第6話「アンセムが歌う戦いへ」

 緊急事態エマージェンシーを告げるアラートが鳴り響いて、輸送艦【クレインダッツ】の全部署が第一種戦闘配置で緊張感に包まれる。

 先程、次元転移ディストーション・リープを終えて通常空間に復帰し、最大戦速に艦体は震えていた。

 ラルス・メルブラッドもパイロットスーツに着替えると、最奥の格納庫でスタンバイを終えた愛騎に向かう。普段は年寄りたちが茶を飲み井戸端会議いどばたかいぎに夢中なこの場所も、今日ばかりは異様な雰囲気に包まれていた。

 ラルスはヘルメットを小脇に抱えて、肩の上の相棒に声をかける。


「ヴィリア、どうやら【カーテンライザー】の出番のようだ。セッティングは出してる、基本性能に不安も不満もない。武装はどう?」

『はい、マスター! 言われた通り、通常火器の充実化を図りました。整備班には通達済みで、書類上の決済も終了しています』

「ありがとう。あとでチェックシートを見るけど、かなりの重装備になった?」

『ペイロード的には余裕があったので、問題ありませんでした。【カーテンライザー】の過剰なまでの重装甲は、それ自体が各所に増設されたウェポンベイを兼ねてます。各種ミサイル詰め合わせ、って感じですね』


 整備班の班長、というよりはもはや長老と言った方がしっくり来そうな好々爺こうこうやが、タブレットを放ってくる。無重力下で放物線を描くそれを受け取り、ラルスは素早く画面をタッチ。これから乗り込む【カーテンライザー】のチェックリストが表示される。

 胸部や両肩、そして両脚の増加装甲は内部がミサイルポッドになっていた。

 威力より攻撃範囲を優先した、マイクロミサイルによる面での制圧攻撃。

 そして、両腕のペイロードにはグレネードランチャー、これも使い勝手はいい。


「両肘からサブアームで、左右にシールドか。悪くないね」

『対ビームコーティング処理済みです。……気休めですけど』

「はは、違いない。ディーヴァによるビーム攻撃を浴びたら、蒸発するのが数秒遅れるだけだね。まあ、、シールドはそれ自体がウェポンプラットフォームだから助かるよ」

『ありったけのFTフローティング・テルミットマインと、予備の弾倉マガジンと、あとは左右に一振りずつ格闘用のナイフを入れておきました。本当は【カーテンライザー】にも、ディーヴァ発動時にプラグを有線接続するソケットがあれば………』


 だが、それは高望みというものだ。

 ラルスはパイロットとして、与えられた機材でベストを尽くすつもりだ。もはや【カーテンライザー】に対しての不信感もないし、その心臓部に常に居座る少女……刑部依歌オサカベヨリカに対してもネガティブな感情はなかった。

 自分を使いっ走りにして運転手と呼び、いいようにあしらう中佐殿。

 ミステリアスな少女は、確かにラルスの上官で、直属の上司で、そして信頼してもいい人間だと今は思う。その証拠が、この突然の臨戦態勢だ。


『有線接続対応型のエインヘリアルでしたら、携行型のライフルとシールド、そしてソードという三種の神器なんですが。もしもの時には、更に高火力の武器もソケット数次第では使えますし』

「いいさ、ヴィリア。固定武装の二門のビームキャノン、君が歌えば高い火力を期待できそうだ。武器は、ええと」

『この艦にある通常火器で一番の物を用意しました。大口径長砲身で取り回しは悪いかもしれませんが、各種弾頭を選択可能なバズーカ砲を持たせてあります』

「ん、いいんじゃないかな。あとは……問題は、依歌中佐だな。多分、彼女には全てが予定調和、予測の範囲を出ない現在の状況だと思うけど」


 ラルスはハッチが開きっ放しのコクピットを見上げた。

 周囲を右に左にと、忙しく整備員が行き交う中で思い出す。

 今から数時間ほど前、キャンサー艦隊を離れて単艦でギャランド・イステリア大将が単独行動を取った。彼は、生命を狙われる身と知っててなお、そのような愚挙に出たのだ。名目上は次の星系侵攻の偵察と視察ということだが、総旗艦から脚の速い駆逐艦に乗り換え、今はラルスたちの半光年ほど先である。

 その異様とさえ言える異例の選択も、依歌は察知していたようだった。

 否……依歌がラルスを介して渡したあの紙切れが、一枚のメモがギャランドを動かしたとさえ思えてくる。そしてそれは恐らく、当たらずとも遠からずだろう。


「ボウズ、いつでも出れるぞ! こいつは、【カーテンライザー】はトルクが太いがピーク時のパワーは最新型の七割といったとこだ。注意しろ!」

「最大出力の上限をいさぎよく切り捨ててんだ、そういうチューニングなんだよ」

「ま、相転移そうてんいエンジンでの通常戦闘ならそうだって話だが……歌に踊るなら気をつけな。なにせ今までこいつに乗ってまともに――」

「おい! それを言うなって……お嬢と約束したじゃろ。ボウズ、忘れろ! いいな!」


 周囲の老人たちは、あれこれ助言なのか脅しなのかわからない言葉を投げかけてくれる。だが、最終チェックで忙しい中でもこうして、コクピットへ密閉されてしまう前のラルスに声をかけに集まってくれたのだ。

 ラルスは全員の顔を見渡し、敬礼で応える。

 老人たちも整列して、敬礼でコクピットへと送り出してくれた。

 そして、床をトンと蹴るラルスが宙へと舞う。フル武装で一際厳つい【カーテンライザー】の、開け放たれたコクピットハッチへ登って中を覗き込んだ。

 そこには、いつもと変わらぬ光景が広がっていた。


「おう、来たか運転手。待ちかねたぞ? 早く乗れ」


 いつものコクピットの、いつもの丸いパネルの上に……いつもの下着姿で依歌がいる。今日はぺたんとクッションに座ってあぐらをかき、この非常時にもリラックスした姿でくつろいでいる。

 彼女はどういう訳か、この忙しい時にのんびりと模型を作っていた。

 依歌の周囲には、ニッパーやらデザインナイフやらが浮かんでいた。

 そして小さく白い手には、エインヘリアルのプラモデルが握られていた。


「……依歌中佐、あの。これから出撃ですが」

「うん。あとはエインヘリアルで追った方が手っ取り早いな? 【クレインダッツ】が追いついてくる頃には、この事件も……黄道艦隊連続殺人事件こうどうかんたいれんぞくさつじんじけんも解決という訳だ」

「ギャランド大将の死で、完全犯罪が成立してもですか?」

「そういうのは解決とは言わないぞ? さ、早くそこに座れ」


 ピンセットを片手に、依歌はプラスチックのエインヘリアルにシールを貼っている。こういうのは人類同盟の広報が熱心で、様々なスケールの物が存在し、地球や植民星で売られていた。

 だが、今はそれどころではない。

 このままでは間違いなく、ギャランドは暗殺されてしまうだろう。

 駆逐艦など、エインヘリアルでの攻撃にさらされれば撃沈はまぬがれない。この宇宙において、シンガーダインの歌に踊るエインヘリアルは無敵……故に地球人類は、最も邪悪で好戦的な種族として版図はんとを拡大してきたのだ。


「依歌中佐、自分は出撃します。中佐はすぐに騎体を降りてください」

「はは、待て待て運転手。妙なことを言うな……見ろ、デカールが曲がってしまったではないか。一度綺麗に剥がさねば……と、とと?」


 ピンセットを持った依歌の腕を、コクピット内に入ったラルスはおもむろに掴んだ。

 立たせようと引っ張り上げた手首は、とても細くて柔らかくて、そして温かい。パイロットスーツ越しに拾える体温など存在しないが、それを感じるくらいに華奢な腕だった。

 だが、依歌は驚いた素振りも見せず、黙ってラルスを見詰めてくる。

 黄昏たそがれに染まる金色こんじきの瞳が、真っ直ぐ眼差まなざしを注いできた。


「……運転手、ギャランド・イステリア大将に例のメモを渡してくれたな?」

「ええ、渡しました。あれは依歌中佐の仕業ですね? 自分の目にも、大将閣下はあのメモを開いてから様子がおかしいように見えました。そして今度は、敵陣の鼻先へと突然の単艦偵察に同行です」

「当然だ、私がそう仕向けたのだからな。さあ、事件も大詰めだ……最後の種明かしといこう。全ての謎は既に、私の中で解けている。私は既に終えた」


 そう言って不敵に笑うと、依歌はラルスの手を振り払う。

 彼女はどうやら、【カーテンライザー】のコクピットから降りるつもりはなさそうだ。そうこうしている内に出撃時間は迫り、やむを得ずラルスは操縦席へと座ってハッチを閉じる。

 それが当然のように、背後には少し高い位置に依歌がいるのだ。

 そしてふと、先程の老人たちが言っていた言葉を思い出す。


「ヴィリア、起動チェックだ。そう言えば、依歌中佐。先程整備班から聞いたのですが……前任の【カーテンライザー】のパイロット、どうされたんです?」

『相転移エンジン、スタート。フライホイール接続……コンタクト。イルミネートリンク、オンライン』


 肩に乗る立体映像が消え、ヴィリアはシンガーダインとして【カーテンライザー】のメインシステムに入っていった。彼女のチェック項目を読み上げる声は、まるで電子の妖精が歌う詩篇しへんだ。

 その声音がたゆたう中、ヘルメットを被りつつラルスはちらりと背後を振り返る。

 依歌は相変わらず丸いパネルの上に座って、膝に頬杖を突いていた。


「ふん、興味があるのか?」

「不穏な言葉を聞いたもので、少し」

「そうか……そうだな。前任者は全員が皆、私と【カーテンライザー】を駆って戦った後に転属を申し出た。安心しろ、希望する艦隊、部署、役職へ送り出してやる。私にはそういう権限もあるからな」

「はあ」


 ラルスはあまり出世には興味はない。

 強いて言えば、ずっとパイロットでいたい。

 能力だけを問われる一つの戦術単位である限り、メルブラッドのファミリーネームとは無縁でいられる。

 そうこうしている間に、ブリッジからオペレーターの通信が入った。

 周囲で整備員たちは、所定の場所まで下がって見送ってくれる。強化ガラス越しに見詰める老人たちの前で、ラルスは【カーテンライザー】の空いた左手を伸ばし、拳に親指を立てて見せた。

 そして、格納庫と真空を隔てていた隔壁がゆっくりと開き始める。

 高速で移動中の【クレインダッツ】の、その腹の中から出撃する時が近付いていた。


「運転手、お前には感謝しているぞ? ……随分、アチコチへ脚を使ってくれたな」


 意外な言葉で、不意に依歌の声が優しくなる。

 同時に、目の前に星々が瞬く宇宙が広がり始めていた。

 ヴィリアが投げてよこす数々の光学ウィンドウをチェックしつつ、ラルスは視線でそれらに順々にYESを返す。千年もの間ずっと最強の絶対兵器だったエインヘリアルは、長い歴史の中でマン・マシーン・インターフェイスを最適化していった。故に、細かな動作には全てパイロットが視線に思惟しいを重ねて込めるだけで処理される。

 あとは、ヴィリアの歌に踊るだけ。

 人類はいまだ、訓練された人間以上の反応速度で判断を下し、操作に直結させ、不測の事態にも対応できるシステムを持っていなかった。そして、地球の人類はそういう人間の可能性を全て、本能的な闘争心が求める戦争に注ぎ込んでいる。

 だが、依歌の声色は不思議と柔らかで、そんなことを忘れさせた。


「お前の集めたデータは全て、私の中に入った。そして、私が仕掛けた事件解明への一手を、お前はギャランドへと渡してくれた。言っただろう? 既に調べ終えたと」

「しかし、これでは大将閣下をおとりにしてるようなものです。リスクが高過ぎますよ」

「その心配はない。運転手が優秀だからな。だろ? ん?」

「は、はあ……まあ、最善を尽くしますとしか。あれ? これは」


 不意に視界をなにかが横切った。

 それは、先程依歌が作っていたエインヘリアルの模型だ。

 手で振り払ったそばから、二体三体とコクピットの無重力を舞うプラモデル。それは、ラルスがよく見ればとても身近な……ここ最近の話題と任務の中心に常に存在していたエインヘリアルだった。

 その数、全部で7体。

 背後の依歌は立ち上がると、身を乗り出してラルスの耳元で囁く。

 ヘルメット越しに、後ろから伸びてくる白い手がプラモデルの一つをつかんだ。


虹輝分遣隊アルカンシエル副隊長、マッド・ネイバス中尉……電子戦を得意とするハッキングのエキスパート。索敵や通信の機能を強化した【ドラクル】に搭乗、乗騎は完全に破壊されていた。このようにな」


 不意に依歌は、手にするプラモデルをバラバラにして、一つ一つ部品を空中にならべた。ラルスはその残骸の塊に見覚えがある。先日、惑星ペンタドゥエの人類同盟軍第七工廠じんるいどうめいセブンスプラントおもむき、虹輝分遣隊の7騎の残骸を確認したからだ。

 その中の一つ、辛うじて原型を留めた騎体を集めた物にそっくりだ。

 そして、ふとラルスの中で疑念が湧き出す。


「次、ニコラス・デネメージ少尉……狙撃の名手で、後方支援担当。通常時の質量弾頭を用いた物と、ディーヴァに接続するロングレンジの物、二種類のスナイパーライフルを使いこなすそうだ。無論、乗騎はスクラップ。そうだったな? 運転手」


 再び依歌の手から、部品の集合体となった【ドラクル】のプラモデルが解き放たれる。そうして彼女は、出撃前のラルスにわざわざ7騎分の残骸を作ってみせた。

 全て見覚えがあるし、依歌に報告した通りだ。

 その上で、ラルスは7体のスクラップを模したプラモデルの部品を見やる。


「もしかして……いや、馬鹿な。でも、そんな……」


 ゆっくりと背後を振り返るラルスは、真実の一端を見る。

 ニヤリと左右非対称の笑みに唇を歪める依歌の手には……なぜか、。そう、それこそが8騎目の【ドラクル】の種明かし。

 改めてラルスは、目の前に浮かぶ7体分のプラモデルを見る。

 そして依歌は、7体のプラモデルから少しずつ抜き取った部品で組み立て直した【ドラクル】を、その横へと並べて浮かべた。


「犯人は何故、ディーヴァの結晶クォーツを全て破壊した?」

「……ディーヴァの数が、そのままエインヘリアルの数だから?」

「そうだ。だから全て破壊した……一つを除いて、全て」

「その一つを載せた、7騎の【ドラクル】から少しずつ部品を集めて造った、8騎目の騎体で犯行を……なんてことだ」

「全て、運転手。お前が調べて集めた事実に基づく、真実だ」


 確かに、第七工廠でラルスは見た。

 七つの区画に分けられて集められた、7騎分の残骸を。

 どれも原型を留めぬ部品の集合体で、辛うじて判別できるものもあったが損傷は激しかった。宇宙でも最強のエインヘリアルをここまで破壊する敵……なるほど、人類同盟の上層部が事件を隠蔽いんぺいしてデータをロックし、閲覧制限を掛けたのもうなずける。

 この宇宙には、エインヘリアルをも倒す敵が存在する。

 そのことが広まれば、人類の宇宙での圧倒的な優位は揺らぐ。

 しかし、本当の真実は……その裏で亡霊を生み、7人の騎士たちの復讐を続けていたのだった。


「ま、続きはあとでだな。さ、行くぞ運転手? しっかり頼むぞ」

「は、はあ……あの、依歌中佐」

「なんだ? ああ、私か。気にするな、戦闘になったらお前の流儀でブン回せ。せいぜい振り落とされないようにしよう。ふふ、安心しろ……私は必ずお前の役に立つぞ? 気持ちよく踊らせてやろう」


 そう言うと、ヘルメットの頭を上からポンポンと叩いて、依歌は例のサークルの中心にしどけなく座った。パイロットスーツどころかハンガーの軍服すら着る様子がなく、以前ラルスが買ってきたクッションを尻に敷いている。

 その姿が、操縦席にハーネスで固定されたラルスとはあまりに場違いだった。

 エインヘリアルのコクピットには、基本的に慣性制御が施されており、強過ぎる衝撃や反動を全て打ち消す。ただ、打ち消しきれぬ力や、打ち消す前に響く速さには対応しきれない。まして、戦闘状態になればどうなることか。

 だが、ラルスは有無を言わさぬ依歌のことを、もう理解し始めていた。


「では、まあ……行ってみますか。ヴィリア! 発艦と同時に最大加速で目標に向かう。索敵レンジを最大に、戦闘の光が見えたら教えてくれ」

了解コピー! ブリッジからの発進許可、出ました。コントロールをマスターに譲渡じょうと、ユーハブ』

「アイハブ、出力全開……【カーテンライザー】、出るっ!」


 漆黒の宇宙へと飛び出すや、背面の全てのスラスターが火を吐き吠えた。コクピットにも小さな振動が伝わってくる。

 背後では呑気のんきな依歌の声が、心なしか嬉しそうに響いていた。


「さて、幕を引くか……今日の私は勝負下着だ、まず負けない。気張きばれよ、運転手!」

「了解……それ、勝負下着なので?」

「なんだ、毎日見てて普段との違いがわからないのか? 情けない奴だなあ」

「女性の下着には詳しくないもので」


 そう応えつつラルスは心の中で呟く。

 あくまでラルスが普段から目にして、見まいと思いつつチラチラと盗み見てしまうのは……依歌の下着ではなく、下着姿の依歌だ。そのウェルバランスとしか言えぬしなやかな肢体したいの、見事にたわわな起伏と曲線ばかりを見てしまうのだ。

 だから、彼女が白地に赤いリボンのついた下着を着ていても、普段とあまり変わらない。

 そうだと思うラルスを乗せて、彗星のように光の尾を引く【カーテンライザー】はんだ。その先へ待つ事件の結末へ……まだ見ぬ犯人との、不可避の決戦へ向けて。

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