自己監視カメラ
鵜川 龍史
自己監視カメラ
〈登場人物〉
K:部屋に監視カメラを設置した男
F:男の友人
(Kの部屋に二人連れだって帰ってくる。
F、部屋の四方を訝しげに見回す)
K:いらっしゃい。入って入って。
F:うわっ。聞いてはいたけど、流石ににこうして見ると、ちょっと引くなー……。
K:だって、俺、苦手だったからさ。
F:それにしたって、やりすぎだろ、いくらなんでも。自己管理能力なさすぎ。
K:だーから監視カメラ設置したんだって。これで管理できれば、何の問題もないだろ?
F:問題あるだろ! お前さ、なんでまたこんなことを思いついたわけ?
K:俺、前にコンビニでバイトしてたろ。そん時にさ、ほら、雑誌の立ち読み! あれさー、監視カメラが気になるんだよねー。
F:いや? 気になるか?
K:気になるだろー。仕事さぼって読んでるんだから。
F:お前が読んでるのかよ! そりゃあ、ダメだろ。
K:そう、ダメなんだよ。たった一台でも、監視カメラが気になって気になって、結局、雑誌を読むのもやめちゃったんだ。
F:気づいてくれてよかったよ。
K:店長も同じこと言ってた。
F:そらそうだ。
K:でもさ、俺、その時に分かったんだ。自己管理には、監視カメラがベストだって! ……まあ、結局バイトは首になっちゃったんだけどねー。
F:またどうしてだよ。
K:監視カメラを盗もうとした。
F:はあ?
K:だって、一台しかないんだから、監視カメラを盗む俺を監視するカメラはないわけだろ?
F:(ドン引きしながら)お前、逆にすごいな。
K:店長も同じこと言ってた。
F:そらそうだ。
K:(キレ気味に)「そらそうだ」だあ? お前に店長の何が分かるってんだよ。店長派か? お前も店長派の人間か?
F:なんだよ、店長派って。
K:店長を店長としての責任に囲い込もうとする、派、だよ。
F:なんだよ、そのニッチな派閥は。いいよ、店長の話は。お前の話だよ。
K:ああ、俺ね。だいたいさ、馬鹿正直にバイト代で監視カメラ買おうとしたら、あと何ヶ月働かなきゃいけないと思ってるんだよ。俺、自己管理できないのにさ。
F:でも、その割には随分な数のカメラがあるぞ。いったい、何台あるんだよ。
K:玄関とトイレ、台所と部屋の隅に対角線で二箇所、全部で五台かな。
F:ワンルームだろ、ここ? だいたい、金はどうしたんだよ。まさか、お前……。
K:それこそ、まさか、だよ。そもそも、この四台はフェイクだから、安いんだよ。
F:フェイクって、偽物ってことか? 何のためにだよ。
K:街中にもあるだろ。実際には撮影してない監視カメラ。それでも、そこにカメラがあると、人は撮られてるって思いこんじゃうもんだからな。実際、お前も、それ撮ってると思っただろ?
F:いや、でもお前自身は実際、撮ってないってこと知ってんだろ。それって意味なくね?
K:細かい奴だなー。……でもさ、あの一台だけで部屋の死角はほとんどなくなるから、結果的に、常に撮影されてはいるんだよね。
F:なるほど……って、じゃあ、なおさらこの四台いらねーじゃん! この四台はなんなんだよ。
K:店長も同じこと言ってた。
F:(驚愕して)はあ? この部屋来たのかよ!
K:店の監視カメラがなくなったからって。
F:お前……。
K:でもさ、俺、その時に分かったんだ。(手を祈るように組みながら)監視カメラを盗む俺を監視してくれていたのは、店長だけでした。
F:それは優しさじゃねーぞ、多分。で、どうなったんだよ。
K:お。興味津々だなぁ。俺と店長のロマンスに。
F:そこには興味ないよ。
K:ん? てことは、監視されるなら店長派じゃなくて、監視カメラ派ってこと?
F:ちがうわ! だいたいな、俺は自己管理能力があるから、そんなものに頼らなくても全然大丈夫なんだよ。
K:(態度豹変)じゃあ、この件はこれ以上詮索しないでくれ。
F:すげえモヤモヤするなぁ……。まあ、でもいいよ。
K:知らないほうがいいこともあるから。(不気味な笑顔)
(F、手持ち無沙汰な様子でカメラを眺めつつ、背中越しに尋ねる)
F:そういや、お前、最近、ずーっとスマホ見てるよな。講義の合間とか空き時間とかさ。さては……彼女でもできたな?
K:て、店長はそんな人じゃない! それに、詮索するなって言っただろ!
F:悪かったよ。めんどくさいな。お前が何見てんのか、気になっただけだって。
K:俺に興味あんのか。(嬉しげに)
F:違うよ! ほんっとに、めんどくさいな。
K:ははははは! あれはな、俺を見てるんだよ。
F:は?
K:いやさ、監視カメラの映像のチェックってさ、すごい時間がかかるんだよ。
F:え? ああ。まあ、そらそうだ。監視カメラで自己管理するなら、その映像をチェックしないとな。
K:そう。だから、実質、大学にいる間は、俺が寝てる間の映像見て過ごしてるんだ。
F:寝てる間の映像?
K:そう。寝ぞうは悪くないか、いびきはかいてないか、よだれは垂れてないか。特に重要なのは、寝言だな。この解析がほんとに骨が折れるんだよ。
F:寝言の解析?
K:そう。はっきりした言葉の場合もあるんだけど、たいていモゴモゴと曖昧な場合が多いから、その場合は繰り返し聞いて、前後の寝言との関係や、その時間帯に見ていた夢との関係、前日のわだかまりや欲求不満などから解析するんだ。
F:それ、自己管理か?
K:自己管理だろ? じゃあ、何か、お前は自分の寝言は管理しなくていい派所属の人間なのか?
F:寝言はいいだろ。
K:じゃあ、例えば、俺の昨日の寝言だ。俺はその中でカンニングの方法を列挙していた。手のひらの死角に書く、消しゴムに書く、カンニングペーパーを作る……。
F:おいおい、ちょっと待てよ。お前、今日のテスト、まさか……。
K:それこそ、まさか、だよ。でもな、幼馴染のお前ですら、俺の寝言と俺の実際の行動をごっちゃにしただろ。ということは、例えば、店長と結婚して(大いに照れる)彼女の横で女の子の名前でも呼んでみ? 大変なことになるに決まってる。だとすれば、寝言もきっちり自己管理しないといけないんだよ。
F:なるほどな。でも、全部見るって、忙しそうだな。
K:そうなんだよ。家にいる時間は、基本的に前の日の映像見て過ごしてる。
F:え?
K:昨日のでも見てみるか?
(二人とも、テレビ画面に注目)
F:これ、ひたすらテレビの前に座ってるだけじゃないかよ。今日のテストの勉強はどうしたんだ?
K:しょうがないよ。昨日は、一昨日の映像をチェックしなきゃいけなかったからさ。ちゃんとチェックしてるか、チェックしないとな。
F:じゃあ、何か? お前は、撮影した内容をチェックしてる自分が、ちゃんとチェックしてるかを、毎日チェックしてる、ってことか?
K:そう。いいアイディアだろ。監視カメラを設置してから、家でだらだら過ごす時間がなくなって、充実してるって感じがするんだ。
F:ちょっと待て、頭が痛くなってきた……。
K:てことで、俺はこの映像をチェックしないといけないから、また明日な。あ、フェイク一台、持っていくか? 格安で譲るけど?
F:いらねーよ。それに、俺、今日はこれからデートなんだ。
K:そうか、かさばるもんな。郵送しようか?
F:そういうことじゃねえよ! そもそもな、自己管理できる男に、監視カメラなんか必要ないんだよ。
K:なるほどね。お前もやっぱり監視してもらうなら彼女派、だったってことね。(深くうなずく)
F:監視じゃねーよ! でも、まあ、強いて言えば、束縛かなぁ。
K:彼女がフェイクじゃないといいな。
F:えっ。
(幕)
自己監視カメラ 鵜川 龍史 @julie_hanekawa
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