マツリジョ

屈橋 毬花

マグロマグロ事件 in 串木野まぐろフェスティバル

 日本の中でも南も南の鹿児島県。そんな鹿児島の中でも薩摩半島の西側にある港町。日本の市町村名で最長である、いちき串木野市に冨宿ふうしゅく渚生なおは生まれた。

 県内でも祭りの多い街に生まれ、年中ある祭りに物心ついた頃から出向いていた。気が付いたら、ほとんどの祭りを制覇しようとするほどであった。


 そんな彼女、冨宿渚生はこの春。ある祭りに目を付けていた。


「ねえ、渚生。本当に行くの?」

 出掛ける支度をする渚生に渚生の母、冨宿ふうしゅく佳子よしこは言う。行くのやめたら、と言いたげである。そういうのも、冨宿家から目的地まで距離があるからなのだ。

「ちょっとくらい歩いて行ける」

「ちょっとって、あんた、30分は掛かるよ? チャリ乗ってけば?」

「チャリ乗るの下手くそだから嫌」

 乗れることは乗れるが、乗れば、やれ、電柱、やれ、どぶにぶつかったり落ちたりする渚生としては、自転車に乗るのは避けたいことである。決して言い訳ではない。断じて。渚生の愛車の前に付いているかごの歪な形がそれを物語っている。

「それに、チャリに乗ったらゆっくり周り見ながら行けないでしょ」

「見慣れてる景色だろうに……」

 まだ引き留めようとする佳子から逃げるように、渚生は「いってきます」と馬鹿でかい声を上げて家を出た。


 家から歩いて30分程の場所を目指す。この日、漁港を開催地として、『串木野まぐろフェスティバル』が開催される。

 まぐろフェスティバルというだけあって、出店は鮪を使った食べ物が多い。まぐろラーメンに鮪の唐揚げ・竜田揚げ、鮪寿司。祭りのゲートを潜って直ぐにあるガラガラを回して運が良ければ、マグロ一匹貰える。


 今年は何を食べようと口許を緩ませていると、磯の香りが鼻腔をくすぐる。磯の香りを胸いっぱいに吸い込むと、スマホが震えた。

〈もう、祭り来てる?〉

 メッセージの相手は同じ中学校だった井手迫いでさこ貴美きみである。高校が別々になってからも、祭りの日はいつもこうして連絡を取り、共に祭りを楽しんでいる。

「今向かってる」

〈あ、見えた〉

 顔を上げると、貴美が手を振っているのが見えた。渚生はそれに応えて振り返す。

「久しぶり」

 くしゃりと笑って目が無くなる貴美の笑顔が渚生を迎える。数ヶ月ぶりの再会に渚生も笑顔になる。

 ゲートくぐって直ぐの受付に設置されたガラガラを回す。マグロ一匹を狙ったが、スタッフからのプレゼントはティッシュだった。

「どうせ、朝から食べてないんでしょ。僕んとこのラーメン食べてってよ」

 中学時のクラスメイトだった。宮之原みやのはらが看板にまぐろラーメンと書かれた出店を指差す。

 出店に足を運ぶと宮之原の母親が笑顔で応対してくれた。

「渚生ちゃん、久しぶり!」

 ラーメンを作りながら、短いながらの世間話。あっという間に出来たマグロラーメンを持って、空いている席に座る。

 チャーシューの代わりに醤油漬け鮪の切り身。あっさりスープにワサビを混ぜる。空っぽだった渚生の胃を幸せが満たしていく。いつ食べても美味しい。

「市内に行くとさ、マグロラーメン知らない奴がいっぱいいんの。『何それ?』とか『魚にラーメンって』みたいなね」

 麺をすすりながら、渚生は嘆く。

「市内の居酒屋とかにもメニューにあるとこはあるのにね。前にテレビでダウンタウンが紹介しちょったよ」

「そうそう!」

 宮之原の言葉に渚生が食い掛かる。

「ダウンタウンに認められたら、もう、これは素晴らしい食べ物だわ。神の食べ物」

「渚生の中でダウンタウンはどうなってんのよ」

「というか、鮪を生以外で食べたことないって人がいてさ。私、思わずチョップ入れた」

 これには、皆も驚く。無理もない。鮪は生も美味いが、焼きも揚げも至極美味い。

「マグロラーメンも、マグロの唐揚げも、マグロのステーキも食べたことがないって……すんごい勿体ないせん?」

 全員一致の首縦振り。

 串木野と言えば、『食のまち串木野』。マグロを始め、美味しいものがいっぱいある。しかし、その認知度はあまりよろしくない。

「いいとこ持ってんのにね。美味しいから食べに来てん! って誘うけど、行くだけでお金掛かるからって断られるしね」

「まあ、市内からしたら、JRで鹿児島中央から串木野までで往復1000円オーバーは痛いね」

 貴美が苦笑いする。高校生のお財布事情には移動費で1000円オーバーは痛い。それは、重々承知である。

「あー、なんかムシャクシャしてきた」

 渚生は残っていたスープを一気に飲み干し、席を立った。慌てて宮之原と貴美も残りのラーメンを食べて席を立つ。

「何するの?」

 紙製の器を捨てる渚生に貴美が訊くと、渚生は食べ物がズラリと並ぶ出店を指差した。

「ここにある祭りならではの食べ物を制覇する」

「………えっ」


 渚生は食べまくった。

 鮪の唐揚げ、竜田揚げ、ステーキ、寿司、カブト焼き、佃煮、etc...。とにかく食べて食べて食べまくる。

 そんな渚生を見守る。宮之原と貴美。鮪に飽きたら、かき氷を頬張り、気が済んだら、また、鮪にかぶりつき、またまた鮪に飽きたら、チョコバナナを食べる。

「渚生、あんたのお腹大丈夫?」

 祭りに来てから延々と食べ続ける渚生を心配する貴美の眉尻が下がる。渚生は手をひらひらと上下に動かし、余裕、と示す。

 傍から見れば、もう単なるヤケ食いである。

「そんだけ食べてどうするつもり?」

 頬杖をついて渚生の食べっぷりを眺める宮之原が欠伸をする。

「食べて、この感動をクラスの子に伝える」

「金の掛かることを」

「地元愛と呼べ」

「はいはい」


 結局、渚生は全ての食べ物を制覇した。それと、同時に尽き果てた。

 言わんこっちゃない。それを二人は内で叫んだ。言葉を飲み込み、溜息だけを漏らす。

「もう、当分、鮪は見たくないです」

 これじゃあ、クラスメイトに串木野の良さを伝えるも、その伝達度はよくて半分になりそうだ。


 渚生は自身の胃の消化を待ってから祭りをあとにした。

 その日の晩、メインディッシュがマグロだったことは、渚生にとって悪夢の晩餐となった。


 Fin

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マツリジョ 屈橋 毬花 @no_look_girl

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