第5話 決意の夜
再び嘆きの森へと足を踏み出す一行
夜のと張りに包まれた森は昼間とは違う不気味さを漂わせていた
途中、やはり何度も現れるヴィランに方向を見失わされるも、ただ前を見据えているいばら姫は迷うことなくその歩みを進めて行った
「私はなんて無力なのかしら…いくら調律の力を持っていても守れるのは本来の想区の姿だけ…それは人々を救う力ではない…」
自分を責めるレイナに寄り添い いばら姫はその震える肩をそっと抱きしめた
「そんなことありません、あなた方は出会って間もない私たちのために何度も戦ってくださいました。悩む私に寄り添い心を痛めてくださいました。もうそれで充分です。あなた方に出会えたからこそ私は決断することができたのです! だからどうか胸を張ってください」
いばら姫に導かれ、背中を押されながらカオス仙女の元へたどり着くと、カオス仙女は冷たい微笑を浮かべて迎えた
「答えが決まったのですね」
「はい。私は運命を受け入れることにしました」
あっさりと返したいばら姫の答えはカオス仙女の思っていたものとは大きく違っており、そのあっけらかんとしたいばら姫の顔を見てカオス仙女は激しく動揺していた
「ん?」
「呪いをかけてください」
「は?」
何が起こったのかと困惑するカオス仙女
「変化を望まぬというのですか?」
「はい」
やはり即答で返ってくる
「自分の幸せを捨て恐怖のどん底を這いつくばるのか?」
「ふふっ、意外とどん底でもないかもしれないと思ったのです。やってみないことにはわかりませんし、《運命の書》に記されているのは定められた出来事のみで私の感情までは縛られていませんから」
「その時がきてやはり嫌だと思っても取り返しがつかないのですよ!そんな未来に賭ける価値があるというのですか?」
「価値があるかどうかは行動した者だけが知ることのできるもの まだ何もしていない私たちが思案するなどおこがましいのかもしれません」
「しかし、トラウマとなって心に大きな傷跡を残しますよ?ならば私の力を信じ犠牲など必要ない幸せを受ければ良い!あなたにだって幸せになる権利があるはずです」
「それも魅力的ですが、私は既に幸せです」
「?」
「こんなにも主ってくれているあなたがいる。それは私にとってこの上なく幸せなことではないですか?いろいろ考えているうちに気付いてしまったんです。茨の要塞は私を守るために、城全体が眠るのは目覚めた私が寂しい思いをしなくて済むようにというあなたの優しさ…ですよね?ならば私が恐れる必要はありません」
いばら姫の決意は固くその姿を見ているうちにカオス仙女はカタカタと震えだしていた
「救い…ヲ……姫…を…救ウ…」
「なんだ?仙女の様子がおかしい!」
カーリーとロキは明らかに様子のおかしいカオス仙女の動向を遠巻きに窺っていた
「意志と力の均衡が崩れてしまったようですね…」
「これではカオスの力の暴走は免れませんね…」
「惜しいところですが我々は退散すると致しましょうか」
「そうですね 少なくともこの想区での出来事は調律の巫女にとっても避けることのできない問題でしょう…ストーリーテラーの思惑と住人の意志が必ずしも合致するとは限らないという想区に蔓延る理不尽に調律の巫女はどう立ち向かうのか 我々の考えに賛同する日も近いかもしれませんね。 うふふ、その時が楽しみですね」
無邪気な笑みを浮かべたカーリーはロキと共にいばら姫の想区を去っていった
一行は突如として豹変をとげたカオス仙女に動揺の色を隠せずにいた
「どうやらカオステラーとしての狂暴性が剥き出しになってしまったみたいね…」
「姫…姫ヲ……スクウ…スク…ウノダ…」
「こんなになっても私の身を案じてくださるのですね…永い間ずっと一人でこの苦しみの中戦い続けて…ならば私が、その苦しみから解放して見せます!エイダ、皆さまどうか私に今一度力をお貸しください!」
「いばら姫、本当に…本当にそれでいいのね?」
「私の心はとうに決まっています。この選択が七人の仙女の贈り物が生み出した感情なのか私自身の意志なのかは正直わかりませんが…私が確かにそうしようと思っているのは事実。だとすればそれは間違いなく『私』の感情」
「姫、このエイダ必ず姫が信念を遂げられるよう尽力致しましょう」
「おい、エイダ!」
「姫が望むならそれを全力で支援するのが騎士として果たすべき役目!これ以上姫の足を引っ張るような無様はさらせないだろう!」
そう言い放つと臆することなくカオス仙女へと立ち向かっていくエイダ その背を見てそっといばら姫は愛おしそうにつぶやいた
「エイダ、あなたの《運命の書》がたとえ《空白の書》だったとしても私にとってなくてはならない存在…私の善き理解者です。ありがとうございます」
既に腹を決めた二人に続くようにタオも、シェインもその思いを受け入れたが、自分の無力さを思い知らされ未だに迷っている様子のレイナにエクスは優しく告げた
「レイナ、僕たちも覚悟を決めよう」
「そうですお嬢!シェインたちの出せなかった答え…いばら姫さんが導き出してくれた道から逃げるんですか?このまま今までしてきたこと全てから目をそらして旅を放り投げますか?」
「…」
「ぐぁァァア!救イ…ヲ……姫ガ 選ベヌナラ…呪イデハナク…死ヲ…死ノ救済ヲ!」
「レイナ!」
「おい!カオステラーは待っちゃくれねぇぞ!」
「…えぇ、わかってるわ!…行くわよみんな」
レイナは強く握りしめた導きの栞を自らの空白の書に挟み一度いばら姫を見て覚悟を決めた
自らの葛藤を振り払うために カオステラーという悪にたちむかうため 歪み始めた愛という名の試練を乗り越えるため
剣の一振り 槍の一突き 踏み出すその一歩 誰もがその一挙手一投足に思いを込めた
しかし暴走しているとはいえカオス仙女の思いもまた本物 その愛の深さが重たい一撃となって襲い掛かる
「くっ、一筋縄じゃいかないね」
「私が隙を作ります。エイダ、援護を!」
「任せてください!」
エイダがカオス仙女の注意を惹きつけると いばら姫は詠唱をはじめた
しかしその作戦はすぐに見破られカオス仙女はその詠唱を妨害するためエイダを軽々と吹き飛ばす
「邪魔はさせない!」
エイダは楯を堅く握り尚もカオス仙女に立ち向かうがその猛進は止まらない
その姿に突き動かされるようにエクスとタオも走り出すとシェインは彼らの動きを読みその隙を埋めるように魔力を放つ
気付けばレイナも回復で援護しながら立ち回っていた
彼らの必死の猛攻にカオス仙女が足を鈍らせたその瞬間
「これでどうかしら!」
その声を合図にいばら姫とカオス仙女の間に一本道が通り眩い光が走るとその光は標的を捉え激しく爆発した
「グゥ…アァァー」
「効いてる、みんな今よ!」
この隙を逃すまいと最後の力を振り絞りなりふり構わず総攻撃を仕掛けた
「ナゼダ…ナゼ、救イヲ…受ケ入レナいノダ…」
ついにカオス仙女はその場に崩れ落ちた
「もう、一人で苦しまないでいいのです。かけたくもない呪いをかけ人々から忌み嫌われてもあなたはその運命を背負いながらこの国を守っていてくれた あなたがその運命を捨てずにいてくれたから私はこうしてここに居るのです…その愛に触れることができたのです。今度はわたしがあなたを呪いから解放する番…」
いばら姫は両手でしっかりと杖を握りなおすとまるで舞踏会のダンスを思わせるような優雅な立ち居振舞い残されたカオスの力を打ち砕いた
「姫、お見事です」
優しく微笑みかけるエイダの声にはっとするエクス
「やっぱすげーな」
「ふふふ、皆さんのおかげです」
「何だかスッキリした顔ですね」
「えぇ、とっても 後はレイナさん、お願いしますね?」
「…」
「レイナ?」
「…っ、ごめんなさい私ったらぼーっとしちゃって…」
「姉御!いい加減その間抜け面見飽きました!」
「なんですって!」
「いばら姫さんは自分の足で歩くと決めたんです!いえ、もう
歩き始めてるんです!だったらシェインたちは胸を張って送り出す責任があるんじゃないですか?いつまでもそんな顔していたら失礼ではないでしょうか」
いつまでも煮え切らないレイナに渇を入れたシェインの言葉は耳に痛かった
「…そうね、ごめんなさい。」
「それでは改めてお願いしますね、レイナさん」
まるで大輪のバラが咲き乱れたような美しい笑みを湛えるいばら姫を見ては溢れそうになる涙を必死に堪えて調律を始めた
『混沌の渦に呑まれし語り部よ』
『我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし…』
レイナの呼び掛けに呼応するように 辺りは眩い調律の光に包まれた
カオステラーによって受けた傷は癒え、初めから何もなかったかのように元の姿を取り戻した
調律を終えた想区では運命の書が示した通り呪いがかけられいばら姫は城と共に永い眠りにつき、その光景を影から見届けるとエイダはレイナに釘を刺した
「本当にこれでよかったのか…などとは言ってくれるなよ?」
言葉に詰まるレイナを見てエイダは続けた
「誰から見ても💯満点の人生なんてものは存在しない ならばせめて自分自身が納得できる人生を精一杯生きていつか終わりを迎えるときに自身に百年をつけられる人生であったらそれが正解なのではないだろうか?ましてや我々は守でもストーリーテラーでもないのだから彼女の幸せを勝手に決めつけるような権利もない。道を示すのはストーリーテラーの役目だし、選び取るのは道を示された本人の役目」
「そうですね。少なくともこれから先新たな想区を目指すのであれば多かれ少なかれ今回のようなケースに当たることダってあるかもしれません」
「えぇ…」
「レイナの旅は誰のためのものなの?きっかけはレイナの国が襲われた事…だけど、旅の間はずっと出会った想区の人達を助けたいって思っていたんだよね?ストーリーテラーの定めた運命の中でも確かに皆生きていてそれぞれの幸せの形を持っている。そんな希望の光を守るために調律してきたんだよね?だからいつも精一杯頑張ってきたんだよね?今回だって同じなんじゃないかな?」
「…え?」
「嫌なことがあれば繰り返さないように成長して人は強くなる そして、優しくなる。例え同じ運命に繰り返し捕らわれていたとしても心は自由」
「心は…自由」
「あぁ、あんなに心の強いいばら姫の事だ、例え運命は決まっていようが自分の幸せくらい勝ち取ってしまうさ」
「確かに、ヴィランを睨み付けたあの目は只者じゃなかったよな」
「…そうよね、私は幸せを与える旅をしているわけじゃない…想区に蔓延るカオステラーを調律し人々がまた歩き出せるように手助けができたら…それでいいのよね?調律を終えた後まで手取り足取り助けることなんてできないんだから、その方法を一緒に見つけられたらそれが本当の意味での救いになる…のよね?」
どこか自信無さ気のレイナ
エクス・タオ・シェイン・エイダは一度顔を見合うと頷いて大きな笑顔でレイナにこたえてみせた
『そーいうこと!』
その笑い声は眠りについた城にまで届きそうなくらいに響き渡った
旅はまだ終わらない カオステラーが生まれ続ける限り
主役には主役の、脇役には脇役の、悪役には悪役のそれぞれが意思を持ち それぞれの形の答えがあると噛み締めながら
調律の巫女一行は新たな想区へと旅立った
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