第2話 狂暴なる傭兵



「傭兵の兄ちゃん。かなり今日はついてねぇわ」



行者が辟易とするようにクロノに語って鳥馬(足が鉤爪となる馬の一種。鳥顔のため馬には見えない出で立ち)2匹の手綱を引く。奇声を発したあと、走行をゆっくり止めて荷馬車も止まった。


「お前たち聞こえてるなら全員降りてくれ」


クロノとミントレアは二人の行者に促され、荷台から降りて、状況を知る。


「よしよし素直だな。てめぇら全員出すもん出せたら解放してやるよ」


「ひ、ひぃ」


二人の業者は目の前で青龍刀や斧。短刀などを掲げた連中に囲まれていた。


「複数人の強盗か、アマテラス他にどうだ」


『ーーー囲うように左右の茂みに二人潜伏している。後ろの林道に隠れて。遠くから弓であなたに狙いをつけている』


「なるほどな。回りくどいが、状況は最悪だな」


クロノは肩を竦めて、戦わずして逃げられないことを悟る。


「ログナード様、どうかしました」


ミントレアは不思議そうにクロノの〝独り言〟に言葉を挟む。

精霊の姿は普通の人には認識できないのだ。


「いや、何でもない。それと安心してくれ。たとえ何人相手でも依頼人を守るからな」


「私のことは気にせず、お気をつけて」


ミントレアは真剣な面持ちではあるが恐怖の色を表情には出さなかった。


「そう言ってくれると助かる。それとあんたは俺の〝背中〟側に隠れていてくれ」


クロノはそれだけ言って命のやり取りの覚悟を決める。


「おい、そこの黒い奴。何ボサッとしてやがる。他に荷台に隠れてる奴いねぇだろうな!? こいつら、始末するぜ」


青龍刀を行者の頸に向けて、一番筋骨隆々の強盗の代表がクロノを恫喝した。

クロノも大声を出して答えを返す。


「ーーい、いねぇよっ! というか俺は自分の命の方が大切だからな。それこそ〝てめぇ〟に脇目も振らず全力で斬りかかるか今考えてるのよ」


「ほう、こいつらはどうでもいいと。傭兵のくせに見下げた奴だなっ」


「金で働く傭兵だからだろ。仕事帰りで遊びにいくところを邪魔しやがって。そうだ! 金をそこらの茂みに投げるから俺だけ見逃してくれ」


「へへ、それだけ聞けりゃ十分だ。てめぇら纏めて逃がさねぇ」


そいつは愚かにも、その程度の返しで目配せで合図をしてしまった。

真ん前から斧・短刀二人の強盗がクロノに向かって歩いてくる。


左右の茂みから、同時に表れる盗賊がクロノに向かって正体を表す。

そいつら二人は短刀だ。

〝安全に〟始末するために同時方向から攻めるつもりだろう。クロノは合図と同時に真っ直ぐ駆け出していた。


「ーーー普通なら立ち止まるだろうがな」


「ーなっ!?」


相手から漏れでる驚愕に、クロノは口許を弧に歪める。、両太股のホルスターから〝抜くそぶり〟だけして真っ直ぐ疾走する。


間合いを計算するどころか、強盗の思考では完全にウサギの罠に嵌めたつもりであったのだろうか。

この異常事態に対処が追いつかず。それどころか眉根を歪めて、怒号を発して思わず立ち止まってしまった。


「一人顔面な」


「ブッ」


そいつが先に斬りかかるには遅すぎた。

左の強盗が奇声と共に顔面が潰される。顎の骨ごとひしゃげる音。そいつは呆気ないぐらい簡単に肉体ごと地面に転がっていった。後を追うように斧が空を舞って地面に落ちる。


「一人目な」


「クソがぁぁああっ」


残る右の強盗は半狂乱ながらも、立ち止まったら死ぬことを自覚していた。クロノに短刀を向けて襲いかかるのがやはり遅かった。着地後、半身になって、太股の短刀を迷わず抜き去り、その勢いで投てきした。


「ーピギャ」


「ほら二人目」


クロノはその断末魔に振り向きもせず、残る短刀を抜き出して後ろをチラリと睨みつけた。茂みから一番襲撃しやすく飛びだした癖にその強盗二人は思わず足を止めてしまう。


「次に死ぬのはお前らか」


「ぁあ、くそがっ、黙れよ」


複数であった意味がまるで機能していないのだからこうなる。強盗は恐怖する獲物が対象なのだ。そういう意味で傭兵は特に警戒して複数人で慎重すぎるほどに始末してきたのだろう。


それだけにクロノのように複数人でも歯牙にかけない相手なのは予想外であった。

力量までは見落としてしまったようである。


「どうした逃げないのか」


距離を詰め込めず。一人は武器を構えて立ち止まっており、もう一人は自分の仕事は戦えないミントレアを人質にすることだと言わんばかりに短刀を構えて向かっていった。


「行動は正解だけど、仲間意識は足りなさそうだな」


クロノに狙いをつけようとして全く狙えていなかった弓矢の強盗の姿もいつの間にか消えていた。1射もなく。

逃げたのか。仲間を呼びにいったのか。場所を変えたのか。クロノはその足を止めないまま唖然となる青龍刀の強盗に視線を戻し、恐るべき速度で疾走した。


「ーー! コイツを殺してやるぞっ」


「あぁ、そうしてくれ。その隙は絶対に逃さんがな」


クロノは応えるように狂笑の表情を返した。強盗は大きく舌打ちして、行者の一人の襟をつかんで、そのまま盾にするように行者の背中をクロノに向かって押し出した。


「だよな」


クロノは行者を悲鳴をあげる行者を回避して、短刀を投げた。


「ナメるなよ!」


その強盗は青龍刀を旋回させて、短刀を叩き落とした。クロノの武器はない。


「っ」


クロノは足を止めて、翻し後方へ逃げようとする。


「てめぇら絶対に逃がすなっ、一気にかかれぇっ!」


青龍刀の強盗もクロノの背後に向かって駆け出していく。ミントレア側の強盗、立ち止まっていた強盗も纏めてクロノにそれぞれ向かって動き出した。


「調子が出てきたな」


クロノはやはり足を止めず、間合いを詰めていた強盗に向かって走り出す。


「ハハハ、落ちた武器も拾わねぇとはな! オラ、死ねや」


「お前は俺の何を見ていたんだ」


「ヒギッ」


その強盗は信じられないとばかりの笑顔を浮かべた。短刀の甘過ぎる凪ぎはクロノの迅速な姿勢捌きで絡めとられる。

その腕を掴みとったクロノは、前方に引き寄せるようにして自分の肘と膝で上下から関節を嫌な音を立てるように叩き潰した。

苦悶の絶叫で転げ落ちる強盗。


「ログナード様っ! 後ろです!」


ミントレアの悲鳴がクロノに届く。


「いい加減にしろやぁああああっ!」


「死んでくれぇよぉおおおお」


クロノの背中から、青龍刀と短刀が各々振り下ろされようとしていた。流石にこの期に及んで強盗達も傲慢に余裕を気取ることはなかった。


「そんなに嫌なら、はじめから襲うなよ」


クロノは敢えて抵抗しなかった。

それを遮る〝存在〟があったからだ。


「上には上の返しもあるんだからな」


眩い光の泡が彼らの体ごと包んで溶かしていた。悲鳴すら起きず。そして転げ落ちた強盗も纏めて一瞬で消し炭になっていく

残った衣類と武器だけが地面に転げ落ちた。


『・・・』


強盗二人は何があったのかも分からなかっただろう。そしてその一部始終を眺めていたミントレアはわなわなと唇を震わせていた。

二人の業者はその不可思議に呆気にとられたままだ。彼らも精霊が見えているのだ。


「ーーー光の精霊様」


ミントレアは信じられないモノを見るように、言葉を溢していた。


ーー黄金髪のゴシック姿の少女。

クロノの背後に両手を広げて〝顕れていた〟のはだ。


「助かった、アマテラス」


『・・・契約だから。あとずっと隠れている一人はどうする』


「泳がそう。仲間がいるなら、今後この道には強盗も近付きにくくなるだろうからな。次に表れたら容赦しない」


『・・・』


アマテラスは頷き、静かに光の泡となって、消えていく。


「(あとは自己責任ってやつだな) 」


クロノは、体の節々がジンワリ痛かったので動く気にはなれなかった。


「とりあえず、大丈夫みたいだな」


「ログナード様こそ、お怪我はありませんか。あそこまでハッキリとした精霊は生まれて初めて見ました」


ミントレアは駆け寄ってクロノに怪我がないかペタペタ触ってくる。


「光精霊のアマテラスっていうんだ。無愛想に見えるだろうが・・・つーか変に筋肉さわるな」


「あっ、思わず興味本位で、すみません」


ミントレアも恥ずかしげに手を離す


「おいっ、アンタ達も無事で良かったな!」


クロノはこちらに向かってくる行者二人に微笑み声をかける。


「あ、あぁ。助かった。生きてるのが嘘のようじゃ。それにしても傭兵さん、アンタ化け物みたいに強いんだな」


「精霊まで見えるなんて夢みたいじゃ。アンタ実は何か生まれが貴族とか、特別な職務のお方なのか」


二人は感謝と共に言葉を返す。


「いや、本当に根無し草の傭兵だよ。俺は精霊と契約しているから、力を貸してもらっているけどな」


「そうか。ならその精霊さんにも感謝せんとな」


「だとよ、アマテラス」


クロノはエーテル(精霊素の集合体)として傍に漂ってるアマテラスに向かってニヤリと言葉をかけた。


『契約だから』


「あっそ。だと思った」


「光の精霊様と話しているんですね(何となく〝気配〟はわかるのですが分かりませんね)」


「そうだな。力を示す時に顕れたりするけど、普段はこんな感じだ」


「私もお話がしたいです。ダメでしょうか」


「俺は構わないが・・・どうだ?」


『嫌』


「気紛れな奴だから、また今度で頼む」


「そうですか(何だかチクチクします)」



ミントレアはそれを気にした風でもなく、ジーっと光精霊がいないかとアマテラスの周辺を見つめ続ける。


『・・・』





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