第2話「騎心のララバイ、遮って」
全宇宙へと
憲兵艦隊の中枢はここ、アンスリア星系の地球型惑星、マルビーレの
「ごらん、ヴィリア。惑星マルビーレ……周囲を取り巻くリングは全て、400年前の
『
「うん。比較的高度な科学文明で徹底抗戦を選んだマルビーレ人たちは、住む惑星を
『マルビーレ人は
ラルスの肩に乗った小さな電子の妖精が言の葉を紡ぐ。それは、立体映像で浮かび上がった相棒のヴィリアだ。
そのヴィリアの視線の先へと、ラルスも目を向ける。
ここは憲兵艦隊に所属する輸送艦【クレインダッツ】の格納庫だ。そのデッキに立つラルスは、目の前の小さな窓から眼下の光景に目を細める。見るも絶景、そして異様な光景が広がっていた。
その周囲を
「なるほど、
周囲では補給品を詰め込んだコンテナが、順次搬入されている。格納庫に並ぶのも、各艦を行き来して物資を運ぶ
広い広い格納庫では今、コンテナの選別作業に皆、忙しい。
だが、その誰もが手を止めた。無重力を宙に浮く者も、逆さまに天井を歩く者も、皆が等しく一箇所を見詰めて敬礼をする。
その先へと視線を滑らせたラルスも、同じように身を正して敬礼した。
敬礼を返しながら、女性の士官がこちらへと歩いてくる。
「お疲れ様です、ラルス・メルブラッド大尉。わたくしが輸送艦【クレインダッツ】の艦長、リナンナ・ハルシュカ大佐ですわ」
そう名乗って、美貌の女艦長は地を蹴った。ヒールの高い靴を、カン! と鳴らして低重力を一足飛びに舞う。自然とラルスは手を伸べ、彼女の
リナンナは恐らく、年は三十代前半だろうか? 大人の女性の落ち着きと気品がある。
「光栄ですわ、大尉。噂に名高い若きエース"
「お世話になります、艦長」
「早速ですが、
「多少の驚きには慣れてるつもりですが……ま、覚悟しておくとしましょう」
にこやかなリナンナの笑みは、優しくラルスを連れて歩き始めた。ふわりと飛ぶような歩調で、二人は格納庫を奥へと進む。
輸送艦【クレインダッツ】は、その船体の大半が格納庫だ。
用途別に区切られた艦内を移動しながら、ラルスはふと疑問に思う。そのことを口にしてみたら、リナンナがすぐに
「あの……ハルシュカ大佐」
「あら、リナンナと呼んでくださいな。艦内でだけは、皆さんにリナンナでお願いしていますの。我ら憲兵艦隊、軍規にはうるさいですが……それはそれ、これはこれですわ」
「はあ。では、あの、リナンナ大佐」
「はい。なんなりと、ラルス大尉」
「この艦は……【クレインダッツ】は、エインヘリアルの運用を前提とした母艦ではないですよね? 失礼ですがかなりの
ラルスも軍人、そして人類同盟で最強の絶対戦力、エインヘリアルを駆る戦士だ。現在の人類同盟で運用されている兵器には一通り精通しているつもりで、その知識を頼れば自然と知れる。この艦は輸送艦……【クレインダッツ】は物資や弾薬等の
エインヘリアルを運用する艦は、それ自体が特別な機能を求められる。
まず、エインヘリアルが精密機械の塊であると同時に、たやすく建造や量産ができぬという実態がある。エインヘリアルは宇宙に僅か700騎、どれもが単騎で星系一つを
「ふふ、ご心配はごもっともですわ、ラルス大尉。でも、我々は憲兵艦隊……わたくしたちに想定された敵は、未開の蛮族でも辺境宇宙の異文明でもありませんの。同じ人類同盟の、軍規を犯した同胞……最悪、エインヘリアルとも戦う必要が出てきます」
「ああ、なるほど。つまり、専用母艦ではエインヘリアルを出して対処することを、相手に伝えてしまうということですね」
「ご名答です。ふふ、
「……光栄です」
やはり、家の名は重い。
代々軍人の一族で、過去に歴戦の
両親や一族の望みに
きっと難しい顔をしてしまったのだろう。
前を進むリナンナが、ふと不思議そうな顔でラルスを
後ろに手を組み
「ごめんなさい、ラルス大尉。……お家のこと、好きではないのね」
「生まれは誰も選べませんから」
「そうね……ふふ、私の友人もそう言ってましたの。これから紹介する特務分室の室長ですわ」
「ああ、ええと、確か」
「
「依歌ちゃん!? そういえば、刑部中佐も僕を、あ、いや、自分をラルスと」
「似た者同士ですもの、許してあげて頂戴。さ、ここですわ。きっと驚くと思いますの」
ついにリナンナは、ラルスを連れて一番奥の格納庫ブロックへとやってきた。
【クレインダッツ】は、かなり古い世代の輸送艦だ。その構造は、船体下部にブロック単位で収納スペースをぶら下げた形になっている。1G下の大気圏でも運用でき、当然ながら単体での大気圏突入、及び離脱ぐらいは可能だ。ラルスが見た感じでは、艦齢は400年程だろうか?
プシュッ! と
そして、うふふと優雅な笑みを浮かべるリナンナの向こうに、ラルスは驚愕の光景を見る。
「これは……信じられない。これ程に見事な設備が……? しかし、何故」
「憲兵艦隊の所属艦ですもの、大尉。これくらいの
「ええ。正直に言って驚きました」
最後尾の格納庫ブロックは、それ自体が外からは判別不能なエインヘリアルのメンテケイジを内包していた。そこだけが最新鋭の装備で、行き交う空気まで先程とは別物のように感じる。
そして、メンテケイジの中央には……巨大な黒いエインヘリアル。
ラルスがぱっと見て騎種や年代の判別がつかないということは、かなり古いエインヘリアルだ。いつの世も貴重な切り札であるエインヘリアルは、基本的に新しい程高い性能を持っているが、千年の歴史の中で極端な開きはない。
今は神話や伝説となった
「かなりの年代物だな……腰部にケーブルのプラグ差込口がない。つまり、ディーヴァによる解放出力は全て、本体の駆動と、あとは肩のキャノンでの砲撃に回されるんだな」
漆黒の巨神が今、ラルスを見下ろしている。
腕も脚も肥大化して太く厚く、胸部や肩周りまでビッシリと装甲で
相当古い機体だとラルスの観察眼は察した。
今の時代、エインヘリアルがシンガーダインの歌でディーヴァを発動させた時、その力は全て腰部へ有線接続することで、携行武装へと伝えられる。プラグを介してケーブルで繋がった銃や剣は、粒子の光で全ての敵を粉砕するのだ。
だが、目の前の騎体には有線接続用のソケットがなかった。
つまり、ディーヴァで生まれたパワーは全て固定武装で消費するタイプらしい。
「ほっほっほ、兄ちゃんがこいつの……【カーテンライザー】の新しいパイロットかい?」
「乗りこなせるかねえ? もんのすごーいジャジャ馬だからのう」
「なぁに、若いんだから大丈夫じゃろ? 心配は無用じゃて」
気付けば、ラルスの周囲には老人たちが集まっていた。そのツナギ姿は、恐らくエインヘリアルの整備を担当する技師たちだろう。エインヘリアルが年季の入った
ラルスは一人一人と握手を交わし、名を聞いて自分も自己紹介をした。
「ラルス・メルブラット大尉であります。こちらに配備されてる、ええと、【カーテンライザー】? でしょうか。そう、こいつの専任パイロットに着任いたしました。こっちはパートナーのヴィリア。ヴィリア、御挨拶を。いいね?」
『はい、マスター。皆様、シンガーダインのヴィリアと申します。マスターのラルス様と共に、こちらでお世話になりますので、よろしくお願いいたします』
ラルスの肩の上に立った立体映像が、ペコリと大きく
その姿に目を細めて、周囲の老人たちはニコニコと笑っていた。
だが、辺りをキョロキョロと見渡し、リナンナは腰に手を当て溜息を一つ。
「依歌ちゃんは? また中かしら。全く、本当に仕事をしない子なんだから」
「ふぉっふぉ、まあまあ艦長さん。大目に見てやらんかのう」
「お
老人たちが指差す先を見上げれば、【カーテンライザー】と呼ばれたエインヘリアルの胸部ハッチが開いている。
ラルスは「失礼」と言うなり床を蹴り、ふわりと低重力の中で浮かび上がった。
騎体にそって飛びながら、巨体の膝、腰にと順々に踏んで昇る。
開きっ放しのハッチに
『マスター、このコクピット……』
「ああ、妙だな。広過ぎる。
それは奇妙なコクピットだった。
今まで搭乗していた【ゼオリアード】と違い、全周囲360度の視界を確保する球形のコクピットは二回りも三回りも広い。そして、その中心には見慣れた操縦席がある。ラルスたちエインヘリアルの戦士が座り、半ば拘束されるようにして埋まる場所だ。
その背後、少し高くなったところに……
舞台としか思えぬそれは、ちょうど操縦席の後頭部あたりに広がっている。直径2m程の円形で、周囲にはパイプ構造の手すりがあった。
そして、異様な光景はそれだけではなかった。
『あの、マスター……寝て、ます。女の子が……寝てますけど』
ヴィリアの戸惑う声も、もっともに思える。
目の前のコクピットの、本当の中央……サークルの真ん中に少女が突っ伏していた。膝を抱くように丸まり、ぼんやりと光る丸いプレートの上で眠っている。広がる
古き鉄巨人の心臓に沈む、妖精のような眠り姫。
「あの……刑部依歌中佐でありますか? 自分は――」
「遅かったな。ふぁ……ん、よく寝た」
「ええと、その」
「ああ、言いたいことはわかる。だが、運転手がいなくては仕事もできんだろう? しかし、中央の連中も良い運転手を手配してくれたものだ。なあ? "白閃の星騎士"」
身を起こした少女は、どうやら刑部依歌らしい。
依歌は眠そうに両目をゴシゴシと擦り、大きなあくびを一つ。
どうにも要領を得ぬままに、率直な言葉をラルスは投げかける。
「ええと、刑部中佐」
「依歌でよい。その代わり貴様のことも私はラルス……いや、運転手と呼ぶぞ? いいな?」
「はあ。それは構いませんが……その、依歌中佐」
「うん? なんだ、運転手」
「どうして裸なんですか? そんな格好でなにを」
そう、裸だ。
依歌は下着こそつけているが、白い
ラルスは、ツンと上向きに黒いブラを盛り上げてる胸から目を逸らす。
だが、依歌は悪びれた様子がない。
「寝ていたからに決まっているだろう。おかしな奴だな、貴様は寝る時に脱がんのか?」
「脱いだあとに、寝間着を着ますが」
「ふむ……そういう人間もいるにはいる。しかし、私は違うぞ? 違うからな」
「見ればわかります。……とりあえず、なにか着てください」
見れば、自分が座るべき操縦席に軍服が脱ぎ捨てられている。無造作に脱いだままに散らかったそれを、依歌はしぶしぶといった顔で拾い始めた。
その散漫で野暮ったい姿を見ながら、ラルスは改めてこの異動人事を呪った。
どう見ても依歌は、十代の少女、小娘だ。
中佐という肩書は、普通に考えれば不釣り合いである。
この時代でも少年兵や少女兵は多いが、多くの場合は課せられた兵役義務を消化する
だが、そんなラルスの心を読むように、依歌は上着だけ
ラルスの目線の高さに、黒いレースの
『マスター! なにを想像してるんですか! まったく、どうして男の子ってこうなんでしょう』
「いや、僕は男の子という歳では……そもそもだね、ヴィリア」
「さて、運転手も到着したことだし、我々の商売を始めようか? リナンナ!」
振り向けばハッチの上に、艦長のリナンナが来ていた。彼女は、愉快でたまらないといった感じでクスクスと笑みを手の中に
「では、命令書を開封しますわ、依歌ちゃん」
「ああ、頼む。おい、運転手! お前もちゃんと見ておけよ」
たじたじで苦笑するラルスを前に、依歌は不遜な態度で
程なくして、艦長権限でアクセスされたデータが、光学ウィンドウとなって現れた。
そして、そこに映された関連資料を目にした依歌の顔つきが変わる。
あどけなさを残す少女の可憐さが、魔女のように口元へ残忍な笑みを浮かべたのだ。
「ふむ……なるほど。
「依歌ちゃん、頼めるかしら?」
「無論だ、リナンナ。至急、艦をゾディアック・サーティンの、そうだな……サジタリウス艦隊に向けてもらおうか。スケジュールや航路は任せるが、急いでくれ。手早く片付けなければ、これは……ふむ。死体なき殺人は続くぞ」
そう言って、形良いおとがいに手を当てる依歌の、その表情が
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