第3話 必殺地獄奥義

 二人のニュータントは店近くの路地裏に場所を移して拳戟続行。


 カメレオン怪人が上段、中段、下段と打ち分けられる正拳、いずれも不可視インビジブルだ。

 それをシュランケンは身体を陽炎の如くゆらめかせてかわし、捌きと転身反撃を兼ねた回転運動を繰り出す。


 怪人の側頭部や脇腹を狙った龍人連打来たる!シュランケンの拳はカメレオン怪人に触れる手前で寸止めのように止められては再度打ち込まれる。

 不可視の受け手が龍酔拳の連撃を阻んでいるのだ。


 連撃を止めた両の裏拳を顔の横に揃え、ゆらゆらと揺れながら横笛を奏でるような構えをとるシュランケン。

 そこへ鞭が風切る音が数迅!不可視インビジブル舌鞭と足刀強襲!


 龍人、仰向けにバッタリ転倒し横薙ぎの迅撃を鼻先三寸で回避して、即座に脚を蹴り上げカメレオン怪人の股間を狙う。


龍酔拳りゅうすいけん・雲海!」


「しゅるるるるッ!?」


 蛍光緑色の鱗肌は無表情だが、おそらく内心青ざめてカメレオン攻め手を引っ込め飛び退いた。


 攻防転ずるや、シュランケンは寝そべり体勢から胴のバネで路上から跳ね上がる。


「龍酔拳・栄花!」


 足元から上体へ至るまで蹴りの旋風つむじかぜがカメレオン怪人を追撃!

 辛くも蹴撃を受け流した怪人は、ドーム状の両眼をギョリギョリと動かしうろたえた様子だ。


「こいつを探してるのか?」


 怪人の背後へと駆け抜けたシュランケンが、手にした瓢箪ひょうたんを掲げて意趣返しの一言。

 先だってカメレオン怪人にスリ取られた龍仙瓢箪りゅうせんひょうたん朱天怒雷芭しゅてんどらいば』である。

 回転蹴りの最中さなか、怪人から掠め取ったのだ。


「師匠から貰ったモノなんでな。バケモンなんぞの薄汚い手にいつまでも握らせておけるか」


 取り返したばかりの瓢箪、宝玉の嵌められた栓を抜くと軽妙な囃し歌コールが響く。


『シュランケン♪チョットイイトコ♪ミテミタイ♪』


 囃されるまま頭上に掲げた瓢箪を傾ければ、無尽蔵に湧き出すのは清水の如き妙酒である。

 キレ良くも滋味深い蒸留酒がシュランケンのアギトに注ぎ込まれていった。


「どうなってんだぁ!どうしてだぁ!お前には見えなぃハズだろぉ~!?オレは、オレはぁ、インビジブルなのにぃ!?」


 カメレオン怪人、躍起の不可視インビジブル手刀!

 対するシュランケンはふらりゆらりと千鳥足、インビジブル空手がかすりもしない。


 偶然めいた挙動で攻撃をかわしては、シュランケンは一口、二口、三口、四口と酒を呑む。浴びるように!浴びるように!


『ソーレソレソレ♪イッキ♪イッキ♪イッキ♪』


「この野郎~、どれだけぇ飲むつもりだぁ!?」


 カメレオンの見えない拳が、樽を抱える形をとった龍のかいなに弾かれた。


「なっなんでェ~!」


「見えなかろうが、腕が4本だろうが関係ない――」


 全身ふらつかせた龍人が、人差し指を一本立てる。


「今の俺には、これが5本に見えてるぜ!」


「メチャクチャに酔っ払ってるじゃねぇかぁ~!ふざけやがって!!」


 自らをインビジブル空手の使い手とうそぶくカメレオン怪人は、やはり似非えせ拳士である。真髄の端をも理解するに至らない。


――龍酔拳の極意は、己の内に眠る力を引き出すことにあらず。矮小なる人の身を、大々だいだいなる自然摂理の流れに浮かべることにあり。

 酔えば酔うほど彼の心身は舞い浮かび、真理の波濤と一体になってゆくのだ!


「龍酔拳・千鶴!」


 千鳥足で歩を踏むシュランケンが幻惑的な斑模様マーブルの影となった。

 不規則な軌跡が残像となって四方八方からカメレオン怪人を取り囲む!


 目隠し不意打ちで勝ちを得てきた透明野郎カメレオン。いざ自分が幻惑される側となるや地力の未熟さが露呈した。

 前後左右、さらには下方から襲い来る予測不能な酔拳連打に対応しきれず、サンドバッグさながらに全身を打たれ続ける。


 膝が笑い始めた怪人の正面でシュランケンが片足立ちの構えをとった。


「んぐっ!んぐっんぐっ……ぉごふ!!」

『オミゴト♪チャチャチャ♪フゥー♪』


 ダメ押しの飲酒から一転、シュランケンの超人臓腑から酒精呼気が吐き出され。


「ゲフゥ……究星有誅拳きゅうせいうちゅうけん!!」


 遠慮の無いゲップと共に吐出された酔龍は宙を舞い、路地裏の薄闇に酩酊空間が広がってゆく!


 路地に繋がる大通りでは、通過した一般人が突然意識を朦朧とさせ、ある者はその場にしゃがみ込み、ある者は道端の電柱に嘔吐。

 まだ夕刻を過ぎたばかりだというのに、街路の一角は明け方の繁華街の様相を呈し始めた!


 ニュータント体のカメレオン怪人といえど、シュランケンの作り出す酩酊空間には絶対に耐えられない。

 猛烈に酔いが回り始め、眩暈をおぼえる。非力な人間を捕食くいものにする側である筈の超人強者ニュータントが、生命の危機すら感じていた。


「うっぷぅ、ま、廻し舌ぁ~!!」


 苦し紛れのカメレオン怪人が舌を旋回させ、シュランケンの腕をからめとる。

 龍人、一向に仔細無しぜんぜんへいき。しゃっくり一つ喉鳴らすのみであった。


「だいたいなあ、そんなモン、空手の技じゃあ無えだろうが!本物の空手家は、もっともっと強いんだぜ!」


 舌の巻きついた右腕を怪力ちから任せに引っ張れば、酩酊に動を失ったカメレオン怪人の体勢があっさりと揺らぐ。

 そのまま引き寄せた怪人に、シュランケンは全身をしならせて腕から胴へと這い寄り密着だ。


「絡みつくってのは、こうやるんだ!」


 腰を締め上げる龍人の両脚。片腕で首を極めて締め上げ、喉笛には左の月牙叉手がガッチリ食い込む。

 首を絞められたことでカメレオン怪人の舌力は緩み、シュランケンの右腕が解放される。


 自由になった右手の爪から透明な液体が滴っている。龍の体液か?


――否、酒!酒だ!


「龍酔拳・禁じ手!閻魔!!」

「あが……~~~ッッッ!」


 右手の爪から滴るは濃縮されたアルコール。そのまま敵の額を鷲づかみにして爪を喰い込ませ、脳髄に浸透せしめた。


 酸素の欠乏と容赦のない毒素注入により、怪人の意識は朦朧混濁。

 力うしないニュータント体から人間体へと逆戻りした男の両眼はうつろだ。


「龍酔拳・閻魔。こいつは強力な自白作用がある。洗いざらい喋ってもらうぜ」


 路地の壁にもたれてへたり込んだ斜視の男が、曖昧な様子で力なく頷いた。


「お前、どうやってその力を手に入れた」

「あぁ、う……へぶん、せいず……家にとどいて……」

「ヘブンセイズ?なんだそれは」

「変な冊子ほん……でんわしたら、ニュータントに、なれる」

「どこに電話するんだ?」


 シュランケンが胸倉を掴む。口端からだらしなくよだれを垂らした斜視の男、もはや首も据わらずガクガク揺れる。


「れんらくさき……サイフに名刺……」

「サイフだな。よこせ。あと、キャッシュカードの暗証番号教えろ。迷惑料だ」

「はぁい……」



「またしてもニュータント同士の乱闘事件が発生しました」


 昼下がりの報道番組は、そんな第一声から始まった。

 大衆酒場は早くも集まり始めた酒飲みで賑わって、殆どの者はテレビよりも目の前の日本酒やビールに関心がある。


 大五郎らのように報道の内容に耳を傾ける者は、ここに於いては少数派だ。


「あ、これブクヤさんの店だろ?災難だったよな」


 酒場常連の男・籠小路こめこうじ 穣造じょうぞうが、気の毒にと溜め息をついた。


「気がついたら店ン中グチャグチャだったってよ。だけど、一応キチンと弁償されたらしいぜ?」

「なんだそりゃ?」

「カウンターに札束と“ごめんなさい”とか書かれたメモが置いてあったんだと」


 首をかしげる店主と穣造。

 大五郎は醸造の隣で、何も言わず手にしたグラスを傾けた。


「現場にはニュータントらしき男性が廃人同然の状態で発見され、現在は入院中。現場には強烈なアルコール臭が立ち込めていることから、先日の乱闘事件と同一のニュータントが関係していると目されており……」


 国営放送のキャスターは淡々と原稿を読み上げていく。


「騒ぎの“片割れ”が何かやったんだろうねえ。ニュータントってのは何でもアリだから」

「まったく、世間様騒がせてよ。正義の味方ヒーローにでもなったつもりかね」


 一連の報道を斬って捨てると、穣造はしかめ面を洗い流すようにコップの日本酒をぐいとあおった。


「おっかないおっかない。酒は平和に呑むのが一番ッスよね。こんな風に、心穏やかに」


 わざとらしく肩をすくめ、大五郎は空になったグラスを店主に差し出した。

 すぐに“おかわり”の泡盛が注がれ、グラスに残った氷が浮かぶ。本日5杯目のオン・ザ・ロックだ。


「ハハハ、心置きなく呑めるタダ酒はさぞかしうまかろう!」


 全く遠慮の無い呑みっぷりに呆れ笑う穣造にばんばんと背中を叩かれ、念願のおごり酒でむせる大五郎であった。

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