縁結び神の独り言
弦巻耀
縁結び神の独り言
「かの有名な
もう千五百年くらいここで暮らしとるが、河越の街は気に入っとる。小ぶりな割に賑わっとるし、近くの菓子屋横丁を覗くのは楽しいでな。
「何のご利益の神サマか」じゃと? ワシは
ほら、また一人、恋の願いごとをしに来よったぞ。
本殿前の縁台に座っとったのは、十四、五歳の乙女じゃった。衣から察するに、この近くの中学校の子じゃ。一月半ばの真冬日の午後、日も傾き始めて寒かろうに一人で泣いておる。
どれ、声をかけてみるか。霊験あらたかなワシは、実体をとれるんじゃ。これ、そこな
振り向いた乙女はなかなか愛らしい顔をしとる、と思ったとたん、二段しかない階段を踏み外して転げてしもうた。
「大丈夫ですかっ」
こりゃ失敬。ワシは
睫毛に涙を残す乙女は、そっとワシの手を取った。
「おじいさん、名前と住所分かる?」
「交番に連れてってあげるね」
ボケじじいと勘違いしとるな。翁の姿をとったのは失敗じゃった。そうじゃ、乙女の想い人の姿に変じてみせよう。
「え、嘘っ、萩野君? でも……」
乙女は、驚いて目を見開き、頬を染めた。想い人は「ハギノクン」という名か。上背はあるが、なんとも冴えぬ顔立ちじゃ。
「そんなことないよっ」
乙女は一瞬口を尖らせ、「ホントに神様?」と不安げになった。その
「萩野君とは時々話すくらいだし、私、見てるだけでいいんだ」
乙女は鞄に付けた紅白のお守りをワシに見せた。我が
しかし、想いを伝えなくてよいのか。
「だって私、可愛くないし」
悪くはないと思うがのう。確かにかなり地味なほうじゃが。
「はっきり言うね」
すまぬ。ワシはどうも余計な一言が多くてな。この癖には長年悩んどる。
「私、萩野君と同じ高校に行きたくて」
今三年生か。もうすぐ受験じゃの。
「萩野君は頭が良くて、第一希望は私立の理数コースだって言うから……」
「私も一生懸命勉強したんだよ。こないだの模試の結果だと、同じ高校の普通科を単願で受ければ何とかなりそう」
そりゃエラい。頑張る子は大好きじゃ。決めた。
「ありがとう!」
乙女に飛びつかれたワシは、たまげて翁の姿に戻ってしもうた。
「でも、今日、萩野君が志望校を変えるって聞いて」
その学校は難しいのか。
「県立の進学校で、……男子校」
ううむ。
「それで、お願いなんだけど」
妙案があるのか。
「県立の入試の時、萩野君が風邪かなんかで受験できないようにしてくれる?」
なに?
「萩野君、最初狙ってた私立のほうも一応受けるって言ってたから、萩野君が県立を受けなければ、二人で同じ高校に行ける可能性が高くなるよね?」
し、しかし……。
「さっき、お願い聞いてくれるって言ったでしょ! 神様は嘘つかないよね! お守りも買ってるし!」
その時、ワシは見たんじゃ。乙女の顔が般若のそれに豹変するのを……。
二月の初め、乙女は意気揚々とやって来た。ワシは怖くて、本殿の裏に隠れとった。
「神様! 萩野君も私も私立の学校に合格したよ! だから、この前の話よろしくね。今日は私の全財産持ってきたっ」
賽銭箱に大量の小銭を入れる音がする。仕方ない。疫病神に応援を頼むか。しかし、ホントに良いのかこれで。
この時期、
二週間ほどして、乙女が血相を変えてやってきた。
「神様! この間の話、やっぱ無しにして!」
今さらなんじゃ。もう疫病神がハギノクンの所に行っておるわ。
「萩野君のお父さん、お仕事がうまくいかなくなってて、だから萩野君、志望先を県立に変えたんだって。授業料免除の特待生を狙って私立も受けたけど、やっぱり県立のほうが安心だって言ってて……」
それは気の毒じゃが、疫病神との契約は取り消せん。そう言うと、乙女は泣きながら翁姿のワシに掴みかかってきた。
「じゃあ、代わりに私に憑りついてもらってよ! 私はもう受験終わったから、しばらく寝込んでも平気だからっ」
三月に入って何日か経った頃、乙女はやつれた顔でやってきた。声がひどく掠れとる。疫病神め、容赦ないのう。
「私、萩野君にひどいことしようとしてたんだね」
そういうことじゃ。で、そのハギノクンはどうした?
「ちゃんと県立に受かったよ。明後日……お別れなんだ」
乙女が卒業を迎える日、ワシは春風に乗って、乙女が通う中学校を覗きに行った。すでに式は終わったようで、大勢の人間が外に出ておった。
あの乙女もおる。少し離れた所に立っているのがハギノクンじゃな。
旅立つ二人へ、ワシからささやかな祝いをやろう。
早すぎる桜の花びらが、男の目の前を舞う。ふわりふわりと風に吹かれ、それは乙女の足元へ……。
「あ、篠崎さん。風邪の具合どう? 今日、式に出られて良かったな」
言いながら、男は乙女に駆け寄っていく。
「俺、篠崎さんと同じ高校に行きたかった。でも、父さんのことがあって……」
まだ声が掠れる乙女は、静かに男の胸に顔を寄せた。
二人がどんな話をしたのか、ワシは知らん。縁結びの神は、野暮では務まらんのでな。
縁結び神の独り言 弦巻耀 @TsurumakiYou
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