音楽と共に
十年後――。
「ふう……」
今日の作業を終え、僕は立ち上がった。
目の前には一面の小麦畑が広がっている。
「今年も豊作だな」
みんなで苦労して作り上げた結果に、僕は満足する。
「おとうさーん」
ふと声がして、振り返る。
そこには、走ってくる一人の子供の姿があった。
三歳になる僕の息子、ムジークだ。
僕は飛び込んでくるムジークを抱きとめる。
「ムジーク。どうした?」
「おかあさん、よんでる。そろそろ、ごはんって」
「そうか、ありがとう」
ムジークを抱き上げ、歩き出すと、向こうから赤子を抱いた一人の女性が歩いてきた。
輝くように美しい。
静かに降り積もる雪原のような純白の髪は、夕日を反射して見事に煌く。
ガーネットのような深く紅い瞳は慈しみを宿し、薔薇色の唇は優しく微笑んでいる。
なめらかな肌は透き通るように白く、頬は淡く色付いている。
丹精に創られた雪人形のような、清楚で凛とした佇まいだった。
「ふふ、ムジークは足が速いわね。お母さん、置いていかれちゃった」
「君はメロディを抱いているんだ。あんまり急いじゃ危ないよ、リート」
リートは美しく成長した。
子供の頃も可愛かったが、二十二歳になる今では、圧倒的なまでの美しさだ。
そんなリートと僕は四年前に結ばれ、ムジークと、一歳になる長女メロディをもうけている。
リートへの親愛の情は、彼女が成長するにつれて、愛情へと変わった。そして、彼女が十八歳になったときに、僕はプロポーズしたのだ。
リートは涙を流して喜んでくれた。
「小麦の調子はどう?」
「ああ、そろそろ収穫できそうだ。じゃがいも畑の方はどうだった?」
「ええ。あちらもいい感じ。たくさん収穫できそうよ」
「農業は順調だな」
「あなたの音楽のおかげね」
「みんなの努力のおかげだよ」
十年前、魔王を撃退してから、平和な日々が続いている。
その中で僕たちは、農業を始めた。
自給自足の生活を目指すためだ。
魔法のおかげで食べ物には不自由しないが、自分達で作ったものを料理して食べるというのは、格別の楽しさがある。
働く喜びもあり、生きがいのために行うようになった。
万一僕に何かあったときも、生活していけるように、という用心もある。
始めは試行錯誤だったが、何せ時間はいくらでもある。
今では、主食となるじゃがいもや小麦を始め、白菜や人参など、多くの野菜が収穫できている。
「今日は、ハイスが狩りに行ってるんだったな」
「ええ。ハイスさんのことだから、きっと大物を捕って帰ってくるでしょうね。今日のご飯はなんにしましょう」
「リートの作る料理が楽しみだよ」
「ふふ、あなたの魔法には負けるけど」
「そんなことない。君が作ってくれるというだけで、何倍も美味しいんだ」
「まあ……ありがとう」
僕たちは家に着いた。
「まこと、りーと、おかえり」
「ただいま、ルーフ。今日はルーフが留守番の日だったね」
ルーフもすっかり大人の女性に成長している。
「ん。みんな、いいこにしていた」
「ただいま、インストル、ヘーレン、フレーテ、リュトムス」
僕は子供達に声をかけ、頭を撫でる。
この場にいる子供達の母親は、リートではない。
実は僕は、ハイス、ルーフ、グレン、みんなと結ばれた。
それは彼女達みんなの希望だったし、僕も彼女達に好意を抱いていた。
リートと契ったあと、リートの方から申し出があったのだ。
「私はマコトさんのお嫁さんになれて幸せです。だから、私だけがこの幸せを独り占めするのは、みなさんに申し訳ないです。みんなマコトさんを愛している。私は、マコトさんに愛されただけで幸せ。この広い世界で、私達だけで生きていかなければならない。それなら、みんなでマコトさんを共有したい。マコトさんを、みんなのものにしたいんです。だから、マコトさんはみんなを愛してください」
一夫多妻というわけだ。
日本で育った僕には、最初は抵抗があった。
リート一人を愛しぬくことが、誠実じゃないかと思ったんだ。
でも、みんなの愛情は深かった。僕のことを、心から愛してくれた。
僕もみんなのことを女性として愛するようになった。
最後には、みんなと結ばれるのが、自然の成り行きだった。
ルーフとの二歳になる息子、リュトムスを抱き上げる。
ルーフ譲りの獣の耳と、ふさふさの尻尾が愛らしい。
「父さん、帰ったぞ」
「おとうさん、おかえり」
「きょうはまことにあいたがって、たいへんだった」
「そうか、寂しがらせて悪かったな」
「るーふも、まことにあいたかった。だきしめてほしい」
「はは、わかったよ」
リュトムスを降ろし、ルーフを抱きしめる。
「グレンさんは、まだ帰ってきていないんですか?」
リートがそう言うと同時に、家の扉が開いた。
グレンが入ってくる。
グレンは僕の顔を見ると、嬉しそうに笑った。
「ただいま、旦那様。今日も動物たちはいい子にしていたぞ」
「おかえり、グレン。動物のお世話、お疲れ様」
駆け寄ってくるグレンを、僕はハグする。
十年経って、グレンはさらに色気を増していた。
「グレン、走っちゃだめじゃないか。お腹に赤ちゃんがいるんだから」
「おっと、すまぬな。つい、いつものくせで動いてしまう。――じゃが、大丈夫じゃ。わらわと旦那様の子じゃからな、強い子に決まっておる」
「それでも、気をつけてくれよ」
「うむ、わかった。――これ、今日の分のミルクじゃ」
「ありがとう」
今日のグレンの当番は、家畜の世話だった。
牛と、豚と、鶏を飼育している。
農業と、牧畜と、狩猟と、子供達の世話。それらを、交代制でみんなで手分けしてやっていた。
「インストル、フレーテ、元気にしていたか? ルーフに迷惑はかけなかったか?」
「だいじょうぶだよ、おかあさん」
「いいこ、してた」
グレンは自分の子達を抱きしめる。
三歳になる長男がインストル、二歳になる長女がフレーテだ。
さらにはお腹の中にも赤ちゃんが宿っている。
インストルとフレーテは、グレンから、額の角と、背中の翼を受け継いでいた。
「あとはハイスだな」
「ただいまー」
そのタイミングで、ハイスが帰ってきた。
短かった髪は伸び、女性らしさを増している。
「おかーさ、おかえり!」
ハイスの娘、二歳になるヘーレンが駆け寄った。
「ただいま! ヘーレン。いい子にしていたか?」
「うん!」
ハイスがヘーレンを抱き上げる。
「おかえり、ハイス。獲物は狩れたかい?」
「まかせてくれよ。大きいのが捕れた」
「さすがですね。今日食べきれない分は、干し肉にでもしましょうか」
僕はハイスもハグする。
ハイスは嬉しそうに微笑んだ。
僕とリート、ハイス、ルーフにグレン。そして六人の子供達。
合計十一人が僕の家族だ。
毎日がとても賑やかで、あっという間に過ぎていく。
食事の後は、音楽会だ。
僕がバイオリンを奏で、リートが歌う。ルーフがスネアを叩き、ハイスがサックスを吹く。そしてグレンがフルートを吹く。
十年の時が経ち、ハイスは新しくサックスを覚えた。
魔笛を吹く必要もなくなってから、グレンにはフルートを与えている。
みんなと奏でる音楽が、この上もなく楽しい。
みんな、音楽が上手くなった。
それを、子供達が楽しそうに聴いている。
時に歌い、時に身体を動かしながら。
三歳になるムジークとインストルには、そろそろバイオリンを教えてもいいかなと思っている。
僕には、守るべき家族ができた。
毎日がとても、愛しく、充実している。
もう、死ぬわけには行かない。どんなことがあっても生き抜いて、この愛すべき家族を守りたい。
僕はこの世界で生きていく。
愛する家族と、音楽と共に。
バイオリンで超絶魔法奏でます~クラシック無双~ 神田未亜 @k-mia
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