第4話 愛の形
ヴィラン騒動が落ち着いた城内では人々が一所に集まり身を寄せあっていた。
兵士とともに行動していたエイダは、もう一度城内を見回ってくると言い広間を出た。
レイナたち四人も次の行動を思案していると、何か嫌な気配を察知したレイナは身震いをして、それを見逃さなかったシェインが声をかけた
「姉御、大丈夫ですか?」
「今…カオステラーの気配が…」
「え、はっきりとした気配はないって言ってたよね?」
「えぇ、さっきまではあまり感じなかったのに急に…はっきりと感じるの」
「どういうことだ?」
突然のことに驚くタオにシェインが自分なりの分析を述べた
「もしかして…ですが、さっきまで本当にカオステラーは存在しなかったのではないでしょうか? シェインたちがここでヴィランと対峙している間に何らかの働きかけがあって覚醒してしまった…とか?」
「なんらかの働き?そうなるとますます八番目の仙女が怪しいってことだよね」
「でも、じゃぁ十六年近く覚醒していなかったってことになるのかしら?」
「憶測にすぎませんが…へたしたらもっと前からって可能性もあるかと…」
「なんでそんなこと?」
「本人に聞いてみないことにはわかりませんが、本来ならいばら姫さんが生まれた時に呪いをかけるはずだったのにそれをしなかった、更にこれだけ長い間拒み続けたってことは一日二日の思い付きではなく、もっとずっと前からそのことに抵抗を感じていたっていう可能性もあるのではないかと思ったので…」
「わっかんねーな、その仙女からすればたった一瞬パパッと呪いをかけちまえばお仕舞いだろ?あんな辛そうに毎日逃げ回るよりずっと楽なんじゃねぇか?」
困惑する一同の話を聞き何やら思い詰めたような表情でいばら姫は徐に口を開いた
「…私の所為かもしれません」
「君の?どうしてそう思うの?」
「もともと仙女たちはとても強い力を持っていて私たち普通の人よりも遥かに永く生きると聞きます。中でもとりわけ強い魔力を持つ八番目の仙女であればもしかしたら眠りから覚めた後の私の事を知ってしまっているのかもしれません…」
「目覚めた後?」
「はい、私が十五になるとある日城中が呪いの所為で百年の眠りに落ちるのです」
「じゃぁ、八番目の仙女はその眠りの呪いをかけるのを嫌がっているってこと?」
「正確には八番目の仙女がかけるのは『死』の呪いで、七番目の仙女がそれを『眠り』へと変えてくれるのです」
「てか、百年も眠り続けるのか?それで俺らを連れてきた兵士が、この国は遅れてる~みたいなこと気にしてたのか」
「はい、百年の眠りは茨の要塞を抜けたどり着いた王子の口づけで目を覚まします。国王の祝福を受け私は王子と結婚し人々は幸せに暮らすのです。それは、この国に住む者たちの知る語り継がれた運命…しかし私にはこの国から出た後のこの国では語られることのない運命があるのです。もしその運命を八番目の仙女が知ったとしたら…自分の呪いのせいでと苦しんでいたとしたら…」
「一体どんな運命が待っているというの?」
いばら姫の瞳は恐怖の色に染まり 今にも泣き出しそうに震えた声を絞り出していた
「…散々悩みぬいて覚悟はできていたはずなのに…ごめんなさい 私自身その運命を…口にするにはまだ恐ろしすぎるようです」
「無理に話すことはないけど、君はどうしたいの?」
「…エクス?」
「その仙女がカオステラーで君を思って行動しているとして、僕らの旅はカオステラーによって書き換えられた想区の運命を元に戻す旅…もし、君がその先の運命を拒絶するのなら…カオステラーのもたらす変化に期待をしているのなら、僕らがこれからしようとしていることは君にとって酷なことになるかもしれない…」
レイナ・タオ・シェインはいばら姫の顔から目をそらした。エクスの言う通りカオステラーによって歪められた運命をあるべき姿へと調律するのが彼らのたびだからである。
しかしエクスはその事実から目を背けてはいけないと感じいばら姫に尋ねたのであった。
「もし、私が違う運命を選んだらここはどうなってしまうの…このままヴィランが城を闊歩する中、身を守る術のないものは怯え、力のあるものも終わりのない戦いに明け暮れるのでしょうか?自分一人の身勝手の所為で多くの人を恐怖に陥れる覚悟なんて私には出来ません…しかしこうして思い悩むことさえもはや自分の意志なのかどうかももう…わからなくて…」
いばら姫の身震いは次第に大きくなり やりようのない困惑を押さえきれずにいると突然冷たい風が通り抜けるといばら姫の横に美しい女性が姿を現した
「ならばその運命を黙って受け入れるのですか?」
「…あなたは?」
「ご存知のはずですよ?私は八番目の仙女、あなたの運命を知る唯一の理解者」
「八番目の仙女! …やはり知っていたのですね、だから居間まで呪いをかけずにいたのですか?」
レイナたち四人は初めに見た姿とは明らかに違うその仙女の姿に驚くと同時にカオステラーとして改めて認識し直し警戒するが、なぜか体が凍りついたように動かすことができなかった
「どうなってんだこりゃ…」
「体が…うご…か…ない」
どんなに力を込めて身をよじってもその場には縛り付けられたように動けない一行の様子を一瞥すると八番目の仙女はゆっくりといばら姫に問いかけた
「他人の幸せの為にあなた一人が辛い思いを強いられるこの理不尽な筋書きを変えるべく私は運命に抗い続けてきましたが力のない私では逃げ回ることしかできませんでした…でも今は違う! いばら姫の悲運を知りもしないのんきな人々だけが安穏と過ごす詐りの幸せではなく誰の犠牲も必要ない、等しく喜びを分かつ真の幸福に満ちた世界へと創りかえる力を得たのです…だからいばら姫、あなたが望むなら私はこの力で叶えてさしあげます」
「私の望み…望むことなんて許されない…だって《運命の書》には…」
「あなたはそのままの運命に身を委ねることができるのですか? 大丈夫、私がずっとかけられずにいた誕生日の呪いを、今あなたが望むまじないに替えて贈って差し上げられるのですよ?」
「いばら姫さん!惑わされないでください!」
動かない体に必死の抵抗をしつつシェインは叫んだ
「たしかにその呪いの先に辛いことが待っているのかもしれませんが…更にその先はどうなんですか? 終わりのない不幸なんてないはずです…ここで逃げたらこれまで運命と向き合って悩んでいた日々さえ無駄になってしまいます!八番目の仙女さんに言われたから決めるのではなく今まで悩み続けて出した自分の意志があったはずですよね?」
「あなたも酷なことを言いますね? いばら姫の運命も知らないくせに… 生まれた時に望みもしない美しさや優しさを贈りつけられ可哀想ないばら姫は、その感情が本当の自分のモノではないのではないかと幾度となく苦悩を繰り返した…他人が押し付けた『理想の姫』をどこかで演じ続けていたのではないですか? しかもその祝福という名の呪いの所為でこの先更なる苦しみが続くのですから…」
「『私』だから愛されたのか…『いばら姫』だから愛されたのか…ずっと不安でした」
いばら姫の瞳から生気が薄れていく
「姉御!このままではカオステラーの言いなりに…」
「まずいわね…なんとか手を打たないと…」
「だけど妙じゃない?何でこのカオステラーはこんなにはっきりと意志を持って行動できるのかな?」
「…確かに、今までのヤツらだったら一つの事に執着して狂ったように襲い掛かってくるか、問答無用で襲い掛かってくるか…だもんな」
「これこそがカオステラーの真の形、今までのカオステラーはその強大な力に呑まれ自我を保てずに暴走していたが、彼女はどうだい?強い力に見合うだけの強い意志 それが見事に共鳴し融合した!これが本当のカオステラーとしての…彼女自身の覚醒だよ」
身動きできない調律の巫女の横へ現れたのロキは嘲笑うように見下しながら答えた
「ロキ!あなたがいるってことは《混沌の巫女》も…カーリーもいるのね?」
レイナは睨み付けるようにしてその目でじっとロキを捉えて声を荒げた
「フフフ…そんなことよりいいのですか調律の巫女? いばら姫はとても迷っているようですが、あなたは本当にこの想区を《調律》するおつもりですか?」
「…え?」
「お嬢!こんなやつの言うことに耳を貸すなよ!」
「これは現実なのですよ? 今まではカオステラーの独りよがりな欲の暴走でしたが彼女は純粋に全ての人の幸せを願っているのです。 ストーリーテラーの傲慢なシナリオに苦しめられるだけの運命ではなく平等の救いを与えようとしているのです その幸福への道筋を絶つというのですか? ストーリーテラーが定めた運命であれば無抵抗な犠牲を強要し続ける想区であったとしても調律してしてしまうのですか?」
「!」
「レイナ!聞いちゃダメだ!」
「ストーリーテラーに愛された想区はその恩恵を受け、気まぐれに生み出された想区はただ振り回される…貧乏籤を引かされた者だけが苦しみその犠牲の上で幸せを約束されたものだけが笑いあう…あなたはその理不尽を、この想区に調律という名の強要を強いるのですか?」
「…あっ…私……で…きな……っ」
「おい…お嬢?しっかりしろよ!」
「…でき…ない…」
「何言ってんだよ!じゃぁこの想区はどうなるんだ?俺らが見捨てたらここのやつらはカオステラーの言いなりに…ヴィランにされちまう! お嬢の旅の目的は? これでいいのかよ!」
「だって…私…不幸を強いるための調律なんて…」
熱くなる調律の巫女一行とロキのやり取りを冷静に見届けていたカオス仙女はふぅとため息をつき、震えたまま声を発しようとしないいばら姫の頭を撫でた
「…どうやら少し時間が要るみたいですね?いばら姫あなたの答えが出たら私のもとへいらっしゃい もう逃げも隠れもしない あなたが来るまで待っています」
そう告げるとカオス仙女は自分の小屋のあったところへと帰って行った
カオス仙女が姿を消すと凍りついて動けなかった体は何事もなかったように自由を取り戻した
その様子を見るとロキは不敵な笑みを浮かべ、《メガ・ヴィラン》という置き土産を残しカオス仙女の後を追って消えていく タオはまだ違和感の残る体を起こしてメガ・ヴィランに狙いを定めた
「やりたい放題やりやがって…」
体は自由を取り戻したものの放心状態のレイナに向かってメガ・ヴィランは容赦なく襲いかかるが、間一髪のところで飛び込んできたタオの楯で直撃を防いだ
「おいお嬢!しっかりしろ! …まいったな…どうするよ?」
「姉御は…今は無理そうですね、新入りさんはやれますか?」
「大丈夫!やれるよ」
ほどなくして城内の見回りを終えたエイダが広間に戻るとその尋常ではない光景に急ぎ駆け寄りエクス・タオ・シェインに加勢し、泣き出しそうないばら姫と塞ぎ込むレイナを庇いながらなんとか危機を脱すると改めて何事かと問いただした
「これは一体…私がいない間に何があったんだ?」
レイナは俯いたまま声を絞り出した
「八番目の仙女が……カオステラーが…来たの」
「何かされたのか!…まさか呪いを?」
「ごめんなさいエイダ…全て私の所為…」
「…姫?」
「全て…私の弱さが招いたことなのです。引き延ばされる《運命》に もしかしたらと勝手な期待を抱いて、向き合うべき自身の《運命》から目を背けて…多くの人を傷つけてしまった…」
いばら姫は誰に語るでもなく独り言をつぶやくように曇った瞳で遠くを見つめながら語り続けた
「ずっと分からなかったのです…『世界一の美しさ』『天使の心』『優雅な振舞い』『踊り』や『楽器の演奏』そして『歌声』さえも、すべて仙女たちの祝福によってもたらされたもの…私自身が持って生まれたものではなく望みもしないのに与えられた…みんな私に良く接してくださいますが人々が見ているのは『本当の私』ではなく『造り上げられた理想の私』なのではないかと…… この先に待ち受ける運命も…お父様たちすら知らない私の運命があるのです。 眠りを覚ますのは見ず知らずの王子の口づけ…城中が目覚め 呪いが解けたと歓喜に湧き私と王子の結婚が決まり祝福を受けてこのお城を出るのですが、目覚めたとき既に私のお腹には新しい命が宿っているのです 見ず知らずの王子の子… 新しく生活を始めるお城では王子の心を奪った私にひどく嫉妬した王子の母が人喰いの化け物となって生まれた子供を喰おうと襲い掛かってくるのです……その最悪の事態が起こるとわかっているのに…行かなければならない……」
「人喰いって…そんなバケモンのとこに嫁に行くのか…」
「問題はその化け物だけでもないですね…眠っている間にだなんて…許せません…」
いばら姫の運命を知り憤る五人 徐にレイナは口を開いた
「ねぇ、今回だけ、カオステラーの作る世界を…」
「レイナっ!」
言葉の終わりを待たずにエクスは遮った
「だってひどすぎるじゃない!いくらストーリーテラーの定めた運命とはいえ、こんなのあんまりだわ!」
「いばら姫、それは何という名の国だ?今から行ってその国を滅ぼしてくれる!」
「エイダ…でもそれは百年も先の事、眠ってしまえば一瞬のようでも日々を生きるあなたには果てしなく先の事…それに、王子が私に惹かれるのも仕方のないことですから…」
「誰にでも愛される美しさ…まさに『呪い』ですね」
「運命を知らなければ素敵なことなんだろうけど…ね」
「いいや、やはりその国を滅ぼすぞ!百年先にも再建できないほど徹底的に…」
「それこそ望まぬ不幸…自分の幸せのために誰かを犠牲にするなんて本末転倒」
「堂々巡りね…」
一行と会話をするうちにいばら姫の瞳は少しずつ力を取り戻し始めた
答えが出ないのではなく、もう心の内側に芽生えている答えから目を背けていることにいばら姫本人が気付いていた
「私……本当はわかっているのです…もうやめましょう…」
「運命を……変えるの?」
「いいえ、逃げて立ち止まるのをやめてきちんと自身の運命を進もうと思います」
「まさか、寝込みを襲うような卑劣な王子とその子供を受け入れるのか?仙女の呪いを受ければ考える余地もなく、眠りについたら最後目覚めた時にはもう次の幕は上がっているのだぞ?新しい命からも狙う化け物からも逃げられない…」
「それでも、これは私に与えられた役割できっと私でなくてはならなかった何か…意味があるのかもしれません。それに私が逃げて他の誰かが傷つくのはやっぱり嫌なんです…私が乗り越えるしかありません。それに…心を惹かれるのは私の方かもしれませんし? うふふっ、わからないことを負の要素だけで考えていてもなにも変わりません、それに今の私が嫌がっているだけで目覚めたらむしろそれを望んでいるかもしれません」
話続けているうちに突然コロッと笑みを浮かべて 仕舞いには楽しみとでも言い出しそうないばら姫に、冗談なのか気がふれたのかと不穏な表情を見せるレイナ
「冗談のつもりかよ!そんなところで意地張ってどうすんだ!」
「私だっていざというときは意地くらい張るんです。こんなにも沢山の愛を受けているのですからそれに応えられるくらいの器を持つ責任があります!この運命を与えられた意味を、私が選ばれた訳を…確かめてみようと思うのです」
どうやらいばら姫の決意は固まったようだった
「姫…よろしいのですか?」
「ありがとうエイダ…さぁ、仙女の元へ参りましょう!」
もはやこれ以上何かを言える者はいなかった
誰もがただ、いばら姫の言葉を頼りに動くことしかしでなかった
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