第5話 不穏の気配



ーーー帝都グラムウェル

北の居住区画ーーー




先ほどの店の壁の修理費はダンク名義でギルド支払いで話をつけていた。



貴族や大商人、王宮騎士それに類する特権階級の身分が住まう場所である。


一般庶民は商業区画で働いており、この地区に出入りすることは殆んどない。

通り行く人々も仕立てのよい貴族ドレスで日傘を差していたり、宮廷衣裳に身を包み、鳥馬の荷車が街中を通っていく。

住宅も豪華絢爛なモノばかりで、一般家屋の何倍ものスペースを使っている。



そんな中、全身黒ずくめの男が闊歩しているのだから奇異の視線を集めるのは当然である。


対してミントレアはクリスティ教として馴染みある法衣姿。爽やかな緑のボブヘアーに透き通るような肌に、琥珀の瞳。服に着られているだけの貴族からは嫉妬混じりも含めて注目を浴びていた。


地図では居住区の街外れに教会がある為に、この場所を歩く他なかった。



「何、アレ? どこの汚い生まれなのかしら」


「あの修道女の方もあの犬みたいな男を更正させるために教会に連れていってるのよ」


「男の方はモノ乞いかしら。泥棒されないように気を付けないと」


「本当、みっともない男だわ。私たちまで汚くなりそう」


「センスのない服、どうせ日雇いの庶民のくせによくここを歩けるわね、恥ずかしい」


「あとで、清掃業者に歩いた道を綺麗にしてもらいましょ。汚くて同じ道を歩けないわ」


確実にクロノを聞こえる程度に遠巻きセレブのヒソヒソ声。そのどれもが見下した内容であり、クロノの視界先の人達は顔を次々背けていく。


「ログナード様。さっさとこんなところは抜けてしまいましょう」


ミントレアは常の無表情ながらも瞳に昏い影を落としている。口元が引き結んで強張っていた。

クロノの腕は彼女に掴まれたまま早足でぐいぐい引っ張っていく。


「お、おぅ。というか慌てるなって」


正直、クロノ個人は傭兵という立場から嫌われることも慣れており、全く気にしていないのだが。

ミントレアはかなり怒っているらしい。


『・・・クロノ』


そんな中、アマテラスのクールな声だけが耳に届いてきた。


『よくわからない気配がする』


「どういうことだ」


『わからない。あ・・・消えた』


クロノは周囲を見回すが、何も異変は感じとれなかった。


「・・・」


どうやら気を付ける必要があるみたいである。

アマテラスの気配察知は悪意に敏感であり、また不審な精霊素の動きについては帝都全てを覆うほど広範囲な認識力である。これらを欺ける能力があるのは、同じ精霊使いか。それとは全く別途の何かであると考えられる。


クロノやミントレアが狙われる理由について、具体的に思い至らないが。クロノの場合、精霊使いや傭兵という部分で狙われることもある。ミントレアは他国のシスターという身分だが、女という一点だけで、特別狙われるというのも可能性がゼロではないのだ。



ーーーーーーーーー



ーーーグラムウェル教会



周囲を警戒しながら、歩いた先。それは現れた。

富裕層の建物からやや外れるようにして教会に辿り着いた。大庭園の敷地内である。

帝都グラムウェルでは見かけなかった広葉樹が石造りの中で植林されていた。

よくわからない人形の石像を象った噴水広場も中央に存在している。教会の周囲を散策できる路造。生き物の気配は殆んどなかったが、閑静な


「ようやく着きました。広々とした素敵な場所です」


「そうだな。聖都に比べると自然は見劣りするけど、落ち着くには悪くない」



丁寧な石造り

ステンドグラスのついた教会。

礼拝堂というよりは大聖堂の規模である。

人の気配は少ない。庶民よりも富裕層の人間が主に利用しているのだろうか。教会に出入りする人間も先ほどと似た服装をしていた。



中に入ってみると天上が高く、奥行きがあるように見えた。ステンドグラスから斜光が落ちてくる厳かな雰囲気と共に地元の富裕層の人間がが長椅子に座って、聖歌を清聴していた。


「素敵」


壁画には深紅の光に位置する精霊に向かって嘆く人々を天上から導く女性の光景が描かれていた。


「本場のエテリアルの教会とよく似てるな」


「そうですね。聖書にある一節ですが、この国なりの精霊解釈がなされているのでしょうか。私の教会では〝白い光で精霊が地に降り立つ光景ですから〟その趣きも変わっていきます」


「俺にはよく分からないが。ここのシスターも法衣が赤と茶を重ねた姿だし法国とは違うよな」


「えぇ、何故でしょうね。法衣はその場所に根差した精霊をイメージしたのでしょうが」


『クロノ』


「どうした」


『わからないけど気配を感じる」


「!?」



その時である。


「失礼しますが、あなた達は」


ーーー遠目から気付いたシスターがパタパタと走りながらこちらにやってきた。


栗色髪の目付きの鋭いシスターである。

クロノではなく、ミントレアに顔を向けている。

ミントレアは丁寧におじきをする。


「初めまして、私は法国の巡礼シスターのアルス・ミントレアです。聖霊の為に祈りを捧げにきました」


「傭兵のクロノ・ログナードだ」


「私はシスター ベトレです。どうやら一般の方ではありませんので、取り急ぎ司教の部屋まで案内させていただきます。傭兵の方はすみませんが・・・外でご待機願います」


ここで漸くクロノと面と向かう。

ベトレは軽蔑した眼差しを隠しもせずに言葉を投げつけた。


「俺もミントレアの関係者だから待ってるのは性に合わないな。そもそも外は酷くないか」


「失礼ながら。あなたは武器を携行されていますし、クリスティ教関係者でもありませんので。傭兵の方がここにいると他の方々も不安に怯えてしまいます」


「武器預けようか」


「お引き取り願います」


「無理矢理言ってもか」


「叩き出します」


「そんなにカリカリ怒るなよ。だいたいクリスティ教では暴力ご法度だろ」


「それは時と場合によります」


ギラリと光る殺意をクロノは見逃さなかった。


「なるほどな。じゃあ喧嘩早い傭兵がいるから、あまり時間はとれないとだけ伝えてくれ」


傭兵らしく瞬時に詰め寄り、上からジッと見下ろしつけて嗤う。


「いいだろ」


「ーー!? そ、それぐらいなら構いませんが」


しどろもどろになるベトレ。

クロノは霧散する殺気に怪訝な顔を見せる。


「それにしてもベトレさんを脅かすつもりはなかったんだ・・・。可愛いから意地悪してしまっただけだから許しーーーてぇっ! いてっ。いたたたっ、本気で背中をつねるな」


「気のせいですよ、ログナード様。大人しく外を散歩しながら待っていてください。私も早めに話を済ませてきますので、この方を困らせないでください」


「ミントレア、何で目の前で哀しげに溜め息ついてるんだよ」


「知りませんよ。、少しは胸に手を当ててかんがえてください」

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