第34話「曇り空の下で僕は」

「やあ、久しぶりだね、太陽。」

 SDカードを差し込むとすぐに、パソコンのスピーカーからソラの声が聞こえてきた。本当にソラなのか、どうかはわからない、何せあいつは声を自由に変えられるんだ。

 でも、それでもこれがソラだと思うと自然と涙があふれてきた。


「ソ、ソラぁ。なんだよ、お前ずっと近くにいたんじゃないかよ。何年さがしたと思ってるんだ。お前いなくなるならなぅるって、そして、ヒントぐらぁい、どぅあしていってくぅれたっっでいいじゃんぅぬぁいかぁ?」

 後半、僕が何を言ってるのかわからないのは、喜びのあまり涙が出るのを止められなかったからである。


「なんだよ、太陽泣いてんのかよ。って今の日付見たら出会った時から5年以上たってるじゃないか。俺が想定してた時間よりもだいぶ遅いぞ。君は本当にこのSDカードのこと忘れてたんだな?」


「うぅぅごめんソラぁ、すっかり忘れてたんだっ。あぁ……そうだ紹介したいやつがいるんだよ。ソラ、俺結婚したんだよ。お前も覚えてるだろ。あのメンヘラでやばいやつだったマリンちゃんだよ。」

 そうして、僕は隣の部屋で引っ越し作業中のマリンを連れてきた。


「ちょっとあなた、どうしたの?ソラ君がいるとか。何を訳の分からないことを言ってるの?」

「いいから、パソコンの前に座れ、俺の隣にいろ。」 

 僕は半ば強引に、マリンを隣に座らせ二人で並んで姿をパソコンのカメラにうつした。

「改めて紹介するぜ、ソラ、僕の妻のマリンだ。そしておなかの中には僕とマリンの子供もいるんだよ。」

 僕は、ずっと今までこの結婚をソラに自慢したかった、いや祝福してほしかったのだ、たった一ヶ月の付き合いだったが一番の親友のソラにずっと報告したかった。


「あっ、ソラ君久しぶりです。なんだか太陽さんと結婚することになっちゃいました。わたし、結構幸せです。」

 続けてマリンも挨拶をする、傍から見たら夫婦そろってパソコンの前に正座して何やってんねんという話なのだが、傍から見てもなにもずっと前から、僕ら夫婦二人はほとんど二人だけで過ごしてるので、傍から見てもくそもない。


「おぉ、久々って言っても、この俺の場合、マリンちゃんにあったのはほんの2、3日前なんだがね。しかし、まさかマリンちゃんとそういう仲になるとは予想外だ。やはりマキナとはうまくいかなかったのかな?」

 ……ムムム、おかしなことを言い始めたぞ。いまだもって憶測の域を出ないが、マキナを奪ったのはお前のはずなんだがな、今となっては恨みも何もないが……。

 

 そうするとえらくゆっくりとした語り口で、ソラが話し始めた。

「説明が難しいのだが、俺は君の思ってるソラではないんだ。俺の知識は、このSDカードが君に渡った時点までの知識しかないのだ。それゆえ、あの廃人事件がどうなったのかさえ俺は知らない。そうやって見る限り、解決したんだろうけど。」


「あ、ああ、あれはとっくの昔に解決済みだ。」

 ……たしかに、ネットにつながってるわけでもないし、このソラが知ってることというのはあの時点までだというのは納得できるが。

 何というか気持ちが悪いな。僕の思ってるソラじゃないだって?じゃあ一体僕はいったい誰と話しているんだ。


「俺は俺でソラではあるのだが、過去のソラと出会ってるのだと思ってほしい。タイムマシンで昔の自分のお父さんとお母さんにであったのび太君のようなものさ。」

 ドラえもんにそんな話あったかなあ。

「たとえがわかりづら過ぎる……。君はソラなんじゃないのか?」


「ソラなんだよ、ただこの俺の時間は動かない。動かない以上映像記録と同じだよ。まあ、理解は難しいだろうから、本題だけ話したいと思う。君の反応を見る限りやはり本当の俺は、マキナと共に生きることにしたようだな?」

 たしかに僕の頭では、状況の理解が追いつかない。

 そして目の前のやつが言う通り、マキナはソラが連れ去ったと僕は思っている。


「あぁ僕たちの推察が正しければだな、とマキナとは5年たった今でも会えていない。」

 ここでという表現を使うことが正しいのかどうかさえ僕にはわからないのだが。目の前のソラはソラであってソラではない、確かに僕が探してるのは、マキナを連れ去ったであって、ではない。しかしソラであることには違いない、理解に苦しむ。

  

「このSDが君に渡った段階で、そうなるかもしれないという予感がしていた。予感というのは嘘になるな。ほぼそうなるだろうと確信して、俺はこのSDを君に渡したのだ。」

 つまりあの廃人事件の時点で、自分の失踪までを考えてたということか。


 そして、ここからソラの長い一人話が始まる。

 僕と、マリンは足りない頭をフル回転させながらその分かるんだかわからないんだか、わからないような話を聞いていくことになる。


「あの廃人事件の犯人は、マキナから話を聞いた瞬間に察した。かつて君が存在を示唆したように、他の星から来た者じゃないかと思った。そして実際そいつは俺と同じジェラルの民であった。つまりは宇宙人だ。」


「そいつは俺と違ってこの地球ほしを支配する気だった、それが例の廃人事件がおきた原因だった。それはマキナとともに作業して調べていくうちにわかったことだった。奴は俺より先に地球に来ていた、だからこそ俺はがらにもなく、必死に抵抗していろいろ手を打ったのだ。ゆえにおれはあの時あんな間接的な方法でしか、あの事件に対処することができなかったんだ。」

 たしかに間接的だったといえる。状況を再現してから対処するなんてせずとも、痕跡とかみつけたなら、犯人を見つけてそこのパソコンとかに直接ハッキングとかすればいいのにと思っていた。


「そして、奴と俺の力は拮抗していた。そいつは、この星のあらゆる機関のシステムに割り込もうとし、俺はそれを防ごうとした。お互いにお互いを干渉する戦いだ。だから、万が一の場合に備えてバックアップを君に託したのだ。ネットワークにというのもそういうわけだ。ネットワークにつないだ場合、もしその段階でやつの力が上回っていれば、一瞬でこのバックアップは消されてしまう。」


「だから君が俺のいうことを覚えていてくれて、こうして非ネットワーク環境でSDを差し込んでくれて本当に助かったと思ってる。もっとも今のおれには地球がどうなってるか調べるすべはないがね。だから、聞きたいのだが、なんか大きな戦争とかあったりしたかい?」

 僕はここ5年で大きな戦争はなかったと答えた。あんだけもめた北朝鮮も結局はおとなしいままだったし、ISISの問題も特に起きてなかったというか現状維持のままそして五年が過ぎた、東京オリンピックも無事に終わった。

 一番変わったのは、間違いなく僕が結婚したことだろう。


「じゃあ、俺が作ったソラコインはどうなった。」

 それに関しては、ソラコインどころか仮想通貨自体が崩壊したと答えた。

 さまざまな不正の手段が世界中に広がることによって、価値は暴落し、システムとして成り立たなかった、それが2年くらい前の話である。


「そうか、じゃあ、俺と敵の力はたぶんまだ拮抗しているんだな。敵は敵で自分の仮想通貨を、そして俺は俺でソラコインを作ろうと思い結局どちらも失敗したということは、お互いの妨害工作の結果だ。俺と敵が拮抗してるということだ。よかったな太陽、いまだもってこの地球が平和なのはどうやら俺が頑張ってるかららしい。」

 他人事のように自分の功績をたたえるソラだったが、実際何が起こってるのかは彼にはわからないのだろうし。そんな闘いが行われてるなんて、僕らは知りもしなかった。でも、だんだん事情が呑み込めてきたぞ。


「やつと俺の能力はほぼ拮抗している。しかし若干敵の方が上回っている。でも安心してくれ、マキナと今のおれが一緒にいるということは作戦通りということだ。十年は地球の平和は保たれるはずだ。僕はそうやって計算してる。逆にいえば十年以内に新しい手を俺は打たなければならなかった。そうでなければ、徐々にやつによって地球は侵食されるはずだ。だが、マキナともし一緒に俺が外国にいるのならば、新しい手はすでに打ったということだ。」


「太陽。このSDカードの俺の役目は君に現状を示すことだけだ。寂しいかもしれないがこのSDは、次に地球に何かすごい惨事あるまでは再生しないでくれ。俺は万が一にでも、敵に情報を与えるわけにはいかない。そしてもし順調なら今から4年後くらいに俺は、は君の前に姿を現すはずだ。その時は、すべてが解決してるか、それとも君に協力を求めてるのかわからないが、どちらにしてもその時すべてを説明できるよ。」


「今はまだ何も言えないが、でも君とマリンと、そしてそのおなかの中の子供が幸せに生きれる世界を俺は願うよ。」


 ソラはそういって自らパソコンの電源を落とし何もしゃべらなくなった。

 もっとおしゃべりがしたい僕の気持ちはどこかに置いておいてまた消えてしまった。

 相変わらず勝手な奴だった。

 

 やがて子供が生まれ、僕たちはその女の子にマリナと名付けた。


 そして、さらに4年が過ぎた。

 たまに流れる情報流出や、機密漏洩のニュースを見るたびにソラは戦っているのかなと思いながらも、僕の目には世界がとくに大きく変わったようには映らなかった。


 僕は29歳、そして娘のマリナは4歳になっていた。

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