第6話 ミントレアの決断



クロノはどうやら大人しく外に出ていったようだ。ミントレアとしてもクロノを傷付けることは本意ではない。先ほどは何故、あんなことをひてしまったのだろう。



ピアノを弾き聖歌を唱っているシスター達の横を抜け、ミントレアは郷愁を感じながら、その脇にある小さな扉を抜けて、教会関係者専用の長い階段を上がっていく。


最上階まで上りきった先。

そこの角を更に曲がると一番奥に1つだけ大きな扉があった。ベトレは軽く2度ノックした。


「どなたですか」


「シスター ベトレです。法国エテリアルの巡礼シスターの方をお連れしました」


「そうですか。わかりました。では、シスターベトレ。先に入ってきてください」


中から落ち着いた声が響いてくる。


「すみません。シスター ミントレア、少しだけお待ちください」


「はい」


ベトレはミントレアにそう告げて一足先に中に入る。およそ1分ほどであろうか。

暫くしてからベトレが扉を空けて現れた。


「では、中にどうぞ」


ミントレアは頭を下げ、司教の部屋に入室した。


「失礼します」


ミントレアは中に入る。

年季の入った精霊の木像やスフィア製の調度品。

アンティークの家具や机などが飾ってある。

全体として純紅のカーペットの中央でソファが対面越しにあり、テーブルも存在している。


司教の執務室でもあり応接間。

ベティの方はミントレアとすれ違い様に頭を下げて、外に出ると扉を閉じ姿を消した。

ミントレアは座らずに立ったままである。

司教とおぼしき男が頭を下げて挨拶をする。


「どうやら遠くからお越しで。私が司教のダリシュです。どうぞ、お見知りおきを」


「初めまして、私は法国エテリアル 聖都ハートヒュージより参りました。巡礼シスターのアルス・ミントレアです」


「歓迎するよ。どうぞ座りたまえ」


「はい」


促されるままにミントレアはソファに腰掛けた。

ーーーダリシュ司教。

赤と茶の神父服を身に付けた男。

白髪混じりの老体ながらも壮健な雰囲気である。真向かうように座るダリシュはミントレアを

上から下までじっくりと観察するように視線を走らせた。


「あの、ダリシュ司教。恐縮なのですが、来て早々連れがいますのであまり長くはいられません」


ミントレアは表情にこそ出さないが視線は抗議するように口を開いていた。


「いやはや。それはすまない。法国のシスターはよき美貌をお持ちだと思ってね。この帝都ではクリスティ教の布教が制限されいるので、私としては来訪者自体が嬉しい限りなんだよ」


「そうなのですか。巡礼1つで、ここまで歓迎されるようなことではないと思いますが」


「いやはや教皇庁の〝正教会〟のシスターともなればグラムウェルの信者達も気合いが入って喜ぶというモノ。あなたのような方にこそ、この教会に暫く滞在して下さると嬉しい」


ダリシュ司教は満面の笑みで、謝辞を述べた。

机から乗り出す勢いである。


「有難うございます。私自身、まだ齢15の子どもですし。物事の考え方がわからない立場なので、こちらでお役に立てることは光栄です」


「これはこれは、滞在して頂けるのですか!」


「いえ、残念ですがご期待に添えかねます。見聞を広げる意味での協力は吝かではありませんが・・・すみません」


ミントレアは瞳を伏せて言葉を返した。

喜びを示していたダリシュ司教が分かりやすく肩を落とした。


「何故です」


「今の私は傭兵の方に護衛してもらっている立場ですので。まずは彼に相談しないと。それに正シスターとして巡礼を認められる為にも特別1つの場所に留まるわけにはいかないのです」


「傭兵・・・あぁクロノ・ログナードという名前のですか。ベトレからと話を聞きましたが。どうやら信仰心も素行も宜しくないようで。正シスターの件については、私からそちらの修道長宛に一筆書きますので気にしなくていいですよ」


「正シスターの件や彼の件はともかく。傭兵としての腕は確かです。人柄については深く信用に足ると考えています。強盗から助けてもらいましたし」


「もしかして。彼に気があるのですか」


「わかりません」


「フム。それなら何も気にしなくていいのでは。私が滞在のお礼として、荒事だけの傭兵ではなく信心深い精霊術者を紹介させてもらいますよ。学ぶべきところが、多いハズです」


ミントレアの瞳が揺らぐ。ダリシュ司教は立ち上がり詰め寄るように懇願する。


「君の力が必要なんだ。この教会でより多くの人々を助けると思って手を貸してほしい」


ミントレアは少しだけ考えるそぶりをした。


「・・・。お気遣い有難うございます。本当に有り難い申し出だと思いますが。幸いログナード様も精霊と契約していますので」


「は、はい?」


「ログナード様は精霊と契約しています」


「な、なんだと。たかだが、いち傭兵が精霊と契約・・・そんなバカな」


「はい。私も驚かされました。ですが、この目で光の精霊もハッキリと確認しました」


ミントレアはダリシュ神父の親切心に申し訳なく思いつつも、断ることには躊躇いがなかった。


「バカなバカな」


そもそも自己を過大評価されても困る。

クロノのことを簡単に切り捨ててしまう富裕層と同じような決めつけた口ぶりに全く協調できなかったためだ。その人の視点に立てていない。

そうでなくとも、何処か嫌な視線を送ってくるこの男に対して、ミントレアは生理的嫌悪にも似た警戒感を覚えていた。


「そ、そうですか。それは残念。仕方ないか」


ダリシュ神父は神妙な顔つきになりながら、納得いかないながらと唸り声を漏らしていた。


「失礼します」


扉からベトレイが入ってくる。

お茶菓子のクッキーと紅茶。


「おや、ベトレイ。気が利く」


「シスター ミントレアも遠慮なくどうぞ」


「有難うございます」


ベトレイは一礼をして部屋から先ほどと同じように退出した。

ダリシュ神父は紅茶を口にながら先ほどの態度が嘘のように微笑んだ。


「帝都自慢の名店〝火精屋〟の堅焼きクッキー。どうぞ召し上がって」


「わかりました。それならこれを少しお土産にしたいです。袋で包んでも構いませんか」


「気を遣われるのですね」


「はい、一人待ちぼうけさせていますので」


ミントレアは小袋に幾つか入れて紐で括る。


「では、紅茶を少しだけ頂いて帰らせて貰います」


「はい、どうぞ」


ミントレアは紅茶を口にして、沈黙。

手が止まる。


「おや」


「・・・何ですか、こ、れ」


コップが絨毯に溢れ落ちる。

ミントレアもマリオネットのようにソファに崩れてしまう。


「ただの体を動きにくくする麻痺薬。呼吸もできるし意識もある。生命の危険はないのでご安心を」


「ーーー」


「あなたが素直に滞在するのであれば、ここまで強引なこともしなかったのですが。子どものくせになかなか賢しい。身体に〝わからせた〟後、あなたの信仰心を逆手に従わせてやるとしようか」


ミントレアはダリシュ神父の接近に戦慄を走らせた。神父は頬をゆっくりと撫でる。

気持ち悪い。


「怯えなくていい。人を信じやすいあなたを心の底から生まれ変わらせるだけですからね」


「ーーー(ふざけないでください)」


「しかし、計算違いをしてしまいましたね。まさか傭兵が精霊使いとは。今頃うまく始末できているでしょうか」



「ーーー(そんな、ログナード様っ)」



ミントレアは声なき声で悲鳴をあげた。

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