最終話「The NEW SUNRISE」

 あの日以来、SDカードはパソコンに差しっぱなしでいつでも話しかけるようにしておいたが(ネットワークにつながずソラ専用として)、僕らの呼びかけに答えてくれるようなことはなかった。

 

 そして、僕とマリンは育児ノイローゼなどと戦いながら、マリナを頑張って育てていった。最初は僕たちみたいな人間の失敗作みたいな象徴に子育てができるかとても心配だったが、意外にもスムーズだった。

 というのも、僕は正直お金に困っていないので、2人ともほぼ仕事もせず、マリナの育児に専念できたのである。よく夜泣きで起こされて大変という話を聞くが、僕たちは起こされても大して困らない。仕事しながらだと思うとぞっとするが。


 マリンは金に物を言わせて、高級なブランド服をがんがんマリナに着させてかわいがっていた。髪の毛を染めようとまでしていたので、さすがにそれは必死に止めた。そして親子でインスタをしまくった結果、いつのまにかカリスマインスタ若ママとして、少しだけ世のママたちの人気を集めてるようである。

 

 そしてある日、僕が事務所で作業をしていると自宅の方の玄関からインターホンの音が聞こえてきた。東京に構えた住居は探偵事務所を兼ねており、一階部分は事務所とダイニングで構成されていて、入り口も別である。僕は日中は大体そこで、依頼のメールをチェックするか、デイトレードをするか、2ちゃんの書き込みをしていた。なんと2020年を過ぎていてもなんJ民は生きていたのである。


 どたばたとマリンが玄関に向かう音が聞こえた。どうせ、郵便かなんかだろう、マリンはかなりのネット通販好きなので、毎日何らかの商品が届くのだ。改めて思うがあいつは絶対俺の金に目をつけて結婚したんじゃないだろうか。それでも俺は幸せだから、というか居心地がいいから構わないのだけど。


すると、

「あぁーーーーーーーーーっ!!」

 というマリンの悲鳴にも似た叫びが聞こえてきたので、僕も慌てて、事務所の玄関から表に出て、自宅の玄関に外から回り込んだ。すると視界にはすらっとした長身の女性と隣には150㎝くらいの男の子が並んで立っていた。後ろ姿なので顔は見えない。

 奥では玄関でしりもちをついているマリンが見える。

 顔は見えないが、この身長の高さの女ってまさか。

 そう思っていると、その長身の女性は振り返って言った。


「待たせちゃったね、太陽先輩、マリン。久しぶり。」

 そうだやはりそうだった、とうとうあのマキナが僕たちの前に姿を現したのだ。


「ま、あ、あ、ああああ。」

 僕も、マリンも言葉を発することができない。いつか会えるといっておきながら、もう二度と会えないんじゃないかとも思っていた。二人にとって、マキナは何回ガチャをまわしても出てこないURウルトラレアのような存在だった。


「まさか、二人が結婚をするとは思わなかった。よかったねマリン、先輩ならきっと幸せにしてくれてるでしょう。」

 言葉を発しない僕たちの代わりにマキナが言葉を発した。マキナがいなくなってから9年、マキナも28歳になったはずである。すっかり大人のいい女になっていた。年を取ったという感じは受けない、ただただ見とれてしまう。

 マリンの前でこんな感想を持つのも悪いが、おそらくマリンは僕以上の感想をマキナにいだいてるに違いない。


 ちなみに結婚をする際の約束で、マキナと関係を持ってしまった場合はやむを得なく、不倫の罪には問わないという条項があるので、もしマリンがまたマキナに恋してしまっても、もうそれは仕方ないことだし、僕も覚悟は決まってる。

 ただマリナの教育に悪そうなので、変態的プレイは控えてくださると助かる。

 そんなこと考えたら僕は少し落ち着いてきたので口を開くことができた。


「た、立ち話もなんだしぜひ我が家に入ってくれよ。そちらの少年も一緒に。」

 そうやって、入り口へと促した。

 それにしても少年は誰なんだろうか、マキナの子供かな。比較的いい服を着ている。小学生高学年くらいだと思うけど。


「じゃあ、遠慮なく、二人の愛の巣にお邪魔するね。」

 そういってマキナと男の子は家へと歩を進めた。男の子に対する言及はなかった。


 リビングにある6人掛けのテーブル(よく考えれば4人掛けでいいのになぜか買ってしまった)に座ってもらい、対面に僕は座った。マリンはコーヒーを淹れに行ったので、僕はリビングで昼寝していたマリナを起こして、紹介することにした。


「娘のマリナだ。分かると思うけどマリンの名前とマキナの名前から付けたんだよ。マリナ、この人がパパたちが探し続けてたマキナさんだよ。」

 僕は娘を紹介しながらも、娘にもマキナを紹介した。マキナのことはたまにマリナにも話していた。


「うわぁ、マキナ様、すごいきれい。は、はじめまちて、マリナです。」

 マリナはペコリと頭を下げて自己紹介をした。僕とマリンの子にしては実にしっかりした子で、4歳にして知識欲もすごく、さらに礼儀正しいのだった。もちろんマキナ様と呼んでるのは完全にマリンの影響である。


「あらありがとう、かわいいね、マリナちゃん。先輩の娘にするのはもったいないよ。」

 そういう憎まれ口は相変わらずだった、懐かしいなあこういうやり取り。


「それでそちらの男の子は誰なんだい。」

 いろいろ気になることはあるが、なかなか紹介してくれないので僕の方から尋ねることにした。


「それに関してはマリンを待ちましょう。そろったところで話したいの。」

 そういって、しばしの沈黙が訪れる。なんとなく話の邪魔になりそうなので、マリナを二階に連れて行ってレゴブロックで遊ぶように言っておいた。『マキナ様とお話ししたい』と言っていたが、聞き分けはいいので素直に従ってくれた。

 やがてマリンがコーヒーを持ってきた、男の子にはオレンジジュースを差しだす。

 全員が椅子につくと、まず男の子がしゃべりだした。


「……相変わらず、察しが悪いな太陽。」

 子供とは思えないような、内容と口調だ。そしてこのセリフに聞き覚えがある。そう僕は確かに察しが悪い……ってまさか。


「ソラ。まさか君がソラだというのか?」

 驚きにテーブルに身体をぶつけてしまい、少しだけコーヒーの上面が揺れる。

「この場面で、マキナと二人で現れる時点で俺に決まってるじゃないか。そんな驚くなよ、きっとわかってなかったのは君だけだぞ。」

 いや、マリンもきっとわかってなかったと思うぞ。

「そ、ソラさんお久しぶりです。」

 マリンはそう言って頭をぺこりとした。


「待てって、お前は身体をもたない存在なんだろ、なんで体もっちゃってるんだよ。……そっかわかった、ロボットなんだなその体、どう見ても人にしか見えないが。」

 目の前の男の子はとてもロボットには見えないが、生身ってことはないだろう。まさかアンドロイドってやつなのか、もうそれが開発されたのか。


「いやいや、疑問があるのは分かるがこの体はロボットでもアンドロイドでもなく、間違いなく君たちと同じ構造の生身の身体からだだよ。」

 そうやって、イスからソラが立ち上がると、簡単な動きをしてみせた。屈伸して、ジャンプして、しかもなんとその場でバク転まで決めやがった。


「信じられない……。いったいどうなってるんだ。」


「それに関しては順を追って、話さなきゃいけないの。なぜ、私がソラについていったか、そしてそもそもなぜパルナレアの姫を助けたのか。すべてはあの廃人ゲーム事件から始まるわ。」

 ソラではなくマキナが、僕の質問に対して答え始めた。


「あの時、すでに実は地球のネットワーク環境は、ソラと同じジェラルの民によって攻撃がはじめられていたわ。その手始めが廃人事件だったの。そいつはどうやったら、コンピューター上から地球人を操るかを実験しようとしたの。」


「そのことについてはゲームを探ってすぐ気づいた。すでに太陽はそのことはから聞いたんだろう?そして俺もソラコインなんて作ってしまったもんだから存在を向こうに知られてしまった。はっきり言って失策だったな。ばれてさえなければいろいろ打つ手もあったのに。」

 マキナの後をソラが受けて、そしてさらにそのままソラが話を続ける。


「このままではまずいと思った。わずかに能力は敵の方が強い。まともにネットワーク上で戦い続けた場合、いずれ消えてしまうのは俺だ。そして敵は地球を支配することを望んでいた。俺はそれは望んでいなかった。だから俺は、俺の全能力を防御に回してネットワーク上に俺のコピーを拡散させた。そう、太陽に渡したデータもその一つだ。ただし、あれは攻撃されると弱い、敵に存在を気づかれたら消されてしまう。だからネットワークにつなぐなとそういったんだよ。」


「そして、その防御網はもって10年だった。それが計算上のギリギリの時間だった。それまでには均衡を破る何らかの手段を打たなければいけない。このままネットワークにいたままでは俺は死ぬ。さて太陽、僕はどうしたらいい?」


 ネットワーク上での均衡を破る方法か……。そりゃあ外から何とかするしかないだろうが。

「それが、その答えが今君が体を持っていることだというのかい?で、でもどうやって。」


「その答えは私が話すわ。まずね、私はソラと一緒に作業をしてるうちに、彼に恋をしてしまったの。わかってもらえないかもしれないけど、彼は間違いなく私よりもはるかに優秀な存在なのよ。ほんとうに及びもつかないくらいの、途方もない天才なの。それに先輩のおかげでめぐりあうことができてしまった。」

 ソラに恋をしてしまっただと?だって、情報生命体なんだぞソラは、顔も体もない相手に恋をしてしまったというのか、マキナは、相変わらず発想が斜め上を行き過ぎて怖い。


「それで思ったの、どうやったら、この人の子供を産めるだろうかって。たくさんこの人の血を残したいってそう思ったの。そしてそこでソラとの利害が一致したの、ソラが地球に来てから一番興味を持ったこと、それが生殖行為、つまりセックスよ。太陽先輩があこがれ続けるセックスはどんなに気持ちがいいんだろう。そもそも気持ちがいいとは何なんだろう。とにかくソラはそれが気になった、散々太陽先輩を馬鹿にしてはいたけど、ソラだって童貞であることには違いないのよ。」

 

 た、確かに。っていうか宇宙人が童貞とかってふつうそんなん気にしないからな。まぁでもそういわれれば、ソラに馬鹿にされるいわれはないじゃないか。


「私はソラの子供が欲しい、ソラはセックスがしたい。じゃあどうすればいいと思う?そこで出てきたのが、イエンカ姫救出作戦なのよ。」


「なんでそこでイエンカ姫が関係あるんだよ。」

 聞きっぱなしだった僕がようやく口をはさむ。


「太陽、イエンカのプロフィールを思い出すんだ。」

 ソラがかつてのように僕に考えるヒントをくれた。

 ああ、懐かしいなこのやりとり。


 イエンカ姫は確かパルナレア公国の長女で、いまは例のクーデターが成功して、新国王となっていたはず。そして『16歳からはバルナレアの大学で教鞭をふるい、さらに生物学の研究所で所長をしている』ということだった、そしてパルナレアは生物学、特に人体の研究をしていることで有名……。そしてこの国はめったなことでは外国人を中に入れないほどの秘密主義。


「パルナレアで生物的な何かをやったってことなのか。パルナレアを利用するために姫を救出したと、そういうことなのか?」

 なんという、なんということを考えやがるこの二人。

 いったい何をしたのかは知らないが自分の欲のためだけに周囲を振り回して、さらに倫理を無視した行為をしたに違いない。パルナレアは他国では絶対禁止されてるような実験をしていると聞いている。


 質問に答えたのはマキナだった。

「そう、の細胞が分化する前のDNAにソラの情報を埋め込んだの。そうして生まれてくる子供は元の受精卵の親が誰かにかかわらず、間違いなくソラ自身なのよ。もちろんこんなこと、人間の科学では不可能、しかしできる。ただしそれを行う場がなかった、そこでタイミングよく、イエンカというの人材が現れたということなのよ。」

 マキナの受精卵に、ソラの情報を埋め込むだと?

 そんなとんでもないことを考えていたのか……。

 結局はクローン人間と同じだ、受精卵だけを用意し、その受精卵の遺伝子だけを他のものに移し替えて改めて出産する。例えばヒトラーの遺伝子をどこかで手に入れることができるならヒトラーのクローンを作ることができるという話を僕も聞いたことがある。


「そして、私は自らの手で一度、ソラを胎内で育ててこの地球に産み落としたの。愛する人自身を産んだ人は、地球上で私だけじゃないかしら。」

 そうやって、マキナはふふふと笑った。あんだけ好きだったマキナだが話を聞いて僕は恐怖を覚えた。マキナに比べればマリンはよほどまともな神経をしていた、彼女はただ寂しがり屋だっただけだ、マキナは真のサイコパスだった。

 

 ということは本来生まれてくるはずだった子供は、存在できなくなったということか。いや倫理観を振りかざす気はないが、なんとも複雑な気持ちになる。

 そもそも、受精卵ってことはマキナはを一度孕んだってことじゃないか。僕が口を出す問題じゃないが、少しやり切れないな、レズだって言ってたくせに。


「ということで、俺は体を持ってこの地球に新たに生まれることができた。いやあ、いろいろ不便なものだな。排出物は出るわ、痛みはあるわ、行動の制限はあるわで面倒なことこの上ない。特に赤ちゃんの時は大変だったぜ、意識ははっきり自分のままなのに、体を思った通りに動かせないんだからな。」

 そうか、いきなりすぐ成長するわけじゃないもんな。赤ちゃんを経由してるのか。ってことはひとつ気になるぞ。


「まさか、お前マキナの母乳を飲んだってことなのか。」


「当たり前じゃないか、赤ちゃんの当然の権利だからな。おいしいとも何とも思わなかったけどな。そもそも味の概念がそれまではなかったのだから。」

 という俺も、マリンの母乳を飲んだことがあったが確かに別に美味しくはなかったな。いやそんな話してる場合か。


「敵との戦いはどうなったんだ。」

 そう本題はそこだ。

 そもそも、ネットワーク外から敵と戦うためにソラは肉体をもったのだから。


「そりゃあ、一気に有利になったさ。敵はネットワークにしか存在しないからネットワーク内にいる分身のおれの影響を受けざるを得ないが、外にいる俺は敵の影響を全く受けないんだからな。もちろん、生身のおれは敵よりもいろいろと能力が劣るのだが、それでも干渉されないメリットの方が大きい。このままなら俺は勝つ。そしてさらに。」

 ソラはもったいぶった、僕が何か言うのを待っている様子だ。

「さらに、なんだよ?」


「来年には、俺と同能力を持った、新しい仲間が誕生するからな。」

 そういってソラは、マキナのおなかを見た。そうして、手のひらを開いて、マキナのおなかを紹介するような形を取る。

 ま、まさか。


「マキナ様、ソラ君の子供を妊娠中なんですか。」

 驚きを隠せず声を上げたのはマリンだった。

 椅子から立ち上がり、マキナのおなかを見つめる。


「うん、そう。来年の春には、私とソラの子供が生まれるわ。」

 衝撃の発言をマキナは放ったのだった。

 なんだって、おいソラ、そもそもおまえまだ、8歳くらいじゃねぇのかよ。生殖機能がある時点でおかしいじゃないか。


「もちろん、遺伝情報をその辺はいじったんだよ。多少成長が早くなる様にしてな。6歳の時にようやく精通がきたぜ。それ以来は妊活ってやつだ。」

 ……まぁいい、ソラは宇宙人だ、宇宙人の考え方なんかわからない。

 問題はマキナだよ。6歳の少年とやってしまうとだな、児童ポルノ法とか青少年保護法令とかに引っかかるんじゃないか? 大問題だぞ。

 僕は心配そうな顔で声には出さずマキナを見る。


「大丈夫よ、ソラは宇宙人だし。そもそも私たちはいまパルナレア人だし、パルナレアは子どもの権利条約を批准してないし、国連にも入ってないから。」

 そういう問題じゃないんだけどな。

 

ああ、なんだよ僕らは必死にお前らを探していたのに、お前らは勝手に危険すぎる愛のアドベンチャーを送ってたんじゃないかよ。心配して損したぜ。

 俺とマリンの9年間を返してくれよ!


 二人との会話はこのあとも続いた、しばらくは日本でやることがあるのだという。敵と戦うために、さらに強力なスーパーコンピューターを開発しに来たということだった。

「もちろん、太陽たちに会うのが1番の目的だったけどな。」とソラはつけ加えるのをわすれなかった。


 そして、最後にっていうか別に、この後も二人との交流は続いていったし、ソラとマキナの子供の面倒はなぜかので、ソラたちとの最後の会話ではないのだが、今日の最後にソラが言ったこの一言が印象深かった。


「太陽、にんげんっていいな!」


 9年前スマホに住み始めた友達は、今とうとうスマホから飛び出した。そして、僕たちの友情はつづいていく。



<This story is happy end? or bad end? only you know.>







その日の夜、ベッドの上でマリンがささやいた。


「あのさ、今だから言うけど太陽の初めての相手って私じゃないんだよ。」


「……。」


「誰だかわかる?」


「……あぁ、タイミングとさっきの話で確信したよ。」


「……どう思った?」


「聞くなよ……。べつにどうも思わないさ。」


「ふふふ、わたしは太陽が世界一好き。」


「……僕もだ。」


「うそ、宇宙一好きだよ、太陽。」


 僕は宇宙一好きとは言わなかった。

 

 その代わりの一言を言った。


「……二人目作ろうか?」


 マリンは黙ってうなずいた。





<おしまい>






 ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。予想外の締めくくりになってましたら、幸いです。とくに最後の一話は思った以上に長くなってしまい申し訳なく思います。本来去年作っていたこの作品ですが、よみがえって最後まで書ききることができたのは、読んでくれた皆さんおかげです。

 構想は去年の段階で最後まであったのですが、途中でやめてしまってました。


 我ながら刺激的な作品を作れたんじゃないかと思います。面白いと思ってくれた方はあまり自らお願いすることは好きではないのですが、レビュー等くださると幸いです。

 それでは、改めましてありがとうございました。











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