怪盗紳士と龍人美女 の巻

第1話 怪盗予告編

*今回はsealさん作『怪盗事務所ジャンクガレージ』とのクロスオーバーになります。


↓クロス元URLはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882087166



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【予告状】


 たから 大五郎だいごろう


 時下ますますご清栄の事とお喜び申し上げます。


 この度、貴方様がお持ちの『龍の銘酒』を頂きにあがる旨お知らせ致します。


 聞く所によればその品は元々、さる女性の持ち物だったそうですね。

 そろそろあるべき所へお返しになられては如何でしょうか?


 今週末、確かに受け取りに参ります。

 何卒首を洗ってお待ち下さい。



 異能怪盗ショータイム一号 二号





 追伸   酒は百薬の長と申します。過度の飲酒は控え、節度を持ってお召し上がり下さい。



*****




 アパートのドアポストに投函されていた封書を読み終えて、大五郎は首を傾げた。


「なんだこりゃ」


 単純明快な文面ながら、腑に落ちない。


 どうしてこの『怪盗』なる者達が、自分の持つ『龍の銘酒』――すなわち朱天怒雷芭しゅてんどらいばの存在を知っているのか。

 どうして彼らがわざわざそれを狙うのか。


 心当たりは無い。

 もしかしたらシュランケンに変身している間に何か“やらかした”のかもしれないが、記憶は曖昧だ。確かめる術も無い。


「でもってって、どういうこった」


 一人ごちて大五郎、思い浮かべたのは自らに龍仙瓢箪を託した拳の師である。


「お師匠が今更そんな事言うとは思えないが……」


 うぅん、と唸って再び書面を睨みつつ、ちゃぶ台のコップを手にとって一口で飲み干した。

 代わりを注ぐ一升瓶。普通酒だ。


 寝起き早々の昼下がり、少なくとも追伸の一文は完全に無視する大五郎である。



「今度のターゲット、リサーチ完了してるわ」


 ショー=カンダが事務所に入るなり、相棒のクーが声をかける。

 小脇に抱えているのはタブレット端末。先日は見かけなかった型の端末だ。


「張り切ってるね、クーさん。新しく買った端末それを使いたいから?それとも」

「うん、個人的な興味はある。あるわ」


 そう言って、ショーのデスクにタブレットを据える。

 スリープ状態から復帰させると、予め準備しておいた動画ファイルが再生開始。


 幾分か解像度に難がある上、画面のブレが激しい。素人の手によるWEB投稿動画だ。

 そこには、全身毛だらけの類人猿の脳天めがけスナックの看板を叩きつける“龍人”の後姿があった。


が、寶大五郎よ」


 クーはしなやかな人差し指で画面に触れ、一時停止した龍人を示す。


「――ニュータントだとは思っていたけど、まさか龍人型になるとは。奇遇というか、なんというか……」

「そうね。本当、偶然ってあるものね」

「もしかしてクーさん、何か気がついた?」


 青年は、記憶を持たぬ相棒の美女に率直な問いを投げかける。


「……残念だけど何もないみたいだわ。“依頼主クライアント”も“標的ターゲット”もたまたま少し似てるだけ。それだけね」


 頭に生えた小さな角を撫でながら、ニュータントの龍人クーは素っ気無く答える。 

 ショーは少し思案してから、相棒にひとつの提案をした。


「百聞は一見に如かず。会ってみようじゃないか、彼に」



「いらっしゃい、大五郎くん。今日は遅かったね」

「ちょっと考え事してたんスよ」


 暖簾をくぐった常連客と店主はカウンター越しに挨拶を交わす。

 「いつもの」の一言で供された日本酒をちびりと吸って、大五郎は酒気帯びの溜息をつく。


 件の予告状がどうにも気がかりで、気晴らしに出掛けてみたものの今一つだ。

 店主と何かとりとめもない話でもしようかと考えていると、背後から女性の声が聴こえた。


「ここ、あいてる?」


 その、ただ一言はいくつかの不自然さを孕む。


 まずこんな大衆酒場のカウンターで、わざわざ空席の確認をする人間はそう居ない。トイレから戻ってきたら別の客が何食わぬ顔で席についていることだってある。

 そして、そういう大雑把きわまりない店に、こんなにの女性がわざわざやってくるのも変だ。普通は店先からなるべく遠ざかって通り過ぎるくらいなのに。

 極めつけは、まだそれなりに余裕のあるカウンターで、わざわざ大五郎の隣を選んだかのようにやってきたことだ。


 ひょっとしたら思わぬ“僥倖ラッキー”に巡り会ったのかもしれない――そんな期待も僅かに抱きつつ、大五郎は振り返った。


「別に、ことわり入れなくたって良いスよ……ッ!?」


 背後の女性を視界に入れるや、大五郎は思わずたじろいだ。

 そんな彼の驚きの眼差しを受け、当の女性――クーは小首をかしげる。


「驚かせてしまったかしら?」

「い、いえ、すんません。知ってる人に似てたモンで、つい」

「あら、それナンパ?ねえショー、私もしかして口説かれちゃったのかしら?」

「いや、あからさまにビクッてしてたけど?」


 気を取り直して居住まいを正す大五郎は、声をかけてきた美女と傍らに立つ男の姿を確認。

 大五郎は連れ合いがあることに落胆しつつ、二人の“異邦人”の観察を始めた。


 そう、異邦人よそものである。一目見て、それだけは判るのだ。


「余計なお世話かもしんないけど、おたくら、普段こーいうトコ来ないでしょ?」

「おや?どうしてわかったのかな。もしかしてドレスコードがあるのかい?」

「その逆、ス。身なりが良すぎてめっちゃ浮いてますよ?」


 店内でビールや焼酎を呑む客は、作業服にくたびれた背広、果てはダウンジャケットと、雑多さを形にしたような出で立ちだ。


 そんな中、ショーは仕立てのいいコートに白い中折れハットの紳士スタイル。クーはスキニージーンズに花柄のシャツといくぶんカジュアルながらも、美貌の女性である時点で目を引くには充分だった。


「参ったね。君の言う通り、こういう所へ来るのは初めてでね。だから一度、体験しようと思って来たんだ」

「へぇ。そりゃまた道楽スわ」

「ねえ、この格好だと怒られてしまうのかしら?」

「い、いえいえ、ンなことないス。大丈夫なんで。ねえ?」


 クーに話しかけられると思わず緊張する大五郎。目配せで助けを求められた店主は苦笑いしながらショーとクーに注文を訊く。


 壁に所狭しと貼られたメニューを目で追うショーだが、勝手が分からないといった風だ。

 隣でクーが「ここからここまで全部!」などと言おうとするので制止されている。


「……ホントに初めてなんスね。良ければオススメ教えましょうか?」

「いいのかい。それじゃあ、君にお任せしようか……ああ、いけない。いつまでも“きみ”呼ばわりも無いよね。僕はショー=カンダ。こっちはクーさん」

「寶大五郎ス。じゃ、注文しちゃいますね。大将マスター、青リンゴサワーとレモンハイ、あとホッケ塩焼き一つにどて煮ふたつ……いや、三つで」


 すぐに出てきた安カクテルと大五郎お気に入りのどて煮を口にして、クーが「うん」と頷いた。


「焼酎甲類を割ってあるのね。こういうのも好きよ。この煮込み料理はニッポンの一部地方の郷土料理よね」

「好き嫌いがないのは良いことだね」


 大衆酒場に一瞬で順応して、肴を青リンゴサワーで流し込むクー。一方、ショーはレモンハイを少しずつ舐めるように口をつけては、クーの声に相槌を打っている。


「ショーさん、こういう酒はやっぱ口にしない感じ?」

「いや、まあ、あまり呑み慣れていないものだから」


 実際、酒のような嗜好品は良質なものをじっくり楽しむショーにとって、質より量を体現したかのような大衆酒場の酒は戸惑いを覚えるものだった。

 大五郎は彼の様子をひと目見てそれを見抜き、ほろ酔いで滑らかになった舌の赴くままショーに“助言”することにした。


「こういうのはさ、酒だけを味わうんじゃないの。場所や相手も味のうちスよ」

「場所や相手、か」

「そうそう。仲間と一緒ならどんな酒でも美味く呑めるし、楽しく酔える。ほら、クーさん見なよ。もう勝手に追加注文するくらい馴染んでる」


 いつの間にかよそよそしい口調をやめた大五郎が、いつの間にか数杯のサワーを空け、追加の日本酒を受け取るクーを指す。


「ショー、見て見て!コップから溢れちゃってるの!これってどうやって飲むのかしら?」

「……どうやって飲むんだろうね、ソレ」

「クーさん、それね、ちょっと中身減らしてから皿の方の酒入れるんスよ。ほら、こんな風に」


 大五郎はコップから盛り上がる冷酒を啜ってみせる。クーも“手本”通りに地酒の普通酒に唇をつけた。


「ところでさ、おたくら“何か”やってる?」


 不意に、大五郎がショーに問う。その眼は酔っ払いのそれとは思えぬ確たるものだ。


「……どういうことだい?」

「身のこなしにスキが無い。お陰で最初、彼女サンを“お師匠”と間違えた」

「師匠?さっき言ってたかい?」


 ショーもまた、大五郎がこれから口にする一言一句を逃すまいと耳を傾ける。


「その通り。どこにでも現れるんだ、あの人は」

「ねえ、ダイゴロー。私と似てるって、どんななの?」


 まっすぐ向けられるクーの視線。


 大五郎は、この二人の眼差しに揺るぎない真剣さを感じ取り。


――深入りするつもりは無いが、できる限りきちんと応えてやろう――


 そう考えた。


「おっかないけど優しい人さ。俺に酒との付き合い方を教えてくれた」

「お師匠さんは何処に居るんだい」

「……ごめんな。わかんねェんだ。俺に教えることはもう無い、って、ある日突然姿を消した」

「それじゃあ、もう会えないってことなの?」


「そうとも限らないよ。お師匠はしてっから。居なくなった時と同じように何の前触れもなく、ひょっこりやってくるかもしれない」


 言葉の句切りに酒を呷る大五郎の横顔が不意に寂しさでかげる。

 ショーは、ふとした翳にこの男の内側を垣間見る思いがした。


「――もし、またお師匠に会ったらさ。話しとくよ、あんた達のこと。面白い二人と楽しく呑んだ、ってさ」



 日付が変わる頃、ショーとクーは大衆酒場の店先で大五郎と別れた。


「――ダイゴロー。ね、彼」


 ひとり徒歩で夜の街へと消えていく大五郎の背中を見届けてから、クーは先ほどまでの出会いを反芻するように言った。


「そうだね。だ。だけど、油断ならないだ」


 同じくショーも思い起こす。寶大五郎の、確たる眼差しを。


「私と飲み比べできる人って居るのね。ちょっとビックリしたわ」

「それも驚きだったけど」


 ほろ酔いの頬を夜風が冷まし、伴って醒めた思考を改めて巡らせ。

 ショーの導き出した結論は、何度考え直してもやはり同じであった。


「彼はきちんと。僕らが驚き、警戒すべきは――あのに全くつけ入る隙が無かったことだよ」

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