prologue


ーーー物語の前にあと1つだけ話をしよう。



〝物語の世界ではない身近な宇宙の話〟



太陽系 第3の惑星 地球。

かつては青の星と呼ばれ、今は赤と黒の星。

真っ黒な大気に覆われた死の惑星。


起こりうる遥か未来にある結果の1つ。

星の命の果てーーー

星の末路を受け止める為に、人という存在はあまりに脆弱すぎた。



〝熱いよー〟〝誰かー誰かー助けてぇ〟

〝そこどけ〟〝やめて、やめて〟

〝シェルターに入れてくれぇ〟

〝神様、たすけて〟

〝皆さん、落ち着き・・・んぎゃっ!?〟

〝津波がくるって、何処に逃げりゃあ〟〝返してー返してー〟〝息止めろーっ、ガスで肺が焼けるぞ〟〝し、死にたくない〟



少し前までは響き渡っていた人々の阿鼻叫喚の切り抜きである。

もはや何処からも聞こえず全て静まっていた。コンクリートジャングルは軒並み震災によって大きく崩れた。そうでない山々の大地は出鱈目に隆起。海は割れる。大氷河もバラバラに。地下のプレートから噴出する全てを呑み込むマグマが地上全てを染め上げいき、火砕流やガス、そして大津波も含めてあらゆる生命は底に沈んでいく。

空に逃げ込んでいた飛行機も雷鳴轟く気流に巻き込まれて炎上し墜落。


避難の暇どころか逃げる場所すらなかった。


地球を除く月や火星基地では宇宙実験的な居住区画もあったのだが。

地球側の協力なくしてエネルギー資源や永遠に住めるようには出来ていなかった。


彼らもいずれ時間と共に滅びを待つだけだ。


政府の防災地下核シェルターに逃げ込んだ特権階級の人間。彼らも大地の揺れにより逃げ遅れて地盤の崩れで生き埋めになっていた。

そのシェルターも崩落していく。



ーーー終わりは突然迎えられたのである。



既に終わっていたのかもしれないが。

かつては、理想を掲げた筈の人の営み。

善を建前に互いに悪を押し付けあい、騙し合うことを当然とした人間が増えすぎた結果、地球の大災害を乗り越えるには全てが届かなかったのだ。


とある国も今はもはや形をなしていない。およそ数百年前、平和の象徴とも呼ばれたこの民主主義国も今はマグマに呑まれていた。世界でもっとも治安がよい島国だったが。しかし。いまや内紛やテロが平然と罷り通り明日を生きるために、誰もが大小手を汚し。貧民街の人間は政府を恐れ、誰もがこの島という牢獄から出ていきたいと考えていた。災害の前の話ではあるが。


この国に限らず。

育てたモノは奪え。技術横流しで火種を増やして飯を食う。民衆浄化。賄賂。

神という名による善悪の闊歩。

一部の特権階級も互いに支配力を強め、庶民は互いを監視しあって圧政に従う。

いつしか人の笑顔すら狂気を隠すためのモノに成り下がった。


ーーー暗黒。



「・・・」



そんな最中。

カードキーと血管照合による堅牢な地下シェルターにある秘密研究室。ここはまだ無事であった。

既に設備自体は災害によって壊れている。

非常電源に切り変わっているため、最低限の照明で薄暗い。ミシミシと僅かに揺れ続ける研究室で老人はモニターに対して電子キーボードでプログラミングを行っていた。

彼の表情は能面だ。

〝ある研究〟は完成しつつあった。


今なお度々続く地震の影響で、機材が落ち、自身も転倒し流血してはいるのだが。

そんなことすら気にせず、老人は立ち上がってプログラミングを続ける。


幾つもの別モニターから映る出入口通路の監視モニターもブラックアウトしていく。


「・・・」


白衣の老人は人類滅亡の災害すら気にならないほど、狂気に覆われていた。

彼はご都合主義の主人公ではない。

名もなき科学者だ。


彼の人生は悲惨であった。

幼い頃、彼は特権階級の一人息子として英才教育で育った。

両親は彼に一通りの道徳と教養を愛をもって教えた。しかし彼が15になる頃。

父は庶民に施しを与えたことがバレて査問にかけられ拷問の末、獄中死。

母は父の逮捕に反発し、暴れたところで呆気なくその場で取り押さえられ悲鳴の中、銃殺だった。彼はたまたま提出した技術論文が認められ、軟禁措置によって、無関係と判断された。彼は両親の死への憤りで。両親を裏切る簡単な終わり方を恐れたのかもしれない。


〝彼は、殺した人間を目の前にして何一つ反発することなく、悲劇の生を受け入れた〟


やがて正式に人体兵器の技術研究者となった。国から妻をあてがわれた。

彼も親となる。子どもが出来て親の分まで同様に愛情を注ぎたかったが、身分秘匿の軍事研究のため、ほとんど妻子と顔を合わせる自由が許されなかった。

息子は顔を合わせる機会が少なかったが、妻と共に労りの言葉を掛けてくれた。彼もまた限りある愛を込めて時間を過ごした。


〝彼の人としての傷は癒えるほどの生き甲斐だった〟


15歳のとき、息子は特別な才覚もないままに一般人と同様に徴兵された。

いち兵士として大陸国家の内紛に介入。

道中、敵兵に毒ガスを撒かれて戦没した。

妻は半狂乱になったが、彼はまだ残る妻のために正気を演じた。壊れる妻を宥めた。

精神安定薬を飲み続けて生きていた。

ある日、妻は精神病の人間として、国に処断され始末された。


彼はその訃報を受けて本格的に壊れ始めた。

如何に人を殺し尽くすか、それのみを研究で考えるようになった。

薄汚れ、自分の力で名もなき人間を殺め続けた。死ぬ絶望も生きる希望もないほど、あらゆる信義を見放していた。


「・・・」


それ故に彼は諦念ではなく狂気に染まり、あることを模索した。彼の知識は限定的だったが、人を壊し尽くす力を実現する為だけに時間が使われた。

もはや〝血反吐〟すら出てこない。

彼は有能さが更に認められ、国の軍事研究者でありながら、将校も揃ってへり下るほどの国家施設長に選ばれた。

そこから秘密研究室として、ここで50年以上もかけて人を滅ぼし尽くす研究を重ねていた。その一つの結果が、この地殻変動のエネルギーを惑星自身に用いた大災害である。



今となっては、その成果をここに細かく示すことはない。地獄絵図を尻目に彼は独り言をぶつぶつ呟いていた。

精神が壊れていたのだ。

年齢的な部分もあったのだろう。

そして、もう1つの〝結果〟が始まろうとした。その結果は彼が意図せずして出来た副産物であり、常識外の創造である。


〝 Deny your possibility. Access・・・〟


「ーー!」


突如として光るモニターに老人は目を見開いた。そこに〝 〟を見つけたのだ。

彼にはソレがもはや何かすら説明できない。

ただただ笑みを浮かべて涙する。

結果が出ようとするのを待ち焦がれる。


しかし、この結果を彼が知ることはない。

次の瞬間、倒落した天井が彼の人生の幕を呆気なく閉じたのだ。

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