終結

「かはっ……。お兄さん達、本当に強いや……」

 クローネはぜいぜいと荒い息を吐きながら、ぼんやりとした目で喋る。

 僕たちはクローネの側に集まった。

「結構本気で戦ったのにな……。負けちゃった……」

「マコト、とどめを」

 ハイスが僕に言う。

「クローネ様はお強いぞ。倒すなら、今のうちじゃ」

 グレンも言い添えた。


「……」

 僕は黙ってクローネを見つめる。

 その姿は、本当に傷ついたただの子供に見えた。

「マコトさん……」

 リートが心配そうに僕を見る。

「……魔王、なんだもんな。生かしておくと、また何をするかわからない……」

 僕は自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 ゆっくりと、バイオリンを構えた。

 そのまま、クローネに最後を与えようとする。

 だが。


「命乞い……するわけじゃ、ないんだけどさ……」

 クローネの言葉に、手を止めた。

「お兄さんは……魔界を……侵略、する気……なの……?」

「侵略?」

 思っても見なかった言葉に、僕は目を丸くする。

「冗談じゃない。攻めてきたのはそっちの方だろう? 僕はそれを撃退しただけだ。魔界を侵略なんて、そんなことするつもりは毛頭ない」

「でも……このままボクを殺せば……そうなるよ……」

 クローネは口から血をあふれさせながら、絶え絶えに喋る。


「魔界四将は……グレンツェン以外、滅びてしまった……。グレンツェンは、君の元だ……。そのうえ、ボクも死んでしまえば……魔界を統治するものは、いなくなる……」

「……」

「君たちが……魔界の秩序を、壊すんだ……。魔界は……混乱するだろうね……。君たちが、魔界を統べるものを、殲滅する……」

 ……確かに、そうだ。

 今ここでクローネを殺せば、魔界の上層部を皆殺しにすることになる。

「そこまでする気なのかな……。ボクは、もう戦力を喪失した……。魔界へ帰るしかない……。撃退したことで……満足はしないのかな……」


「なにを、勝手なことを!」

 ハイスが憤る。

「ボクはもう……人間界には手を出さない……。約束する……。それでも、殺すかい? それが、君たちの正義か……?」

「やくそく、まもる、わかる、ない」

「クローネ様は言ったことは守るお方だ。もう、人間界からは手を引く気なのじゃろう」

「君たちは、魔界を侵略するか……?」


「……」

 僕は、黙り込んだ。

 人間界にある魔石は、全て破壊した。最早魔物は存在しない。

 攻めてきたものを撃退しただけとはいえ、僕は魔界四将を奪った。

 クローネも重傷を負っている。既に戦意を喪失している。

 人間界から、魔物の脅威は失われた。

 この上さらに、殺戮を重ねるか――?


「……」

 僕は、構えていたバイオリンを下ろした。

「マコトさん」

 僕の選択を察したように、リートがそっと側に寄る。

「……もう二度と、人間界に手を出さないと約束してくれ」

「マコト! こいつを生かして帰すのか!?」

 ハイスが気色ばむ。

「僕たちは、充分魔界の戦力を奪った。これ以上はやり過ぎだ」

「そんなことはない! 人間が魔物にどれだけ殺されたか! どれだけ魔物を殺しても、やり過ぎることなんてあるもんか!」

「やられたから、同じ事をやり返すのか?」

「……っ!」


「それじゃあ、魔族と同じだ。……それに、クローネは残しておいたほうがいいと思う」

「……どうしてだ」

「魔界を統べるものがいなくなれば、誰かが新たに魔王の地位に着こうと、争いが起きるだろう。そうして新しく魔王になったものが、再び人間界に攻めてこないとは限らない。それなら、僕たちの強さを知っていて、人間界から手を引くつもりのクローネに、手綱を握っていてもらったほうがいい」

「そんなの! こいつが約束を守るかどうか、わからないじゃないか!」

「もしもう一度攻めてきたら、今度は殺すだけだよ。僕たちには、それができる」

「……」

 ハイスは、悔しそうに唇を噛んだ。

 身内を魔物に殺されている分、冷静な判断ができないのだろう。

 理屈では分かっていても、感情が裏切る。

 こいつを殺したいと、心が叫ぶ。


「……主様の言い分は、理に叶っているな。クローネ様がいなくなれば、魔界でどんな混乱が起きるか分からん。互いを蹴落としあい、力だけでのし上がったものが魔王の地位につくだろう。血気盛んな者だ。人間界に、手を出す可能性は高いだろうな。その点、クローネ様は話の通じるお方だと思うぞ」

「グレンは、僕に賛成してくれるんだね」

「ああ。わらわは主様の意思に従う」

「私も……」

 リートが言う。

「私も、マコトさんに賛成です。ここでこの人を殺せば、争いの連鎖が起こる。そんなことはもういやなんです。ここで止まる可能性があるのなら、この人に賭けてみたい」

「リート」

 ルーフが進み出た。

「くろーね、ころす、いみない。また、ちがう、まぞく、くるだけ。くろーね、おおけが。たたかう、ない。それで、いい。るーふ、まこと、きもち、したがう」

「ルーフも……」


「……くそっ!」

 ハイスが頭を振った。

「……これ以上言っても、あたしが駄々をこねているだけみたいじゃないか……。――わかったよ。あたしはクローネを、じゃない。マコトを信じる。マコトの判断を信じる。あんたに、任せるよ」

「ハイス……ありがとう」

 僕はクローネに向き直る。

「結論が出たよ。僕たちは、君を殺さない。ここで解放しよう。――必ず、約束を守ってくれ」


 クローネは金色に輝く瞳で僕を見て、しっかりと頷いた。

「約束しよう……。無駄な殺戮を避けた、君たちの判断を……ボクは、忘れない……。二度と……、この地に、干渉しないと誓うよ……」

 クローネは震える左手で、横笛を口に運んだ。

「さようなら……、強く、気高き人間達……。君たちの行く末に……幸あれ……」

 甲高い笛の音がなる。

 次の瞬間、クローネの姿はその場から消えていた。


「行ってしまわれたか……」

 グレンがその後を見つめる。

「ふう……」

 僕は、肩に入っていた力を抜いた。そして、どさりと座り込む。

「終わったか……」

 安堵のため息が漏れる。


「ませき、ぜんぶ、こわした。もう、まもの、いない。まぞく、たおした。もう、まぞく、こない。もう、あんぜん」

 ルーフがにっこりと笑う。

「まこと、すごい。まこと、ありがと」

「ルーフ……。ルーフも、ありがとう。一緒に音楽を、奏でてくれて」

 ハイスが僕の前に立つ。

「あたしは、甘いと思う。……でも、あんたらしいよ。魔王は撃退した。これで、全部……終わったんだな」

「ハイス。ああ、これで終わりだ。もう、魔物の恐怖に苦しむことはない」

「マコトさん」

 リートが僕の隣にかがみこむ。

「終わりましたね……。今度こそ、本当に。この世界から、魔物を……魔族を、撃退した。マコトさんが、この世界を救ってくれたんです」

 リートが僕に抱きついた。

 その小さな身体を、僕もぎゅっと抱きしめた。

「マコトさんのおかげです……。本当にありがとうございました」

「リート……。君の歌があったからこそだよ。助けてくれて、本当にありがとう」

 僕たちはしばらく抱き合っていた。


「グレンは、これからどうするんだ? 魔界に帰らなくていいのか?」

 僕はグレンに問いかける。

「わらわは、主様のそばにおると決めた。これからも、共に生きる」

「そうか……。ハイスは、ルーフはどうする? 『丘』の町に連れて行くこともできる。町で暮らすことができるよ」

 そう聞くと、二人は首を横に振った。

「るーふ、まこと、いっしょ。ずっと、いっしょ」

「最初に出会った頃も、同じことを聞いたな。あんたは、どうするんだ?」

「僕はリートと共に生きるよ。リートは『丘』へは帰れない。帰したくもない。このまま、『外』で一緒に暮らすよ」

「それなら、あたしもあんたと共に生きる。マコトと『外』で暮らそう」

「そうか……わかった」

 僕は立ち上がる。

「みんなで、ここで暮らそう。もう、魔物退治をする必要もない。この広い世界で、寄り添い合って生きていこう。僕たちは、家族だ」

 みんなは顔を見合わせ、笑顔で頷いた。

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