》はぷいっと顔をそむけた。
ミシェルと《半月》はいまだ打ち解けられていない。
《半月》は、自分のことを分かってくれる人間である龍一に強い執着心を抱いていて、ミシェルに対しては逆に距離のあるような態度を取っている。
龍一に気を使ってああ言ったが、二人で楽しく村を見て回れるとは思えない。
ミシェルは辺りを見回した。
王都ほどではないにせよ《遠くの村》は賑わっている。家がいっぱい立ち並び、人もたくさんいる。
だが……たくさんいる人達はみなミシェルと《半月》のことを遠巻きにしていた。これもひとえに《半月》の放つ剣呑さのせいである。
「ううん、どうしよっか……」
ミシェルが悩んでいると、《半月》が鼻を鳴らしながら歩き出した。
「どうしたの、《半月》?」
《半月》の進む先には大きな木が生えていた。
木の根元には大きな皿が置いてあり、その上に美味しそうな食べ物が山盛りになっていた。
そして皿の真上には大きなカゴが縄で吊るされていた。縄は木の横のまるで人一人が地面と同じ色の布を被っているように盛り上がった場所へとつながっている。
それを見て、ミシェルは目を輝かせた。
「わあ、美味しそうな食べ物!」
「ガウ!」
ミシェルも《半月》そろそろ小腹が空いてくる時刻だ。
龍一はたぶん背の高い男のところでおやつでもいただいてくるだろう。ならば、ミシェルと《半月》もおやつを食べてもいいのではないだろうか。
フラフラと食べのものと大きなカゴに近づいていく二人、その姿を見てほくそ笑む者がいた。
(くくく……最強の四天王といえど所詮は獣。我が《策謀》の前には無力ですね。そしてあの男に見破られた経験を活かして改良した私の新しい隠密術 《地面と同じ色の布》……人間の小娘相手には少々やりすぎでしたかね?)
《策謀》の四天王だ。
彼は 《地面と同じ色の布》を被ることで誰にも気づかれず木の根元に潜んでいた。もちろん、食べ物とカゴも《策謀》が用意した罠だ。
(あの二人が食べ物のところに来た所でこの縄を離せばそれでおしまい。あの二人は袋のネズミ、というわけです。《最速》は情けない戦いをしましたが人質を取るという発想は良かった。使わせていただきますよ、くくくく……)
縄を握り、今か今かと二人を待ち構える《策謀》。
だが、あと少しでカゴの下に来る、というところでミシェルの足が止まった。
(ええい!何をノロノロとしているのだ!早くかごの下にこい!)
「あ、ダメだ」
《策謀》の苛立ちとは裏腹に、ミシェルは立ち止まって少し考えると、《半月》の肩を掴んで引き止めた。
「ダメ、《半月》!リュウの言葉を忘れたの?『落ちてるものを食べるとお腹を壊すんだぜ』って、リュウが言ってたじゃない!」
不機嫌そうに唸っていた《半月》だが、その言葉を聞いてピタリと立ち止まった。
「ね、だからアレは諦めよう」
「グゥ……」
二人は名残惜しそうに食べ物を見ながら、離れていった。
(バカな……!?あの男は、どこまで私の邪魔をする……!!ええい、ならば次だ!)
布の下、いつものようにフード付きのローブを着た《策謀》はローブの下から次なる道具を取り出した。
それは糸で吊るされたちょうちょが先端に付いた棒だ。棒の先についているちょうちょは三匹。そして同じ棒が合計四本。合わせてすごくたくさんのちょうちょがついた棒だ。
(くくく……ちょうちょで釣るという《最速》の作戦は悪くありませんでしたが、私はさらにその上を行く……棒の先のちょうちょを増やし!さらに《無双》の技を応用して棒は両手に持つ!その上片手に持つ棒の数は二本!このちょうちょ天国が貴方達を地獄に誘うのですよ……!)
《策謀》は布から棒を持った両手を出すと、ミシェルと《策謀》の視界に入るように移動した。
先にちょうちょ天国に気づいたのは《半月》であった。
リュウの名前を出されてとどまったものの、腹を空かせた《半月》はいささか気が立っていた。
その視界にやたらとたくさんのヒラヒラ動くものが入ったのである。野生の本能を忘れておらぬ《半月》としては、もう飛びかからぬわけには行かなかった。
「あ!だめ、《半月》!リュウが言ってたわ!『ちょうちょを追いかけるのは楽しいけど、迷子になるから気をつけなくちゃいけないんだぜ』って!」
続いて気づいたミシェルが《半月》を呼び止めようとするが、野生の本能を思い出した《半月》は脇目も振らずにちょうちょへと飛びかかろうとする。
(くくく……あとはこのまま追いつかれないようにカゴのところまで誘導すればおしまいよ……!)
迫ってくる熊の迫力に脂汗をかきながら、《策謀》はちょうちょを巧みに操り先ほどの木に吊るしたカゴの下に《半月》を誘導しようとした。
その時、走る《半月》の視界を何かがよぎった。手のひら大の丸い物体、ボールだ。
それに気づいた《半月》の動きは早かった。後ろ足で立ち上がると前足でボールをキャッチ、つづいて飛んできた二つ目のボールもキャッチ、三つ、四つとキャッチすると、それを使って器用にお手玉を始めたのだ。
「ふう、良かった……ありがとうね」
「うわあ!あの熊さん凄いね!」
ボールを投げたのはミシェルだ。
《半月》が我を忘れているのに気づいた彼女は、リュウがやっていたように《半月》の身体に染み付いたサーカスの経験を呼び起こさせるため、近くにいた子供からボールを借りて《半月》に向かって投げたのだ。
彼女の考えは見事的中し、《半月》はボールを使って器用にお手玉をした後、子供にボールを投げ返してぺこり、とお辞儀をした。
「すごい!すごい!」
ボールを返された子供は大はしゃぎで拍手をした。さらに、ミシェルと《半月》のことを遠巻きに見ていた人たちも、《半月》の見事なお手玉を見て感動したように拍手をしていた。
「もう、《半月》!ダメだよ、ちょうちょを見かけたからって追いかけちゃ」
「グゥゥ……」
《半月》はミシェルに怒られて、ふてくされたように唸った。
そんな二人の周りにはどんどんと人が集まってきた。
「いやあ、すごいもんだねえ!他にも何かできるのかい?」
「面白かったよ!ねえお嬢ちゃん、くまさん。良かったらこれ、食べるかい」
「もーいっかい!もーいっかい!」
ミシェルと《半月》は顔を見合わせ、少し笑って他の芸を披露し始めた。
村の人々は大喜びだが、一人憎々しげに顔を歪める者がある。《策謀》である。
(おのれ、ちょうちょもダメというのは予想外だ……!ええい、危険はあるが、こうなったら……!)
芸が一段落したところで、新たな人影がミシェルと《半月》の前に現れた。
まるで魔族によく生えている角が隠されているように不自然に盛り上がったフードを被った男は、ぱちぱちと拍手をしながら二人に声をかける。
「いやあ、素晴らしいものを見せていただきました!お二人とも、この御礼に私の家で食事でもいかがですか?」
突然現れた謎の人物に、観衆の一人が眉を潜めた。
「なんだあんた、突然割り込んで」
「私はこの村の偉い人ですよ」
「偉い人ぉ?あんたなんか見たことねえぞ」
「フードを被っていて顔が見えないからではないですか?」
確かにそれもそうか、じゃあ偉い人なんだな。と観衆は納得した。
「さあ、お二人ともどうですか?私の家に美味しいご飯が用意してありますよ」
その言葉にミシェルは難しい顔をした。
美味しいごはんは確かに魅力的だ。だが
「『知らない人についていったらダメなんだぜ』ってリュウが……」
「まあまあ、いいじゃないですか。そのリュウだって背の高い人と一緒に行っちゃったでしょう?」
「背の高い人は王都であったことがあったし……」
ミシェルの返答にフードを被った男は舌打ちをした。
「ええい、いいから来なさいと言っているのですよ!」
フードを被った男が強引にミシェルの手を引っ張ろうとしたところで、《半月》が男に顔を近づけた。
何かを確かめるように鼻をひくつかせた後、《半月》はフードの男に向かって前足を振り下ろした。
「あっ!何してるの《半月》!」
「グアアッ!」
《半月》の爪で破られてフードの下からは、頭に二本の角が生えた端正な顔立ちの男が現れた。
フードに顔を隠されていても、臭いはごまかせない。《半月》の動物的嗅覚はフードの男が魔族……《策謀》であることを見抜いていたのだ。
「角……うわあ、魔族だ!」
「に、逃げろー!」
蜘蛛の子を散らすように観衆は逃げていった。残されたのはミシェルと《半月》と《策謀》だけだ。
「くくく……裏切り者とはいえ元最強の四天王、よくぞ私の変装を見抜きましたね……!」
「四天王……あなたが、えっと……最後の一人の四天王、《策謀》なの!?」
「バレてしまっては仕方ありません。ええ、その通り、私が《策謀》の四天王……」
《策謀》が名乗りをあげようとしたところで、後ろから声をかけられた。
「ミシェル、《半月》、おまたせ!……あれ?そっちはこないだ木の上に居た人?」
背の高い男との話が終わり、龍一が戻ってきたのだ。
龍一は《策謀》の顔を見てあれ?という顔をした。漢字は覚えられないが人の顔は覚えられる。龍一の記憶力は確かに《策謀》がこないだ木の上に居た親切な人だと見抜いていたのだ。
「リュウ、その人は《策謀》の四天王よ!」
「なんだって!?あの親切な人が!?」
龍一は驚いたように《策謀》見た。策謀は苦々しげに表情を歪めた。
「クソ……合流されてしまうとは……あるいは、私もあなたの手のひらの上で操られていただけということですかね……!!」
「手のひらの上?」
龍一は身に覚えのないことを言われてキョトンとした。
その隙を好機と見たのだろう。策謀は次なる動きに出た。
「ここは一時撤退させていただきますよ!」
バッ、とフード付きのローブを脱ぎ捨てると《策謀》はそれを龍一に向かって投げつけた。
龍一はとっさにそれを聖剣で受け止めた。重みで刀身にローブがまとわりついた。
ローブの下には木の枝や《靴底にバネが付いているのでジャンプ力がすごく上がる靴》、縄、大きなスコップなど《策謀》の作った様々な道具が隠されていたため、やたらと重く絡まると外しづらい。
「くはははは!次はこう上手くいくと思わないことですね!」
絡みついたローブに手間取っている間に、手ぶらになった《策謀》は走って逃げ出していた。
《策謀》の逃げ足は意外と早く、すでに結構遠くに行ってしまっている。
「ああ、逃げられてしまったわ……」
「グゥ……」
肩を落とす《半月》とミシェル。しかし龍一は自信有りげに笑った。
「いいや、まだ追いつく方法はあるぜ」
「そうなの、リュウ!?」
「ああ、そのためには《半月》の力を借りることになるけどな」
「グゥ?」
――――
「はぁ……はぁ……ここまで来れば……」
村外れの広場まで逃げてきた《策謀》は肩で息をしながら背後を確認した。
すでに龍一たちの姿は見えない。どうやら逃げおおせたようだ。
「はぁ……はぁ……所詮は人間と熊、この程度ですか……くはははは!」
立ち止まり、息を整えながら笑う《策謀》。その時、彼の耳に小さな音が届いた。
チリンチリーン、と響くベルの音。その音の正体を彼は知っている。
「《半月》……!?おのれ、だが熊一匹などどうとでも……!!」
「だけじゃないぜ!」
まず最初に現れたのは自転車に乗らず普通に走る《半月》。
そして次に現れたのは自転車を二人乗りする龍一とミシェルだ。
「《半月》は普通に走った方が自転車に乗るより速い……そして二人なら一台の自転車に乗ることができる。こうするのが一番早く移動する方法なのさ!」
「グゥ」
《半月》は納得の行かないように唸った。
「ごめん」
「ごめんね、《半月》」
「ガ」
龍一とミシェルに謝られたので、《半月》はまあゆるすか、というように唸った。
「ともかく追い詰めたぜ《策謀》!」
「追い詰めた……?くくく……ふはははは!」
「何がおかしい!」
「おかしいですとも!こうも思い通りに行くとはね!」
高笑いする《策謀》に近づこうとしたところで、《半月》の身体が地面に沈み込んだ。
「《半月》!」
「こんなこともあろうかと落とし穴を掘っておいたのですよ!」
穴に落ちる《半月》。慌てて龍一は自転車のブレーキを握った。
だが、自転車は急には止まれない。地面にブレーキ痕をつけながら、龍一とミシェルを乗せた自転車は落とし穴へと向かっていく。
落ちることを覚悟したミシェルが龍一の身体にぎゅっとつかまった。だが、予想された衝撃は訪れなかった。
「え……?」
先に落とし穴におちた《半月》が、落とし穴を塞ぐように両前足をかかげていた。
自転車の車輪は《半月》の前足の上に乗り、落とし穴に落ちることを免れていたのだ。
「くそ……!一人ではそこまで深い落とし穴を掘れなかったのが仇になったか!だがその熊をそこから引っ張り上げることはできまい!戦力は半減以下だ!」
「それがどうしたっていうんだ。俺は今まで三人の四天王に勝ってるんだぜ?」
自転車から下りた龍一は聖剣を構えた。
その姿を見て、《策謀》はニヤリと笑った。
「ええ……あなたが他の四天王を倒してきたことはよく知っていますよ。実のところね、私はあなたのことを尊敬しているのですよ。よくもまあ、あのような戦法を思いつくことができるものだ」
「え、照れるぜ」
龍一は恥ずかしげに頭をかいた。
「だからねぇ、私もあなたの真似をさせてもらうことにしたのですよ!気づきませんか、今の状況が何か似ていることにね!」
《策謀》は何も持っていない両腕を広げた。様々な道具を仕込んでいたフードを脱いでいるので、完全に丸腰だ。
それを見て、最初に気づいたのはミシェルだった。
「何も持ってない四天王と武器を持った龍一……もしかしてこれって、《無双》の時の……」
「ええ!あの時の逆です!私は道具を全て捨てて逃げた!そしてあなたは《聖剣》を持っている!これはつまり、あなたの方が疲れているということです!」
ミシェルの顔色がさっと青くなった。まさか龍一の使った戦法が逆用されるなどと、夢にも思っていなかったのだ。
「こうなってしまえばこちらのもの……さあ聞かせてください、自分の戦法で倒される気持ちをねェー!」
《策謀》は笑いながら素手で龍一に殴りかかった。龍一はそれを《聖剣》の腹の部分で受け止めた。
ガツン、と鉄を殴る音が響き、《策謀》が悲鳴をあげた。
「ギャー!私の、私の拳が……!」
「気持ちね……俺は今、すごく呆れてるぜ」
「何を……!」
「知らないのか?武器を持ってると、素手のときより強いんだぜ?」
剣を殴ってしまったせいで拳を痛めてしまった《策謀》は、一度距離を取ろうと走り出す。
だが、後ろから追いかけてきた龍一にすぐに追いつかれてしまう。
「そんな……お前の方が……疲れているはずなのに……?」
「自転車を漕ぐとな……走るより疲れないんだぜ!」
「な……に……」
「道具ってのはちゃんと使うと使わないときより便利なんだ。いいか、《無双》が負けたのは物を持ってたことが悪いんじゃない。ちゃんと使えない道具を無駄に持ってたことが悪かったんだぜ!」
「おのれ………おのれー!」
《策謀》は逃げるための道具を取り出そうとローブの中を探ろうとした。
だが、そこには何もなかった。彼の知略を支えていた道具は、全て彼自身が捨ててしまっていたのだ。
―――――
落とし穴の中、《半月》の心に過るのは諦観であった。
自分の身体は大きい、龍一とミシェルでは引っ張り上げることは出来ぬだろう。さりとて自力で出ることも不可能だ。
これが芸を見せたい、という欲望に従って魔王を裏切った代償か、と《半月》は思う。
だが、仕方ないのかもしれない。
かつて自分は人に芸を見せるという本分を諦め、魔王の手先として人の村を襲っていたのだ。こんな自分にはふさわしい末路なのかもしれない。
「おーい、《半月》!ちょっと手を出してくれ」
龍一の声に、《半月》は首を傾げた。手を出したところで何ができるというのだろうか。
良くわからないまま出した《半月》の手に、何かが結び付けられた。
そしてそのまま、それは大きな力で引っ張り上げられた。
「良かった良かった。みんな、ありがとう!」
落とし穴から出た《半月》が見たのは、村の人々が協力して彼女の身体を引っ張り上げている姿だった。
引っ張り上げていた村人の一人、先ほど《半月》のジャグリングを見ていた子供が、《半月》に笑顔を向けた。
「良かったね、くまさん。また遊んでね」
「だそうですよ、《半月》」
――龍一以外にも、この世界に自分の芸を見たいと思ってくれる人は居るのだ。
そのことを知って、少しだけ《半月》はないた。
―――――
魔王城 玉座の間
もはや四天王もいなくなった魔王城。ここに今いるのは、ただ一人のみ。
玉座に座る男は、手に持った紙に何か印を付けていた。
しばし、玉座の間の静寂にさらさらと何かを書き込む音が響く。
やがて、男は無造作に紙を捨て、ため息をついた。
捨てられた紙に記されていたのは、この世界にあらざるもの……
……ナンバープレースパズルと呼ばれる、数字を読めねば絶対に解くことの出来ぬパズルで、あった。
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