第23話 生きて

意識不明の重体です。回復の見込みも充分に有り得ますが、火傷の痕は残ることが多いでしょう。

そう言われて、結花は沈痛な顔色を浮かべた。隣の千秋も同様、俯いて涙を堪える。

あの後、救急車に運ばれた善行は、病院で然るべき処置を受けて、病室のベッドに埋まっていた。

運ばれたのが、結花の入院する大型病院であったため、彼女も慌ててその場に同行し、何の説明も求めないまま、千秋と医者の言葉を待っていた。

そうして言われた先ほどの説明に、二人は自然とベッドに埋もれた善行の顔に視線を向ける。面会謝絶じゃないだけマシではあるが、真っ白な包帯に包まれた善行の表情は、あまり見たくないものだった。

死んでいるかのように眠っている彼は、一体いつ目を覚ますのか。

本当に、回復するのか。

いつの間にか医者がいなくなっていたことにも気づかずに、千秋はただひたすらそんなことを考えて、茫然と立ち尽くしていた。

そんな中、結花は兄の顔に手を添えて、呼吸器が真っ白に染まりゆく様を見ていた。

「お兄ちゃん。ゆっくり休んで。それで、元気な顔を見せてね」

呼びかけている彼女も不治の病を抱えて、病院から抜け出せない身だ。それなのに、健康体の兄を看る側になるなんて、思ってもいなかっただろう。

千秋は申し訳なさでいっぱいで、いたたまれなかった。

「結花さん、ごめんなさい」

「……どうして謝るの。貴方は悪くない。ねえ、そうでしょう?」

「でも、私の身代わりだなんて」

「兄は、とんでもないお節介焼きなんです。誰かが困っていれば、必ず手を差し出すし、間違ったことは間違いだって言える、凄い人なんです。そんな兄が、貴方を助けたことを、私は誇りに思います。動けない私の代わりに、悪魔と契約した貴方を救ったんです」

「……はい。でも」

「やめて。大丈夫なんです。きっと、兄は回復します。お医者様もそう言っていたんですから、大丈夫です」

言い聞かせるように呟いた結花は、立ち上がると、真っ直ぐな目で千秋を射貫いた。本当は病室からも出られない彼女が、無理をして、医者に頼み込んでやって来た。華奢で、誰よりもか弱そうに見えた結花に、千秋は恐怖を抱き、後ずさる。

彼女は怒っている。

責められている。

千秋はそんな被害妄想を繰り広げると、ごめんなさい、ごめんなさい、と際限なく謝り続ける。きっと、このことはどんなに悔やんでも悔やみきれないだろう。

善行に甘えきっていて、行動を把握できなかった自分に責がある。自分は、してはいけないことをしてしまった。

「本当に、ごめんなさい」

結花はその言葉を聞くつもりでもないように、無言で立ち去ると、千秋と善行を取り残した。

おずおずと近づくベッドに見える、横たわった恩人の姿。

彼から聞いた話だと、以前の契約者である梶も、同じ道を辿っているらしい。

自分で本を燃やして、病院に運ばれて、一命を取り止め、あんな姿で生活をしている。

善行の人生を奪ってしまったのは、間違いない。だけど、叶うのなら。

「目を覚まして、またその声を聞かせてください。笑ってください。……私は、どうなってもいいから。お願いします」

きっと、今ならまた、悪魔と契約してしまうだろう。人形に戻ってしまうと分かっていても、絶対に契約して、彼を助けてもらう。

「悪魔の書が、あったらいいのに。そしたら、先輩を、助けられるのに」

虚空に消えた呟きは、誰も聞くことがなかった。そうして、一週間の月日は、流れる。


善行が目を覚ましたのは、あの日から丁度一週間が経った時だった。

千秋はというと、毎日看病にやって来ては、熱心に呼びかける毎日を送っていた。勿論、結花も同様に病室に訪れて、医者の言葉を聞きつつ、善行の回復を願う日々だった。

そんな時、一体どこから聞きつけたのか、梶が見舞いにやって来た。彼は肌を少しも見せない、相変わらずの服装で現れると、即座にこう言う。

「彼は、目が覚めるよ。ほら」

果たして善行の眼は開かれた。

二人の歓喜が病室に響く中、善行は動かしづらい包帯だらけの手を動かすと、そっと千秋の手を撫でた。全て終わった。失ったものは多いけれど、守れたものも多い。

「良かった。お互い、助かった、だろ?」

かすれ気味の声は、それでも千秋を落ち着かせて、彼女はわんわんと泣いた。助かった。善行も、千秋も無事に生きている。悪魔の手を逃れて、こうして話が出来ている。

それが、嬉しくてたまらない。

「本当に、良かった……!」

この先どんな未来があるか分からない。善行はきっと、これから苦労の連続だろう。それでも、生きていられた。

「生きていて、良かった」

涙を拭う事もせずに言い続ける千秋を見ながら、結花は微笑み、隣の梶に質問を投げかける。

「どうして、目を覚ますことが分かったんですか?」

「……悪魔が、ね。次の契約者を探しているんだ。それで、俺のところに来て、それで」

悪魔の影は、いつだって静かに忍び寄る。誰の所にだって。さあ、また探そうか。

次の契約者を。


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お節介男と人形少女 美黒 @mikuro0128

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