クトゥルフ神話とい世界・後編

――なんだかおどろおどろしい館が出来て、村の若者がそこに集って何かをやっているらしく、怖い。


 『王都から出て右の村から出て右の村』の村長から王都にそのような連絡が入ったのは、魔族と人間の融和もそれなりに程度進んでいたある日のことだった。

 具体性がないが不安そうな連絡にどうしたもんか、と《賢王》が悩んでいると、


「だったら俺が見てくるぜ!」


 と、竜一が名乗り出たのだった。

 流石に一人で行かせるわけには行かない、とミシェルが同行を申し出て、さらに人間ばかりにいい格好をさせるわけには行かないと《策謀》が言い、このままだと他の四天王も俺も俺もと言い出して収集がつかなくなりそうだったのでここで打ち切ってとりあえず三人で見に行ってもらうことにした……


 という経緯があって、竜一とミシェルと《策謀》の三人は『王都から出て右の村から出て右の村』にやってきている。

 三人の目の前には、村の端にここ最近建てられたらしい洋館がそびえ立っている。竜一の身長の倍近く大きい門に、カラスが数羽とまっている。カラスたちは、鳴くでもなしに竜一たちをじっと見ていた。

 

「ここが例の館……なんだか気味が悪いわ」

 

 金髪の美しい少女――ミシェルの顔が、恐怖にいささか青ざめていた。彼女は不安げに竜一の袖を掴んでいる。


「おやおや、怖気づいたのですか?」


 一方、角のついた褐色美人――《策謀》(注:書籍版では《策謀》は女性となります。web版読者の方はご注意ください)はそんなミシェルを嘲るように鼻で笑った。彼女の足も少々震えていたが、流石に竜一にすがりつくのはプライドが許さなかったのだろう。


「ま、とりあえず中に入って話を聞いてみようぜ。すいませーん!」


 そして、そんな二人と対照的に特に怖がっていない少年が竜一である。

 竜一が大声で屋敷に向かって呼びかけたが、返事はなかった。


「ううん、誰もいないのかな?」


 竜一が首を傾げると、そこで


判定ダイス 聞き耳 成功 つぶやくような声が聞こえた】


 まるでクトゥルフ神話TRPGで聞き耳技能の判定に成功したときのように、何やらブツブツと呪文のようなものをつぶやく声が聞こえた。


「あれ? 今何か聞こえなかったか?」


 竜一の問いに、ミシェルと《策謀》も頷いた。


「ううん……なんか呪文みたいだったけど、《策謀》、何かしらないか?」


 竜一には聞き覚えがなかったが、もしかしたら魔族には何かつたわっている呪文みたいなものがあるのかもしれない。そう考えた竜一は《策謀》に聞いてみた。


「『ジュモン』? なんですかそれは?」


 策謀は首をかしげた。どうやら、この世界にそういう文化は無いようだった。


「うーん? まあ、でも声がするなら人は居るんだろうけど。すいませーん」


 もう一度声をかけるが、やはり返事は返ってこない。

 どうしたものか、と竜一が悩んでみると、ミシェルがあれっと声を上げた。


「どうしたんだ、ミシェル?」

「この門、開いてるわ。中に入れそう」


 そう言ってミシェルが門に手をかけると、ギギギ、鈍い音を立てて門が開いた。


「うーん……じゃあ、中に入ってみるか。人は居るみたいだし、怒られたらごめんなさいすればいいだろ」


 竜一はそう言ってうなずき、門をくぐっていった。

 《策謀》とミシェルは顔を見合わせて少しためらっていたが、竜一が先に進んでいってしまうので慌てて追いかけていった。



――――――


 

 館の中へと進んでいく三人を、見つめる影が一つ。


「ほう……探索者、か。いいね、らしくなってきた」


 ナイ――ナイアーラトテップは、静かに微笑みながら三人の同行を見守っている。

 まるで、愚かな探索者を待ち受ける運命を愉しむかのように……



――――――



 館の扉にも鍵はかかっておらず、簡単に開けることが出来た。


「すいませーん! 誰かいますかー?」


 竜一が改めて声をかけるが、返事はない。ただ。大きな広間に声が反響して消えていった。


「返事がないね。リュウ」

「うーん、まだ声は聞こえるし、居ないってことはないと思うんだけど」

「聞こえていないのかもしれませんね」


 《策謀》があたりを見回すと、いくつか扉があるのが見えた。


判定ダイス 聞き耳 成功 つぶやくような声が聞こえた】


 そして、ほそぼそと響く呪文はどうやら一つの扉の奥から聞こえてくるようだ。


「声の元はあそこのようですが……さて、どうします?」

「とりあえず、行ってみようぜ」


 竜一はそのままずんずんと進んでいく。

 部屋の扉にも鍵は掛かっていないようで、手をかけると簡単に開いた。


「ごめんくださーい」


 竜一の挨拶に、やはり返事はない。

 部屋には小さな本棚と、椅子と机が一組。それに壁には何かを隠すように扉ぐらいの大きさの布が貼ってあった。


判定ダイス ミシェル 目星 失敗】

判定ダイス 《策謀》 目星 失敗】


「ううん……机の上に本があって、あとは壁に大きな布が貼ってあるだけみたい」

「そうですね……ちょうど扉ぐらいの大きさの布がはってあり、そのあたりから声が聞こえてくるような気がする以外は特に何もありませんね……」


 ミシェルと《策謀》は困ったようにあたりを見回した。

 その様子を影で見ていたナイは


(……まあ、自動失敗ファンブルすることもあるだろう)


 と自分に言い聞かせた。実際は普通に見つけられなかっただけであるのだが。


判定ダイス 竜一 目星 成功】


「あ!」


 だが、そこで竜一が声を上げた。


(おっと、気づかれてしまったかな)

「ミシェル! 《策謀》! 見てくれ!」


 と竜一は指をさす。


「机の上に本がおいてある! 何か手がかりが書いてあるかもしれないぜ!」

「本当だわ! リュウ!」

「ほほう……流石、着眼点が違いますね」


 ミシェルと《策謀》は感心したように頷いた。ナイはまあ、そっちに気づいたならそれはそれでいいかな、と思った。


「どれ、では私がこれを読んで……」


 《策謀》は机の上の本を開いた。ナイが、影の中でにやりと笑った。それはナイが最近頑張ってマイゼルに知識を授けて書かせている新しい魔術書である。次の瞬間。


「う、うわあああ!」


 《策謀》が悲鳴を上げた。


(おやおや……深遠なる知識に触れて発狂してしまったかな?)


判定ダイス 日本語 失敗】


「『カンジ』が! 『カンジ』がびっしり書いてある!」


 《策謀》が両目をおさえて崩れ落ちた。内容は特に読めていないようだ。

 闇の中、ナイは深呼吸した。


(……うん、大丈夫。わかってた。この世界のやつらがその程度なことはわかってた)


「……! 『カンジ』が書かれた本なんて……只者じゃない人がいそうね……リュウなら、読める?」


 ミシェルが緊張した面持ちで竜一に問うた。竜一は、本を手に取った。

 適当に開いたページに目を通し、竜一は首を横にふった。


「ダメだ……すごく難しい漢字で書いてある。俺にも読めねえ……」

「リュウにも読めないなんて……! ここには、すごい人がいそうね……」


 竜一は本を閉じ、頷いた。


(識字率!!)


 ナイは嘆いた。


「あなたにも読めないならその本は放っておくしかないでしょう。他には何もなさそうですし、別の部屋に行きますか?」


 《策謀》が竜一に問うと、竜一は首を横にふった。


「いいや……《策謀》、気づいてないのか? これはお前の特技だったはずだぜ」

「特技? なんのことです?」


 策謀が首をかしげた。

 竜一は、壁に貼ってある布に近づいていく。ミシェルと《策謀》は首をかしげて、隠れているナイは期待を込めて竜一を見た。


(よし……いいぞ……いいぞ!)

「こういう布はな……」

(よし、よし!)


判定ダイス 目星 成功】


 竜一が布を取り去ると、そこには隠されていた扉があった。


「物を隠すためにも使えるんだぜ! 《策謀》! お前の木の枝みたいにな!」

「……!! そうか……私が木の枝で隠れるように、布を貼ることで物を隠すこともできるのですね……それに気づくとは……やはり、あなたはあなどれない……!」


 《策謀》は感心したように頷いた。ナイはツッコミたい気持ちを必死に抑えていた。

 扉には部屋の名前を示すであろうプレートが貼ってあり、そこには『星の智慧派』と書かれていた。


【判定 日本語 失敗】


「読めないですね」

「読めないわ」

「『の』は読めるぜ」

(知ってた)


 三人は首をかしげ、ナイは深くため息をついた。


「まあでも、声が聞こえてくんのはこの中からだろ? 入ってみようぜ」


 竜一は扉を開けた。

 部屋の中では、たくさんの人が集まって一方向を真剣に見つめていた。

 そして、視線の先には――


「これが『ア』『イ』『ウ』『エ』『オ』です」


 ホワイトボードにカタカナを書いて説明する。マイゼルの姿があった。


「これは……一体……」

「何が起こっていると言うの……!?」


 ミシェルと《策謀》が息を飲んだ。ただ、竜一だけがこの光景に見覚えがあった。


「これは……!?」


 そこで、三人に気づいたのだろう。授業を受けていた人々とマイゼルが振り向き、三人を見た。


「おや……これはリュウ様。それにミシェル様と《策謀》様も……こんなところで、何をなさっているのですか?」

「何をしているのか聞きたいのはこっちの方だぜ!」


 竜一が問うと、マイゼルはククク、と含むように笑った。


「くくく……リュウ様は、わかっているのでしょう? 国語の授業ですよ!」

「『コクゴ』の……?」

「『ジュギョウ』……?」


 ミシェルと《策謀》が首をかしげているなか、竜一は一人緊張したようにつばを飲んだ。


「まさか……先生でもないのにそんなことができるっていうのか!?」

「ええ……私に智慧を授けてくださった方がおりましてね……それを活かして! ここで村のみんなに『ひらがな』や『カタカナ』、『漢字』を教えていたのですよ! 来るべき日に備えてね!」

「『カンジ』……ですって……!?」

「恐ろしい……!?」


判定はんてい ミシェル SAN値チェック 成功】

判定はんてい 《策謀》 SAN値チェック 成功】


 ミシェルと《策謀》は、信じがたい現実に打ちのめされぬよう必死であった。


(それでSAN値チェック入るの!?)


 ナイも信じがたい現実に打ちのめされそうだった。・


判定はんてい ナイ SAN値チェック(私はこんなんでSAN値チェックしないからな!)


 ともあれ、竜一達三人の様子を見て、マイゼルは大きく腕を広げた。


「バレてしまっては仕方ありませんねえ……あなた方を、ここから帰すわけには行かなくなりました」


 竜一達とマイゼル達の間に緊張感が走る。

 一触即発の雰囲気。この緊迫した空気を切り裂いたのは、


「まてぃ!」


 突如として現れた、仮面とマントの男であった。


「「ツッコミ仮面!?」」


 竜一達とマイゼル達は、突然のツッコミ仮面に気を取られた。その瞬間をツッコミ仮面は見逃さない。


「別に! 国語の授業は! 恐れるようなものではないだろう!」


 一ツッコミ!


「というか漢字の勉強は君たちもちゃんとしなさい! いつまでも苦手意識を持ってちゃいけません!」


 二ツッコミ! 


「そして! 別に国語の授業やってるだけだったら返してもいいだろ! その悪役っぽいセリフが! やましいことをしてるって自白しているようなもんなんだよ!」


 三ツッコミ! 

 一瞬での三ツッコミに、思わずその場に居た人々から拍手が漏れた。

 そして、ナイの頬を一筋の涙がこぼれた。


(おお……! この世界にも……まともな人間が……というか、まともな人間がいるならこっちに乗り換えたほうがいいかな……?)


 ナイが考え、人々が拍手している間にツッコミ仮面はホワイトボードの前の教卓まで近づいていき、マイゼルが持っていた本を手に取った。


「まったく! 一体どんなやましいことを教えようとしていたんだ!」


 止める間もなくツッコミ仮面はマイゼルの本――彼が書いた魔術書に目を通し、


判定はんてい 日本語 成功】

判定はんてい SAN値チェック 失敗】

判定はんてい アイデア 成功 一時的狂気】


 深淵の知識を脳が受け入れず昏倒した。


「ツッコミ仮面!」

「ツッコミ仮面!」


 竜一とマイゼルは叫び、


(まともなツッコミの人ォー!)


 ナイは嘆いた。儚い希望はここに潰えたのだった。


「一体どういうことだぜ!? ツッコミ仮面は漢字を見ただけで倒れるような人じゃなかったはずだ!」


 竜一が問うと、マイゼルは動揺したように首を振った。


「わ、わかりません……まさかこの本がそんなに危険なものだったなんて……」

(お前理解してなかったの!? じゃあ私の話の何を理解してたの!?)


 マイゼルは驚き、ナイもまた影で驚いていた。


「わ。私が愚かでした……こんなことになるとは……この本は、もう捨てます……我々星の智慧派の会合も……今日限りでおしまいです……」


 マイゼルは跪き、涙を流して震えた。

 竜一が、彼の肩に手をおいた。


「いいや……おしまいじゃねえさ」

「えっ?」

「あんた。漢字が読めるんだろ? だったら、これからもみんなに漢字を教えてやってくれよ。ツッコミ仮面の言うとおり、勉強は、絶対しなくちゃいけないんだ」

「しかし……私はツッコミ仮面を傷つけて……」


 おろおろと首を振るマイゼルを、竜一はまっすぐ見つめた。


「よくわからないけど危ないものを使ってたのは悪かった……けど、それだけさ。何が悪かったかわかったなら、そこを直せばいい。だから、これからも続けてくれよな!」

「リュウ様……!!」


 マイゼルは感極まって竜一の手を握った。周りの人々も、竜一を尊敬の目で見つめていた。

 こうして……星の智慧派は国語の勉強をする集団として形を変えることとなった。村の人々を不安にさせた事件は、見事に解決したのだ。


――だが、忘れてはいけない。マイゼルが扱っていたのは邪神より賜りし深淵なる叡智。

――そうたやすく、裏切ることがまかり通るであろうか? 

――ナイアーラトテップは、闇の中、一つの決断を下した。


(よし。もうちょい文明レベルがマシになってから来よう)


――……

――こうして、邪神の脅威はひとまず去ったのである……


―――――


 後に。

 星の智慧派の活躍により、王国の識字率は著しく向上した。

 マイゼルは王立大学の国語教授として長く勤め上げ、彼の弟子も各地で教師として活躍し、彼らの教えは王国の文化に深く根付くこととなった。

 例えば、この世界で開発されたごく初期のゲームにおいてセーブデータを復元するためのパスワード、通称『ふっかつのじゅもん』が全てひらがなであったのは、彼らが使った教科書による影響であることが大きいと言われている。

 もしかしたら……我々が気づいていないだけで、邪神のもたらした深淵の知慧は、いたるところに残されているのかもしれない…………


おしまい


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偏差値10の俺がい世界で知恵の勇者になれたワケ ロリバス @lolybirth

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