操縦席探偵・刑部依歌の撃墜録
ながやん
刑部依歌のシラベ
第1話「真理で創まるウヴェルテュール」
人が地球という名のゆりかごを出て、千年。
野蛮な狩猟時代と、弱肉強食の帝国主義を繰り返す中……人類は今も戦い続けていた。生きるため、繁栄のため、科学と経済の発展のため、なにより戦いのため……
人間の愚かさが、ごく自然にして当然な本性だと知るまで、千年。
『メルブラッド大尉、敵が防衛ラインを突破します! 戦車隊、後退中』
『交戦許可を、大尉! 連中に我ら
血気に
パイロットスーツと一緒に自分を密閉しているヘルメットの、光を吸い込むバイザーが小さく
ラルスたち
宇宙の
「ラルス・メルブラッド大尉より
全面360度視界の球形コクピットの中央で、周囲にの宙に浮かぶ光学ウィンドウを視線でタッチし、全て消す。そうして
全高30mの巨神、エインヘリアル……この宇宙を震撼させる恐怖の代名詞だ。全身を火器と装甲で覆った、
ラルスは全兵装をオンラインにすると同時に、相棒へと語り掛けた。
「ヴィリア、選曲オートだ。任せるよ」
視界に滑り込んでくる光学ウィンドウに、あどけない少女の顔が浮かぶ。彼女の名がヴィリアだ。ラルスの相棒であり、戦歴は有に200年を下らぬベテランのシンガーダイン。戦場に勝利の歌を捧げる電子の妖精だ。
『
「一気に
部下たちから次々と『了解』の声が届く。エインヘリアルの搭乗者に選ばれた戦士は皆、シンガーダインと呼ばれる人工歌姫とコンビを組んでいた。それこそが、エインヘリアルをただの戦術機動兵器から、死の破壊神へと変貌させる鍵である。
あっという間にヴィリアは、ベテランの手腕で手続きを終えた。
『楽曲選択、ライブラリナンバー47817……"風よ運んで、
「楽曲データ詳細を。……随分と長い歌だね、ヴィリア」
『征暦824年、アレスター会戦時の
「いや、いい。ただ、そんなにはかからないと思ってさ。ま、片付けてしまおう」
立ち上がるラルスのエインヘリアルは、建造から300年程の名騎だ。名は、【ゼオリアード】。隊長であるラルスが乗るのは、強化型の隊長騎だ。ダークブラウンの四肢は角ばった装甲が頑強さを飾り、関節部や駆動領域では人間の動きを完全再現するマグネイト・ジョイントが光る。
さながら群れなし立ち上がる【ゼオリアード】は、
ラルスは【ゼオリアード】の左腕部に装備されたシールドから、ケーブルを右手で引っ張り出す。それを、腰のコネクタへと接続。これでラルスの乗る【ゼオリアード】は、シールドに鉄壁の守りで守護される。続いて右腕で大地から拾い上げた長大なライフルからも同様にケーブルを伸ばして繋げた。
そして、エインヘリアルが死神へと変わる瞬間がカウントされ始める。
『ライブアタック開始まで30秒』
「諸君、任務ゆえ容赦は無用だ。ライブアタック中は
『
「全騎、
周囲を見渡す限りの森から、次々と鳥たちが
そして、地平の彼方で土煙をあげる敵の大軍へと、ラルスの指揮するエインヘリアル部隊が突撃を開始した。
そして、異星の大気に歌が満ちる。
風よ伝えて 私の
機械のプログラムが
まるで
人類同盟が僅か700騎しか保有せぬエインヘリアルが、この宇宙で最強の絶対戦力たる理由……それが、シンガーダインによって解放される第一種禁忌兵装だ。この30mサイズの機動兵器が、その内に相転移エンジンとは別に持つもう一つの動力源、ディーヴァ。それは、特定の音域と周波数を一定順序で与えると、法則に従い膨大なエネルギーを発生させる
「ちょっと敵の数が多いか……? ええい、ままよ!
その手に握った、エインヘリアルの全高ほどもあるライフルが火を吹いた。
そして、射線にいた敵のクリーチャーが消滅する。
ディーヴァにケーブルを通じて有線直結した、これが第一種禁忌兵装……一種の熱量兵器だ。圧倒的なディーヴァの出力から繰り出される、戦艦の主砲すら比較対象とならぬ高出力のビームである。それはまさしく、神罰のメギドにも似た威力で全てを消してゆく。
原生動物の巨大なクリーチャー、
だが、それらは全てこの惑星の原生種族が繰り出す敵意であり、人類同盟の戦士として駆逐すべきものだ。
「全機、
隊長機であるラルスの【ゼオリアード】が、手にしたライフルを捨てる。同時にプラグが抜けて、放った銃は既にただの
そして、抜剣……ビームの
何千倍もの数に対して、そのままラルスは突撃してゆく。
その姿はまさしく、
鋼鉄の騎士が振るう光の剣が、邪悪なる竜を次々と血祭りにあげてゆく。
そして、歌は鳴り響く。
風よ伝えて 私の望みを
いつも祈る いつまでも願う
原住民の歩兵たちが、絶叫と共に死んでゆく。
足元に死を広げて、この世に
数だけは多いが、今回の敵は文明レベル
『悪魔め! 星の神、我らが
『遠く宇宙の
『人類同盟よ、この宇宙を
この、惑星中の知的生命を根絶やしにする作戦すら、過去に何万回と行われた
これが、宇宙に出て千年で真理を得た地球人類の姿だ。
愚かな戦争状態を演じてることこそが、最も人間らしいと開き直った者たちの姿だった。
それを自覚するのが何度目か、ラルスはもう覚えてはいない。
ただ、人類同盟のエース、栄えある
広がる全ての生命を虐殺し、
静かになると同時に、全てのエインヘリアルが天へと
その剣の光の刃も、歌の終わりと同時にディーヴァが停止して消えていった。
そして、飛んできた光学ウィンドウが急停止に歪むや、その中で可憐な少女が前のめりに顔を突き出してきた。3D表示になって浮かび上がるのは、相棒のヴィリアだ。
「作戦終了、損害なし。各騎のディーヴァ停止を確認。ヴィリア、お疲れ様」
『いえ、マスター! ……あの』
「ん? なんだい?」
『死んでいった魂に……歌ってあげても、いいですか? エインヘリアルに乗る戦士たちは、この宇宙で最強の力。でも……敵も味方も、外の人は大勢死にました。だから』
ラルスが小さく頷くと、ヴィリアは寂しそうに笑って、そして歌い出した。それはディーヴァを鳴動させ、神にも似た力を引き出す周波数ではない。その音域はただただ素朴なメロディで、したたるように響いてゆく。やがて、部下たちのエインヘリアルからも、シンガーダインの歌声が連なり立ち上った。
それは、電子の妖精たちが捧げる
戦いを求める自分たちこそが正常なあるがままだと、後ろ向きに
「やれやれ、全くもって
『なにか
「いいや、なにも。もっと歌って、ヴィリア。せめてもの慰め、と言う資格もない僕だけどね。でも、こうまでして発展と成長、拡大を維持して存続しなければいけないのかな、人類は……ん? 通信だ、なんだ?」
その時、電子音が鳴って別の光学ウィンドウが目の前に浮かんだ。
そして、『
『作戦御苦労、メルブラッド大尉。流石は"
「はあ……失礼ですが
『ラルス・メルブラッド大尉、23歳。公式
若い娘の声、ともすれば少女とさえ言える声音だった。
自分の質問に全く答えず、声だけの存在は経歴を読み上げる。それはラルスにとっては面白くない文字列の音読だったが、どうやら有無を言わさぬ相手は上官らしい。
『メルブラッド大尉……ん、この
「同感であります。で、貴官は」
『私の名は
「なっ……ラルス!? 呼び捨てたぞ、名前で!」
『お前は私の運転手に転属だ、以後は現星系の攻略艦隊を離れてもらう。直ちに憲兵艦隊に合流、特務分室で私を手伝え。以上だ!』
一方的に通達して、通信は切れた。
呆れるほどに見事な
だが、殺伐とした戦場での殲滅直後に、若い娘の声を聞いたのだ。
歌を聴きながら殺し尽くしたラルスの胸に、聞こえた声が妙な感覚を生む。
『マスター、回収艦が降下中です。部隊の指揮は以後、艦隊本部で一時引き継ぐとのこと。因みに憲兵艦隊は現在別星系のため、
「いや、なんだろ……僕、
『でも、わたしは嬉しいです。……もう、こういう歌は歌いたくないから』
光学ウィンドウの中ではにかむ相棒のヴィリアに、ラルスも曖昧な笑みを零す。
こうして、ラルスの数百光年もの長距離異動が始まった。新たな転属先は、憲兵艦隊……人類同盟軍の中にあって、虐殺も占領も略奪もせず、ただただ同胞を見張って監視し、必要とあらば狩り出し処刑する悪名高き艦隊である。
だが、不思議とラルスの胸には刑部依歌という名前が印象に残った。
それは、彼の運命を変える少女の名だとは、今は気付かない中で歌声は響く……無数のシンガーダインが歌う哀切の念は、血に濡れた大地に満ち満ちて響き渡った。
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