オリンピック開催の観点からは、隠しておきたい情景

にぽっくめいきんぐ

推すなよ! 絶対に推すなよ!

 眠らない街――新橋――。


 新宿ではない。

 あっちは、「人が」眠らない街だ。


 新橋は、土地の名。土地は生物ではないから眠らない。


 SL広場の、うだつの上がらないサラリーマンの群れを抜ける。

 俺もうだつの上がらないサラリーマンだから、「溶け込む」と表現すべきか。

 

 左側には交番。そして、ニュー新橋ビルが出迎える。

 時が経ち、すっかりキャラが薄くなったこのビルは、かつては「ダンジョン」の様だった。


 ◆


 UFOキャッチャーの景品として、縫いぐるみではなく「生きたカニ」を見たのは、後にも先にも、このビルの地下しかなかった。

 

 UFOキャッチャーの巨大な水槽には、水と、砂利と、砂とが敷かれていて、磯臭さが水槽の外へと漏れる。


 その中を、しばらく置きっぱなしにされたのだろう、やや動きの悪いカニが、赤いハサミを振り上げて、くいっ、くいっと移動している。


 500円で2回プレイできるらしい。


 まずは左右に、次いで前後に移動する、UFOキャッチャーことプラスチック製巨大ハサミを操作することによって、自由に移動する、カニことハサミを持った赤いやつをキャッチするのだ。


 赤いやつなのに、3倍のスピードでは移動しないから、安心してほしい。


 筐体の左隅には、透明なビニール袋とタオルが、ぶら下げられている。


「カニをゲットしたら、タオルで拭いて、ビニール袋に入れてお持ち帰り下さい」という意だ。


 さすがにそれを、俺の肩がけのカバンに入れる気にはならない。


 カバンが磯臭くなるから。


 UFOキャッチャーから3〜4程隣の店は、ゲームセンターだった。


 薄暗いゲーセンに、ゲーム機が狭苦しそうにズラッと並んでいる。Yシャツ姿のサラリーマンがチラホラと、ゲーセンの奥方向へ向かって一様に座り、カチャカチャとレバーを操作し、ボタンを押す。一言も喋らず。サラリーマンがかけるメガネには、ゲーム画面の光が反射する。


 狭い国土に人がひしめき合い、決められた事を黙々とこなす、日本の縮図のようだった。


 ビルの上層階には、マッサージ屋(健全)のすぐ隣に、マッサージ屋(不健全)という配置。


 この、ごちゃっとした怪しさがたまらない。「ニュー」新橋ビルだと言うのに、時が止まっているような空間。


 ◆


 新橋で働き始めて、だいぶ年月が経過した。


 今では、カニが取れるUFOキャッチャーは無い。ゲーセンはある。


 たくさんのチケットショップと、フレッシュフルーツジュース屋と、紳士服の店と定食屋。


 相変わらずカオスではあるが、昔の濃さは薄れた。やや健全になったと言うべきか。


 そう言う俺は、このビルの全てを知っているわけではない。


 もしかして、このビルの更なる下層に、あるいは上層に、「昔のNEW」新橋ビルの名残りが、今でも眠っているかもしれない。


 ――あれ?


 そういや、新宿も地名だな。

 

 ならば、新宿も眠らない。


<了>

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