第4話 〝鋼拳〟

ーー蒸気風呂 男性側



「おぅ、良いガタイじゃねぇか」


「うるせぇよ。てめぇの方が無茶苦茶筋肉あるじゃねぇか。てか、馴れ馴れしいぞ」


「俺様は筋肉フェチだからな。お前、そういや巷で有名なフリーの黒髪傭兵だろ」


「いてっ、いてっ。背中叩くな。てか何で俺が有名人になっているんだよ」


「そりゃ、お前の悪名だよ。ギルドに属さず、仕事仲間を森で見棄てたり、ギルド受付嬢の誘いを切り捨てたり、狂った笑みで酒場で傭兵達と大乱闘したり。極悪非道じゃねぇか。てめぇの名前を聞いて関わりたがる傭兵はいねーよ」


「おいおい。そりゃないだろ。だいたいアイツら俺に魔物ばかり押し付けてその間勝手に迷子になったんだぜ。ま、まぁ後は別に否定しねーけどな」


「やっぱり極悪非道じゃねーかよ」


「うるせぇ潰すぞ。少しは反省もしてんだよ。てかテメェは誰だよ」


「俺様はモンゼス・ゴッド。ギルド〝5つの環〟所属。この間やっと認められた新人の正規傭兵だ。ここで会ったのも何かの縁だ。宜しく頼むぜ兄ちゃん」


「だから馴れ馴れしいぞ。というか〝5つの環〟か。俺も仕事の関係で顔合わせも多いから覚えとけよ。そういやダンクとレイラの兄妹は元気にしているのか」


「恐ろしいほどに元気だ。というか、ダンクの旦那には仕事を教えて貰ってる仲で俺もそのお陰で正規の傭兵になれたんだぜ」


「あっそ」


「この間、たったの二人だけで魔女の国で大きな仕事を果たしてきたようだぜ。あいつら身のこなしが普通じゃねぇ。〝二つ名〟なだけはある」


「ほう、あんなのでもか」


「ガハハっ、お前すげぇ奴だなっ! 旦那から狙われてるだけあるぜ」


「?」


ーーーーーーーーー


一方。蒸気風呂 女性側



「・・・。(この湯気、どうやら肌の汚れを浮かせて汗を流すための用途みたいですね)」


アルス・ミントレアは蒸気で満たされた横並びの個室の中で満足げにお湯で濡らしたタオルで軽く拭いていく。女性としては華奢ながらも人並み以上に恵まれた体つきであるが、決して肉付きが多い方ではないのがコンプレックスであった。


教会のシスターとしての生活は質素倹約が基本であり、贅沢な暮らしを行うわけではない。

普段なら〝同じ仲間同士〟であれば、ここまで周りき気を遣うことも少ないのだが。

開放的な作りで両隣の壁以外は隔てるものは存在しない。因みに男性の方は横の仕切りすらなかったわけだが。


「ふぅ・・・。(皆さん堂々としすぎですよ)」



シスター仲間と違って他の女性からも後ろから丸見えな状態である。周りは隠すべきところも全く気にしていない様子。ミントレアとしては表情を硬直させるほど軽く衝撃的な環境であった。


ーーーしかし、蒸気風呂自体には満足していた。

上から下まで旅の疲れの汚れを丁寧に落としていく。


「・・・。(1つシスター仲間に楽しいお土産話ができたかも)」



ーーーミントレアが巡礼シスターとして旅に出ることになった切っ掛け。


法国エテリアルでは15歳になれば大人と同様の立場が認められる。当然自己責任も出てくるが、許可さえ降りれば国を出て旅をしてもよいのだ。

巡礼シスターも国が許可した1つである。

この巡礼の旅を無事完遂させ、修道長と司教に帰って認められれば、正シスターとしての立場が認められる。危険旅であるので、同じシスター仲間でも修道長が司教に推薦し、また本人の意思に基づき巡礼の許可がおりる。


「・・・まだ何も得られていませんよね」


ミントレアは、木製バケツにたまっているお湯を使って手先から少しずつ体を流していく。


今ごろは聖都ハートヒュージの教会で厳しくも優しくシスターを纏めているであろう修道長ヤミネーナの言葉を思い出した。

年季の入った表情で彼女はミントレアを厳しく諭す言葉の意味を考える。


〝あなたは、子どもなのに頭が少し固すぎます〟


〝そうかもしれません〟


〝シスターの中で模範とすべき立ち振舞いができていることは認めましょう。皆から慕われ認められていることも。ですが、それでは本心のあなたは伝えられない。わかりますか〟


〝・・・〟


〝あなたは人形ではありません。自分の意思で精霊や人を理解し選ぶ必要があります。その上で信仰の道に気付いてほしいのです〟


〝シスター ヤミネナ。それはどういう〟


〝少々強引ではありますが、私の知り合いから直接護衛の依頼をすることにしました。時に彼から学ぶことも多いでしょう。返事はどうなのです〟


〝・・・わかりました〟



修道長ヤミネナから旅を許される程度には、信仰心を認められたことをミントレアは喜ぶ一方で自分の旅の意味が何であるのか未だにわからなかった。


「・・・(それにしてもログナード様の精霊様、凄かったと感じました。名前はたしか・・・)」


アマテラスという名前だった。ゴシック姿で金髪の少女姿であった。何を考えているか分からないが、ログナード様との関係はどういうものなのだろう。


クリスティ教において、精霊とは人の上に立つ存在。精霊は人と共存し、時に懲らしめる神の代行者となる。精霊使いもまた、信仰厚く、精霊に認められるほど魂が稀有な存在であるとされる。


「精霊様に認められる・・・」


木製バケツのお湯の残りを使って、肩から下まで流していく。


ログナード様の信仰心については正直疑問は残る。人柄が悪いということではない。

クリスティ教では暴力はご法度。ミントレアからすれば不思議て仕方なかった。

傭兵である以上闘いは仕方ないとはいえ、強盗をあそこまで壊滅させる必要はあったのか。


「・・・(いえ、それはきっと私の独り善がりの考え方)」


ただそれでも、彼は精霊に認められているのだ。

私程度の理解では及ばぬ関係であることだねはわかる。そして、私を守るために手を汚させた。

もし、それを問題にするならそれは私の罪でもあるのだ。



「ままなりませんね、この気持ちは・・・」



木製バケツのお湯がなくなり、ミントレアは



ーーーーーーーーー



一方クロノの方では。




蒸気風呂屋の店前に置かれた木製ベンチ。

体よく軒並みに売られていた紙コップのリンゴジュースをチビチビ飲みながら、ミントレアが外に出てくるまでの間、寛いでいた。


「・・・(長風呂だな。きっとゆっくりしてるんだろうな)」


「おい、そこの唐変木」


空をボンヤリ眺めていると上から人懐っこいおっさんの笑みと拳が突然降りてきた。


「!?」


「やはり避けたか」


クロノは事前に気配を感じて、既にその場から離れていた。避けたハズの拳の先で木製ベンチは粉砕されている。


「随分な挨拶だな、〝鋼拳〟のダンク。ちょっとリンゴジュース飲みきるから少し待て」


「フン」


クロノは事も無げにリンゴジュースを飲みきり一瞬そのコップを投げ捨てるか、悩みながらコップを地面に置いてから半身になって、間合いをとった。


「ほぅ、ものわかりが良いな」


「建前上言っておくが、お前はギルド所属の正規の傭兵だろ。喧嘩は黙認されても、殺しの沙汰はご法度だったろ」


ーーー〝鋼拳〟のダンク。


〝5つの環〟ギルド内でも腕利きである。

〝鋼拳〟という二つ名は伊達ではない。

暴力としての異名だ。その拳は魔物の堅牢な皮膚を軽々と突き破り、立ち回り含めて、あの時の強盗等とは比較にならない。


「我が〝鋼拳〟は瞬迅の一撃で音もなし。剛によって、人の息の根を止める業」


「不意打ちで避けられてる奴が白々しく言えるセリフじゃねーよ!」


クロノはダンクを小バカにした。

実のところ、そこまで余裕があるわけではなかったが。撃つぞー、撃つぞーって事前の憎しみの殺気。アマテラスの察知のお陰である。

これらがなかったら、もしかしたら不意打ちは成功していたかもしれない。


「それだけの身の捌きがありながら、お前がなぜフリーの傭兵に収まるのか理解に苦しむ」


「仕事して飯食ってるんだから良いじゃねぇか。それより、今のはどういう風の吹き回しだ。てめぇら兄妹とは普通に傭兵仲間として仲良く接してしてたろ。場合によってはタダでは済まさん」


「それはこちらの科白だ。我が妹の〝柔脚〟を卑怯な手で破り、挙げ句に女としても泣かせた恨みは筆舌に尽くし難し」


「少し待て待て。よくわからん。この前、軽くてめぇの妹レイラに喧嘩売られたことだけは覚えてるが」


「軽い喧嘩、正当な返り討ちだけなら、戦士として俺も耐えよう。あいつも泣くまい。だがお前はどういう戦いをした。思い出してみろ」


「蹴りを回避しながら〝ズボンの股下が破けている、恥ずかしいな〟と嘘をいって動揺したところをぶっ飛ばした」


「貴様ぁぁあああっ!!」


激昂したダンクの〝鋼拳〟がクロノの顔面に飛んでくる。特殊な加工を施した玉鋼金属グローブ。

あらゆる魔物を効果的に破壊するためのスフィア石が5指の関節可動域付け根についている。

当然棒立ちで拳だけがやってくるハズもなく、ダンクはバネのようにしなやかな瞬発力によって、回避の隙を潰そうとした動きである。対して、クロノの背中は店側。その間、迅速に太股のホルダーから短刀を1つ取りだし、その拳に向かって切っ先を合わせた。ダンクの拳は〝鋼拳〟である。ただ合わせるだけで、切り裂くどころかクロノの骨が丸ごと砕け兼ねない。


「ーーぶつかっとけ」


「ぐぉっ」


丁寧に合わせた先でクロノは体幹を回転させながら、相手の突進の軸をずらしつつ、拳の外側に向かって回し蹴りをかます。勢いは止まらず店の煉瓦壁に大穴を開けた。


「レイラなら、回り込んだところでここまで簡単にやられはしなかったぞ」


クロノは挑発するように笑みを作った。

ダンクは頭が反対に冷えたのか。冷静に全身を観察してくる。


「・・・フン、この程度大したことはない」


腕についた石の破片を軽く振り払い、振り返る。


「お前、なかなかタフだな」


「レイラのことを抜きにしても本気で闘りたくなった」


〝鋼拳〟のスフィア石が鈍く光を輝かせる。

両拳を構え直して、軌道を悟らせないようにフットワークを使いつつ、間合いを図る。


「そこまでは望んでなかったんだがな」


対するクロノも〝スフィア石〟で出来た短刀のもう1つを抜き去り、姿勢を低くして両腕を交差ーーー力を溜めていく。


どちらかの大怪我は避けられない次元になりつつあった。緊張する空気が場を支配する。

いつの間にか大通りを歩いていた者達は消えており、代わりに傭兵や物見遊山の人間が遠巻きに集まってきていた。



しかし、その攻防が行われることはない。



帝都グラムウェルの街中で目立ちながら、店先から二つの声が木霊したからだ。


「何をしているのですかっ、ログナード様っ!!」


「ダンクの旦那!! お久しぶりです」



互いに視線を交わし構えを解く。


「興が削がれたな。決着はまた今度だ」


「こちらも上等だ」



互いに背を向ける。


「ミントレアさん、蒸気風呂はゆっくり出来たか」


クロノは地面に置いたリンゴジュースのコップを拾う。ミントレアは何故か心配よりジト目でクロノを糾弾するように睨んでいた。


「何があったのですか」


「昔馴染みの奴に襲われた」


「どうして逃げなかったのですか」


「何故だろうな。男同士の喧嘩だからな。簡単に逃げたくなかった」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「てか依頼人を放置してやることじゃなかったな。すまない」


クロノは居心地が悪かった。無表情ながらいくつもの抗議の声が伝わってきたからだ。


「・・・はぁ。もういいです。ログナード様が自分勝手な人なのはよくわかりましたし。とりあえず怪我がないようで安心しました」



ミントレアは、そう言いつつも生まれて初めて深い溜め息をついた。傭兵なんだから仕方ない。自分とは違うんだから仕方ないと強引に納得することにした。



「(ーーーでも何故こんなに心がざわめくのでしょうか)」

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