幸せは、塩ラーメンの味がする
一初ゆずこ
幸せは、塩ラーメンの味がする
きっかけは、正月三が日に届いた年賀状。
「さゆき、一人で平気?」
両親には心配そうに訊かれたけれど、私は元気よく頷いた。九州に向かうのは、十五年ぶりになるだろうか。今の街に引っ越す前は、私も阿蘇で暮らしていた。当時五歳だった私は、父の弟だという近所の康介兄さんに、とてもよく
康介兄さんも、自分にだけ懐く引っ込み思案な女の子が、きっと可愛かったに違いない。「さゆきは、将来えらい
けれど、私ももう二十歳。引っ込み思案な女の子は成長して、髪もきちんに
あの頃のことは、たくさん覚えている。
「さゆきも食べるか?」
茶目っ気たっぷりに訊かれた私は、どきどきしながら「食べる!」と小声で返事をした。小さなお
だから、もう子どもじゃない私は、康介兄さんと再会したら、きっとこう言って驚かせるのだ。今度は私が、兄さんにラーメンを作ってあげる。
そんな目標を、立てていたのだけれど――私のささやかな
「さゆき、よう来たなぁ。昼飯にラーメン食べるか?」
「……食べる!」
作ってあげるラーメンよりも、作ってもらえるラーメンを食べたい。
「この味をまた食べたくて、熊本まで来たんだよ」
懐かしの居間で、
「さゆきは、都会に出て、面白なって帰ってきたなぁ」
康介兄さんは、言葉通り面白そうに
十五年前にはなかった物が、康介兄さんの左手の薬指にはまっていた。
「康介兄さん、幸せ?」
訊いてみると、康介兄さんは幼い子どものようにきょとんとした。私は、
農業の道を選んだことは、きっと康介兄さんにとって当たり前のことなのだ。康介兄さんは、疑問を挟む余地なんてないくらいに、自分が進むべき道を定めていた。そういう真っ直ぐなところに、私は憧れていたのだろうか。
ラーメンを食べる手を止めていた康介兄さんは、やがて「よう分からんけど」と前置きすると、愉快そうに歯を
「こぎゃん可愛い
私も返事をしようとしたけれど、
それに、新しく生まれるものもあることを――康介兄さんの指輪を見たときから、きっと私は、予感していた。
胡椒が沈んだスープを飲んでいると、玄関の引き戸がガラガラと開く音がした。康介兄さんは、ふっと穏やかな目つきになると、玄関のほうに「ああ、おかえり」と声を張って、立ち上がった。誰かを迎えに行こうとしている背中を見送りながら、私は少し緊張した。けれど、ラーメンで温められた心が、私の身体を自然と立ち上がらせていた。少しだけ引っ込み思案に戻った私は、十五年の歳月で
――今度は私が、兄さんにラーメンを作ってあげる、なんて。本当に、最初から言う必要などなかったのだ。
家に入ってきた相手も、私という来客に気づいた。黒髪が綺麗なその人は、大きなお腹に手を添えていて、私に微笑みかけてくれた。
康介兄さんと、よく似た笑い方をする人だ。これからさらに新しく変わっていく家族を祝うために、私はもう一歩、玄関扉から射す白い光の中へ踏み出した。
幸せは、塩ラーメンの味がする 一初ゆずこ @yuzuko
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