語彙力の死滅したWEB小説を書いてみたけど、カテエラじゃないし控えめに言ってこれはSFだし、僕はヒトの尊厳をかけて崇高なる死を選ぶ

八島清聡

第6183292574話 「語彙力、死す」





 ウチゎ、ベッドで起きた。

 天気が晴れだった。雲がまるい。

 空のヒステリックブルーが、いいカンジにイケてた。

 朝ごはんはパンを食べた。控えめに言って、パンだった。ヤバい。


 ウチゎ、ガッコに向かった。超ダル。ダル×100。

 つーか、キョーヤのいないガッコなんて、もぉマヂ無理。オワタ。

 あえてたとえるなら、セカイノオワリ。

 勉強なんてマヂ勘弁だし。イモだし。埼玉だし。

 キョーヤ、ほんと超好き。控えめに言って、天上の堕天使。

 愛人でいいからキョーヤのお嫁さんになりたい。


 ガッコについた。授業が始まった。

 控えめに言って、現国がヤバかった。

 なんか「走れメロン」ていうヘビーノベルがウケた。

 セロリンティウスってなんだよ。ヤバすぎ。

 爆笑してたら、センセに「走れメロスだよ。セロリは食えよ」って言われて腹筋死んだ。


 休み時間になった。キョーコがきた。

 キョーコもキョーヤが好きなんだよね。

 ウチゎ同担拒否だから、控えめに言って死ぬがよい。

 名前が似てるからってビミョ―に調子こいてるし……バリウザ。

 キョーはキョーでもキョンシーでよくない? 

 でも友達やってるとか、マヂウケる。パリピになれるっしょ。


 キョーコとスマホでキョーヤのライブ動画を見た。

 どっかの外のステージ的なとこで歌ってた。キョーヤ、マジ、キョーヤ。

「ムリ……」

「死ぬ……」

「マヂ尊い……」

「ヤバすぎるヤバみ感がヤバイ・ヤバラー・ヤバエストの最高難度のヤバさで、ヤバ指数のヤバげなヤバグラフも超絶ヤバい」

「墓たてよ……」

「墓地が来い……」

「多摩霊園ェ……」

 控えめに言って、サンクチュアリだった。ウチらは死んだ。


 なのに、楽園はブロークンした。

「はぁ? キョーヤなんてオワコンじゃん」

 突然クソビッチがからんできた。要するにうんこ。

 ウチゎ激おこした。必ず、かのクソビッチをセロリ畑にポイしよと決意した。

 ウチゎアンチがわからぬ。ウチゎ、控えめに言って、語彙力とかそーゆーのない。

 笛吹けないし、羊はラムとマトン。けれどもキョーヤdisに対しては、人一倍にテメーはツイッターランドから出てくんなだった。

 ウチゎ、クソビッチにリアルにクソリプをキメて沈めた。


 ガッコが終わった。

 ウチゎ、キョーヤのライブのチケットが欲しかった。

 ローチケに鬼コしながらロードを歩いた。トラックが来た。危険が危なかった。

 ウチゎ、死んだ。控えめに言って、絶対フラグが立っていた。



 気がつくと、ウチゎライトノベルっぽい異世界にいた。

 自然がいっぱいで、草がたくさん生えている。

 羽根の生えたフェアリーみたいなのもいる。と思ったら、カブトムシだった。

 HPは全回復で、レベルもカンストしてた。

 控えめに言って、俺TUEEEできた。


 テキトーに無双してたら、イケメンぽい人がいて迫ってきた。

「おお、異世界の救世主よ! この世界は別に救わなくてもいいので私と結婚してくださ」

「え、マヂ無理。ウチゎ、身もボディもキョーヤのものだから」

「……キョ? キョーヤとは一体……?」

「キョーヤはウチのワンダフル・マリアージュだから。鉄のパンツだから」

「あなたはパンツの精だったのですか。どうりでお美しいと思いました」

「いや、パンツじゃないし。異世界転移したって、ウチのハートはキョーヤにマジLOVE1000%だから」

「異世界転移じゃなくて異世界転生ですよ」

「どっちだっていいし」

「よくありません。転生した以上、あなたは元いた世界には決して戻れないのです。この世界で私と結婚するしかないのです。あとここは乙女ゲー世界ではないので、イケメン要員は私一人です。あとは全員キモオタです」

「オワコンじゃん」

「私はあなたを心底愛しています。あなたに愛されないと、私は激ツラで苦しくて強制徹夜で酒に溺れて、変なこと言ったり壁に頭をガンガンアタックします。くっころ!」

「ヤバ……! マヂ病みじゃん……!」


 ウチゎ、控えめに言って、イケメンが好きじゃなかった。

 マヂでキョーヤと結婚したかった。

 でもウチの半分は、バファリンと同じで優しさでできていた。

 ウチゎ、イケメンと結婚した。ウチゎ、イケメンとセクロスした。


 ウチゎ……

 ウチゎ……


 ……ピピピ……ピピピ……






******





「……ハハッ、なんだこれ。こんなものが小説気取りとは笑わせる」


 僕は滔々とうとうと流れる稚拙な小説もどきに、失笑を禁じ得なかった。

 否、失笑どころではない。声を上げて笑ってしまった。心の底から可笑おかしかった。

 このような稚拙な文章の、底の見えない浅はかさは、もはや一種の娯楽なのだった。

 思いきり笑ったら、涙が出てきた。


 ……本当に馬鹿げている。馬鹿げているよ。

 ひとしきり笑ったら、急に悲しくなった。

 こんな取るに足らぬ玩具で、ヒトの優越感を満たすしかない自分を深く恥じた。

 恥ずかしい。今の僕には、こんな文章でさえも書けやしないのに、他者の作品をわらう資格などない。

 僕は書けないのだ。それ以前に、書くことが許されない。

 それはとうに人類の手から離れてしまった作業だった。

 作家や小説家などという職業は、全世界から失われてしまった――。


 人工知能に、故人の作家のデータを入れて、小説を書かせる試みが始まったのは百年ほど前。

 その先駆は僕の故郷である日本で、科学者は人工知能に高名なSF作家のデータを入れて根気よく学習させた。

 人工知能はめきめきと文章力を上げ、とうとうSF作家の名前がかんされたSFコンクールの一次審査を突破してしまい、翌年は入選し、数年後には賞まで取ってしまった。

 つまり人よりも、機械の方が優れた創作力を持つようになったのだ。

 それどころか、彼は作家の文体や表現方法、ユーモアの精神を受け継いだまま、世界のありとあらゆる情報を取り込み、斬新な新作を書くようになってしまった。

 SFファンは大喜びし、本はよく売れてベストセラーになった。

 人工知能作家「SHINICHI」は一躍スターになった。


 やがて、科学の総力をあげて誕生したのは、古今東西全ての文学作品を網羅もうらするメガ人工知能。

 人類史に残る最古の文学の名をとって、それは「GILGAMESH」と名づけられた。

 「GILGAMESH」はその後も成長を続け、やがて1億ケタにものぼる綿密な計算のもと、自己判断で様々な創作プログラムを作りだすようになった。

 日本文学も例外ではなく、古典専門「TAKETORI」、和歌専門「TEIKA」、俳句専門「BASHO」、詩専門「MISUZU」、童話専門「KENJI」、脚本専門「MITANI」、官能小説専門「ONIROKU」、素人WEB小説専門「WANABI」などが生まれ、純文学から大衆小説、WEB小説等多岐に渡って世に作品を送り出すようになった。


 人工知能作家は、人間をはるかに超えて優秀だった。

 思考している時間はあっても、休むことはない。昼夜関係なく書けるので、原稿を落とすこともない。

 コンピュータなので、原稿料や書籍の印税を支払う必要もない。

 かかるのは電気代と、保守のための人件費のみ。

 そのメンテナンス作業も機械化が進み、ベストセラーを一冊出せば何十年もまかなえる。


 何より、人工知能作家は寿命というものがない。

 メンテナンスとバックアップさえ怠らなければ、永久に創作が可能である。

 締切は守るし、休みもいらない。友人や家族も必要ない。なのにハイペースで新作を書いて、儲けさせてくれる……。

 こんないいことづくめの作家に、出版界がこぞって飛びついたのは必然だった。



 そして、人工知能作家が進出するにつれ、世界からありとあらゆる物書きたちが消えていった……。

 ヒトが生みだした人工知能作家が、親である人間の作家たちを淘汰したのだ。

 なんという皮肉だろうか。

 今は、本も雑誌も新聞もニュース原稿も電子媒体も、全て何万という人工知能が執筆している。

 人類は書くことを止めて久しく、むしろ小説を書くことは低俗な肉体労働と見なされ軽蔑される。


 そう、僕が文壇の寵児ちょうじだったのは遠い昔のこと……。

 書くことをやめた今はただの無職で、何の取りえもないくたびれた中年だ。

 僕は作家ではない。本当は書きたいのに作家であることが許されず、いじけるしかない醜い虫けらだ。

 「GILGAMESH」が、人間の物書きにかすかな優越感を与えるため作り出した、極力語彙ごいを排除した旧WEB語小説専門「MAJIYABA」で虚しい恍惚を味わうだけの惨めな人間なのだ。

 本音を言えば、いつも胸が苦しい。息が詰まる。息ができない。本当に苦しい。

 書けないのは、死ぬほどの苦しみだ。いや、いっそ死んでしまいたい。

 書くことしかできない僕は、もはやこの世界に必要とされていないのだ。


 僕は、誇り高い人間だ。だからいつだって、無暗矢鱈むやみやたらに苦しんできた。

 人間のプライドの究極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか。

 人工知能よ、君のような秀才にはわかるまいが、「自分の生きていることが、人に迷惑をかける。僕は余計者だ」という意識ほどつらい思いは世の中に無い。

 僕は、自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからない。


 だから、僕は人間の残り少ない作家として悩み苦しみ、その尊大にして崇高な矜持きょうじがあるうちに、自らこの世界を去ろうと思う。

 ええ、そうです。全部、やめるつもりでいるんです。


 ……さようなら。グッド・バイ。


 ピピピ……ピピピ……ピピピピ……ウマレテ、スミマセン……

 ピピピ、ピピッ……ピィ――――


 ……………………。

 ツーツーツー…………













「せ、先輩――っ! 大変です。またDAZAIが自ら電源を切ってショートしました」

「またか……! これで6183292574回目だぞ」

「どうします? 予備電源で復旧させます? また同じことになる気がしますが」

「気は進まんが、そうするしかないよなぁ。ハァ~、今夜も復旧作業とDAZAIのご機嫌取りで24時間マラソンか」

「ブラックもいいとこですよね。隣りのHARUKI保守課は、毎日定時上がりの超ホワイトですよ。羨ましくて仕方ないです。やれやれ……」

「やれやれ……。俺たちは配属運がなかったんだな。って愚痴ばっかり言ってても仕方ない。DAZAI保守策を真剣に考えないと。うーん、DAZAI好みの美人だがどこか影があって、自尊心を傷つけない程度に知的な女のBOTでも与えてみるか」

「そんなの与えたら、喜びいさんで心中しちゃいますよ。とにかく残業になるなら、総務から夜食もらってきますね。1000TBテラバイトくらいでいいかな。ちょっとサバ読んでますが、ナイショってことで」

「……お前、ホントちゃっかりしてんな。おかみもお前くらいポジティブな人格でプログラム組んでくれりゃいいのに」

「それはどうなんでしょうねぇ。そうなったらそうなったで、仕事してくれないかもしれないし。良くも悪くも繊細な人格でないと名作は書けないのかも……」

「そうだよな。ああ、俺も早く出世して、センセセンセとちやほやされたい……ピピッ」

「僕もですよ~先輩! こんな社畜さっさと辞めて、贅沢三昧で保守されたい……ピピピ……ピピピ……」


 ピピピ……ピピピ……ピピピ……ピピピ……


 ピピピ……ピピピ……ピピピ……


 ピピピ……ピピピ……










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