第2話 インビジブル空手
沖縄料理店『ちゃんぷる』に次なる来店者あり。
そろそろ肌寒くなってきた濃緑色の袖なし
帯に真珠白色の瓢箪を提げた青年――
「悪ィ~な兄ちゃん。今日は貸し切りなんだわァ」
リーダー各の言葉に、取り巻きの一人が気を回して闖入者に近づく。この店は俺たちの縄張りだと言わんばかり、無言の圧力をかけてくる。
大五郎が構わず店内へと進もうとすると、取り巻きに足を引っ掛けられた。
否、引っ掛けたという程度ではなく、ローキックじみた足払いだ。
「オット悪ィな!足を伸ばしたらぶつかっちまった!」
突然の足払いにふらつく大五郎を見て、男たちはニヤついた視線を向ける。
これから獲物をいたぶろうと舌なめずりする目である。
よろめいた大五郎、手近な椅子に取りついて腰を下ろそうとする。
着席を妨害しようと、今しがた足払いをしてきた取り巻きが大五郎に近寄ったとき。
ふらつき歩行を経て勢いよく椅子に座った運動エネルギーは、大五郎の両脚を大きく旋回せしめた。あたかも椅子を軸足の代わりとして回し蹴りを放ったかのようだ。
爪先は、ちょうど油断して近づいていた男の首筋に命中、命中。
それなりに体格の良い取り巻きの男はノックダウン。壁に寄りかかるようにして気絶した。
「悪いな。足を組み替えたらぶつかっちまった」
崩れる仲間を見て殺気立つ男達に、大五郎は足を組んで悠々と意趣を返した。
改めて見渡した店内にブクヤ氏が倒れているのを確認し、事のあらまし把握完了。瞳に明確な敵意の色を乗せ、いちばん偉そうにしている斜視の男に目を合わせる。
「ウサ晴らしにしても品ってもんがあるよな、オッサン」
「なんだァてめえ?」
ギョロリと動いた目に応え、残る四人の取り巻きが大五郎に襲い掛かる。
体の自由を奪おうと、両脇から腕を伸ばす男二人。同時に正面で拳を構える男二人。卑劣リンチの体勢だ。
椅子から立ち上がった大五郎、上体を大きくのけぞらせて掴みかかる腕をかわすやブリッジ!
からの、逆立ち開脚蹴りを左右男へ見舞う。つま先が人中にめり込み、左右二名戦意喪失!
続いて正面に居た男が、逆立ちの大五郎を踏みつけるような前蹴りを放つ。
狭い店の床面で巧みに身体をよじり大五郎、前蹴り回避と立ち上がりと間合い詰めの三つを同時に実行し、取り巻き男の度肝を抜いた。
「この野郎ッ!」
あれよと間近に接近許した男が苦し紛れに振るった拳は容易く見切られて、手首に大五郎の月牙叉手が食い込む。
ツボを掴まれ激痛に男の拳が解かれた。すかさず裏拳が顎先に着弾!三人目昏倒!
「調子に乗んなよ!」
倒れる男の向こう側から、最期の取り巻きが上段蹴りを仕掛けてきている。
杯手を構えた大五郎の上半身はゆらり揺らいで前のめり。
蹴りの軸足に向かって倒れこんだ大五郎の左肘が、無防備な男の股間を無慈悲に潰した!四人目去勢!
「……酔拳か~」
一瞬にして取り巻きを叩きのめした大五郎の技を見て、斜視の男は店奥の座席からやおら立ち上がった。
「いいぜぇ~。相手ぇしてやるよォ!」
言うなり見開かれた男の両眼がぎょぴと飛び出し、全身の肌が蛍光緑色の鱗肌へと変じてゆく。
身にまとっていた
静止した表情に飛び出したドーム状眼球だけがぐるぐると動く、不気味な佇まいのカメレオン怪人である。
「出たなバケモノ。こっちも――」
大五郎は不敵な笑みを浮かべて腰に提げた瓢箪に手をやる。
手をやるが、身に着けていた筈の瓢箪はいつの間にか“消えていた”。
まさか、と胸中で察するが早いか、目の前のカメレオン怪人が「しゅるるるる」などと舌から音を発して答えた。
「こいつを探してるのかぁ~?」
怪人が手にしているのは、大五郎が腰に提げていた筈の
冥帝シュランケンへと変身する為の飲酒に用いる、
「こう見えて実戦経験豊富でなァ。ヤバそうな代物はぁ、カンでわからァ~」
表情を作れない
黙ったまま睨みつけてくる大五郎に対し、カメレオン怪人は自身の能力を誇示し始める。
「これがぁ俺のぉ“インビジブル空手”だァ~!」
何もない場所からカメレオン怪人の鞭のような舌が浮かび上がる。
「なるほどな。まあ、カメレオンだからそういう能力だよな」
「オレの空手がぁ、見切れるかぁ酔拳使いィ~!」
*
カメレオン怪人が正拳を繰り出す!打ち放たれた拳は、気がつけば既に大五郎の頬をかすめている。
――拳が見えない。
速さのせいではない。実際に視認できないのだ。
体表に生体光学迷彩を施す能力。それが、このニュータントの固有能力であった。
カメレオン怪人は突きや蹴りを繰り出す瞬間、自らの四肢を見えなくしているのだ。
視覚に頼れぬ中、身に迫る殺気や風の揺らぎから敵の攻撃ポイントを予測して防御動作をとる大五郎。
拳法の心得ある怪人はときに虚を突いたフェイントをも織り交ぜてくる。
大五郎は反撃に転ずることはおろか、攻撃を捌くことすら十全にはできないでいた。
また、大五郎を窮地に追いやっているものはもう一つある。
ニュータント怪人と生身の人間との間に歴然と存在する、基本的な身体能力の差だ。
「このオレの姿見てぇ、ちっとも
「ハ、危機管理ってわけか。ツワモノぶってる割には
「このガキぃ、オレをォ、舐めてんのかァ~!?」
挑発に激昂したカメレオン怪人の怒鳴り声と共に、大五郎の胴体が宙に浮く。
気がつけば彼の胴には長く伸ばされた怪人の舌が巻きついていた。
そのまま舌の力まかせに投げ飛ばされ、カウンターの棚に身体を打ち付けられる。
並べてあった酒瓶が音を立てて落ち、いくつかが割れては店の床に酒を染み込ませた。
「……もったい、ねぇ」
「酒よりィ、てめぇの心配ぃしな~!」
よろよろと立ち上がった大五郎。カメレオン怪人の左右別々に動く眼が、彼の両手に握られたものを捉えた。
酒だ。酒瓶を持っている。
指の股に挟むようにして、左右に四本ずつ泡盛の酒瓶を携えて大五郎。瓶の蓋は、すべて開栓済みである!
「おいぃ~、その酒で何するつもりだぁ?」
「――呑む以外に、あんのかよ?」
言うが早いか大五郎は右手の酒瓶四本を一気に傾け、頭から浴びるようにして口に注ぎ始めた。
収まりきらない酒が口の端からこぼれるが、構わず泡盛を自らに注ぐ注ぐ大五郎。
「!さ、させるかァ~!」
呆気にとられかけたカメレオン怪人が我に返り、
右の
左の
まるで感極まった
かわして呑む!かわして呑む!攻撃をかわしたら、酒を呑む!
呑むごとに、酔拳使い・大五郎の動きは一層
いつしかカメレオン怪人の攻撃は大五郎にかすりもしなくなり――遂に八本の酒瓶はすべて呑み干されたのである。
「てめぇ、俺のキープボトルを全部ゥ空けやがってぇ~!」
「うるせえ。お前はどうせ今日で出禁だ」
吐き出した啖呵は刺激的なアルコール臭を揮発させている。
一般に流通する泡盛のアルコール度数はおよそ30度。
つまり、今の大五郎は単純計算で240%の状態と言えよう。
「ようやく――出来上がったぜ」
*
眼の据わった大五郎がほぼアルコールそのものとなった息を吐く。息を吐く。
吐き続ける吐息が色を帯びる。赤から青へと変わる炎は、龍の姿となり大五郎の身体を包み始めた!
大型爬虫類の頭骨を人面に貼り付けたような装甲殻が頭全体を覆い。
側頭部から後ろへ向かって龍の角が伸び、人間に似た口元には鋭い牙が生え揃う。
龍鬼人とでも呼ぶべき神々しさと禍々しさを同時に孕んだ姿は、幻惑的な緑基調の
「人は呼ぶ『
両手の杯手を胸の高さで構えて、千鳥足のつま先で地面を叩いて、彼は名乗る。
夜闇に跋扈する異類共、その名を聞けばたちまち震え上がる。
「俺は『冥帝シュランケン』!」
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