寿司の創世記 ~ジェネッス・トゥー・シ=スー~

雪車町地蔵

寿司の創世記 ~ジェネッス・トゥー・シ=スー~

創世のスシヅメON

 ――はじめに、コハダがあった。


 適度に酢で〆られた、シャリの上ではじけるみずみずしいコハダがあった。

 コハダは言われた。


『ヒカリモノよ、あれ』――と。


 すると次々に、鯖や鯵が現れ、虚空の海を泳ぎ、やがて捌かれて見事な寿司となった。

 酢がコハダより先にあるじゃねーかとか、どうやって魚が捌かれたのかと、細かいことを訊いてはいけない。ダメ、ゼッタイ。

 コハダはまた言われた。


『魚の間に性別を作り、オスとメスをわけよ』――と。


 こうして魚卵が生まれた。

 いくら、カズノコ、たらこ etc.etc. いずれも高級品であり、おおよそ時価では食べられないほど庶民からは遠ざけられたが、回る寿司は人々の味方だった。


 コハダはこうも言われた。


『魚は魚として、それ以外はそれ以外で集まり、はい、二人組でグループをつくって―』――と。


 イカとタコ、エビとシャコは上手く二人組を作ることが出来たが、貝類はボッチだったので死滅した。

 余ったものたちは殺し合い、のちにカキフライがシャリの上に乗るまで、彼らは冷遇され続けた。この殺し合いの末に一つのものがより強力な存在となり這い上がることを蠱毒こどくといい、孤独死という言葉はこの時に産まれたものである。


 コハダは邪道極まりないハンバーグとカリフォルニア・ロールに、アルゼンチンバックブリーカーを決めながら、厳かに言い放った。


『回転寿司のサーモンは本名トラウトサーモンゆーて、鮭じゃなくてますのことなんやで!』


 唐突な正体暴露によってトラウトサーモンは壊滅し、風評被害でイクラも滅んだ。ちなみに、イクラの語源がドイツ語ではハウマッチ(おいくら?)を意味するというのは真っ赤なウソである。……イクラだけに。


 次にひと汗をかき、コハダからコノシロへと出世魚したコハダは、己より実は高級ではないと宣言してはばからないほかの出世魚たちにこう言った。


『ブリ、ハマチ、カンパチ、滅びろ。とくに柚子ブリとか言って調子に乗ってやつ、滅びろ。ほのかに口の中にかおる柚子のいい匂いが爽やかすぎるから』――と。


 かくして赤身の類は全滅した――かに思えたが、20XX年、いま現在最も愛されている寿司ネタはマグロの赤身である。神は死んだ。


 それからよみがえった神は、トロや中トロに土下座しながらこう言った。


『その店の腕前を知りたかったら玉子を頼め。玉子が美味い寿司屋はよい寿司屋だ』


 かくして黄金に輝く玉子――ぎょくは寿司界隈の頂点に立ち、魚たちによる熾烈な戦いは幕を閉じた。

 これがのちに寿司の創世記と呼ばれるビック☆バン! の始まりである。







 ……で、最後に満足いくまで寿司を食い尽くしたコハダは、アガリを飲み干し、こう言われた。


 もう。












『ノーメン』

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