第3話 帝都グラムウェル来訪

ーー帝都グラムウェル

螺旋城と呼ばれる建立物の天上テラス。



「・・・気に食わんな」



空よりも遥か高みにある〝浮遊の城〟から女は言葉を漏らした。

雲を割り、地上の眼下を見下ろすのは真紅の瞳。

黒き腰元までのカール髪が空に靡いていく。

緑の宝石が埋め込まれた銀のピアス。真っ白な薔薇のヘッドドレス。血よりも深い赤のロココドレスを身に纏う。

その全身は灼熱の意思を宿している。



千年帝国ソレスティン。

ノア・ヴリトラ女皇帝である。



動乱の諸国を類い稀なる権謀術で治め、絶対君主としても信望が厚い稀代の治世者。


眼下の街を見下ろしていたヴリトラは剣呑な表情で気配もなく現れた背後の騎士に気付いた。


「如何いたしましたか、我が灼熱の王」


「実にくだらんことだ」


灼熱の意思を宿す女皇帝は不遜に睨み付けるが。

目の前にいる金髪蒼眼の王国騎士は動じずに、にっこりと笑みを象る。


「ーーーフン。お前でもわかるだろ。我が帝都にやってきた異物の〝大精霊〟だ。鬱陶しい老人どもと面倒事を起こされる前に上手く捕らえてこい」


「上手くとは?」


「あらゆる手を使え。何ならその〝魔導剣〟で制圧しても構わん」


「御意」




ーーーーーーーーー




一方。クロノとミントレア。

帝都グラムウェルの南区画を繋ぐ正門をぬけて、馬停宿舎に到着。

周遊する者。

喧騒に溢れる商業区画に辿り着いた。







聖都ハートヒュージ◀ミントレア所属の正教会

法国エテリアル国境(関所)◀行者の馬停所

緩衝地域の大平原

千年帝国ソレスティン国境(砦の関所)

エルス大森林◀強盗が潜伏

帝都グラムウェル◀巡礼の目的地




およそ3日ほどの旅路だった。

道中、クロノは思わぬ強盗集団と一戦したが、その後魔物に襲われることもなかった。

あの後、命の恩人である傭兵のクロノは運び代を割り引きしてもらった。

そういう訳で行者とも打ち解けたクロノ達は別れの挨拶を告げる。


漆黒黒瞳の黒ずくめの男。クロノ・ログナードは腕組みしながら笑う。


「おっさん達、世話になったな」


巡礼シスター。アルス・ミントレアはペコリと丁寧にお辞儀をした。


「お二方、本当にお世話になりました」


行者も満足げに頷きながら。


「こちらこそ。まさか精霊の術者様とは知らなんだ。旅の神様に感謝じゃ」


「そうそう。また利用してくれよな」


差し出される手。


「おう割引してくれたならな」


握り返すクロノ。


「それは困る。用心棒代なら別じゃがな。じゃあ、ワシらも次の仕事があるからこれで失礼させてもらうよ」


「ログナード様の言うことは気にしないで下さいね。精霊のご加護を」


「こりゃ照れるのう」


冗談混じりに言葉を返しつつ行者が馬鳥の荷車に向かっていく。


「おう、がんばってな」


「色々と有難う御座いました」


その後ろ姿を手を振りながら見守りつつ、二人は彼らの安全を祈る。やがて振り返り、活気溢れる機械と蒸気の街に足を踏み入れた。


「さぁいこうか」







ーーー商業区画



「人がたくさんですね」


「いつ来てもここは凄いな」


人ごみで活気に溢れていた。


昼間から酒場に入り浸る喧しい荒くれ達の声が屋外に響く。通行人に必死の売り文句を飛ばす商人が大通りの先々で待機している。この国の観光を楽しむ異国の観光客達。肉やパスタの臭いが外に漏れ出てくる飲食レストラン。

特産物である怪しげな工芸品を売り捌きながら情報屋としても機能する露天商。

繋がりあう〝5つの環〟〝天の女神〟〝竜のマーク〟の屋上看板が印象的で一際大きな建物。各国認定の大ギルドの仕事斡旋所。

甲冑に身を包む3人1組の巡回憲兵が大通りを警らしている。


「どうだ。ここが俺のよく拠点とする場所だ。ようこそ。帝都グラムウェルへ」


「とっても素敵なところですね。落ち着いた聖都と違って水や木が立ち並ぶ自然の美しさは少ないですが、活き活きとした人の光景があります」


灰色の石造りの道の上で赤煉瓦造りの建物が規則的に等間隔で並び、大小所狭しと埋め尽くす。視界の果てまで街並みが楽しめる。


ここが千年帝国ソレスティンの首都である。



「アマテラス。お前は初めてここに来るが、精霊としての感想はどうだ」



『火や土の精霊素がたくさんある』



クロノの耳元からアマテラスの答えが返ってきま。相変わらず淡白だが、どこか上機嫌そうな感じに受け取れた。


「どうおっしゃっていましたか、光の精霊様は」


「火と土の精霊素があるってさ」


「ふふ、そうですね」


「精霊の考えることはよく分からないが。ここで暮らしたいと思う人間は数えきれぬほどいるからな」


そもそも帝都グラムウェルは古くから発展してきた大都市である。世界有数の機械工業も盛んであり。この国の傭兵にとっては仕事をする上でも必ずといって良いほど用事ができる場所である。


「それにしても。空まで圧巻の景色ですよね」


「俺はあの柱がよくぶっ壊れないと思うけどな。この国の女皇帝がその上にいると思うと色々と物騒なところだな」


「遥昔、精霊と人が手を取り合った時代のモノですけど、どのように作ったのでしょうね」


クロノは空に続く5つの柱を見上げた。


帝都中心部には絶対君主たる女皇帝ノア・ベトレアが統治する〝螺旋城〟が存在する。


名前のとおり巨大な5つの螺旋構造の支柱が各々大地から雲を越えて突き刺さっている。

その遥か高みに出入り口がそれぞれ建立。


更にその先からそれぞれ中央に伸びる橋があり、その先に浮遊する城のことだ。

如何なる原理か城が空に浮かんでいるのだから、興味を惹かないわけがない。


北の居住区

東の工業区

西の研究学区

南の商業区


これを建立するために街が発展してきたのであれば納得である。



「ところで、ログナード様。こちらは何処か水編みや湯編みするところはありますか」


「川や井戸付きの宿ならあるけど・・・そうだな」


街を歩きながら、クロノはミントレアの額に流れる汗と息遣いを見てポンっと掌を叩いた。


「そういや、ミントレアさん。ここの教会の巡礼前に先に蒸気風呂へいってみないか」


「それは構いませんが。ジョーキブロ? とはいったい何でしょうか」


「噴出する湯気に包まれながら汚れた体を湿らせた暖かなタオルで拭くんだよ。お湯で汚れを最後に流せるから肌も綺麗になって気持ちがいいぜ」


「肌が綺麗に。そうなのですか。ぜひお言葉に甘えさせてもらって宜しいですか」


ミントレアは琥珀の瞳を輝かせて、クロノの前で両人差し指の先を合わせながらグリグリ回す。


「そりゃ良かった。こういう時にしか教会以外のモノは楽しめないものな」


「はい。クリスティ教が他国の慣習にも寛容で善かったです」


ミントレアは人差し指で口許に添えて微笑みを返す。クロノはニカっと負けじと笑みを返す。


「なるほどな。その含みは理解した」


「察してくださいましたか」


「気持ちの上ではな」


肩を竦めて再び歩き出すクロノ。

そこに横並ぶようにミントレアもついていく


「そういえばログナード様は綺麗好きなのですか」


「・・・傭兵に尋ねるのか」


「失礼な質問でしたら謝りますが。ログナード様は傭兵をされていますけど綺麗好きな方ですよね」


「そりゃな。依頼人の前では清潔感を心掛けないと思っているからな。最近ではアマテラスが勝手に俺の汚れを落としてくるから手間もない」


「光の精霊様が!?」


「驚くなよ。だが確かに俺も理解できない。寝て起きたらのパターンが殆どだな」


『契約。あなたの汚れは私の敵だから』


「うぉ」


クロノの肩に座った状態のアマテラスが顕れて消えた。思わず変な声が漏れ出てしまった。

いったい普段何処にいるんだよ。


「そうなんですか。さすが精霊様です」


「俺はビックリするけどな。っと、どうやらいつの間にか蒸気風呂屋についたみたいだな」


「男女一緒なのでしょうか。もしかしてそれが目的だったのですか」


「なぜ、そうなるんだよ」


「冗談ですよ。ログナード様。信用していますので。案内をお願いします」


「わかった(冗談も言えるのか・・・)」



クロノは嘆息して、蒸気風呂に入っていた。

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