魔女の眠る場所

水澤 風音

魔女の眠る場所

携帯で明日の買いものリストをチェックしていると、

幼いリノが泣きながら部屋に入ってきた。


「どうしたの?」

「おねえちゃんが……リノの”ワンワン”とったの」


ソファにすわった私のむねへ顔をうずめる。


「ちがうよ! 借りただけだもん!」


と、姉のアミもイヌのぬいぐるみを抱えて入ってくる。


「でもかえしてくれないのっ」

「じゃあかえすね、はい!」


アミは妹に”ワンワン”を投げつけた。

とっさのことで私はかばうことができず、

リノはぬいぐるみを顔に当てられまた泣きはじめる。


「こらアミ、リノに『ごめんなさい』しなさいっ」

「しない! アミわるくないもん!」


そういってアミは私たちからはなれ、

ひとりテレビを見はじめてしまう。

声をかけてもこちらを向こうとしない。


アミはいま六歳で、リノは先月五歳になったばかり。


やはり姉妹というのは、こんなころからでも、

何かとぶつかってしまうものなのだろうか……

私はためいきをついた。


とくにアミは最近、何かと色々ほしがるようになり、

トラブルの発端になりがちだ。


もう一度声をかけようとすると携帯の着信音が鳴る。

それを確認してから、


「パパ、今日少しおそくなるかもしれないって。先にご飯食べてよっか」


と、ふたりをとりあえず夕食の席に着かせた。

食事中アミはずっと無言のままだった。


夕食がすみ、キッチンで洗いものをしていると、

リノから『お話』をせがまれた。


知っている昔話やオリジナルのものなど、

私はときどき物語を聞かせている。


「どんなお話がいい?」

「王子さまがでてくるのがいい!」


いつもは姉妹二人でせがんでくるのだが、

アミはやはりどこか遠慮するところがあるのか、

ひとりでソファのほうへいってしまっている。

でも、そこから動く様子はないので話は聞きたいようだ。


私はリノと一緒にソファのほうへいき、

姉妹を自分の両脇に座らせるかたちにする。


「アミは、どんなお話がいい?」

「……こわいのがいい」


目もあわせずポツリと言う。

私はウーンと首をかしげると、

さっき自分の立っていたキッチンのほうを見る。

そこで視線を落とすと、ふと思いついて、


「じゃあ、王子さまの出てくる、少しこわいお話にしよっか」

「えー。リノこわいのやー」

「少しだけだから大丈夫」

「えー……じゃあ、こわいの、ほんとに少しだけね」


体をよせてきた小さな肩をだき、私は語りはじめる。

それはざっとこんなお話――。


 

 あるところにとてもよくばりな魔女がいました。

 この魔女はなんでも思いどおりにしないと気がすまない、

 悪い心をもっていました。


 魔女はある国でお金もちの王子さまを見つけると、

 魔法できれいなお姫さまに化けて仲良くなります。

 そしてそのまま結婚までしてしまいました。


 それからはお城の宝をもちだしては勝手に使い、

 自分が好きなものはなんでも手に入れてしまいます。

 王子さまがいくらたのんでもやめません。


 魔女は毎日出かけては遊んでばかりいます。

 あれがほしいこれもほしいとなんでもほしがったので、

 お城の宝もどんどんなくなっていきます。

 子供ができてもめんどうみず、

 あいかわらず好き勝手にするのをやめません。


 そこへあるときひとりの娘がやってきました。

 娘は魔女の妹だったのですが、王子さまのことを知り

 かわいそうに思って助けにきたのです。


 娘は姫の正体が自分の姉であり、

 悪い魔女だということを王子に教えると、

 ふたりで魔女をたおそうと決めたのでした。


 ある夜、魔女をお酒で酔わせてふかく眠らせると、

 その胸を王子が剣でひと突きしてしまいます。

 そして、魔法でよみがえったりしないように、

 お城の地下へと押しこめたのでした……



そこまで話すと、我を忘れるくらい夢中になっていたのに気づき、

私はいったん息をついた。


と、すぐにリノがきいてきた。


「王子さまはどうなったの?」

「そのあと王子さまとその娘は結婚したの。そうすると、王子さまと魔女の子供たちも、それからは娘を本当のお母さんのように思って、みんなでいつまでも幸せにくらしたとさ、めでたしめでたし。――どうだった?」

「うん、おもしろかった、こわくなかったよ」


リノは笑顔で答えた。

しかしアミはうつむいたまま、


「あたし……魔女やだ……」


と、彼女がひざに落とした涙に、私はハッとなる。


よくばりな姉、魔女に、アミを投影させてしまった……

自分の無神経さに気づく。


「ごめん、そんなつもりじゃなかったの、ごめんね」


私は彼女の頭を抱き、悲しみにほてる背中をさすった。

するとアミは、


「ごめんなさい……リノごめんなさい……」


泣きながら、ふり絞るように言う。


アミも謝りたかったのだ。

彼女は感受性の強い、素直で正直な子なのだから。


「知ってるよ。アミはやさしい子だよ。

魔女なんかとちがう、ちゃんと謝れるいい子だよ」


私がいうと、リノもアミの横へきて、

身をあずけるように寄せていた。


それから三人で遊んだり、テレビを見たりして、

二人がすっかり仲直りすると、

私は再び明日の買いものリストの確認をはじめた。


早めに処理したい荷物があり、そのために必要な道具を買いそろえにいくのだ。


――と、玄関で鍵が回され、ドアの開く音がした。


「ただいま」という声に

「パパだ!」と姉妹は部屋からかけだしていく。


すぐに壁の向こうから、


「リノねー、ちゃんとサナエおばちゃんとおるすばんしてたよ」

「ねーパパー、ママまだ帰ってこないのー?」


ふたりのかわいらしい声に、私の眼は自然とキッチンの床下収納の方へ向く。

つい笑みがこぼれる。

私はその表情のまま、帰宅した王子さまを迎えるのだった。

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