願人―Bone killer―

 子が欲しいと願ったのは、意外にもミレイナの方からであった。

 RCタイプの生き残り、ツクヨミとミレイナは、自然へと回帰していく工場の廃墟の中でその禁忌を話し合う。

 愛を知ったが故の証明を知りたいと。あの赤き鳥を駆る友人の子供たちと出会ったことで、その想いはさらに強まったと。

 とはいえ、機械と人の狭間に当たる二人に子を作る手段はない。子宮をもたず、遺伝子情報を送る手段を持たない。時代遅れの人間二人は、だからこそ彼女を造るしか手段がなかったのである。



――――――――Shift――――――――



『生きている間に見つかるわ。あなたの生まれた理由がね』


 暗い個室の中。機械的装飾がされた席の上で、三角座りをする少女が息を潜めていた。十代後半を思わせる白い肌と輪郭は、暗闇の中でさえ若さを感じさせる。

 そんな彼女の白い髪は尻尾のようにまとめられ、頼りのない背へと垂れている。輪郭にそぐわぬ赤と緑のオッドアイは、その言葉を思い出した自分への嫌悪感に染まっているように濁っていた。


「――最悪だ」


 少女の置かれている状況が、母親の遺した言葉を思い起こしていたのだ。

 仕方のない事、であったとしても、オッドアイの少女にとっては思い出したくもない遺言であった。まるで自分が、生きるのを諦めたと認めてしまいかねないからだ。


「現実を見ないと」


 少女――フィフス・クロウと名付けられた少女は溜め息と共に、遺言へ逃げようとした自身を律する。そのためにするべきことは、席の肘掛の先にあるスイッチを起動させることであった。

 側面に張られていたモニターが点滅し、じわりとその暗闇を光で照らしていった。映るのは個室の外の光景であり、暗闇の荒野。そして、そこで徘徊する爛れた肉体を持つ人型であった。


「……仮死状態なら逃がしてあげられると思ってたけど、やっぱり無駄か」


 モニターの光により顕わになった操縦席の上で、フィフスはげんなりと自身の失策を嘆く。彼女にとってあれは、それほどに厄介な存在であるのだ。

 

「小規模の世界改変とはいえ、安定していた既存の規則に触れてしまえば矛盾は生じる……テラフォーマーはこの現実を知っているのだろうか?」


 見たこともない革命者への嘆きが漏れる。彼女が生まれて数十年の内に、世界はたった一つの要素が自然に付与されていた。

 それは空気に溶けている。それは水に溶けている。それは無機物へ溶けている。それは生物に溶けている——全物質へ融和するナノサイズの人工物質が、もはや世界の基礎元素となっていた。


「知らんか。知らんよな……平穏を壊すのは、いつも力を手にしたと錯覚する愚者だけだ」


 彼女の母親も、そのような愚者に殺された。

 永遠の美を保つ女を見れば、それに魅了される者もいるが恐怖するのが人間だ。そして自身と違う存在を排除するのもまた人間である。

 母を守ろうとし、庇い続けた果てに殺された父の肉体を抱きしめながら、母は逝った。


「お前もそうだぞ、骨野郎」


 フィフスは人間に憎しみを持っている。だがそれ以上に、その道具に苛立ちを覚えていた。

 それが目の前で徘徊する、融解したガラクタを身に纏う骨の如き機械人形である。全長9.7m。持っていたのであろう機関銃は溶けて鈍器に変わっている。左手にあるサーベルは刃が爛れてもはや意味をなしてない。

 名は骨人コツジン――かつて、この世界を支配していた者の尖兵。

 その成れの果て。人に使われる機械は、使い潰され残骸となる。この地に捨てられた道具は、しかし新元素により強制的に再起動させられたのだ。


「力ある者が律さなければ、弱き者は冗長するんだ」


 怒りを込めて、悲しく嘆く。

 母を殺され、一人で逃げて——十数年後。帰ってきた故郷の現在がこの荒野だ。かつて作られた国は、内乱により消えていた。

 遺されたのは使われた道具——その骨のような容姿を持った、ロボットのゾンビだけであった。


「お前に恨みはない……どちらかといえば、愛してるよ、骨人」


 母の持ち込んだオリジナルではない。それは量産されたロボットなのだから。

 両親が人間を信じて提供した骨人の技術を、彼らは模倣してみせた。結果、そのような功績を忘れ、人は変化しない父と母への恐怖を量産型の骨人に乗せて殺したのだ。


「けどね。私の中の復讐心は、やっぱりあんたを許せない」


 道具は使う者によって在り方が変わる。それは、例え人型のMHMエムエチエムであろうとも変わらない。

 それでも心はそんな融通を通せるほど簡単ではない。少なくともフィフスという少女は、どうしても許せない感情に満たされてしまっていた――それが如何に無意味な行為であると認識していても。


「目覚めな――骨殺人ボーンキラーッ!!」


 覚醒を促す少女の叫びが、彼女の操る骨の騎士の殺意を呼び起こす。


『クッガガガガッ、カカカカカッ!!』


 軋む音は鳴き声のように。骨の如き装甲を身に纏う、黒の巨人は彼女の命によりゆっくりと立ち上がる。

 骨人をモデルに彼女が造り上げた、対骨人用MHM――それが、骨殺人ボーンキラーである。髑髏の仮面の下で揺らめくのは、赤い魂の如き光。それがこの機械が表現する意志なのか。


「いくぞ、骨野郎。あんたを殺して、私は生まれた理由を探すんだッ!」


 空回りした復讐心が、少女の悲痛な叫びへと掻き立てる。

 同時に、もはやスペックの半分以下も動けない速度でその屍は敵意に感づき、のっそりと振り返る。その頭にあてられた髑髏の装飾に、意志と呼べる光は見えない。

 骨殺人が右手に握るサブマシンガンの銃口を向ける。同時に、骨人も右手の機関銃を向け、銃弾を放つ――が、その銃口は爛れた金属のせいで塞がっていた。

 数回の爆発音。右手と一体化していた機関銃の火薬が暴発し、骨人の屍の右手が粉々に吹き飛ばされる。


「――撃つッ!」


 フィフスの苦虫を噛んだ声と共に、右手のサブマシンガンからは銃弾が放たれた。銃口の先は――骨人の頭部。先の二発は外れるが、そこからの数発が頭部の髑髏を砕き、爛れた金属の肉を弾かせた。

 頭を潰したことを確認したフィフスはサブマシンガンを投げ捨て、右腰に差していた刀の柄を左手で握り、鈍足なゾンビの懐へ潜り込む。

 屈んだ腰。右足を軸にした体重移動。左足が先行し、敵の間合いへ無理矢理に入り込む。

 一見して無謀な進撃。正面を向いている敵に対し、その身は右方へ向いている——


「タァァッ!!」


 だが、それこそが骨殺人の斬撃の初手であった。かの巨人が携える獲物は、その特徴からして瞬間的な居合斬りを得意とする。

 本来の骨人が持つサーベルよりも長く、細く、されど鋭利な刀身が少女の雄叫びと共に鞘から抜け出した——瞬間、刃と鞘の合間から多量の水蒸気が吐き出される。

 鞘の内で熱された刀は、もはや意味をなしていない腐った金属を容易に断つ。胴体を横薙ぎ、骨人を真っ二つにしてみせる。

 刹那——骨殺人の揺らめく瞳は捉えた。同時に、フィフスのオッドアイもまた見てしまった。


「——最悪だ」


 髑髏を操っていたのが骸など、想像したくもない現実であった。弾け、熱で溶かされる人の骨。残された下半身にはこびり付いた腐肉。


「これではまるで——人殺しじゃないか」


 満たされぬ復讐心は、半端にも遂げられてしまった。それに少し安堵してる自分を、少女は許せなかった。



――――――――Next――――――――



 荒野の土を掘り、その下半身だけの骸を埋葬する。その程度の慈悲は、彼女だって持ち合わせていた。


「あんたが守ってあげてよ……骨人」


 頼み込むように、自身が破壊したMHMの残骸へ語りかける。即席の墓の周囲に点在するガラクタ達。そこに意思など無いと知っていながらも。

 パンパン、と手に付着した土埃を払う少女は、満足げな表情に合わせて盛大な溜め息をこぼす。


「しかし……どうしたもんかねぇ」


 目下、彼女の難題は今後の事であった。

 いざ母親を殺した国へ復讐しようとしたら、もうその国はなくて。ならばと残っていた骨人を殺したら、結果的にそれは自分が殺したかったものではなかった。

 であれば、この半端に膨れた怒りはどこに向ければ良いのか。


「……テラフォーマーか」


 世界の摂理を弄った存在。誰もが気づかないが、少女は気づいている異変。その元凶。

 人間も機械も、最後は自然に還るようできている。そのシステムを勝手に管理しようとするのだから、このような屍が蘇ったりするのだ。


「あークソ! 復讐が止まらねぇ! これじゃ、いつまでたっても生きる理由探しできないじゃんかよー!」


 止まらない復讐心。しかし、それが少女の中に根付いた感情であるというのなら、それに従うしかあるまい。

 半分が人間であり、半分が機械でもある——もはや、管理者アドミニスターの思惑から外れた、新たな生命意志を宿した機人の末裔がフィフス・クロウという少女なのだから。


「はぁ……行こっか、骨殺人」

『カカカッ』


 生まれた経緯は不純であれど、今や相棒となった形見を象ったのMHMは、彼女の溜め息を笑うように声を鳴らした。

 一人と一機の旅路の果ては、最東の国にて一つの区切りを迎えるわけだが、それはまた別の物語。ただ言えるのは——彼女の存在こそが、二人が生きた証明でもあるという事実だけだ。



――――――――Shift――――――――



『なぁミレイナ。僕達はいつしか死ぬのだろうか?』

『さて、どうでしょう。私達は機人。自分達の意志では死ねないから』

『そっか……いや、できればこの子には幸せになってほしくてさ。人間らしく、何にも縛られない人生を歩んでほしい』

『そうね……空を飛ぶあの赤き鳥のように、この子の未来が明るくありますように』


 終わりが如何に凄惨なものであったとしても。その願いが決して叶わなくとも。

 生きる理由は確かにあったのだ。それが二人の愛から生まれたものなのだから。

 それを少女は、まだ知らない。

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旅機人―End of Stranger― 紅葉紅葉 @inm01_nagisa

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