シン・ワンコソバ

にぽっくめいきんぐ

たべもので遊んじゃいけま戦(せん)

「春樹、こっちヘルプ!」


ほへんふひほごめん雪乃ふふひふすぐ行く


 2月生まれ、白肌の女児は雪乃と名付けられた。

 僕は4月生まれ。樹木の如く育てと、春樹。

 遠野第二高校1年生。同い年、同じ部活。


 雪積もる学校裏の校庭。長机を雪上に差し込み、コンロと鍋、お椀、麺つゆを並べる。付近の雪は部員4人の足で踏み固めた。


 バナナで釘が打てそうな空気を鍋の湯気がほわん。

 地味な防寒具を制服の上から着膨れる。白息4つ。


 大会へ向け、蕎麦部は練習に余念が無かった。


 ◆


 2月11日。

 民話の里。『遠野物語』で有名な岩手県遠野市。

 同日、花巻では「わんこそば全日本大会」が開かれている。


 わんこそばの発祥は、盛岡説と花巻説がある。

 一口分の蕎麦をお椀に入れ、食べ終わると、給仕がそのお椀に次の蕎麦を入れ、蓋が閉じられるまで食べ続ける、わんこそば。

 花巻大会は雪乃が生まれた2月。

 盛岡大会は秋の新そばが出回る11月。


 僕らの住む「遠野」の大会は、それとは一味違った。

 スポーツへと昇華した「ネオわんこそば」。


 会場へ持参した、背丈程の木の表札2枚。

 1枚はただの板。もう1枚には毛筆で「蕎麦部」。

 時の部長が大会前に、勝利祈願で書き直す伝統。


 大味な毛筆の主は3年の細木部長。痩せの大食いで、なんでもペロリと平らげ涼しい顔だ。ポジションは当然、イーター。

 とにかく食べ、最後にお椀を閉じる。食べた杯数が得点となり、多い方が勝利。


 2年の暮間くらすま先輩は、ボイラー。

 遠野の方言で、暗い所の事を「くらすま」と言うけど、苗字に反し明るいムードメーカー。


 蕎麦をお椀に投入する、シューターは、1年生で幼馴染の雪乃。

 お互い農家、歳も家も近いと、家族ぐるみの付き合いになる。

 シューターは自軍/敵軍双方のお椀に蕎麦を投入できる。


 イーターが食べ切れなければ「ドロップアウト」の反則負け。

 それを防ぐのがディフェンダーこと僕。

 お腹満杯大ピンチの自軍イーターの代わりに蕎麦を食べることができる。ただし得点にはならない。

 ディフェンスは終盤しか活躍できないから、中盤までは「リベロ自由人」としてみんなをヘルプ出来る。状況判断が僕には大事。


 ――


 決勝の相手は前回優勝の花巻南西高校。強力なイーターを擁しており、その他ポジションのスキルも高い。


「ソバーー! ゴーー!」

 蕎麦の如く語尾を延ばす癖がある審判が、右手を振り下ろして始まった。


 序盤は互角。テンポ良く蕎麦を茹でる暮間先輩と、それを自軍椀に投入する雪乃のスピードが肝。

 

 敵と20杯差がついたらコールド負け。注意。

「次のいくぞ!」

 暮間先輩から大声。鍋にツバが入らぬよう、横向きで叫ぶ所が流石。


 僕は暮間先輩と雪乃を交互にヘルプ。が、敵と比べ僕は拙く、ペース調整が覚束ない。


 敵は一定リズム、ハイペースで得点を重ねる。

 その差に危機を感じた暮間先輩から大声が消えた。茹でるのに必死。


 ――


『アンボイルドヌードル!』

 審判のランダム茹で加減チェックで減点3。


「しまった!」と落ち込む暮間先輩の茹でペースが遅くなった。


 マズい、このまま崩れ――


はひほほふ大丈夫 ズッ! はふへん逆転 ズズッ!  へひふはは出来るから ズッ!」


 大黒柱は細木部長。蕎麦をすすりながらの飄々とした言葉に僕らは安堵。

 ボイル、シュート、イートのBSEチェインも繋がり始めた。


「追いつきましょう!」

 優美な仕草で蕎麦をお椀に投入する雪乃。


 遠野の山に積もる雪の如き白肌。真剣な横顔に、汗が木漏れ日を反射して光る。好きにならずにいられるか? こんな幼馴染を。


 ――


 終盤、シューターの役目は切り替わる。

 イーターのお腹は膨れ、蕎麦を入れる先は敵軍椀になる。

 

 敵イーターは262杯目を食べきり、ポイント確定を狙っていた。


 1年目のシューター雪乃は対応が遅れた。次の蕎麦を入れる前に、蓋を閉じられてしまう。敵の262ポイント確定。

 「ああっ!」と落ち込む雪乃。


 あとは、敵シューター vs. 部長と僕。


 ――


 部長は265杯まで来た。蓋さえ閉じれば僕らの勝ち。


 だが、敵シューターの反応が凄まじい。

 それを支える敵ボイラーの茹でスピードも、感嘆せざるを得ない。


 部長も限界で、食べれない。


 出番だ! 僕が代わりに蕎麦を食べる。

 でも、食べ切ったお椀を部長に戻す素早さが、僕には無かった。

 イーターしか、蓋を閉じる事はできないルール。


 ―― 


 そのまま僕も、100杯以上食べている。

 敵の262杯を僕が超えれば「イーター超え」で勝ちだけど、イーターは通常、「最強の大食い」が選ばれる。


 苦しい!


「がんばれ!」

「根性みせろ!」

 先輩達の応援。


「頑張って! 春樹!」

 雪乃の応援は格別に染みる。けど、出来る事と出来ない事がある。


 20秒、蕎麦が残ったままも反則負けだ。まけるかっ!


 気持ちでお腹は減らない。


 もう――だめだ!


 その時、


「まかせろ!」

 細木部長が腕を延ばし、お椀を奪うようにひっつかみ、その中のそばを一気に平らげた。

 電光――石火! 鮮やかに蓋を閉じる先輩。


 部長のお腹が、ほんの少しだけ回復したんだ。


 うおおお!

 悔しそうに叫ぶ敵チーム。


 うおおお!

 僕らの叫びは喜びのものだ。


『勝者、遠野第二! ソバーー! フィニーーッシュ!』


 ◆


 顧問の先生が運転するワゴン車で部室に戻ったけれど、お腹一杯で動けない。部室の畳に寝っ転がる。


「頑張ったなぁ!」と、大声で暮間先輩。お腹に響くので、今はご勘弁を!


「ううっぷ。しかし、春樹も結構食えるじゃないか」僕の横に寝っ転がった部長が、ねぎらってくれた。


「あたしたちの代、イーターは決まりですね」

 雪乃が笑う。


「そんなにたくさん、食べられないよ……」

 苦しそうに、僕。


 ――


 僕は2年後を想像する。

 疾風迅雷の如く、蕎麦を次々と食べていく僕を。

 

「達筆のシューター」の幼馴染が投入する蕎麦が、まずいわけない。あ、ボイラー次第でもあるか(笑)

 

 出されたものは美味しく食べなければならない。雪乃が投入する蕎麦なら、なおさら。


 食べてやる。残さず美味しく。


 それが――

 

 ネオワンコソバーの、マナーってもんでしょ!

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