世界一普通のカレー

城多 迫

世界一普通のカレー

清瀬きよせの父親がされたらしいぜ」

 休み時間になり、先生が教室を出るやいなや、丸山が5年2組全員に聞こえる音量で言い放った。リストラという使い慣れない言葉を口に出すのが興奮したのか、ずいぶん語気が強い。

 清瀬はいつも通り嵐が過ぎるのを静かに待とうとしたが、新たないじめの種を与えられた丸山は「もともと貧乏だったのに、いよいよ終わりだろ」などと、まくしたて続けた。

 そして、これまで黙っていじめられ続けていた清瀬も、今回ばかりはとうとう我慢ならなくなり、突然立ち上がり叫んだ。

「俺のお父さんは、世界一普通のカレーを作る」

 クラス全体が静まり返った。全員が、まず「カレーを作るから何だよ」と皮肉に思った。その後、笑いを起こす前に「世界一普通????」と疑問が湧き出した。が、清瀬があまりにも堂々としていたため、誰も疑問を口にできなかった。

「明日の放課後、食べに来いよ」

 清瀬は丸山を睨んで挑発した。その気迫に圧された丸山は「お、おう」と返すしかなかった。



 翌日の放課後、丸山は仲の良い池田を誘って清瀬が住むアパートを訪れた。呼び鈴を押すと、先に帰宅していた清瀬が出てきて「上がって」と二人をリビングに通した。

 清瀬の家は何の変哲もない狭いアパートだったが、キッチンから既にカレーの匂いがしていた。

「お父さん、友達来たよ」

「おーう、いま持ってくな」

 リストラされたとは思えない快活な様子で、清瀬のお父さんがリビングにカレーを二皿運んできた。

 「食べなよ」と、清瀬が丸山たちに促す。丸山たちは席に着き、いったん目を見合わせたものの、言われるがままカレーを口にした。

「……すっげ」

 丸山が感嘆の声を上げる。

「まじかよ」

 池田は驚嘆した。

「すごいでしょ」

 清瀬が二人に話しかける。

 清瀬が「感想は?」と聞くと、二人は「ない」と声を合わせて即答した。

「お父さんのカレー、また食べに来たいと思う?」

「いや……別に…」

「食べろって強制されたら、嫌?」

「いや……そんなに嫌じゃない…」

「これが、お父さんの世界一普通のカレーなんだ。市販のルーとかは使ってない。自分で香辛料とか揃えて、この味」

 丸山たちは、このカレーのに感動していた。一生かかっても、この領域には到達できないと。おそらく、作ったら、美味しくできてしまうのがカレーであると、子供ながらに理解していたのだ。それを、こんなにに仕上げるなんて……。

「お前のお父さん、すごいな。なんか……ごめんな」

 これ以後、清瀬がいじめられることはなくなった。


 その夜、丸山は母に頼み、市販のルーでカレーを作ってもらったが、普通より少し美味しかった。

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世界一普通のカレー 城多 迫 @shirotasemaru

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