第3話「広がる悪意のエイトビート」

 ――黄道艦隊連続殺人事件こうどうかんたいれんぞくさつじんじけん

 憲兵艦隊M.P.F.特務分室とくむぶんしつに配属されたラルス・メルブラッドが、最初に挑むことになった事件の正式な呼称だ。人類同盟じんるいどうめいでも外宇宙の最前線で戦う、最精鋭部隊スペシャルズ……ゾディアック・サーティン。最多のエインヘリアル配備数を誇り、人類同盟の実に四割の戦力を保有する一大軍閥ぐんばつだ。

 そのゾディアック・サーティンの13の艦隊で、次々と軍の高官が死亡している。

 今年に入ってからもう、実に5人もの将校が殺されているのだ。

 そして、それは全て……エインヘリアルを用いての襲撃、惨殺に限定されている。軍内でのエインヘリアルを用いた事件は、全て特務分室が受け持つ案件だった。

 ゾディアック・サーティンの一つ、サジタリウス艦隊の総旗艦そうきかん【アウルスプルケス】から戻ったラルスは、気持ち暑い艦内の空気に襟元えりもとを緩めた。


「あら、ラルス大尉。お疲れ様です、おかえりなさい」

「リナンナ艦長。……珍しいですね、ここにいらっしゃるとは」

艦橋ブリッジにずっといては、同じ場のクルーが息抜きできませんもの。ふふ、だからこうして定期的に席を外すようにしてますのよ?」


 特務分室の格納庫ハンガーに戻ったラルスを、笑顔のリナンナ・ハルシュカ大佐が出迎えてくれた。彼女は今、周囲の老人たちと一緒にコーヒーブレイクの最中らしい。氷同士が溶けてぶつかるグラスに、琥珀色こはくいろの飲み物が満たされていた。

 今は艦内の重力は1G、地上とほぼ同じに設定されている。

 低重力および無重力になるのは、宇宙空間でも物資の搬入作業等の時だけだ。

 そして、ラルスにも汗をかいたグラスでアイスコーヒーが渡される。


「ふふ、おかしいでしょう? こんな宙域ですもの、艦内の空調が万全でも、不思議と暑く感じますの。今日は艦内作業員のみ、多少の着衣の乱れを許してますわ」

「我々が地球を出て千年、まだまだ気分や感情、情緒に左右される生き物だということですね」


 周囲を見渡せば、整備員の老人たちは皆ラフな格好をしている。大半がツナギの上を脱いで腰で縛り、軍人とは思えぬ姿でくつろいでいた。奥のメンテケイジに鎮座するエインヘリアル【カーテンライザー】も整備を終えているのか、非常に皆が皆リラックスしている。

 今、輸送艦【クレインダッツ】が合流したサジタリウス艦隊は、セントリー星系で一番巨大な恒星域に展開していた。一大艦隊決戦を目前に控えて、全体的にピリピリとした緊張感が満ちている。何十万キロという大きさのプロミネンスが絶え間なく吹き上がるほのおの星を背に、サジタリウス艦隊は異文明の未開種族を滅ぼそうというのだ。

 誰もが宇宙の絶対悪と呼ぶ、地球人類の快進撃は留まることを知らなかった。

 圧倒的に有利とはいえ、敵地……艦隊は燃え盛る恒星を背にして、灼熱にさらされながら決戦準備の真っ最中である。


「ところで、あの……依歌ヨリカ中佐は」

「いつものところですわ。今日はまだ、一度も降りてきてませんの」

「はあ……参るなあ。本当は総旗艦【アウルスプルケス】にだって、中佐が行かなきゃいけなかったのに。代理で僕が行ったら、連中そろって嫌な顔をしましたよ」

御愁傷様ごしゅうしょうさまね、ラルス大尉。気の毒なことですわ。今度おびになにかおごらせましょうね」

「いや、いいんですけど」

「よくないわ、依歌ちゃんに奢らせるから、今度二人でお食事にでも行きなさいな。ね? これ、お姉さんの上官命令よ? ふふふ」


 はあ、と曖昧な返事をラルスは返してしまった。

 おっとりとしていてもリナンナは押しが強くて、勝手にデートのセッティングをされてしまった。だが、回りで老人たちが「抜け駆けはいかんぞ、ボウズ!」「ワシらの依歌ちゃんをどうするつもりじゃ」と声をあげるので、肩をすくめるしかない。

 それでもラルスは、お土産みやげにと購入した品々の袋を手に、【カーテンライザー】へと向かう。刑部依歌オサカベヨリカ中佐に報告の義務があるのだ。本人が義務を放棄し押し付けてきても、ラルスが義務をおろそかにしていいという理由にはならない。残念ながら。


「そうだ、リナンナ艦長」

「はい、なんでしょう」

「関係者から事情を一通り聞いたんですが、向こうから逆に聞かれました。決戦前で、少しでも多くのエインヘリアルが欲しいそうです。これからサジタリウス艦隊が実行する作戦に、臨時編成で【クレインダッツ】にも加わって欲しい、と。向こうは知ってましたよ、こっちがエインヘリアルを……【カーテンライザー】を持ってるのを」

「あらあら、まあまあ……どうしましょう。困りましたわね」


 目を細めて肘を抱くと、優雅にリナンナは困り顔で微笑ほほえむ。

 だが、彼女も憲兵艦隊の一員にして、輸送艦【クレインダッツ】を取り仕切る女傑じょけつだ。おだやかな笑みを浮かべつつも、言うことは徹底してリアリストである。


「本艦は直ちにサジタリウス艦隊を離脱、以後無線封鎖むせんふうさを行いながら次の目的地へと次元転移ディストーション・リープしますわ。軍の本隊に、とりわけゾディアック・サーティンに貸しを作るのもいいのですけど……わたくし、弱い者いじめって好きじゃありませんのよ? なにより、エインヘリアルを出して採算の取れる軍事選択でもなく、憲兵艦隊が関与する義務もありませんの」

「同感です。僕の方でエインヘリアルの整備書類を提出しておきます。各部不調ということで」

「では、それを理由に本艦は支援を辞退しますわ。ふふ、大尉ってばわかってますのね」

「僕だって、正式な命令でもなければ弱い者いじめは御免ごめんです」


 それから二、三のやり取りをリナンナと交わして、次に整備員の老人たちを集めて書類作成のための書類を出すように頼む。いつの時代になっても、軍の基本は書類による手続きと決済だ。上官への報告、連絡を上げた上で許可を採択されなければ、惑星一つ壊せないのだ。

 そうしてラルスは、リフトの上に乗ってエインヘリアルのコクピットを目指す。

 特務分室の保有する【カーテンライザー】は、今日もいかつい肥満体の胸部にハッチを開け放っていた。


「中佐、依歌中佐……いらっしゃいますよね? 聴取の方、代理で行ってきました」


 代理で、の一言に釘を刺すような語気の強さを込める。そうしてラルスは、コクピットの中へと頭を屈めて入り込んだ。

 そこには、相変わらずの光景が広がっていた。


「むむ……また避けられた! なんだ、クソゲーなのか? どうしてこうも……ああっ! 撃墜、されて、しまった……トホホ。いやまて、ここからが腕の見せ所であるな!」


 例の奇妙なコクピットの、その中央の丸いパネルの上で……下着姿の少女がゴロゴロしている。今日は手に小型の携帯端末タブレットを持って、それで一生懸命ゲームを遊んでいるようだ。

 彼女の名が刑部依歌、階級は中佐……この特務分室の室長である。

 だが、目も当てられない光景にラルスは、大きな溜息を零した。

 依歌はラルスに気付いて顔をあげたが、うつ伏せに寝転んだままで細くしなやかな脚を、膝から先を立ててブラブラさせている。


「おう、戻ったか。御苦労、運転手。ほら、飲むがいい」

「おっと! あ、ありがとう、ございます」

「うん。さて……少し難易度を下げるか? いやいや、まずはリセットだな。どこでセーブしたか……ああっと! なんということ、二時間の苦労が……セーブしておらなんだか」

「あ、あの……依歌中佐」

「なんだ、運転手? 見ての通りで私は忙しい」


 投げられ渡されたペットボトルを手に、ラルスは眉をひそめた。

 依歌はコクピットに住み着いているかのようで、日がな一日この場所にいる。けだるげな裁きの魔女、憲兵艦隊でも異端の特務分室を取り仕切る女神は、どうにもグータラな引き篭もり少女なのだ。

 やれやれとラルスは、飲みかけのボトルを開封、その中身を飲む。

 薄味のスポーツドリンクは、見た目の色通りにレモンの味が香った。


「まったく。コクピットに住んでるんだろうか、このは。食事はいいとして、お手洗いとかはどうするんだろう」

「聞こえているぞ、運転手! 私とて夜には自室に帰る。それに、知らんのか? 清楚せいそ可憐かれんな美少女は、トイレにはいかんのだぞ?」

「えっと……どこに清楚で可憐な美少女がいるんでしょうか」

「目の前にいるだろうが! ……レディにしもの話をするなんてな。ガッカリな奴だなあ、運転手。ええ? 私はそうだな、もよおした時はからのボトルに失敬しっけいして……美味かろう? わはは」


 思わずラルスは、二口目を飲もうとしてたが吹き出しそうになった。なんて嫌な女だと思ったが、一応上司。そして、認めたくないが顔だけは清楚で可憐な美少女と言えなくもない。からだは健康的な色気の中にも、どこか毒婦どくふの雰囲気がただよう妖艶ようえんさがあるが。

 依歌は口元を拭うラルスに「冗談だ」と言って、ゲームに戻っていった。


「……中佐、依歌中佐。報告をしたいのですが、よろしいですか?」

「ん、ああ……そうだな、うん。すまなかった、聞こう。聞くから……あと少し待て」

「少しとは」

「そうだな、っと、敵の反撃だ! はは、その手は喰わんぞ、こうして、この配置で……うん、そうだな! 10分から20分、ないし30分から40分は待て。今、いいとこなのだ」

「今すぐ報告したいのですが、依歌中佐」


 そう行ってラルスは、自分が座るべき操縦席に脱ぎ散らかされた軍服を拾い上げる。そしてそれを丁寧にたたんで、持参した袋の中からお土産を取り出した。

 買ってきたハンガーに依歌の軍服を整え、それを例のサークルを囲む手すりに引っ掛けた。依歌の軍服は小さくて、そしていい香りがした。


「それとこれ、中佐にお土産です。サジタリウス艦隊の総旗艦【アウルスプルケス】の購買部で買ってきました。いやあ、サルガルファ級の戦艦は広いですね。迷子になりそうでしたよ……全長4,200m、人類同盟でも最大クラスですしね」

「……あ、ああ……あ? こ、これを私にか?」

「ええ。ですから、お土産ですと。依歌中佐に」


 顔をあげた依歌は、ラルスが鼻先に差し出したもう一つのお土産を見て、ぽかんと目を丸くしている。はと豆鉄砲まめでっぽうを喰らったような顔で、憎らしさもふてぶてしさも影を潜めている。そこには、あどけなさの残る少女の精緻せいちな小顔があった。

 ラルスが差し出したのは、やわらかでふかふかのクッションである。

 サジタリウス艦隊のマスコット、『いってくん』のプリントがデカデカとついている。


「依歌中佐、いつも硬い床の上でゴロゴロされてるので。その小さいお尻の下に敷いてください」

「……! わ、わかった、ありがたくもらおう。小さくはないぞ、小さくは。そ、そうだな、うん、とりあえず報告を聞こう。わ、悪かったな……私の代理は、それはさぞ肩身がせまかっただろう」


 身を起こした依歌は、わずかに頬を赤らめクッションを受け取った。プリントされた『いってくん』をまじまじと見てから、豊満な胸にギュッと抱き締める。そうしてもぞもぞとそれを置いて座り直すと、背筋を伸ばして向き直った。

 ラルスもその側に立って、手すりに寄りかかりながら話し始める。


「まず、例の黄道艦隊連続殺人事件ですが……今までの犠牲者は5人、全て少将以上の高級将校で占められています。このサジタリウス艦隊では、5人目の犠牲者、マレット・バンディッツ中将が殺されました。……所属不明アンノウンのエインヘリアルによって」

「ふむ、エインヘリアルでの殺害……人類同盟内部での犯行だな。その時の状況はわかるか?」

「全て聞いてきました。また、データは既にこの【クレインダッツ】内のサーバからダウンロードできるようにしてあります。で、マレット中将ですが、前線視察時に座乗艦ざじょうかんを狙撃されています。エインヘリアルからのビーム攻撃、跡形も残りませんよ」


 この時代、人類同盟が運用する最強の絶対兵器……エインヘリアル。神が神をして人を作り、希望をたくしたように……人もまた人を模して神を作ったのだ。死せる勇者の名を冠する死の神に、果てなき野望を託したのだ。

 エインヘリアルは、シンガーダインと呼ばれる人工知能の歌で神となる。

 内蔵されし結晶クォーツが歌に共鳴し、ディーヴァと呼ばれる動力源になるのだ。ディーヴァの力は、普段は封印されている第一種禁忌兵器だいいっしゅきんきへいそうを解き放つ。その力は、宇宙を沸騰させ惑星をも砕く力だ。現に、人類同盟が外宇宙へ進出しての千年で、消滅した星々は数え切れない。

 そういえば、とラルスが思い出した時には、目の前に光学ウィンドウが飛んでくる。

 小さな光学ウィンドウの中から身を乗り出すのは、相棒のシンガーダイン、ヴィリアだ。


『おかえりなさいませ、マスター』

「ただいま、ヴィリア。留守番るすばんさせて悪かったね」

『いえ、一刻も早くこの子、【カーテンライザー】の特性を掴んで、最適な歌を歌えるようになりたかったので……そ、それに、すみません。依歌中佐が、その』

「はは、遊びの相手をさせられたかい?」

『わざと負けるというのは難しいです、マスター。わたしたちには手加減というのは、非常に高度な演算を求められると知りました』


 ちらりと見れば、依歌はふかふかのクッションの上でプイと目を反らした。わずかに頬を膨らませて唇をとがらせた、その横顔が年頃の少女のようで愛らしい。


「ヴィリアはゲームが下手だな、うん。負けるならもっとこう、自然に負けてくれないと面白くないではないか。何度か対戦したが、手を抜いてるのがすぐわかる」

『すみません、依歌中佐。あまり手の込んだことをすると、勝ってしまうので』

「むぐぐ……こ、今度は音ゲーで勝負だな! そうだ、私の得意ジャンルなら負けはすまいぞ、わはは! ちょっと待て、先にダウンロードしておく。で? 報告を続けてくれ」


 依歌は携帯端末をいじりつつ、ラルスの言葉をうながす。

 ヴィリアは『マスター、あとでお話が』と言って、一度消えてしまった。


「えっと、過去4件の事例との酷似こくじが認められました。同じ歌が使われています。ライブラリナンバー29981、"深海しんかいMEMORIAメモリア"……征暦せいれき651年のサマーソングですね。原曲唱者サクセサイザーは――」

「原曲唱者は、当時人気絶頂だったロックバンド"シャーテンフロイデ"だな? 映画のタイアップ曲だ。確か、人類同盟の戦意高揚映画プロパガンダムービーだったと思うが」

「く、詳しいですね、中佐。そうです、その歌です」

「演奏時間は14分27秒だが……知っているか? 運転手。この歌、"深海のMEMORIA"はある特殊な方面で有名な楽曲だ」

「と、言いますと」

前奏リフが長い。凄く、とても、長い。前奏だけで5分14秒もある」

「……長いですね」

「で? 話の腰を折って悪かった。報告を続けてくれ」


 どうやら依歌は『いってくん』のクッションが気に入ったようだ。ラルスに話を続けさせつつ、ごろんと横になってクッションをまくらにする。白くメリハリのある肢体に、今日は赤い下着が攻撃的で、いつにも増して刺激的だ。

 だが、長い足を組んで依歌は天井を向いてしまう。


「事件に使われたエインヘリアルは1騎、ただし……過去の5件全て、襲撃時の殺害方法が異なっているんです」

「と、言うと?」

「このサジタリウス艦隊のマレット中将は遠距離からの狙撃ですが、他は移動中の車を直接打撃で破壊、これはディーヴァによるビームの剣ですね。そして、航空機で大気圏内を移動中だった者が空戦で落とされ死亡、次が――」

「わかった、それで? 運転手、お前の見解を聞かせろ。思うところがあるのだろう?」


 ラルスは依歌に心を見抜かれてるような気がした。

 そして、自分でも確証も物証もない推論を解き放つ。


「実は……殺された5人には共通点がありました。それは、あの作戦……半年前の惑星ガーランドの戦いで、参謀として従軍していた人間なんです」

「惑星ガーランドでの戦いか……エインヘリアルが撃墜されたという、稀有けうな戦闘だったな。反人類同盟勢力くちくたいしょうのあらゆる星々がお祭り騒ぎになったんだ、私も覚えている」

「はい。作戦に参加したエインヘリアルの内、7騎が撃破されました。全て、星騎士クライヤーが駆る【ドラクル】で、比較的新しい少数量産騎です。他の多くの艦隊でも運用されてますね。で、7人の星騎士で結成されたエース部隊、虹輝分遣隊アルカンシエルが全滅したんです」

「ふむ……相手の文明圏はどうなのだ? エインヘリアルを撃墜するのだ、相当な科学力の敵だと思うが」

「ええ、文明レベルA+エープラスですね。惑星ガーランド自体、別星系から宇宙移民した者たちで開拓された星ですから。ガーランド人の宇宙艦隊、機動兵器による打撃力等、かなり高い戦闘力とみなされてました。だから、この作戦には28騎のエインヘリアルが投入されてます」


 ふむ、と唸って依歌はごろりと寝返りを打つ。背中を向けてしまった彼女の蒼い髪が、さらさらと広がっていた。だが、彼女はポリポリと尻を指できながら思案に沈んでゆく。考え込む彼女の白い背中を見ながら、ラルスは言葉を待った。

 被害者は全て、惑星ガーランドの戦いで参謀を務めた将校だ。よって、次の被害者は特定できる。くだんの作戦に参加した参謀陣は全部で7名、つまり犯行はあと2回行われる筈なのだ。そしてそれはしくも、同作戦で全滅した虹輝分遣隊の7人の星騎士と一致する。


「中佐、エインヘリアルは特別に高価で大量生産できぬ兵器です。撃破されたエインヘリアルは、たとえ恒星の中に放り込まれても回収され、修理復元されますよ。ディーヴァの結晶は希少ですし。当時の虹輝分遣隊の7騎のエインヘリアル、【ドラクル】の回収記録を調べるべきと具申ぐしんします」

「ああ、うん……いやしかし、まさか。ありえぬ話とも言えぬが……」


 ごろごろと更に寝返りを撃ちながら、仰向けに天を仰ぐ依歌。そのほっそりとした首から胸にかけてのラインが、優美な曲線を描く。彼女はクッションをポン、と宙に放って、それを受け止め抱き締めては、また放る。

 どうやらなにか考え事をしているようで、完全に自分の世界に入ってしまったのだ。

 そうこうしていると、再び光学ウィンドウが飛んできて、ヴィリアが姿を現す。


『マスター、依歌中佐とのお話は終わりでしょうか?』

「んー、まあ、終わったみたい。ちょっと中佐は考え事に没頭してるようだよ。それで? 話したいことっていうのは」


 頼れる相棒、シンガーダインのヴィリアは一瞬、言葉を躊躇ためらった。少し依歌を気にする素振りを見せてから、ようやく喋り出す。それは、ラルスにとっても意外な話だった。


『あの、マスター……この子、【カーテンライザー】の話なんですけど。その……ディーヴァの反応が凄くにぶいんです。反応があるから、結晶自体は搭載されてると思うんですけど……その、普通じゃないというか。わたしの歌では、上手く力を引き出せないというか』


 それは意外なことで、ラルスも驚きを隠せなかった。ディーヴァとは、製法も入手方法も非公開の特殊水晶が、シンガーダインの歌に共鳴することで力を発揮する。だが、その反応が鈍いとは? 改めてラルスは、謎の重装甲を纏った愛機に不信感を拭えない。

 【カーテンライザー】とは確か、いにしえの言葉で『前座』の意だ。

 その【カーテンライザー】のコクピットでは、依歌がけだるげに寝転びながら胸の起伏を呼吸に合わせて上下させているのだった。

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