激突空手野郎 の巻
第1話 苦悩チャンプルー
「ちっす」
昼前の大衆酒場、のれんをくぐった若い男はカウンター向こうの店主に会釈する。
「大五郎クン、今日も早いね」
まだ客もまばらなカウンターの端に掛けた
熱いタオル地が眠気まで拭ってくれるかのようだ。
「ジョーゾーさん居ないんだ?」
「もちっとしたら来るんじゃねーかな」
意気投合した初老の呑み仲間、
挨拶代わりに言われた「今度会ったらおごってやる」という言葉を胸に刻んでいた大五郎は、連日店に通い彼との再会を期していたがすれ違う毎日なのだ。
「とりあえず冷や一合と、どて煮」
「はいよ」
店主は注文を受けてすぐ大鍋で煮込まれたホルモンを碗にとり、刻んだネギを添えて供した。
八丁味噌で甘辛く彩られたホルモンは黒々とした艶をまとっている。
大五郎は、この街に越してきてからというもの、酒場のどて煮で一杯やるのが日課になっていた。
続いて小皿に置かれたガラスコップになみなみと日本酒が注がれるのを見守っていると、店の引き戸が開く音が聞こえてきた。
「らっしゃい。ブクヤさん久し振りだね」
体を屈めてのれんをくぐってきたのは、浅黒い肌のがっちりとした体格の男である。
見るからに夏の男といった風体の中年は容姿に似合わず肩を落とし、どこか覇気のない顔つきだ。
「ブクヤさんとこ、今日は定休日か」
「ああ」
褐色の中年ブクヤは、焼酎の水割りを一口含んでから溜息をつく。
「定休日?」
「ブクヤさん、沖縄料理屋やってるんだよ」
「沖縄料理ッスか。この辺じゃ珍しいですよね?」
「店やって3年目だっけ?俺もたまに行くけど、おいしいよ」
「へぇ。そろそろ新規開拓しようかな」
大五郎は小皿に溢れた酒をコップに注ぎながら、しかし黙って焼酎を呷るブクヤの表情が浮かぬままであるのを見て。
――酒は呑めば浮かれるもの。浮かばれず呑めば、やがては溺れてしまうだろう――
いつか聞いた師の言葉が不意に脳裏をよぎり、気がつけばブクヤに声をかけていた。
「ブクヤさんの店、今度行きますよ」
*
沖縄料理店『ちゃんぷる』は、テーブル2つにカウンター6~7人分の小さな個人店だ。
夕方の開店時間が訪れる頃、店主ブクヤの憂鬱の種が今日もやってきた。
「オス、せんぱぁい。今晩もよろしくぅ」
Tシャツジーンズにライダースジャケットを羽織った男が店に姿を現す。ブクヤは顔中がひきつる思いがした。
黙っているブクヤの顔を、男は斜視のきつい両眼で見据える。緊張を露わにするブクヤに対し、男の表情は読めない。
だが声だけはせせら笑うようだった。
「めんそーれ、でしょ~?道場のかわいぃ元後輩が来てやってんデスからぁ。おぅい、お前らも入ってこいよ~」
男に呼ばれ、5人の若い男がどやどやと入店。斜視の男を真似てか皆似通った身なりをし、不思議と体格すら共通している。
「オレもせんぱぁいを見習って、こうして日々“
視線を落として男の話を聞いていたブクヤは、たまりかねて顔を上げた。
「いい加減にしてくれ!お前たちが毎日店に居座るから、客がよりつかないじゃないか!ツケだなんて言って、代金だってこれまでに一銭も……」
「せんぱぁい?」
斜視の両眼が
「それはさぁ、“
「そ、そんな理屈が通るか!第一、お前は破門されたんだからもう無関係だ!」
ブクヤは恐怖心から泳ぎそうになる自身の眼差しを必至に正面へ向けて訴えた。
訴えたが、当の相手は相変わらず読めない顔色である。
「うるせえなぁ~」
一言発し、斜視の男がブクヤに近付く。
身の危険を感じたブクヤがとっさに構えをとる。体は半身、手は前後。長年鍛錬を重ね、師範代の実力を具える空手の構えだ。
相手に抗いの意志ありと見た男は、左右の眼を別々にぐるりと回してからその場で全身を一回転。突きも蹴りも繰り出さず、単なるその場
それきり男はブクヤに背を向けて、取り巻きの5人に景気良く呼びかける。
「さあ、今日は俺のおごりだぁ~!トコトン呑もうぜぇ~」
「オス!」
背後では屈強な褐色中年が失神し、その場に崩れ落ちていた。
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