第4話「転調のアップテンポ」

 ――惑星ペンタドゥエ。

 せ返るような緑のえる匂いに包まれた、甘い空気の星。半世紀ほど前、人類同盟が無血占領で領地とした地球型惑星である。その瑞々みずみずしい大気を胸いっぱいに吸い込み、ラルス・メルブラッドは不思議に思うしかない。

 この惑星は、人類同盟が無価値と決めた星である。

 搾取さくしゅすべき資源のない星、戦略的にも戦術的にも無意味な場所だ。

 こんなにも自然が豊富で、動物も植物も固有種だらけの生ける博物館、大自然の天然の公園……辺境宇宙の片隅に浮かぶ、かつての地球を髣髴ほうふつとさせるような生命いのち楽園エデンだ。

 だが、今の人類に……人類同盟にとっては、無価値な星なのである。


「はぁ……ふう! 気持ちのいい天気だな。なんて青い空なんだろう」


 この惑星をラルスたち憲兵艦隊M.P.F.特務分室とくむぶんしつが訪れた理由は一つ。ここは現在の戦線から遠く後方、まったくもって戦火のおよばぬ土地だ。いわば、全銀河に侵略を続ける人類同盟にとっては、内地にも等しい場所である。

 そういう、大自然しか取り柄のない惑星に秘密裏に軍事基地を置く。

 それくらいのことには動じないし、不思議にも思わないのが地球の人類だ。当然、ラルスも引け目こそ感じつつ、理屈で理解している。

 この場所には、大規模なエインヘリアルの拠点がある。人類同盟軍第七工廠セブンスプラント……エインヘリアルの開発や生産、そして大破擱座たいはかくざして回収された騎体の修理や改修、強化を行う施設があるのだ。


「大尉、メルブラッド大尉……大尉? ラルス・メルブラッド大尉!」


 ふと呼ばれたが、自分が呼ばれてるとはラルスは気付けなかった。

 最近は輸送艦【クレインダッツ】の中で、ラルスとファーストネームで呼ばれることが多かった。美貌びぼうの艦長も整備技師の老人たちも、遠慮なくラルスと呼んでくる。

 自分を運転手と呼ぶ少女ですら、必要に応じてラルスと呼んでくれるのだ。メルブラッドの家名から解放されていたラルスは、何度めかの呼びかけで振り返った。


「あ、ああ。すみません。ちょっとボーッとしてました。申し訳ない」


 ここは第七工廠の広大な敷地の片隅だ。ラルスは駆け寄ってきた技官の男から、報告書や詳細を纏めたデータのメモリを受け取る。先程、憲兵艦隊の特務分室として、その室長の代理として監査を終えたばかりだ。

 ラルスが査察で確認したのは、例の黄道艦隊連続殺人事件こうどうかんたいれんぞくさつじんじけんに関する調査だ。

 エインヘリアルを用いた、ゾディアック・サーティンの高官連続殺人事件……その背後に関係すると思われる、虹輝分遣隊アルカンシエルの7人の戦死者、7騎の撃墜された騎体。それを直接自分の目で確認するため、ラルスはこの場所を訪れていた。

 ラルスに丸投げしたのは、上司にして特務分室の室長、刑部依歌オサカベヨリカ中佐だ。

 同時に、ラルスを自分の目であり耳として送り出してくれたとも言えて、信じてくれてるような気にもなる。それは不快ではない。

 なるべくポジティブに考えつつ、ラルスは技官に笑みを返す。


「協力ありがとうございます。それで、特に気になったこととかはありますでしょうか。本件に関しての些細ささいな情報でもいいんです、個人的なことでも結構です。なにかあれば是非」


 目の前で帽子のつばに手をやるのは、自分とそう歳も変わらぬ青年だ。

 かれはしきりに帽子を気にしつつ、うつむき加減に喋り出す。


「ゾディアック・サーティンからは特になにも……ただ、こんなに酷い損傷騎、っていうか、残骸? 扱うのは初めてで。ええ、初めてですよ。ディーヴァの特殊水晶、結晶クォーツ

「確かに……そうですね、自分もパイロットなのでわかります。普通なら、いかなる戦闘状況で劣勢、敗北必須だとしても……ディーヴァの結晶だけは守る筈ですよね」


 ラルスの言葉に技官は何度も大きく頷いた。

 彼にお礼を言って、ラルスは車へと歩き出す。ラルスを待っていた小さなハッチバックの電気自動車は、運転席で妙齢みょうれいの美女がにこやかに手をあげている。運転手などをやらせて申し訳ないが、彼女は輸送艦【クレインダッツ】の艦長、リナンナ・ハルシュカ大佐である。

 最後に見送ってくれる技官に敬礼して、ラルスは車の助手席に座った。

 広大な基地の敷地内を、車は出口へ向けて走り出す。


「お疲れ様ですわ、ラルス大尉。ふふ、有益な情報は得られまして?」

「ええ。どうやら僕の……そして、依歌中佐の予感は的中しそうです」

「と、言うと……興味ありますわ。説明して欲しいですの」

「黄道艦隊連続殺人事件の被害者たちが参謀として集った惑星ガーランドの戦い……そこで人類同盟私史上、例を見ないエインヘリアルと星騎士クライヤーの7騎7人の損失。それが事実であったという確証が得られました。僕はこの目で、7騎の残骸を見てきましたよ」


 そう、ラルスは見たのだ。

 それはパイロットとして胸の痛む光景。

 第七工廠の施設内に横たわる。7騎のエインヘリアルの残骸を見た。

 エースたる星騎士が7人で集った、虹輝分遣隊……最精鋭部隊スペシャルズ、ゾディアック・サーティンの中の最精鋭、エリートたちの成れの果て。

 だが、事実の確認は新たな謎を呼ぶ。

 そのことにラルスは、エインヘリアルのパイロットで星騎士だから、"白閃の星騎士クライヤー・オブ・ノヴァ"と呼ばれるエースだからこそ感じる違和感を拾っていた。

 ゆっくり走る車中で、そのことをラルスはリナンナに打ち明けようとした。だが、意外な言葉でそれを遮られ、思わず黙ってしまった。


「ラルス大尉、依歌ちゃんのこと……許してあげて頂戴? 大目に見てやって欲しいんですの。だって、依歌ちゃんは見た感じ、とても大尉のことを気に入ってるんですもの」

「そ、そうでしょうか。毎日、運転手と呼ばれてぞんざいに扱われてますけど」

「あんなに依歌ちゃんが心を開くパイロット、初めて見ましてよ? 人柄ですわ、ラルス大尉」

「……正直、あまり嬉しくないんですけど。でも、上司とは友好な関係を築きたいし、お役に立ちたいとも思ってます。それに……依歌中佐はいい人ですよ。うちのヴィリアもなついてますし」


 その言葉を待ってましたとばかりに、レンタルの車のカーナビ画面からヴィリアが浮かび上がる。立体映像で空気中に投影された電子の妖精は、ラルスとリナンナの会話に混じりながら身を乗り出してくる。


『マスターの言う通りです、リナンナ艦長。依歌中佐はいい人です……ただ、ずっと【カーテンライザー】のコクピットに居座ってるんですよ? 朝早く格納庫ハンガーに来て、最後に帰るまでずっと! 中佐は、お手洗いで降りる時以外、ずっとコクピットに引きこもってるんです』


 寧ろ、貴重な情報が得られたとラルスは苦笑する。

 やはり生身の生きた人間、排泄は生理現象だ。そしてどうやら、依歌はもよおした時はちゃんとお手洗いに行っているらしい。先日は悪戯っ気たっぷりの嘘にだまされたが、よく考えてみれば年頃の娘、乙女である。

 年端もいかぬ十代の少女なんだと、思う。多分。

 だが、時々ラルスは自信がなかった。


「ヴィリアが言う通り、僕も依歌中佐のことは気にしてませんよ。それより……情報収集を始めて、やはり確信しました。リナンナ艦長、この件は余りに不自然です」

「あら、7騎のエインヘリアルの残骸を確認したのでしょう? なにかおかしくて?」

「ええ。我らパイロットは常に、ディーヴァたる特殊水晶、結晶の保護を最優先します。最悪大破して擱座しようとも、ディーヴァは守る。死のうとも、ディーヴァだけは後の者たちに残す、託す……まして、星騎士の称号を持つパイロットなら、7人全員がそうする筈です」

「しかし、現実にはディーヴァのコアたる結晶は失われていた……そうですわね?」


 リナンナの声にラルスは大きく頷く。

 そして両者を乗せた車は、歩哨ほしょうが立つ正面ゲートでチェックを受けた後、第七工廠が存在する基地の外へ出た。ここは比較的都会な、開かれた人類生存圏の郊外だが……それでも、競うようにしげって空を奪い合う木々や、その合間に飛び交う鳥と虫とが賑やかな生態系を構築している。

 ちらほらと飲食店や雑貨屋が並ぶ中を、ハッチバックはゆっくりと走った。

 そして、普段から運転手と呼ばれるラルスの運転手、リナンナは急に車を止める。

 何事かとラルスが思った時には、助手席の窓が運転席側からの操作で開いた。そして、かごに沢山の花を咲かせた少女が駆け寄ってくる。薄紫ヴァイオレットの肌にとがった耳……惑星ペンタドゥエの先住民族だ。


「軍人さん、花を買って……わたしは花売り、お花を売るよ。買って、軍人さん」

「あ、えと……そ、そうだね、じゃあ」

「大尉、このお金を渡してくださいな。その籠ごと、花を全部買って欲しいですの」


 隣のリナンナが差し出すのは、人類同盟の勢力圏内で流通する共用通貨だ。どの植民星でも、かなりの贅沢ランチを堪能できる金額を彼女は差し出す。それをラルスは、不思議に思いつつ少女に渡して、そして籠ごと全ての花を受け取った。

 少女のあどけない顔が、満面の笑みでいろどられた。

 そしてラルスは、にこやかな笑みを返すリナンナの意図いとみ取る。


「軍人さん、ありがとう! わたし、この先の宿屋で部屋を用意してるの。友達も呼べるよ、朝まで大丈夫だよ。お花、買ってくれてありがとう。わたし、わたし」

「この綺麗な花だけで十分だよ。こちらこそ、ありがとう。こっちの大佐さんにもお礼を言って欲しいな。僕の上官で、とてもいい人なんだ。そうですよね、リナンナ艦長?」

「ちょっと、よして頂戴な……ふふ、いいのよお嬢ちゃん。さ、行くわよ。じゃあ、またね……大変だろうけど、頑張って。きっといつか、いいことがありますわ」


 笑顔で応えて、リナンナは車を出した。

 その後ろでいつまでも、少女は手を振り続ける。

 そしてラルスは、全てを理解した上でなにも言わなかった。

 惑星ペンタドゥエの先住民族は、人類同盟が定めた二級人類にきゅうじんるいである。地球発祥の者たち、ラルスやリナンナが特級人類とっきゅうじんるい、つまり人類の中の人類だ。その下に、文明や文化が同等ながら地球外知的生命体な民族が一級人類いっきゅうじんるい、そして次が科学文明が未発達ながら反発も反抗もしない二級人類だ。

 ペンタドゥエ人は無害な民として、無価値ながら基地のあるこの星で働いている。

 昔ながらの農耕を営み、家畜を飼育して、人類同盟の定めた値段で買い叩かれている。そして、突然勝手に押し付けられた隷属国境線スレイブラインの内側に閉じ込められている。


「まだ小さい子供でしたね」

「ええ。わたくしの歳なら、あれくらいの娘が子供にいてもおかしくないと思いますの」

「花を、売ってましたね。あんな小さい子供が」

「軍事基地が、第七工廠があるから、引く手数多あまたですのよ? 農業と畜産で物々交換の暮らしをしていた民が、人類同盟の真征コンクエストで一変したのね……価格市場の末端となった時、ペンタドゥエ人が外貨を稼ぐすべは限られてますの。でも、彼ら彼女らは長寿で容姿が美しく、繁殖も許可されててよ。……なんだか、少しかなしいですわ」


 車を運転しながら、前だけをじっと見てリナンナがこぼした。

 花売りというのは口実、実態は……あの歳でもう、客を求める売春婦コールガールだ。あんな少女でも、外貨を稼ぐべく誰にでもからだを開くのである。そして、この星に訪れる人類同盟の軍人や観光客は、そうした売春で夜をひさぐ少女たちが目的なのだ。

 悲しいまでの現実は事実で、そして真実だった。

 人類同盟の艦隊がこなければ、この星は楽園ユートピアだった。

 資本主義と貨幣経済、そして科学文明を持ち込んだ人類同盟が全てを変えてしまった。

 気高き反抗の末に徹底抗戦で人類同盟に逆らい、屈して滅んだ、戦争で根絶ねだやしにされた民族は後を絶たない。エインヘリアルによる攻撃で、故郷の惑星ごと消滅させられた者たちもいるのだ。

 ラルスには、どちらが幸福で価値ある結果なのか、はっきり断言することができない。


「わたくしが男性なら、あの子を一晩買ってあげることもできますの。ラルス大尉にそれをお願いすることもできますわ。でも、駄目……」

「え、ええ。自分もあれくらいの子供は。あ、いや、待てよ……依歌中佐とそう歳も変わらないような? いやいや、いやいやいや! 依歌中佐はそもそも、そうした興味の対象外で」

「そうですわね、それに……ラルス大尉には今晩、わたくしがいますものね」

「……は? リナンナ艦長? そ、それは……?」

「衛星軌道上の【クレインダッツ】には、明朝みょうちょう戻ればいいことになってますの。今夜は、この緑の星で二人きりですわ。それとも……わたくしと一緒では、お嫌かしら。そうよいね、ラルス大尉はお若いんですもの、こんなおばさんとじゃ」

「い、いや! 違います! そういうことは、決して!」

「ふふ、そう? お姉さん、嬉しいわ。なにも硬く考える必要はなくてよ……これはパイロットと艦長のスキンシップ、レクリエーションなんですもの。ツインの部屋をホテルに予約してますわ。美味しいものを食べて、今夜はしっぽり……よくて?」

「はあ……とても、よくて、です」


 やはりリナンナは押しが強くて、おっとり美人の割には肉食だ。年上の女性特有の落ち着いた色気と、その中に時折散りばめられる無邪気さやあどけなさは魅力ではあるのだが、好みであるのだが。いわゆる上官との不適切な関係というのに、いささか抵抗を感じる。

 そんなラルスの胸中を読んだかのように、ハンドルを握るリナンナは笑った。


「ふふ、半分冗談ですわ。半分だけ」

「四捨五入という可能性は」

「あら? 期待して貰えたらとても嬉しくてよ。わたくしだって女ですもの。ふふ、でも駄目……ラルス大尉は依歌ちゃんのお気に入りですもの」

「そ、そうですか? こき使われてますけど。最近は、特務分室室長代理という肩書にも慣れました。近々名刺をこの肩書で新しく作り直そうかと思うくらいには」

「仲良くしてあげてくださいな、ラルス大尉。あの、こんなに殿方に心を開くなんてまれですもの。依歌ちゃんとは十年来の付き合いですけど、本当に珍しくてよ?」

「じゅ、十年っ!? え、あ、じゃあ、依歌中佐は」

「わたくしがあの艦の、【クレインダッツ】の副艦長として最初に着任した十年前、すでに依歌ちゃんは特務分室の室長でしてよ? その頃からのお友達ですの」

「はあ……ということは、依歌中佐の歳は」

「あら、いけない人……駄目ですわよ? レディの歳を詮索するなんて、めぇーっ! ですわ。ふふ、本当にいけない人」


 話題の依歌はあのコクピットから、一歩たりとも外に出ない。そして、仕事をしない。ラルスが特務分室、【クレインダッツ】の格納庫に行けば、誰よりも朝早くに依歌は出勤していた。そして勤務時間が終わっても、依歌はコクピットから出てこない。毎日下着が違うので、自室には帰っているようだが……自堕落じだらくにコクピットの謎のサークルで、ゴロゴロとネットの掲示板にびたったり、ジャンクフードを食べつつ漫画を読んだりと、仕事以外に忙しい。

 そんな彼女に代わって情報を集めるラルスの中で、謎は膨らむばかりだ。

 黄道艦隊連続殺人事件は、ラルスの予想を遥かに超える謎に満ちて、知れば知る程に謎を深めてゆく。この謎が光の差さぬ深海に沈んで消える時、事件は迷宮入りしてしまう。それでも依歌は、全く働こうとせず毎日ゴロゴロしているだけだった。

 ゆるりと走る車の中で、助手席に浅く腰掛けずり落ちるようにして、ラルスはつぶやいた。


「そもそもおかしいんです。パイロットが死ぬ、騎体が大破する……ここまではわかります。でも、ディーヴァの核たる結晶が全て、7騎全部破壊されるなんて。……ん?」


 そう、おかしい……おかし過ぎる。それはラルスがエインヘリアルのパイロットだからこそ気付いた謎だが、それに言及しようとした時、けたたましい電子音が鳴り響く。何事かとリナンナが車を路肩に止めたのは、カーナビの端末上にヴィリアが浮かんだのと同時だった。

 小さな電脳妖精シンガーダインは、血相を変えた顔で立体映像として浮き出てくる。


『マスター! リナンナ艦長も! 依歌中佐より緊急入電です。暗号化解読終了、大至急見てください。周囲に漏れ出る可能性はありません、こちらの映像の確認を!』


 額を寄せ合うようにして、カーナビを凝視するラルスとリナンナ。二人に優しいヴィリアは、すぐにフロントガラスをスクリーンにして、大画面で事の次第を告げてきた。

 荒い画像が映し出され、ノイズが交じる中で景色を広げる。

 それはどうやら、どこかで行われている人類同盟の式典らしい。

 そして、ラルスは途切れ途切れの音声を聞きながら絶句する。

 式典の壇上に、一人の軍服姿が立った。青い空の下、胸にぶら下げた無数の勲章が光を反射している。恐らくかなり遠い星系の式典だ、画像より音声が少し遅れている。録画にしてもかなり最近、それも分単位、秒単位の過去だとラルスは断定した。

 そして、映像が突如乱れを増して歪み、その中に……轟音を響かせエインヘリアルが降り立つ。


「これは! 見てください、リナンナ艦長。この騎体……【ドラクル】です! あの虹輝分遣隊に配備されてた、【ドラクル】ですよ」

「では、こちらの演説に立った将校は? ヴィリアちゃん、映像の一時停止と拡大をお願いできますか? 遠目に見ても、知ってる顔……最近捜査資料で見た気がしますの」


 映像が止まって、ヴィリアの操作で拡大される。よくは見えないが、随分と特徴的な髭の紳士だ。中将の階級章が見えたところで、リナンナは驚きに呟く。


「ゾディアック・サーティンのスコーピオン艦隊所属、ドルク・ドレイク中将……」

「そ、それってもしかして!」

「ええ。例の惑星ガーランドで、参謀として招聘しょうへいされた艦隊運用の第一人者……そして、この事件の6人目の被害者。御覧になって、大尉。これだけのことが起こっても、映像が途切れていませんわ。軍の報道規制が働いていない、これは大規模な電子干渉ハッキングの可能性もありますの」

「た、確かに」


 再び動き出した映像は、巨大なエインヘリアルが壇上だんじょうのドルク中将を踏みつけ、すり潰すまでが克明に記録されている。あまりに呆気あっけない顛末に、ラルスは言葉を失ってしまった。

 エインヘリアルが究極の絶対兵器であることを差し引いても、なんと呆気ない。

 シンガーダインの歌が響く中では、エインヘリアルから逃れる術はない。一級人類や二級人類、そして奴隷種とかも関係ない。等しく死をまぬがれず、いかなる武力を用いても防ぐことは困難だ。エインヘリアルを倒せるのはエインヘリアルだけ。そして、エインヘリアルを持ち得ぬ宇宙の生命たちが、次々と人類同盟に駆逐されているのだ。


「この歌……ヴィリア!」

『はい、マスター! 間違いありません……ライブラリナンバー29981、征暦651年の人気ロックバンド"シャーテンフロイデ"の楽曲、"深海しんかいMEMORIAメモリア"です!』

「これで6人目。今度は電子戦で報道規制を突破、まずいぞ……この映像は人類同盟の多くの植民星や艦隊に流れてしまった。クッ、こんなことならやはり僕が!」


 ラルスは実は、先だってこの惑星ペンタドゥエに来る前に、依歌に進言していたのだ。殺害が予想される高官はあと2人、今すぐその2人を保護しようと。離れた星系にいる2人を一箇所に集めるか、そのどちらかに駆けつけようと言ったのだ。

 そして、その訴えは却下された。

 虹輝分遣隊の、撃墜され破壊された7騎のエインヘリアルの確認が優先された。

 その決断を下した人間から通信が入り、ヴィリアがすぐに繋ぐ。既に聞き慣れ始めている声は、平常心を装う中に興奮をにじませながら語りかけてくる。


『私だ。運転手、聞こえているか? リナンナも。6人目の被害者だ。そして、これで残りの1人が絞れた。今から最後の1人が待つキャンサー艦隊に飛ぶぞ。急いで衛星軌道嬢の【クレインダッツ】に戻れ。はは、意外と早かったな』

「依歌中佐……貴女は、この結果を……」

『勘違いするな、運転手。今朝の時点で犯人の殺害目標は2人、それぞれ離れた星系の宙域だ。片や征服済みの惑星で式典のスピーチ、片や最前線だ。生き残った方、最後の7人目……ギャランド・イステリア大将は今、コーツマル星系で亜人どもの頭上に隕石を落としている。まあ、我々が現着する頃には、クレーターだらけの死の星が完成といったとこだな』

「……中佐、依歌中佐。貴女は……貴女って人は」

『いいから早く帰ってこい、運転手。そしてリナンナもだ。……リナンナ、貴様まさか……手、出してないだろうな? 帰艦予定が明朝あさがえりになってたぞ、まさか……今夜は私の運転手としっぽり、なんて考えてないだろうな! ええ? どうなんだ、私は真剣だぞ!』


 黄道艦隊連続殺人事件は、また1人の犠牲者を出した。そして、今まで調べた法則にのっとるなら、最後の1人へと狙いは絞られた。口ぶりから依歌が、犠牲者候補が2人だった今朝の時点で、駆けつけての警護が空振りに終わることを懸念していたのがわかる。片方に駆けつけて空振れば、慌ててもう片方にとって返した時には……この広い宇宙での連続殺人事件は7人全ての参謀を殺して完成コンプリートする。そのことを知るからこそ、今日は依歌はラルスに命じたのだ……惑星ペンタドゥエの第七工廠での、虹輝分遣隊の残骸の確認を。

 大破した7騎の【ドラクル】を、その目で見て確かめることを。

 だが、それでまた一人の犠牲が出たかと思うと、ラルスの胸中に暗く黒い霧が立ち込めてゆく。信用し信頼し始めてる反面、依歌への気持ちが揺らぐ……その不可解だが的確な指示に不安になるのだ。

 それでもラルスは、ハンドルを握るリナンナに宇宙港に向かってくれるよう、言葉を選ぶのだった。

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