第3話 いばら姫

城へ着くとまず謁見の間に通されそこで待ち構えていた大臣に素性を聞かれた一行は森で会った女性のことには触れず兵士たちに話した事と同じように答えた


一行と直接話す前に兵士からの報告を受けていた大臣はしつこく疑うこともなく四人を快くパーティ会場へと案内した


「やったりお城って豪華だよね。 シンデレラを追いかけてお城に行った時も思ったけど、お皿の一つとっても普通の家のそれとはわけが違うよね」

「これだけあれば一枚くらいなくなっても気付かれないんじゃないですか?(ニヤリ」

「ちょっとシェイン何てこと言うのよ」

「あいたっ、冗談です!マニウケナイデください。 それにしてもさすがに十六年続けているだけあって皆さん相当お疲れのようですね…綺麗に着飾っていますがこれではちょっと…」

「そうよね、こんなパーティごっこ早く終わらせるためにもきっちりと調律しなくちゃね」

「でもなんだって十六年も逃げ回ってんのかね?パッと来てチャッと呪っちまえばいいんだろ?」

「どうしても来たくない理由ってなんだろう?」

「…実はここには仙女さんを捕獲するための罠が大量にしかけてあるとか? または黒幕が他にいて城へ行ったらひどい目に合わすと脅されているとか?」

「う~ん…全くないとは言い切れないけど実際に聞かないとわからないわね…」

「しっかし 兵士たちが十六年がかりで捕まえられない相手とどう接触するかだな…仙女の家とやらを探そうにもあの森に入ってまたここに戻って来れるかどうか…」

「それは難しいだろうな」

「!」


突然の声に驚き振り替えると そこには見覚えのある白い鎧の女騎士が立っていた


「エイダ! いつからそこに?」

「お前たちが来る少し前に着いたばかりさ ここで話を器機まわっていたらお前たちが入ってくるのが見えて近づけばずいぶん深刻な顔をしていたので、すまないが話を聞かせてもらったぞ」


エイダも彼らと同様空白の書の持ち主で、これまでもこうしてひょっこりと現れては力を貸してくれる心強い仲間の一人だ


「もともとこの《いばら姫》の想区とは所縁が深いのだが私の知るものとはまた異なっているようでな、どうやら回りを囲む森は『迷いの森』とも『嘆きの森』とも呼ばれ 『指針』を持たぬ者が迷い込めば進んでいるのか戻っているのかすら見失うほどの樹海なんだそうだ」

「樹海ねぇ…その指針っ言うのは?」

「特定の場所を示し続ける針のようなものらしい、先程私をここへ連れてきた兵士隊長が持っていたので聞かせてもらった」

「じゃぁその指針があれば仙女の家にも行けるんだね」

「それが…ここに存在するのは城を指し示すものだけで仙女の家には導いてくれないそうだ」

「じゃぁここにやってきた仙女たちはどうやって帰るのよ?」

「簡単に言えば『仙女パワー』ってところですね」


今度は少し離れたところから一行に向かってゆっくりと歩み寄りながら女婿が答えた

その女性は優雅な振る舞いでエイダの隣まで来て立ち止まった


「いばら姫!」


隣に立つ女性の顔を見てエイダは名を呼んだ


「もぅ、ちょっと待ってくれと言われお待ちしていましたが何やら話し込んでいるようでしたので来てしまいました。 お知り合いですか?」


好奇心旺盛な年頃のいばら姫は人懐こい仁美で一人ずつ顔を見つめ笑いかけた


「私はいばら姫、この国の王女です」


ドレスの裾を軽く上げ挨拶するいばら姫にエイダが四人を紹介した


「こちらは調律の巫女レイナ、隣から順にエクス、タオにシェイン」


簡単な挨拶を済ませるとレイナは話を戻した


「えっと…仙女パワー…だったかしら? それってどういうものなの?」

「う~ん、帰省本能とでも言いましょうか、この国には八人の仙女が居てそれぞれが自分の家だけは目を閉じていても帰り着くことができる力を持っているのです」

「そりゃすげーな」

「でもそうなると八番目の仙女さんの家は本人しか分からないということですよね?」

「そういうことだな」

「私なら案内できるかもしれません」

「それってどういうことかしら?」

「この城に代々伝わる地図があって私ならそれを読み解くことができますので、それを持っていけば八番目の仙女の家までたどり着けるはずですわ」

「姫が直々に出向くなど危険すぎます! 先ほども申し上げたように城野外ではヴィランという魔物が徘徊していていつ襲いかかってくるか…」

「その時はエイダ、あなたが私を守ってくれるのでしょう?」


かんたんに言ってのけるいばらひめに押され気味のエイダはどうにか思いとどまって欲しいと説得を試みるもすでに乗り気ないばら姫を見て口ごもってしまったその時


「きゃ~!誰か助けて!」


一瞬にしてパーティ会場はパニックに陥った


にげまどう人々、入り乱れる兵士の間を縫うように目線を配るとその混乱の中に幾つもの黒い影が蠢いているのが見えた


「ヴィランだと!」

「これがヴィラン…いつの間に城の中に?」


どこからともなく湧いて出たヴィラン達に兵士も連携がとれず混乱の波は瞬く間に広がっていった


「どうやら安全な場所なんてないようですね」


さっきまでの人懐こい瞳は確実にその脅威を捉えていた


「姫はどこかに隠れていてください」


そういうとエイダは楯を構えヴィランめがけて突っ込んで行った


「私たちも行くわよ!」


四人もすぐにヒーローにコネクトして騒ぎの収拾に努めるも城内は依然として多くの悲鳴が響き渡る


「動けるものは隊を組み魔物に当たれ!手負いのものも可能な限り来賓客の誘導をするのだ!散り散りになっては守りきれぬ!」


迅速に現場を見極めながら指示を飛ばす兵士隊長の声に少しずつまとまりを見せ始めた兵士たちはそれぞれが役割をもって動きはじめた


「これで少しはやりやすくなるな!」


兵士隊長の采配に感心するタオ まずは広間の安全を確保するため散らばりかけていた四人もまた陣形を整えた


「一転突破だ!行くぞ」


タオは槍を構えヴィランの群れに突っ込むと


「援護します」


タオの作った穴にシェインが、魔力の球を打ち込む

二人の連携に怯むヴィランの隙に今度はエクスが剣で切り込んだ


しかしヴィランも黙ってやられるばかりではない

散り散りになりかけたヴィランもまた群れを成して彼らに其の爪を向け切り付けてきた


「うっ!」

「エクス!今回復率するわ!」


レイナは回復魔法を唱え前線をサポートした


エイダも近くの兵士と共闘しながら広間の外に出たヴィランを追って行くと いばら姫は広間に残っている人々を一所に集め混乱を鎮めるよう尽力した


「坊主!そっちは任せたぞ」

「うん、タオも無茶はしないで!」


次々と湧いて出るヴィランを、鮮やかに討伐していく一行に見とれる人々の目からは次第に恐怖の色が薄れ希望が宿りだしたその時


「うわぁっ!」


一行の手をすり抜けたヴィランが人々の集まる方へと襲い掛かろうとしていた


「危ない!」


レイナの叫びと同時にヴィランめがけて光の球が走った


「えい!」


光の球の出所はいばら姫であった


「こちらは任せてください!」


冷や汗を拭い力強く頷くレイナ

五人のヒーローと兵士たちの活躍により落ち着きを取り戻し始めた広間では脅威にさらされた人々も自然に手を貸し 傷を負った者たちへの手当てが施され始めた


「いばら姫 大丈夫?」


前線から戻ったエクスとタオはいばら姫を気遣い 声をかけた


「なかなかやるじゃんか」


二人の呼びかけにいばら姫は誇らしげな笑みを浮かべるも、『まだ終わっていない』と、か細い両腕で持つその杖を強く握りなおした


「後は広間の外に逃げた者たちを助けないといけませんね」


広間の守りを兵士に任せると五人は城中に散らばったヴィランを退治しながら逃げ惑う人々を広間へと誘導することにした


調律の巫女一行が場内に蔓延るヴィランの退治に追われている頃


嘆きの森のあるところで轟々と流れ落ちる雄大な滝は飛沫をあげ、近くにひっそりと建つ小屋までも覆い隠すように霧となって広がっていた


古谷の中は実験に使うような大掛かりな道具が所狭しと並び、本棚から溢れた書物が床の至る所に山積みされていた


照明らしい灯りはつけずに他だ一つ暖炉の火がぼうっと部屋の中を照らしている


その光を避けるように八番目の仙女は物陰に蹲っていた


「私はいつまでこんなことを続けるのかしら…幾度となく繰り返されるソレを私が一番よく知っているのに…… いっそのこと私がこの雁字絡めの運命を棄てて…いいえ、同じこと 先代の仙女が急にいなくなったのもきっと私と同じように苦しんだからに違いない…私がこの役目を棄てようとまた新しい《八番目の仙女》が現れ繰り返す…」


仙女は《運命の書》を手に取り忌々し気に睨み付ける

その瞳に涙を溜め、掴んだモノを暖炉に投げつけると今度はそのまま立ち尽くした


「馬鹿にしているのかしら? なぜ無くならないの…破り捨てることも焼き払うことも思いつく限りの封印も呪いも……こんな呪われた本さえなければ あんな悲劇を繰り返さずに済むのに…なのに…どうして…」


再び崩れ落ちるように床に倒れこむ仙女の後ろから どこからともなく表れた少女がそっと語り掛けた


「その苦しみの輪廻 わたしが断ち切って差し上げましょう」

「誰です!どうやってここに?」

「怖がらないでください 私はあなたの涙を拭うため、あなたを救うために現れたのですから」

「私を…救う?」


音もなく表れた少女に警戒しながらもその言葉に仙女は惹きつけられていた


「あなたは何百年もの間たった一人でこの繰り返される悪夢を見続け心を痛めてきたのでしょう? かけたくもない呪いをかけてはその罪悪感に苛まれ眠りに落ちた茨の要塞を守り変えられぬ姫の悲運を嘆いてはまた繰り返す定め その悲運を知るのはあなたといばら姫の二人だけ、他の人々は知る由もなく幸せに浸るだけ」

「あなた…なぜそのことを!」

「言ったでしょう? 私はあなたを救いに来たのだと」

「…この負の連載を…止められるというの?」

「そのための力をあなたに授けに来たのです」

「…ちから」


仙女は見ず知らずの少女の言葉に完全に魅了されていた


「真実を知る苦しみ、誰よりも他人の真の幸せを願う優しさ、その両方を持つあなたこそ いえ、あなたにしかこの想区を救うことは出来ません。 さぁ、私の手をお取りなさい ともにこの悲劇に終止符を打ちましょう。 それともこの国の住人たちのように変化を恐れ 目の前の約束された運命にしがみついて生きますか?」

「…こんな…偽りの幸せなんて、もう見たくもない…」


そう言うと仙女は優しく微笑む少女の手を掴んでいた


「さぁ、望みなさい!あなたの求める力を、真の姿を…」

「私は…私はぁぁああ!」


その瞬間 まるで雷でも落ちたかのように閃光が走り小屋は一瞬にして吹き飛び、散乱していた書物は冷たく凍り付いていた


何が起きたのかわからず呆然とした仙女はすぐそばの川に映る自分の姿に驚き声を上げた


「こ…これが、私?」


黒い布切れのような簡素な羽織を纏った姿からは想像もつかないような何とも美しく力強い姿へと変貌を遂げ、それと同時に自分の内側から湧き上がる絶対的な力を感じていた


「その美しさはあなたの優しさ、そしてその冷たき力こそあなたの知る悲しみ、苦しみを払うためのもの」

「これが…真の姿…」

「さぁ、この世界に救いを、真の救済を与えるのです」


新たな力を得た仙女は戸惑いこそすれ何の躊躇いもなく今まで避け続けた城へと向かって行った


残された残骸の中、凍りついた暖炉の炎に包まれた《運命の書》はその力を失おうとしていた


仙女が行くのを見届けると少女のもとへ仮面の男が姿を現した


「ようやく覚醒したのですね」

「ええ、ロキあなたの方は?」

「ご心配なくカーリー様 ちゃんと種は撒いてきました。そろそろ我々も行くとしますか」


そう言うとロキと呼ばれたその男は少女カーリーを優しく包み風に溶けるようにしてその姿を消していった

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